そいつぁ、ノイエン・ビッター大佐麾下の敵主力MS部隊を引き剥がすための囮さ!
アビドスの廃墟街。
それは、まるで時間から取り残されたかのような一角だった。
空は鈍く曇り、昼間にもかかわらず空気はどこか沈みがちで、風は建物の隙間をすり抜けながら、瓦礫の山をカラカラと鳴らしていた。これが百数年前までは世界一の自治区だったというのだから、人生何があるか分かったもんじゃない。もはや砂に埋もれた栄光の残骸。支援も援助も少なく、都市開発からも取り残され、やがて都市の地図からも抹消される運命だろ。
それでも、かつては笑い声や怒号、青春のきらめきがこの地にも確かにあった。
今、その面影はない。
ただ、ひとつ。
崩れかけたショッピングモールの奥、地下へと続く非常階段の先に、淡い電灯がぼうっと灯っていた。
コードはむき出しで、コンクリ壁はカビの斑点が広がっている。地下空間に満ちた埃の匂いは、時間の流れを否応なく感じさせた。
そんな空間に、ぽつんとひとりの少女がいた。
古びたビニールソファに体を沈めながら、彼女――裏月ビストは、くたびれたコンビニ袋から焼きそばパンを取り出し、もそもそと頬張っていた。頬の動きはどこか無感情で、だがその目だけはスマートフォンの画面をじっと見つめていた。
そのディスプレイには、何度も確認された一つの画面が表示されている。
【当選おめでとうございます】
その下に、でかでかと表示された数字――
5,000,000,000クレジット。
「……マジで、当たってるんだよなぁ」
呆然とした声が地下空間にぽつりと響いた。
信じられない、というよりは、信じたくないような、あるいは現実感が追いついていないような口調だった。
宝くじ。一等。当選。
キヴォトスの宝くじは、毎年一人だけが天文学的な金額を手にできるという夢のあるイベントではあるが、裏では詐欺だの陰謀だのと囁かれもする。だが、少なくとも今――この瞬間だけは、確かに現実となっていた。
焼きそばパンを半分ほど食べ終えたところで、ビストは天井を見上げた。
天井のコンクリートはひび割れ、ところどころカビに侵食されていた。
視線を横に移せば、裸電球がぶら下がっており、たまにチカチカと瞬いている。
「……ふっふ……もう、バイトもしなくていい……」
誰に聞かせるでもない呟き。
そこには、ほんの少しの安堵と、僅かな哀しみが混じっていた。
アビドス高等学校――それが、彼女の通っていた学校の名前だった。
学校の背負った借金を返すため、自分のやりたいことは二の次…バイトバイトの生活だった。
でも、あそこには確かに青春はあったのだ。
頼りない先輩と、ツンデレのチビ。
それはもう過去の話となった。
ちりじりに別れ、お互いもう会うことはないだろう。
残されたのは、彼女ただ一人だけだった。
「……こんだけ金あれば、どこでも生きていけるし、何でもできるよね……」
言葉とは裏腹に、彼女の表情には少しの戸惑いがあった。
目尻に浮かぶのは、かつての日々への未練か、それとも未来への不安か。
わからない。ただ、彼女は立ち上がった。
ギシッ……。
床板が軋み、薄暗い空間に低く鈍い音が響いた。
ボロボロの事務机の横を通り抜け、錆びついた鉄骨の階段へ向かう。
足元には、かつてゲームセンターだった頃の名残か、壊れた筐体の残骸が積まれていた。
彼女はふと足を止め、深く息を吸った。
湿った地下の空気が肺を満たし、その冷たさが思考を一瞬だけ止めた。
「……起業するかー」
ビストは我が母校アビドスで大切なことを学んだ。
人生、っぱ金なのである。
静かな、しかし確かな宣言だった。
照明の明かりが、彼女の背を照らす。
その影が、長く、遠くまで伸びていた。
ーーーーーーーー
【設立一週間後】
『アナハイム・エレクトロニクス』
それが、彼女が設立した会社の名前だった。
場所:アビドス廃墟街・地下モール区画E棟、旧ゲームセンター跡。
社員数:1名(裏月ビスト)
初期資金:5億クレジット
事業内容:未定(「とりあえず何か作る」)
会社の理念:「とりあえずなんかすげー会社を作る」
看板もなければ、受付もない。名刺はコンビニで買った厚紙にプリンタで刷っただけの簡素なもの。けれど、そこに込められた想いだけは、誰よりも強かった。
「……で、どうやって人、集めるんだっけ……?」
古びたソファに腰かけながら、ビストはポリポリと頭をかいた。
考えてみれば、起業はしたものの、仲間がいなければ何も始まらない。
「うちみたいな新興の、しかも地下モールで怪しい雰囲気満点の会社に……誰が来るかな」
やっぱ会社辞めようかな…
ビストの決意は、ささやかな試練に挫折しようとしていた
そのときだった。
――ガタンッ!
突然、外のシャッターが大きな音を立てて開いた。
薄暗い通路に、明かりが差し込む。埃が舞い上がり、光の柱の中でキラキラと宙を漂っていた。
「……求人って、ここで合ってる?」
聞き覚えのない少女の声が、静まり返った地下に響いた。
ビストが身を乗り出すと、そこに現れたのは――白衣を羽織った少女。
目の下にはくっきりとしたクマ、髪はボサボサで、ポケットからは様々な工具が顔を覗かせていた。
片手には、なにやら火花を散らしている謎のデバイス。
「た、たの……も……博士……で……す……Zzz……」
言い終わる前に、バタリと倒れた。
焼け焦げた匂いが辺りに漂い、装置が小さく火花を散らす。
「うそでしょ……? なんか燃えてるし!?」
慌てて装置を足で遠ざけ、近づいて見れば、「ミノフスキー式神秘反重力回転炉試作4号機」と書かれたシールが貼られていた。
「反重力?なにこれ怖……って、神秘って……」
神秘
その言葉を聞いて、ビストは既視感を覚える
最近、その単語を聞いた気がするのだ
ーーキヴォトス最高…神秘…お話があり…
ーーでてい……ろ服!…かわら……て…!
う〜ん…
なんだっけ?
「……美濃符、ススキ?」
首からかかっていた学生証タグに書いてあった名前を読み上げる。
横たわっていた少女が、目を細めてこちらを見上げた。
「あー……うん、正解。わたしを雇ってくれれば、マジで後悔させないからね……」
そして、にやりと笑った。
「さて、コンペ相手はいるのかな?さっそく、プレゼントいこうじゃないか“社長”くん。」
「いや、寝てたじゃん……!」
ビストは思わず突っ込んだ。
その瞬間、地下の空間に小さな笑い声が生まれた。
こうして――
アナハイム・エレクトロニクスの、最初の社員が決まった。
廃墟の地下で始まった、小さな、小さな企業の物語。
その伝説は、静かに、しかし確かに、動き始めていた。
一言でも感想があれば、作者嬉しいです。
デカルコマニーもそうだと言っています。
「言ってねえよ」
いつも通り“そういうこった”って言えよ。