進撃の朱点童子 ~2度目の人生もハードモード?~ 作:茄南詩
次の日の朝。ヨハンさんが思い詰めたような顔をしている事に気付きました。オリガさんも心配そうにチラチラと彼を見ています。私が尋ねた方が良いのでしょうか?
「ヨハンさん」
「ん?何だい?」
明らかに無理して笑顔を作っています。
「顔色がよくないようですが、気分が優れないのですか?」
「いや、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうな」
頭をわしゃわしゃと撫でられました。触れない方が良かったみたいです。悪い事してしまったな……。
ヨハンさんがお昼の準備をしている間に、オリガさんがこっそりと理由を教えて下さいました。
彼の1つ上のお兄さんが壁外調査で負傷し、入院していると。職員の方々は負傷者にかかりきりで面会謝絶としか言われず、全く状況がわからないままなのだそうです。
「だから、ティエラちゃんから分隊長に状況を教えて貰えないか、お見舞いの許可を貰えないかどうか聞いてくれないかな?」
「ヨハンさんはもう、直接エルヴィンさんに尋ねてしまったのでは?」
「いいえ、お兄さんの直属の上司にしか聞いていないそうよ。分隊長はいつも忙しそうにしているから、話をする機会はめったにないもの」
なるほど。
「わかりました、聞いてみます」
「ありがとう。お願いね」
それから翌々日、休暇を得たエルヴィンさんと居間でお話する機会がありました。
「今回の壁外調査について話をしよう。
調査中に殉職した兵士はいなかったものの、次回も同じ結果を出す事は奇跡に近い。現に君に貰ったものは全て使いきってしまった」
「皆様がご無事で何よりです。術のない状況での今回の結果は、確かに幸運に恵まれていたと言えるでしょう。お札と御守りの護符は次回までにきちんと補充できるよう、すぐに取り掛かりますね」
エルヴィンさんはカップの中のお茶を飲み干し、一息ついてから言いました。
「君が欲しがっていた墨についてだが、
「そうですか……。では、数を増やす事と他の物も再現する事で補います。次の壁外調査はいつになりますか?」
さすがに来月とか言われたら厳しいな。
「ああ。おそらく夏になるだろうな。それまでに班長以上の役職の者全てに行き渡るように頼みたい。必要な物のリストを作ってくれ。申請すれば予算が下りるから」
「はい、かしこまりました。墨の作成方法も同時に渡しますね」
エルヴィンさんのカップにお茶のお代わりを注ぎながら、ふと疑問に思った事を尋ねました。
「あの、民衆や他団の兵士にはどのように説明するのでしょうか。それと、何故こうして私に詳しい話をしてくださるのですか?」
守秘義務とか大丈夫なのかしら。
「公にはエミーリエの手記の中に記されていたとでも答えれば良いだろう。彼女はプライベートでは壁内文字以外の言葉で何かを書くことが多かったから。どうせ誰にも解読出来なかったんだ、大抵の人間は信じるだろう」
腑に落ちない返事だと思いました。彼女はどうやってその文字を知ったのでしょうか?
「もうひとつは、君は大切な者の為ならば全てを投げうつ事の出来る人間だからだ。現に君はテリーの為とはいえ、一歩間違えれば危険にさらされるという自分の立場を顧みずに我々に協力しているだろう?」
「そうですね。本当は壁外調査の際、積み荷に紛れて術でサポートしたい位、彼女は大事な人です」
彼女のスープは、ずっと張り詰めていた心を溶かしてくれたから。今まで生きてきて“母”という存在に触れた事はないけれど、エレンとカルラさん・アルミンとアルミンのお母さんを見ていると、私はテリーに対して同じ様な感情を抱いているのだと思います。
「それは心強いだろうが、黙ってやってくれるなよ」
「はい」
おおぅ、皮肉が返ってきました。表情が少し怖いです。……わかっていますよ。この身体は私1人のものではないですからね。
「ああそうだ、札や御守りの選択から私は君の武人としてのセンスを信頼するに至ったという事も理由にはなるかな?」
「ふふっ、ありがとうございます」
お世辞であると分かってはいるものの、何だか今までの人生は無駄ではないと言われているようで嬉しいです。私はルンルンとした気分でお茶を一口飲んでから、彼の話に耳を傾けました。
「さて、今日は何をする予定なんだ?また勉強会か?」
「勉強会は明後日で一旦おしまいになります。天候が気になるので。やりたい事は沢山ありますが、まずはリスト作成から取り掛かろうと思います」
アルミンの事だから、また『春になるまでの間にやっておいてね』と、にっこりしながら山ほど宿題を渡されそうです……。
「そうか。これから昼まで書斎に籠る予定だから、何かあったら来なさい」
「はい」
彼はお茶の入ったカップを持って、部屋を出ようとしました。あ、今言わないと……!
