進撃の朱点童子 ~2度目の人生もハードモード?~   作:茄南詩

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※残酷な描写・登場人物の過去捏造等があります。


傍観者

時刻は21時頃。壁内の、とある閑散とした酒場で2人の男性が酒盛りをしていた。

 

「……で。上官が溜めに溜めた書類をいっしょに片付けさせられた後、ようやく愛しい妻と夫婦水入らずの時間を過ごせると、喜び勇んで帰宅しようとしていた俺をここまで引き摺って来るほどの悩みって一体何なんだ。エルヴィン」

 

 彼はジョッキの中の酒を飲み干すと、どんよりと憔悴した表情で知己の顔を見た。

 

「すまない。しかし、義娘が理解出来ないんだ、ナイル。助けてくれ」

「あの事件の時の、ガリガリのちびっこのことか。お前が弱音を吐くなんて、よっぽどなんだな。とりあえず話してみろよ」

「実は……」

 

 話しを聞いていく内に、ナイルの顔はますます渋面へと変化していった。

 

「いくら手加減してるって言ったって、それは流石にやり過ぎだろう。ガキ相手に何やってんだ。(あいつとエルヴィンが仲違いした時も、同じ様な台詞を吐いた気がするな)」

「……そうだな。だが躾中にヴァーツェルに向かって本物の殺気を放っていた。あれは日常的に化け物と相対する歴戦の戦士が、敵に対して向ける様な目付きだった」

「まじかよ。ある意味将来有望だな」

「人が真剣に悩んでいる時に、皮肉を言ってくれるなよ」

 

 彼らは店員から新しい酒を注いでもらい、一気に煽った。

 

「やはり、世話役をしていたリーネルトを壁外調査へ遣ることが、あの子の精神に影響しているのだろうか。」

「リーネルトっていうと、双子の姉の方か?」

「ああ、テレサの方だ。彼女の弟は、確か憲兵団に所属しているはずだ」

「ふうん。……なあ、本当にその子が盗ったって、断言できるのか?リーネルトからの報告では、盗みを働くような兆候はなかったんだろう?」

「ああ。これが事件後のティエラの様子について、テレサが書いた報告書を纏めたものだ」

 

 ナイルはさらりと目を通しながら口を開く。

 

「これを見る限り、1日のほとんどを自室で過ごし、週1回は出かけると言っても友人の家とその周辺のみ。行き帰りは兵団馴染みの行商人の馬車に乗っけてもらって、荷台でいつも爆睡しているようなちびっこが、貴族向けの畑と普通の畑の違いなんぞ、わかると思うのか?厳重な警備をくぐり抜けられるもんなのか?俺はそのヴァーツェルって婆さんの方がきな臭く感じるんだが」

 

 エルヴィンは肘をテーブルにつき、頭を抱えながらこう言った。

 

「だが、彼女は団長から推薦された家政婦だぞ。嘘はつかないはず」

「お前なあ。そのお利口な頭を巨人殺し以外にも使ったらどうなんだ。リーネルトの時みたいに、雇う前に人柄や身内について調べ、熟知してるのか?団長の役職は俺達よりも多忙なんだから、調べきれていない可能性もあるだろうに」

「……調べていない」

「やっぱり」

 

 ナイルは自分とエルヴィンの分のワインを注文し、一口飲んで一息ついてから、こう言った。

 

「とりあえず調べとけ。あと、2人きりで腹を割って話してみろよ。自分で選んだ信頼できる優秀な部下と、団長の推薦とはいえ最近雇ったばかりの婆さんの、どちらの意見を重要視するのかを、もう一度よく考えるんだな」

「ああ、わかった」

 

 

 

 

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 自宅に戻り、ヴァーツェルに『風呂の用意をするように、用意したら今日はもう帰って良い』と言いつけてから、ティエラの部屋へと向かった。

 

 彼女はベッドの上ですやすやと寝息をたてているが、頬に残る涙のあとが痛々しい。ずれ落ちた毛布をかけ直し、頭を撫でると柔らかく白い髪の感触が掌に伝わった。

 

「……よく、似ているな」

 

 

 彼女の母親とは同期だった。訓練兵時代は特に話したこともないが、いつも誰かと無邪気に笑っている女性という印象だった。しかし、訓練兵団を卒団する1週間前に、彼女は変わる。

 

 突然インナーにウォール教の信者が着けている首飾りの刺繍を施し、所属希望を駐屯兵団から調査兵団へと変更した。何を言われても顔には常に微笑みを貼り付け、無邪気に笑うこともなくなった。

 

 ある日、『彼女の考えることが分からなくなった。調査兵団を希望する貴方から、それとなく理由を聞き出してほしい』と彼女の友人達から依頼された。正直面倒に感じたが、すぐに終わらせてしまえば良いだけだと当時は思っていた。

 

 理由を問うと、彼女は振り向いて質問に答えた。淡い金髪が風でさらさらと揺れていた。

 

「全ては神の思し召しだから。私は自分の使命を全うするだけ」

 

 彼女と親しい者達は1人、また1人と離れて行った。巨人に喰われて死んだ者もいたが。

 

 しばらく経ってから、彼女が所属した班は、壁外調査において死亡率が必ず減少するとの噂が流れ始めた。壁内では上官と共に、気難しさに定評のあった有力な貴族に、兵団への10年間分の資金提供を確約させたとも。

 

