オタク気質な超越者は主人公の軌跡を見届けたい 作:ミンクジェット
第01話 転生者ーミームスー
「予めルールを決めておきましょう」
新たに更新されたステイタスが記された紙に目を通していると、隣に座る少女が唐突にそんな事を言い出した。
今はもう存在しない孤児院で共に育った幼馴染である少女の名前はセレネ・セルフォルト。
『竜訪問題』の一端として齎された災害によって故郷を滅ぼされた俺達は、
そこでバルドル様から
先日に成し遂げた上位の竜種討伐を以って、俺達は共にLv.5へとランクアップを果たした。
自分で言うのも難だがまだ12という年齢を考えれば、俺達は世界でも屈指の有望株と言える。
バルドル様や師匠に限らず学区全体から寄せられる期待を最近はヒシヒシと感じるようになっていた。
しかし申し訳ないが彼らが求める『英雄』として俺達は些か歪な存在だ。
俺ことノクス・セルフォルトとセレネ・セルフォルトは同じ孤児院の出身であるが、正確に言えば更にそれ以前からの縁を持っていた。
転生者。
どういう訳かこことは違う世界における前世の記憶を俺達は有しており、そこでも家が隣同士の幼馴染だったのである。
腐れ縁にも程があるといった感じだが所謂オタク趣味を共有していた為に俺とセレネは前世でもそれなりに仲は良く、今世でもあまり変わることなく友人として殆どの行動を共にしていた。
閑話休題──俺達の関係はさておき転生者であるという事に加えて、実は転生を果たした今の世界の事も俺達は以前から知っていたのだ。
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』
この世界は俺達が愛読していたライトノベルの世界観に非常に似通っている。
主人公を中心として綴られる物語の中で世界の全てが明らかになっている訳ではないものの、俺達がこれまで得てきた情報に照らし合わせるとほぼ同一の世界と見て間違いないだろう。
だが当然物語の中には俺達は存在しておらず、それが好き勝手に行動を起こせばどんな影響を世界に与えるか定かでない。
明日からの予定も含めて、セレネの言うルールとはこれに関わる事だというのは何となく察しがついた。
「それじゃあ改めて確認しておくけど、私達が第一に優先すべきことは?」
「ベル君の活躍を間近で見届けること」
「そうね。折角お気に入りだった作品の世界に転生したんだもの。主人公の活躍を見逃すなんて選択肢はありえないわ」
セレネの場合は前世の趣味からしてショタ寄りのキャラクターを好んでいたという話は兎も角、俺も物語の主人公であるベル君の成長を見守りたいというのは紛れもない本心だった。
俺が好きになる作品の特徴として、まず前提にあるのが主人公に対して好感を抱けるかどうかだ。
その点で言えば素直で一途なベル君は心から応援できるキャラクターであり、物語の完結まで見届けられなかった分もその行く末を見届けたい。
「でもね。転生するに当たって何者かの意思が働いたのかどうかは知りようがないけど、私達は普通じゃない力を持ってこの世界に生まれた。だとすればそれに見合うだけの責任があると思うの」
バルドル様から恩恵を授かると同時に、俺とセレネは同じスキルが発現していた。
何かを為したいと強く思った時に、それを実現するだけの力を俺達は確実に手にする事が出来る。
流石にそうポンポンと強くなれる訳ではないもののオートヒールも含めてチートに準ずる力であることは間違いなく、この年でLv.5までランクアップを果たせたのもこのスキルありきである事は間違いなかった。
「だから私は
「まぁその事に異論はないけどな。だからこそこのタイミングでオラリオに行く事を決めたんだし」
『ダンまち』の物語では作中で暦に関して触れられる事は無かったが、ある出来事を基点として凡その時間軸は推測する事は出来る。
ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアによる「隻眼の黒竜」の討伐の失敗。
世界を絶望で包み込んだこの事件は今から6年前の事であり、それと同時に『ダンまち』の本編では15年前の出来事だと語られていた。
つまり今はベル君の物語が始まる9年前という事になる。
