この世界には、導力というエネルギーが存在する。それを操れば、能力が刻まれた者たちはそれを発動することができる。
ただし、能力者は絶対に出すことのできないもう一つの能力…いわば隠し能力も持っており、それが能力者の肉体から分離すると死霊として活動を開始する。死んだ能力者が隠し能力に支配されて同一個体のまま死霊化するケースもあるだろう。死霊は無差別に人間を襲い殺す。知性も理性もなく、ただ殺す。
そんな世界で、1人の9歳の少女が捨てられた。両親は彼女の異常性に気づいてしまった。少女は町外れの橋の下に置き去りにされた。薄暗く寒い。
彼女は吸血鬼のクロソイドだった。吸血鬼と人間の遺伝子を併せ持って生まれてしまった。それは生まれながらに強制された宿命。受け入れて生きていくしかない。
少女は足早にさっていく両親の後ろ姿を呆然と眺めていた。月明かりが目の前の川を照らし、キラキラと輝いている。自分が捨てられたとは夢にも思わず気が動転した。しかし自然と寂しさはあまり感じなかった。両親と自分が違うことは自分でも気づいていた。この銀箔のような髪色も、真っ黒な目も、尖った歯も両親とは似ても似つかない。寂しさどころか、むしろ自由になったような気がして、少し開放感を感じていた。
(さむい。)
少女の名はリコル。こんなことになるとは知らずに両親がつけた名前だ。
リコルは少し空を見上げる。自由な美しい星空。もう誰にも縛られることはない。完全な自由を手にした、と解釈することにした。そうでもしなければ…なんだか辛い。
(お腹すいた…)
リコルは橋の下から立ち上がり、行くあてもなく歩き出した。川岸をゆっくりと、両親が立ち去っていった方とは逆向きに進んでいく。こっちに歩いて行けば、街からは離れてしまうだろう。湿った草がサワサワと揺れる。リコルは河川敷から上へ上がり、多少整備された歩道を歩き始めた。街灯はほとんどついていない、暗い道だ。
その時リコルはあることに気がついた。空腹なのに、食べ物はあまり食べたくない。リコルは正確な自分の正体を理解していない。しかし、両親ら普通の人間とは分かり合えないとなんとなく察していた。
(それなら…襲ってみる…?いや…そんなのひどすぎる。)
リコルは自問自答する。何もしていない人に突然そんなことをするのは酷だ…なら、何かした人なら…?
リコルはぱっと道の奥を見つめる。そこには警察組織BLUELINEの管理する監獄施設がある。まるで導かれているようだ。リコルはてててっと監獄へ向かって走り出した。黒い小さなドレスが風になびき、その目は小さな期待に溢れている。
(悪い人なら襲ってもまだ…ざいあくかん?が少ないよねっ。)
監獄の外壁へ辿り着いたリコル。監獄本体を囲うように設置された石の壁だ。その高さは6mをゆうに超えている。しかし、リコルにとってはそんなものなんでもない。
(こっそり練習してたんだ)
リコルは背中から黒い蝙蝠のような翼を伸ばす。そしてそれをできるだけ早くパタパタと動かす。制御が効かずにその小さな体が空中に投げ出された。
「わあっ」
次の瞬間には、壁の内側に落下していた。まだうまく飛べないけどきっといつか上手くなるよね。
リコルは監獄の本体の壁をぺちっと叩く。少女1人ではどうしようもないほどにその壁は硬い。だが、少女だったからこそできることもあった。地上から2mほどの場所にはめられた鉄格子の窓。リコルは再びそこまで飛び上がって、窓の淵に立った。
(よいしょ…)
リコルは鉄格子の隙間から最も簡単に中へ侵入した。
どうやらそこはリコルの考えていた囚人の檻が並ぶ場所ではなかったらしい。見たところ食堂のように見える。高い天井と長机が並び、窓から月明かりがさしてわずかに青白く照らしている。
リコルは窓から飛び降りて、そこを歩き回ってみた。暗い部屋に足音が反響する。そしてリコルは食堂の端に大きなドアがあることに気づいた。
ててててーっとリコルは走り寄る。一応ドアを押してみたがびくともしない。
「だよねー…」
リコルが小さく呟いた時、背後からパシャンっと水が弾けるような音が響いた。
リコルが驚いて振り返ると、そこには自分と同じくらいの身長の少女が立っていた。ただ、明らかにこの子は普通じゃないと一目で分かった。その背中からは黒い触手?のようなものが三本ほどニュルリと伸びている。
「あら?先客?」
触手の少女が言った。落ち着いた声に合わない少し高飛車で調子に乗っているような口調。リコルは負けじと威圧感を演出しようと翼をぱっと開いた。
「先客だけど…あなたは誰?」
「私レヴル。貴女ってもしかして私と同じなのかしら?」
レヴルが赤い目を光らせて少し歩み寄った。黒髪がさらりと風に靡く。
「貴女もここの囚人たちを喰いに来た感じかしら?」
「喰っ…いには来てない…」
リコルは自身なさげに言う。監獄を襲うと決意はしたものの喰うなんてことは考えていなかった。
「そう?私は囚人を喰うのが日課になってるんですの〜。私の餌場から出てって来れますこと?」
レヴルが触手をニュルリと動かしニヤリと笑った。