 また、ウォール教では仲の良い神官達と協力して、ウォール・マリアとウォール・ローゼの各区に孤児院を創設し、孤児達の適性によって神官の道又は兵士の道に進めるように、体制を整えたとの噂もあった。

 

 2年も経つと、彼女は民衆からウォール教の聖女と呼ばれるようになっていた。しかし私とナイル、(当時は面識はなかったが)駐屯兵団に所属を決めたという、訓練兵時代からの男女の友人2人位しか、同期で彼女に打算や嘲笑を浮かべること無く話しかける者はいなかった。

 

 

 ある休日の朝、気晴らしに内地へ出かけないかと誘うと、『買い出しをした後、孤児院に向かうから無理』と断られたので、自分もついて行くと言うと、彼女は一瞬目を見張ってから柔らかく微笑んだ。

 

「お姉ちゃん、こんちはー!」

「こんにちは。みんな元気にしてた?」

 

 私達が孤児院に着くと、孤児達は一斉に彼女に群がって行った。子供達の前では昔の様に、にこにこと笑うのかと少し驚いた。彼女は神父やシスターと共に、孤児達の遊び相手だけでなく、食事の支度や掃除まで行っていた事もその時知った。

 

 

 

 

 その後紆余曲折あり、私達は恋人同士となったが、それは私が19になったばかりの頃に、忌まわしい噂を聞くまでの事だった。彼女が姉の家に帰省中、見知らぬ男達と裸でベッドに居た。そのせいで彼女が孤児院に居る間に彼女の姉が『一体どういう教育をしているのか』と訓練兵団に怒鳴り込みに来たという噂が兵士の間で流れ始めたのだ。私は直ぐ様彼女に問い詰めると、俯いたまま何も答えないままだった。

 

 私は、その時彼女が震えていたことに気付けなかった。

 

 手を繋いだり、額にキスをしただけで真っ赤に頬を染めていた素振りは全て演技だったのかと思うと同時に、私は彼女を殴りつけてしまった。

 

 その後ナイルに諭され、謝罪をしようと彼女の姿を探したが、その消息はぷっつりと途絶えた。上官に幾度となく尋ねても、『今まで溜めていた有休休暇を一気に消化中だ。彼女は人類の為に、休日も教会で働いていたのだから』としか返事は返って来なかった。

 

 それから一年経ち、彼女は兵団へと戻ってきた。謝罪の言葉は全て聞き流された。そして険しい表情を崩さずに、訓練に誰よりも打ち込み、壁外調査において誰よりも多くの巨人を屠り続け、分隊長に就任した。彼女を蔑む団員達を、実力を見せることで全て黙らせたのだ。

 

 

 いつか彼女がもう一度微笑む日が来ることを、彼女を慕う者達は望んでいたが、その願いはある日呆気なく叶った。

 

 彼女の死に際に。

 

 それは、ある秋の壁外調査。巨人との連戦で左側の陣形と分断され、消耗しきっていた頃に奇行種の集団30体に囲まれたのだ。次々と仲間が死んでいく中、残り10体になった所で彼女は部下の新兵の身代わりとなって腰から下を喰われた。その新兵が泣き叫ぶ中、彼女は地面へと落ちていった。

 

 巨人の項を削いで駆けつけると、彼女はパニックを起こしている、助けた部下に抱きつかれながらも、緩慢な動作でこちらを向いて、呆然としたように口を開いた。

 

「エルヴィン。わたし、どうなった?」

 

 首を横に振ると、全てを理解したようだった。

 

「遺書は、机の2段目の引き出し。それに書いた願いを叶えてくれると、嬉しい」

「ああ、わかった」

「嫌です。嫌です嫌です分隊長!死なないで下さい!」

 

 新兵の頭をゆるゆると撫でながら、彼女は微笑んだ。

 

「大丈夫。テレサ、君はもっと強くなる。私が居なくても、生き残る。」

「分隊長を頼む。私は応援に行ってくる」

 

  泣き崩れるテレサと死出の旅へと旅立とうとしている彼女を置いて行こうとすると、呼び止められた。

 

「なんだ」

「少し寒くなってきた。巨人を倒し終わったら、介錯してほしい」

 

 返事が出来ずにその場を離れてしまった。

 

 そして最後の1体を片付けた後、残った兵士達と彼女達の方へと向かった。目を真っ赤に充血させ、血塗れのまま震えているテレサと、かつて聖女であった肉塊がそこにあった。

 

 キースさんが、よくやったと労うと、彼女はすすり泣きながら、彼に伝えた。

 

「……私、テレサ・リーネルトは、分隊長の、最期の言葉をお伝えします。『わたしの骨が、武器になったらよかったのになぁ』」

 

 死亡した証拠として、彼女の制服の腕章を切り取ってからその場を後にした。

 

 

 その日の壁外調査の報告書には、調査兵士の内、2/3を失う事となったと記された。

 

 遺書を見つけた翌日に、彼女の死を知った駐屯兵士の女性が家に訪ねてきた。扉を閉じた瞬間、私は彼女に殴り飛ばされた。彼女は静かに激怒しながら言った。ティエラを宿したのは、ウォール教内部の勢力争いに巻き込まれたからであると。

 

 もし私が情報収集によって、敵勢力の存在を知っていたならば、彼女を守れたかもしれない。

 

 ……彼女の心に止めを刺したのは、私の無知だった。

 

 

 




ティエラの母親の、同期の駐屯兵の友人(♂)は、司令といっしょに会話していた人です。
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