『ビスト、学校やめるってよ』   作:チト 熟練見張員

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なんで続いてるんだ…?


第2話:『ビスト、商売するってよ』

アビドス廃墟街――

かつて地下ショッピングモールとして栄えたこの場所も、いまでは人気のないコンクリートの迷宮と化していた。

破れた天井、むき出しの鉄骨、かすれた看板。

そのすべてが過去の繁栄を物語りながらも、いまはただ静かに、時の流れに身を委ねていた。

 

そんな場所の片隅に、ぽつんと灯る明かりがある。

その光源こそが、アナハイム・エレクトロニクス本社――元ゲームセンターの空き物件だった。

 

廃墟と呼ぶにはいささか賑やかすぎるその一室では、今日も朝から何やら大きな音が鳴り響いていた。

 

「……あのさ、そのでっかい装置、何?」

 

裏月ビストは、腕を組んで研究室の中心に鎮座する奇怪な装置を見つめた。

床のコンクリートを突き抜けるような低い振動が足元から伝わってくる。

まるで、地の底で巨大な獣が眠りから目覚めようとしているかのような感覚だった。

 

「これはね、神秘式エネルギー融合炉《オメガ・ゼロ・コア》だよ!」

 

ススキ博士はいつものように自信満々の声でそう言い放つ。

薄汚れた白衣を翻し、ホログラム端末を操作しながら振り返った彼女は、なぜか楽しげだった。

 

「あと30分で爆発するから、退避準備しといて!」

 

「は!? えっ、今なんて言った!?」

 

反射的に声を張り上げたビストの耳には、どこか現実感のない金属音がこだましていた。

ススキの手元では、謎の配線が火花を散らし、計器類の針が危うい角度で跳ね上がっている。

天井からは電源ケーブルがぶら下がり、排熱によって空気はむっとするほど熱を帯びていた。

 

ススキはそんな環境にもまったく動じることなく、ポケットからスパナを取り出し、装置の側面を軽快に叩きながら調整を続けていた。

 

「ちょ、待って!? 昨日“こんなこともあろうかと準備しておいた”って言ってたよね!? 何を準備したの!? 消火器!? 遺書!?」

 

「いやいや、爆発しても中のコア部分は無事だから大丈夫だって。外装は吹き飛ぶけど、たぶん死人は出ない! 私の計算が合ってれば!」

 

「その“たぶん”と“計算が合ってれば”は禁止ワードね!? 今日から社訓にするから!!」

 

慌てふためきながら、ビストは足元のカーペットをめくり、避難経路図を確認する。

とはいえ、この地下街自体が老朽化の極みにあり、どのルートを選ぼうが無事に地上へたどり着ける保証などどこにもない。

 

起業からわずか二日。

裏月ビストはすでに、頭を抱えていた。

 

ススキ博士――かつてミレニアムサイエンススクールに在籍していた天才少女……らしい。

らしいというのは、SNSにそう書いてあったからだ。

何らかの理由で放校されたという話だったが、まさか初日から爆発物を持ち込んでくるとは予想していなかった。

 

彼女の研究室(という名の元倉庫)は、今では大小さまざまな機械や発光体、液体の入ったチューブなどで埋め尽くされている。

ホログラム端末が空中に数式を浮かべ、壁には謎の図形と神秘的な文字が描かれていた。

一言でいえば――混沌。お前の部屋だけゲヘナ領域展開してんのか

 

「ちなみに、この前作った自動自己修復型ドローン、起動テスト成功してたよ。壁ふさぐの一瞬だったし」

 

「でしょ? あれ、たまたまじゃなくて狙ってやったの。……いや、途中で爆発しかけたけど。でも、最終的には成功したから!」

 

ススキがそう胸を張って言うと、どこからともなく小さなドローンが飛び出してきて、くるくると宙を舞った。

その機体は手のひらサイズで、透明なカバーの中に青白い液体を搭載している。

壊れた壁に近づくと、すかさずナノ粒子を噴霧し、傷口を瞬時に再構築していく様子はまるで魔法だった。

 

「博士、あれ商品化して売れば、すぐ黒字になるんじゃない?」

 

「だと思った! 社長くんはやっぱ見る目ある!」

 

ススキはスパナを投げて受け取らずに放置し、満面の笑みを浮かべた。

その笑顔の奥には、どこか嬉しそうな、子どもが褒められたときのような純粋な喜びがあった。

 

彼女の頭脳は本物だ。

突拍子もない着想に加えて、緻密な理論と異様な行動力がある。

その存在自体が、すでに“規格外”という言葉の外にあるといっていい。

 

「……なあ博士」

 

ビストは、ふと気になっていた疑問を口にした。

喧騒の中で、ふと訪れた一瞬の静寂を逃さずに。

 

「なんで、うちに来たんだ?」

 

装置の音が、かすかにトーンを落としたような気がした。

ススキの手が、ピタリと止まる。

 

それまであれほど軽快に動いていた彼女の指先が、まるで時間の中に凍りついたかのように静止する。

その沈黙は、ほんの数秒のことだったはずなのに、どこか永遠のように長く感じられた。

 

ススキは工具を置くと、わずかに首を傾けて、薄汚れた天井を見上げた。

その視線の先に何があるわけでもない。ただ彼女の過去が、そこに浮かび上がっているようだった。

 

「……ミレニアムじゃさ。誰も、私の話を信じなかったんだよ。“神秘工学”なんて、科学じゃないって」

 