そして物語の舞台ともなっている現在のオラリオは圧倒的な力で君臨していたゼウスとヘラの眷属達が居なくなった事により、邪神に類する神のファミリア
『ダンまち』の前日譚である『アストレア・レコード』はこの暗黒期に起きた事件の一つを中心に描かれた物語であり、正直読んでいて精神的にしんどくなる程に凄惨なオラリオの有様が語られている。
今の俺達のLvでも安全は保証出来ない魔境であるが、それでも転生者としての知識も合わせれば救える者も多い筈だ。
ただし懸念すべき事は他にもある。
「言いたい事はわかるわ。私達が誰かを助ける事によって、世界にとっては却ってそれが仇になってしまうかもしれない」
すると俺の心の内を読んだように、セレネはそう言った。
先程も考えていた事だがイレギュラーな存在である俺達が世界に悪い影響を与えてしまう可能性。
勿論全てが悪い方向に向かうとは限らないが、中には誰かの犠牲が所謂強化フラグになっている事もある。
そのフラグが折れてしまった場合にどういう結末を辿る事になるのか、それを完全に予測するのは俺達にとっても難しい。
かといって救える命を敢えて見殺しにするというのは、この過酷な世界に順応しつつある今の俺でも許容出来る事ではなかった。
「悪いがそれでも手に届く範囲なら、俺は誰かを見捨てるなんて事はしたくない。もしそのせいで未来が悪い方向に向かう事になったとしても、その分はそれこそ俺自身の責任としてケジメをつける覚悟くらいはあるつもりだ」
「そうね、私もそれが正しいって信じたい。だから私が提案するルールは一つ。もし誰かを助けようと思った時は、私達が転生者なんて事は関係なしに自分の心に従いましょう。余計な迷いを抱えて何かを成し遂げられる程、この世界は甘くないし私達も万能じゃないわ。……それでもアナタとこうしてこの世界でも巡り合った事に何か意味があるのなら、それはきっとより良い未来を掴む為だって思うの」
「そうだと良いな」
確かに幼馴染が揃って同じ異世界に転生したのは、何か運命めいたものを感じなくはない。
「しかしやっぱり年の功って言うか、お前って何処か達観してる感じだな」
「それは言わないって約束でしょ!」
ただし幼馴染と言っても別に俺達は最期まで一緒だったとかそういう訳ではないらしい。
らしいと言うのも俺は前世で自分が死んだ時の事を全く覚えていないからだ。
お互いが前世の記憶を持っている事に気付いたのは偶々俺が口遊んでいた前世で流行っていた曲の鼻歌が切っ掛けであり、本当にその時までセレネが■■だなんて思っていなかった。
そしてセレネの話によれば俺は突然の事故で死んでしまったらしく、もしかしたらその衝撃で直前の記憶を失っているのかもしれなかった。
今でも前世に対して未練がないと言えば嘘になるが、それでも俺が死んだ後の家族の様子がセレネから聞けたのは多少なりとも救いとなっている。
一方のセレネはというと最期は曾孫にまで見送られた大往生を遂げたという話だ。
まぁ物事の捉え方などは別として中身が婆さんの割にセレネの立ち振る舞いは現在の年相応に見える気もするが、精神が肉体の方に引っ張られるという感覚は俺も覚えがある。
あんまりその事で弄るのはやめておく事にしよう。
「話が逸れたわね。取り敢えず私達の行動に下手な制限を掛けないのは良いとして、それでも矯正のしようがない程に本来の物語と比べて歪みが生じてしまう可能性は捨て切れない。だからそういった時に備えて私達なりのプランを練っておく必要があると思うの」
「その心は?」
そしてセレネから語られた今後の計画を聞いて、思わず俺は閉口した。
「……本気でそれをやるつもりか?」
「えぇ、勿論よ。私のスキルと魔法があれば十分に成功する算段はあるし、何よりそれがこの学区で学んだやり方だもの」
そう言われては、ぐうの音も出なかった。
俺は精々その都度犠牲が少しでも減るように立ち回れば良いと考えていたのに対し、セレネの言うプランは本当に物語の本筋を変えかねない程に大胆不敵なものだ。
お互いに自分達が深く介入する事は危険だという認識は共有していた筈なのだが、どうやら俺とセレネの間にはその認識そのものに齟齬があったのかもしれない。
かと言って確かにセレネの語った計画は現実的かつ合理的なものであり、他ならぬ俺自身も既にセレネが思い描く未来を見てみたいと思ってしまっている。
