進撃の朱点童子 ~2度目の人生もハードモード?~ 作:茄南詩
その後、病院を出てからもヨハンさんが気分が悪そうにしていたので、兵団の寮まで送りました。帰宅してからオリガさんが夕飯の支度を終えるまで、エルヴィンさんに頼まれていたお札作りをしました(少しずつ分けて書かないと、手が凝ってしまいますから)。彼女と夕飯を摂ってからは、アルミンに貰った宿題に取り掛かり、今日の分を終わらせました。今は机に突っ伏しながら考え事をしています。
やるべき事が、また増えた。エルヴィンさんに許可を取ってから、イェーガー先生に会いに行かなければ。
私は彼らに手紙を書きました。
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5月中旬。イェーガー先生にお願いしていた薬の進捗状況を確かめる為、私は朝食を摂ってから手土産の入った籠を持って、シガンシナ区へ行きました(密かに速瀬を重ね掛けした馬で、オリガさんにウォール・マリアとシガンシナ区の境まで送ってもらいました)。イェーガー家にご挨拶に伺ってから、先生とエレンといっしょに、診療所兼研究室へと足を運びました。
エレンは即興で鼻歌を作って歌っています。とてもわくわくしているみたい。
「エレンはここに来た事があるの?」
「ああ、この前いりょーきぐの勉強のために、診察室に入ったことがあるんだっ」
先生はドアノブに手を掛けると、こちらを振り向いて言いました。
「この部屋には、危険な薬品が沢山置いてある。棚の中の物には無闇に触れないように。2人共、いいね?」
「うん、わかった!」
「はい。かしこまりました」
扉を開けると、大きな机や実験器具が目の前に飛び込んできました。壁一面の本棚には、分厚い本や研究資料がぎっちり詰まっています。それから先生が資料や薬品の準備をしている間に、エレンと私は部屋にあった椅子に半分ずつ座って、先生の説明に耳を傾けていました。
「これらが頼まれた物の試作品だ。白いフタの瓶の中の錠剤がワカバノガンヤクだ。それと似たような効能の軟膏も作ってみた。この黒いフタの瓶に入っている」
エレンはきょとんと首を傾げました。
「ねぇ父さん。何で同じ効き目の物をいくつも作らなきゃいけないんだ?」
「彼女にもらったレシピの材料の中で、壁内に無いものを代用した結果、話に聞いていた物よりも傷の修復が緩やかになったからだ。壁外調査時には、両方ある方が精神的にも心強いだろうし、併用すれば助かる可能性も高まる。また、負傷者が気絶している時や、錠剤を飲む力が残っていない時にも対応できる方が良いだろう?」
即効性が失われたとはいえ、今までの傷薬よりも早く効くそうです。民衆に不審に思われない程度の速さならば、かえって好都合です。丸薬はともかく、軟膏が民衆にとって珍しい物ではなくなった頃、より効果の高い物を売り出せば混乱は少ないはず。慌てずゆっくりと、彼らの常識を麻痺させましょう。壁外調査の時期は不定期なのだから、それまでに準備を万全にすれば良いのです。
ふと隣を見ると、エレンがふむふむと納得した様に父親の話に頷いていました。
「よく質問したな。偉いぞエレン」
「えへへ~っ」
誉められたことが嬉しかったのでしょう。照れて微笑んでいます。イェーガー先生はエレンの頭を撫でながら言いました。
「実際ワカバシリーズよりも、身体の強化の為の薬の方に時間がかかったよ」
「え?」
「そんなに難しかったの?父さん」
あまり効果は高くないし、前世で飲んだ事もあるから、問題は無いと思うのだけれど……。
「これも壁内に存在しない材料があった。似たような物で代用した結果、1日合計4L飲まなければ効果が得られない事がわかったんだ」
「「え゛」」
「そんなに飲んだらお腹ちゃぽんちゃぽんになっちゃうじゃないか。俺、そんなに飲めない……」
確かに。激しい動きをする立体機動には支障をきたしそうです。飛んでいるときに体調不良になったら、そのせいで巨人に捕食されたら、不憫過ぎます。
「ああ、だから父さん頑張ったんだよ。試行錯誤を経て、火水風土4種の効果を一纏めにし、濃縮に成功した物がこれだ。名前はシンプルに、身体強化薬とした。これで成人男性の1日分だ。これから2人に見せるものは、保存期間を延長できるか試している途中だから、飲むのは駄目だぞ」
