アビドスの朝は、今日も非常ベルの音で始まった。
「社長くーん! 朝の爆発、ちゃんと計算どおりだから安心してねー!」
ススキ博士の元気な声とともに、薄暗い地下通路に紫煙が立ち込める。アナハイム・エレクトロニクスの研究棟、という名の元ゲームセンターの一角では、昨夜から開発されていた『次世代型パルス反応炉(縮小試作機)』が、起動テスト中に小規模な爆発を起こしたらしい。
「“安心”って言葉100回辞書でひいてから出直してきて!?」
額に煤をつけながら叫ぶビストに、ススキは悪びれる様子もなくスパナを回す。
「でもほら、自己修復ドローンが起きてきた! あと2分で元通りだよ!」
その言葉通り、天井から糸のようなワイヤーで吊られた小型ドローンが降りてきて、まるで何事もなかったかのように天井の亀裂を補修しはじめる。
裏月ビストは、苦笑を漏らした。
「……ほんと、あんたに金と時間と空間を与えたら、地球を改造しそうだよね」
「えっ、していいの!?」
「だめに決まってるでしょ!」
この数日、ビストは文字通り“社長”としての忙しさに追われていた。
事業内容は未定。人手はススキ博士と自分のみ。しかも博士は研究以外すべてポンコツ。経理も営業も広報も、全部ビストがこなしている。
「……このままだと、うち、焼きそばパンだけで会社回すことになりそう……」
そんな愚痴をこぼしながら、地下の掲示板に貼った求人票に視線を落とす。
だが、その瞬間――
「失礼する」
がちゃり、と本社の鉄扉が開いた。ススキが自作した「セキュリティ用霊子暗号錠」をあっさり解除し、そこに現れたのは一人の女子生徒だった。
整った制服の着こなし、手に持った分厚い帳簿、そしてどこか人を見透かすような涼しい眼差し。その少女ヌは、まっすぐにビストへと歩み寄り、その前に起立した。
「失礼、初対面でこんな場所に踏み込むのは、礼を欠くこととは存じているが……」
そう言って、帽子を軽く外し敬礼してみせた。
「本日、貴社の面接に伺わせていただきたく参上した。五十嵐ゴプヌ――ここに来る前は、トリニティで財務局をやっていた」
「……え? えっ?」
「え?…えっ?求人って……どこに貼ったっけ、これ……?」
ビストが戸惑う一方で、ススキは小声で耳打ちした。
「社長くん、たぶんこの人、マジでヤバいやつ。ミレニアムプライスで見かけたことがある。確か、トリニティ・ティーパーティー財務局の一人だったっ…筈。」
「ティーパーティー?!?なんでまたそんなお嬢様学校から……」
「政治関係の話じゃなのか?私はそっちの方は全然詳しくないぞ」
ススキが警戒するほど、ゴプヌの雰囲気には“異質”なものがあった。
ゴプヌは整った姿勢のまま、持参した帳簿を広げてみせる。
「私は財務を専門としている。数値管理、収支の最適化、対外的折衝、いずれも一定の経験がある。特例的な処理にも……ある程度、柔軟に対応可能だ。……このアナハイムという企業には、未だ整備の手が届いていない。だが、それは悪ではない。未整備とは、即ち“可能性”だ」
「えっ、はい、なるほど……?」
「私を雇い入れてくれれば、今後アナハイムが大きくなるにつれて生じるであろう問題が起こらないように、会社作りをすることができる。販路も、私のツテを使えばいくらか広がろう。」
裏月ビストは沈黙した。
普通なら信用できない。だが、ゴプヌの目は冗談を言う人間のそれではなかった。
現実を直視し、状況に対応し、冷静に打開策を立てる――その視線は、かつて自分が見たことのある映画に出てきた“司令官”のような眼だった。
「……一つ聞かせて。ゴプヌは、なんでうちみたいな創設間もない木っ端起業に来たの?」
「おい博士、私の会社のことそんな風に思ってたのか!?否定できないけど!!」
博士の問いに、ゴプヌはわずかに視線を落とす。
「その問いに答えるのは難しいな…。が敢えて述べるとすれば、そうだな…生き方が分からなくなった…とかかな?」
ゴプヌが上を見ながらそう言った。
声に感情はない。
それでも、言葉の裏に沈んだ悔しさが伝わってくる。
「正直に言えば、人生に飽き飽きしてしまってね。私も時には、スリルを楽しみたい年頃なのだよ。」
「……」
「…そう警戒しないでくれ社長さん。こんなナリだが、腕に自信はある。損はさせんよ」
それは――まるで軍の指揮官が、撤退戦の中でなお部下を守り抜くと誓うような、静かな決意だった。
ビストはふっと笑った。
「なら、うちの帳簿、頼むよ。“会計”さん」
「期待には誠実に応えよう。社長殿」
その日から、アナハイム・エレクトロニクスに秩序が生まれた。
博士の研究費は一日単位で帳簿に記録され、経理用スプレッドシートは魔法のように最適化され、地下モール内の家賃交渉まで一手に引き受けたゴプヌの手腕により、ビストの仕事はようやく“社長”らしくなり始める。
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