こうなってはもう反対する理由も見つけられなかった。
しかしそうなると明日からの予定も少し変えなければならないと考えていると、部屋の音をノックする音が聞こえてくる。
「レオン先生!それにバルドル様まで!」
すると何か狙いすましていたかのようなタイミングでバルドル様と師匠が部屋を訪ねてきた。
「おやおや、もしやまた何か悪巧みの最中でしたか?」
「はーい、まんまとセレネの甘言に釣られる所でした」
「ノクス!」
本当に会話を聞いていたかのようなバルドル様の言葉に俺が悪乗りすると、セレネが声を荒げて窘め、師匠がそれを見て苦笑する。
そんないつもの日常の光景だが、それも明日で一旦終わりだ。
明日に学区は港街メレンへと三年ぶりに寄港し、それから俺達の身はオラリオの預かりという事になる。
先程バルドル様からステイタスの更新を行って貰うと同時に、俺達の改宗する準備も整っていた。
別にバルドル様から鞍替えするという訳では無いのだが、活動拠点が変われば主神によるステイタス更新が行えなくなってしまう。
学区としても生徒としては初めてLv.5にまでランクアップした俺達をみすみす手放す気はないようで、オラリオを運営するギルドと予め話を付けた上での暫定的な処置といった所か。
ちなみに何処のファミリアに所属する事になるかはまだ決定していないらしい。
他の先生達や神様達からは散々オラリオの誘惑に屈するなと釘を刺されているが、バルドル様と師匠だけは俺達の選択に対して特に何か言ってくる事はなかった。
転生者であるという事は別として二人は
だとしても俺達の選択を尊重してくれる事は別問題で、それは今まで築き上げてきた信頼関係あってこその事だと思う。
「でも何で急に俺達の部屋に?」
「本当は特定の生徒にだけ肩入れするのは良くないんだろうが、それでもノクスとセレネは俺がまだ教師として駆け出しだった時から共に歩んできた特別な生徒だ。そんな君達が新たな冒険に出ようと言うなら、その門出に何か餞別をと思ってね」
師匠はそう言うと俺の身長程もある巨大な包みを手渡してきた。
前衛タイプでLv.5に達した今の俺のステイタスを以ってしてもかなりの重量であり、それを手にした瞬間に本能的に胸が大きく高鳴るのを感じる。
俺の考えを見透かした師匠が頷いたのを確認すると、まるでプレゼントを受け取った子供のように俺は包みを剥ぎ取った。
「うわぁ!」
包みから出てきたのは一振りの長剣──いや大剣だ。
その大きさから無骨な印象を与えながらも、鏡さながらに磨き上げられた刀身は芸術品を思わせる。
凡そ二年前に使い始めた今の長剣も学区が誇る鍛冶学科や錬金学科の技術が込められた業物であるが、この大剣は柄を握っただけでそれを遥かに凌駕する力が感じられた。
間違いなく第一等級武装である大剣を手に取って、俺は思わず感嘆の声を上げる。
「銘は『
「ありがとうございます!」
「今のノクスには少し大きすぎるかもしれないが、なーにすぐに背も伸びて丁度いい塩梅になるさ」
「ハハハ、だと良いんですけど」
あまり気にし過ぎないようにしているものの、同年代のヒューマンと比べても俺は少しばかり小柄だ。
成長期はまだまだこれからとはいえ前世がそれなりに長身だった分、まだ何となく違和感を拭えないでいた。
「セレネ、アナタにはこれを」
そしてバルドル様からセレネに渡された木箱。
セレネがそれを開けると、そこには先端に美しくも何処か禍々しい紅い宝玉が取り付けられた一本の短杖が収められていた。
「以前エルフの里から譲られた大樹の枝に竜の血を錬金した宝玉を取り付けたものです。名は
「エルフの大樹だなんて、そんな貴重なものを私の為に」
「レオンが言っていたようにこれは餞別であると同時に投資でもあります」
「いずれ君達は必ず俺と一緒に終焉へと立ち向かう事になる。二人がこれからしようとしている冒険が実りあるものになる事を祈ってるよ」
「「はい!」」
プロローグと言うにはそれなりの経験を積んだ気もするが、こうして俺達の物語は本格的な始まりを迎え事になる。
これは
悲劇を喜劇に塗り替える為の物語だと、少なくともこの時の俺は信じていた。
──いつか私の罪は暴かれる。それでもその時までは今度こそアナタと一緒に。