「「はいっ」」
彼はドヤ顔で机の上に500ml位入りそうな大きさの瓶を置きました。ちょっと飲むのを躊躇いそうな紫色の液体が、なみなみと入っています。どうやったら蛍光色になるのでしょうか……。蓋を開け、手で扇ぐようににおいを確かめると、何故か石鹸と消毒液が混じったような香りがしました。
「全ての非臨床試験は成功した。今後は希望者を募って臨床試験を行う。上手く行き次第、兵団に優先して販売し、民間からの利益の1割を調査兵団へ贈与するつもりだ。(研究に貯金使い込んだのをカルラに知られる前に稼がないと……)」
良かった!需要のある所に供給されなければ、危険を冒す意味がありませんから。それから私達は資料を読みながら、研究のお話を聞いたり、わからない箇所を質問をしたりしました。
「お忙しい中、ありがとうございます」
「礼を言うのは私の方だ。なかなか面白かったよ。レシピを作った人と一度話して見たかった」
「試験が上手く行き次第、エルヴィンさんがお金に関しての交渉に、診療所へ伺うそうです。今後ともよろしくお願い致します」
「ああ」
これらを兵団に普及させる事で、少しでも壁外調査の被害を減らせたら良いな。
「じゃあ俺、アルミンとこに遊びに行って来るっ。ティエラも行こ?」
「ごめんね。少しイェーガー先生とお話したいから、先に行っててほしいな」
「うぅー、わかった」
「遊びに行く前に家に寄って、お昼を食べてからにしなさい。母さんが待っているよ」
「はーいっ」
エレンを見送ってから先生は応接室に私を通し、ドアを閉めました。
「イェーガー先生。私も治験に参加させて下さい」
「そう言うと思っていたよ……。自分が何を言っているのか、本当に理解しているのか?」
ええ。だからエレンの前では言わなかった。
「はい。一度に全ての薬をとは言いません。しかし、データは多いほうが良いですよね?」
「……」
先生は聖職者が祈るかの様な仕草で机に肘をついて両手を組み、その上に額を乗せたまま、微動だにしません。
私はあの人を、大切な人達を守りたい。
彼らが傷付き死んでいくのを指をくわえて見てるなんて嫌。訓練兵団に入るまでずっと飼い殺しのままなんて、貧弱な体のままなんて、前世に当主として戦ってきたプライドが許さない。
だから、今は、絶対に折れない!
『仙酔酒[出現場所:机上、ゆっくり]』
「安全性が不安だと言うのであれば、これを使えば良いのです。摂取後に様子がおかしくなったら、このひょうたんの中の液体を掛けてください。これは毒や麻痺等の全ての状態異常を、その人の平常に戻す事が出来ます」
「なっ……」
そして更に畳み掛けます。
「勿論、他の被験者の方々の分も造り出せます。
先生は年下のエレンやアルミンよりも体力の無い子供がどれだけ強くなれるのか、興味ありませんか?」
それから返事を待ちました。どれくらい時間が経ったのでしょう。先生は深くため息をつき、改めて私の目を見ました。
「……昨日作ったばかりの強化薬がある。そこに座って待っていなさい」
「ありがとうございます!」
良かった。上手くいけば私はもう、足手まといにはならない。大切な人を守ることができる……!
彼は棚から取り出した身体強化薬を、50mlくらい入りそうな、7つの小瓶に分注しました。
「1週間分ある。必ず食後に1本、24時間毎に飲みなさい。あと、これから渡す一週間分のアンケート用紙に、感想や気付いた事を書き留めておいてくれ」
「かしこまりました」
先生は難しい顔を崩しません。やっぱり駄目とか言いそうですね……。
「……やはり明日から1週間、きみは家に泊まるんだ。
誰もいない時に何かあったら事だから。カルラやエレンには、私から説明しよう」
「はい。それでは明日から、よろしくお願い致します。今日は16時にヨハンさんとマリアの境の近くで待ち合わせをしていますので、すぐには帰れません。それまでの間、アルミンのお家に遊びに行ってきます」
「ああ。説明には私もいっしょに行こう。勉強合宿だとでも言えば良いだろう」
その結果、イェーガー先生から直接ヨハンさんへ説明して頂いたので、特に反対される事なくスムーズに事が運びました。勉強合宿ということで、アルミンもいっしょに泊まる事になりました。とても楽しみですっ。