その言葉には、珍しく熱のない響きがあった。

いつも元気いっぱいで、爆発しても笑っているような彼女とはまるで別人のようだった。

 

「どれだけ理論を積み上げても、どれだけ証拠を揃えても、“オカルトだ”って笑われた。鼻で、フッて。

成績はトップでも、授業妨害扱い。研究は全面禁止。研究仲間たちにも見捨てられて、……研究室を、追い出されたよ…」

 

ぽつり、ぽつりと語られるその声は、まるで心の奥にしまい込んでいたものが漏れ出すようだった。

一度言葉が溢れると、ススキの背中がわずかに丸くなる。

 

「でもね、私は見てたんだ。誰も気づかなかった“可能性”を。

物理法則の綻びに、ほんの一瞬だけ顔を出す“異常値”。

偶然だと処理された微細な現象。……それ全部、つながってた。私はそれを、“神秘”って呼んだ」

 

彼女の声が徐々に熱を帯びていく。

それは怒りではない。悔しさでもない。もっと深い、燃えるような執念だった。

 

「科学と神秘の融合。新しい知識の形。

私にとっては、それが未来だったのに……誰も見ようとしなかった。

“非科学的”って言葉一つで、全部、切り捨てられたんだ」

 

「……それを、証明するために?」

 

静かに問うたビストに、ススキは小さく頷いた。

 

「そう。ここで、やってやりたいんだ。

誰もが見下した神秘の力で、あの天才どもを見返してやる。

私の道は、私が切り拓くんだって……!」

 

その目は真っ直ぐだった。

何年も誰にも認められず、それでも諦めなかった者の目。

燃えさしではない。いままさに、燃え盛る炎。

 

ビストはしばらく無言でススキを見つめ、それからふっと笑った。

 

「なるほどね…巷で流行ってる追放系ってやつ?」

 

「つい…なんて? 」

 

「小説だよ、異世界小説…そっか、お前読まないか小説とか」

 

「読みますよ!ジュール・ヴェルヌとか…って、追放系ってひどくないですか?もっとこう、未知を切り開く黎明の勇者とかないんですか?」

 

「でも、そういうの嫌いじゃないよ。てか、あんたの発明、めちゃくちゃ面白いし。

何より……未来感じるもん」

 

その瞬間、ススキの目が見開かれた。

驚いたような、でも嬉しいような。言葉にできない感情が、震える笑みとなって彼女の口元に宿った。

 

「――社長くん。私の発明を、信じる?」

 

「信じるよ。だって、面白そうだもん」

 

その一言が、ススキの胸に深く刺さった。

誰にも信じてもらえなかった自分の“神秘”を、初めて面白いと言ってくれた人間。

その言葉だけで、彼女の中の何かが報われた気がした。

 

そして、この瞬間、彼女は心に誓ったのだった。

――この社長を、絶対に後悔させない。

 

「……よーし、そうと決まれば!」

 

突如、ススキはくるりと身を翻し、装置中央に設置された大きな赤いボタンの前に立つ。

 

「《オメガ・ゼロ・コア》、起動ッッ!!」

 

「え、ちょ、ま――」

 

ドン――――!

 

爆発音が地下街に響き渡った。

 

装置から溢れたエネルギーが床下の古い配線に引火し、壁の一部が派手に吹き飛ぶ。

衝撃と煙に包まれた中で、ビストは咄嗟に身をかがめた。

 

「博士ーッ!!?」

 

「大丈夫大丈夫! 爆発したのは床だけ! コアはちゃんと動いてる! 成功だよ、成功!」

 

「“安心”の意味、辞書で100回読み返してきてくれ!!」

 

だが、その混乱の中で、ひとつの機体がスッと浮上した。

《自己修復型ドローンα》。

飛翔しながら壊れた壁面をスキャンし、青白いナノ粒子を正確に噴射する。

ほんの数十秒で、まるで何事もなかったかのように壁は修復されていた。

 

「おお……マジで直った……」

 

思わず呆然と呟くビストの背後で、ススキが満面の笑みを浮かべてVサインをしていた。

 

こうして、起業2日目にして――

アナハイム・エレクトロニクスは試作品のデモ動画をSNSに投稿。

廃墟街の片隅から放たれたその映像は、工学マニアの間で瞬く間に話題となった。

 

画面には、ひときわ異彩を放つ少女たちの姿と、奇抜すぎる装置が映っていた。

 

SNSのとある投稿には、こう記されていた。

 

『あなたの心にアナハイム・エレクトロニクス

【新製品】家庭用神秘発電機

受注生産開始!』

 

その通知音を背に、ビストは古びたノートPCの前に座っていた。

画面にはスプレッドシート。初の売上が表示されている。

わずか数個の試作パーツが、思いのほかの反響を生んだようだ。

 

「……うん、いけるかもしれないな」

 

だがその横の欄には、はっきりとこう記されている。

 

“人員:2名”

 

ビストは頬をかきながら、溜息まじりに呟いた。

 

「……人手、足りなさすぎるな……」

 

そして、求人募集のフォームを開く。

 

ーー変人歓迎

ーー履歴書不要

ーー爆発OK

 

ふざけているようだが、アナハイムにはこのぐらいがちょうどいい。

 

その夜。

とある場所で、その求人を見つけた一人の少女が、静かに笑みを浮かべていた。

 

「ふむ。ここは一つ、賭けてみるしかないか……な?」

 

次なる“爆弾”の投下まで――あと少し。




感想あると、作者は小躍りしてしまいます。
踊れギニアス少尉
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