「エルヴィンさん、待って下さい!」
「何だい?」
「ヨハンさんのお兄さんが今回の壁外調査で負傷したと聞きました。他にも負傷した方々がいらっしゃると。差し支えなければ、果物を持って負傷者の方々のお見舞いに行きたいです」
「……わかった。病院側に問い合わせてみよう。ただ、今はもう冬だ。せめてジャム等に加工して持って行きなさい。不審に思われる。午後からの予定を空けておこう。果物の用意が出来たら言いなさい。私が作るから」
「はい、ありがとうございます。ではまた午後に」
「ああ」
何のジャムがいいだろう?無難にベリーとかかな?昔テリーがお料理専用手帳に書いていた、フルーツソースもいいかも!
茶器を片付けながら考えていると、時間はあっという間に過ぎて行きました。
それから1週間後。病院との連絡がついたと出勤前のエルヴィンさんにお聞きしました。お兄さんは先日大部屋に移る事が出来たそうです。面会も短時間なら可能とのことでした。明日、朝食を取ってからヨハンさん、オリガさんといっしょに行くことになりました。
お見舞いの品を子供サイズの籠の中に入れ、それを持ってヨハンさん、オリガさんと荷馬車に乗り込みます。ヨハンさんは御者台に座り、私とオリガさんは荷台に座って揺られています。分厚いショールを畳んで下に敷いているものの、振動が凄いので座布団が欲しくなりました。またアルミンのお家で作ろうかしら……。
「その籠の中には何が入っているの?」
「イチゴとリンゴとミラベルを、それぞれジャムとフルーツソースにしたものが入っています。エルヴィンさんがご実家から頂いた物だそうです。お見舞いに持っていきなさいと、分けて下さいました」
籠の上に被せていた布をずらし、中に規則正しく並べた小瓶を見せると彼女は目を輝かせました。
「綺麗な色。いいね、お腹空いちゃいそうだよ」
良かった、最近作った物だと気付かれてはいない。
「オリガ、君はさっき朝飯食ってきたとこだろう?」
「うるさいよ、ヨハン。甘いものは別腹なのさ」
「まだ棚の中に余りが入っているので、それを使ったものをいっしょに食べませんか?」
「いいね!明日の当番が楽しみだよ」
オリガさん、珍しくはしゃいでいらっしゃいます。ヨハンさん曰く“頼もしくて格好良い、綺麗なお姉さん”を目指しているから、いつもは固い話し方をしているんだそうです。
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他愛のない話をしている間に風景は畑から原っぱへと変わり、ウォール・マリア郊外の病院に到着しました。周囲に草花以外何も見当たらないこの場所に、ドドンと建っています。周囲を堀に囲まれた、大きな病院です。
受付で手続きを済ませてから、職員の方に案内されて病室の方へ歩いています。
……奥へ進む程、死の臭いがする。
今回の壁外調査において、入院が必要であると判断された負傷兵は96名。その内訓練に戻る許可や自宅療養の許可が出た兵士は34名。入院中亡くなった兵士は53名。そして、今もなお入院の必要がある兵士は9名で、そのなかでも面会できるところまで回復した方は、ヨハンさんのお兄さんを含めた3名だと聞きました。
調査兵士を伴侶に持つ職員さんは『退却中、死体や重傷を負った者を置いていかなければならない事もあるから、今回はまだ良い方だ。壁内で死ねるのだから』と、疲れきった顔をしながらも微笑んでいました。それを聞いたヨハンさんとオリガさんは青ざめています。
「ここが彼らの病室です。1時間後にまた迎えに参ります」
「「「はい。ありがとうございました」」」
室内からは談笑している声が聞こえてきます。お邪魔だったかしら?ノックしようとすると、ガチャリとドアが開きました。
「え?テリー??」
「あ゛?誰だお前??」