「お前は何をやってんだ!!!」
男の怒号が建物に響いた。
「まず1人で街から外に出るなっていってただろうが!!」
書類が積み上げられた机、紙束が少し雑にまとめられた冊子がいくつか置かれた本棚など、まさに執務室と言った部屋にて、壮年の男が眉間に皺を寄せ、怒りに満ちた声をあげていた。
その男の怒りを真正面から受けているのは、どこか不貞腐れたような様子のレックスだ。
「いや本当に魔王軍なら誰かが足止めをしなきゃいけないと思って……」
「うるさい!言い訳をするな!」
レックスが殴られて、ゴッという鈍い音がする。
「もし魔王軍だったとしても勝手に1人で出るな!
現場で緊急だったのはわかるが指示を仰げ!!自己判断するな!!」
正論、ただの門番であるレックスには許されていない行動なのは確かであった。
「はい…すいませんでした……」
「わかったらさっさと門番に戻れ!」
そう言われて兵舎から追い出されたレックスはとぼとぼと門の方向へと歩いていった。
「……でも実際怪しいのは事実ですよ隊長」
説教が終わるまで黙って様子を見ていた男が口を開いた。
「今はベッドで寝かせてますけど、北部の戦いからこんなに時間が経ってんのに今更難民ってのは流石に…」
「あぁ、わかってる……だがないとも言い切れんだろう」
王国の北部が魔王の軍勢によって攻め滅ぼされたのが9年前、人類が北部を奪還したのが3年前のことである。
9年前、もしくは3年前の生き残りと言われれば確かに疑問は残る。
だが真実だった時、彼はどれだけの苦難の末にここに辿り着いたのだろうか。
その事を考えると、直ぐに嘘と断ずることは隊長にはできなかった。
「だがなぁ……う〜〜む、どうしたものか」
「取り敢えず警戒は続けときますよ?警備は最低でも2人はつけときます」
「あぁ、ひとまずはそれで良い」
「では、失礼しま〜す」
そう答えた男は部屋から出ていった。
隊長と呼ばれた壮年の男は疲れたように眉間を揉んだ。
「まずは起きるまで待って…色々聞けば良いだろう」
そして隊長は先程の説教中に散らばった書類を拾い上げ、業務を再開した。
◇◇◇
目が覚めると、見知らぬ部屋にいた。
自分はベッドで寝ていて、同じようなベッドが隣にいくつも並んでいた。
体に被せられていた布を退け、体を起こした。
「院長、患者が…」
「おや、起きましたか」
声がすぐ後ろから聞こえた後、少し遠くから返事が聞こえた。
後ろには槍を持った兵士のような人が立っていて、目が合うと少し気まずそうに目線を逸らした。
「ふむ…回復魔法をかけましたが、体に異常などはありますか?」
そしてもう片方の声の主が近づいて来ていて、そちらへと振り向いた。
そこにいたのは、後ろにいた兵士と同じ格好をした男と、小さな幼女だった。
幼女は丸眼鏡をかけ、少し気だるそうに前を閉じていない白衣を羽織っている。
「おーい、聞こえていますかー?」
「っあぁ、大丈夫だと思います」
「それは良かった」
気づけば体はかなり楽になっていて、気を失う前よりかなり気分が良くなっていた。
「私はナイル、この治療院の院長をやっています。
今回あなたの治療をさせてもらいました」
「はぁ…ありがとうございます」
「お腹が空いていることでしょう、すぐに軽食を持って来ますね」
気づいたら腹から音が鳴っていて、食事という存在を思い出した。
そういえば、あの森で目覚めてから一度も食事をとっていなかった。
だからあんなに腹痛がして喉が痛かったのだろうか。
「……」
「……あの、あなた達は?」
「あなたの警護を任されました。
ただの衛兵ですので、壁のようなものだと思っていただければ」
「いや、そうは言われても…」
「はい、おかゆです」
気づけばナイル院長が小さいお椀とコップを載せたお盆を持って来ていた。
「取り敢えず食べてください。
色々と疑問はあるかもしれませんが、食べてからでもいいでしょう」
そういうと院長は匙を手渡して来た。
「…わかりました」
そう答えて匙を手に取った。
不思議だ、見覚えのない物だったが、手に取ったらその使い方はなんとなくわかった。
だが使い方が合ってるか不安で、恐る恐るお粥をすくい、口まで運んだ。
「……!?」
それを口にした瞬間、衝撃が走った。
「どうしました?」
「おいしい……」
目覚めてから初めての食事、それは温かくてーーー
気づいたら目から熱い何かが溢れ出ていた。
「?なんだこれ…」
「おや、手拭いを持って来ましょう」
溢れる何かに戸惑っているとナイル院長が手拭いを渡してくれた。
「ありがとう、ございます」
初めての体験ばかりだった。
人と喋るのも、食べ物を食べるのも、料理を作ってもらうのも。
拭いても拭いてもその何かは目の奥から溢れていた。
「いい食べっぷりでした、作った甲斐がありましたね」
「本当に美味しかったです、この恩はいつか…」
「いえいえ、気にしないでください」
そういうと彼女はコップに水を注いで渡して来た。
「院長、そろそろ」
「む……やや不本意ですが」
「??」
一体何の話をしているのか分からず、温かめの水を飲みながら目線だけを衛兵と院長を往復させた。
「いえ、これからこちらの兵士さん達のボスがあなたに用事があるようなのです」
「えぇ、わかりました」
「本当ですか?まだ不調があるのでしたら別の日でもいいのですが」
「大丈夫ですよ、どこへ行けばいいのでしょうか」
すると目の前の幼女は目を細め不満そうにしつつも、淡々と答えた。
「ではそちらの兵士さんに付いていってください」
「こっちです」
先程院長と一緒に現れた衛兵が手を上げた。
「わかりました…っとと」
ベッドを降りて立ち上がろうとしたが、少しふらついてしまった。
立ってから気づいたが、いつのまにか鎧は脱がされて布の服へと着替えさせられていた。
「あぁ、あなたの装備ならこちらで預かっています。
退院する時に返却しますね」
不思議に思っていると院長が察して答えてくれた。
「では、付いてきてください」
「隊長!連れて来ました!」
「おう、来たか」
衛兵に連れられて移動した先には、大きな訓練場だった。
そこには木剣を持った壮年の男が立っていた。
「調子は良さそうだな、お前らはもう行っていいぞ」
「「了解しました!」」
すると自分を連れて来た2人の衛兵は去って行った。
「いや悪いな、まだ疲れてんだろ」
「いえ、院長のおかげでそこまででは」
「そりゃ良かった、ナイルは王国の中でも五指に入ると言われているほどの治療師だからな」
治療師についてよく知らないが、凄いことなのではないだろうか。
やはり何かお返しなど考えておこう。
「そんじゃまぁ、さっさと本題に移るか」
すると隊長と呼ばれた男の雰囲気が変わった。
「自己紹介といこう、俺はゲーツ。
ゲーツ・ドルセントだ、お前の名前は?」
ー治療魔法についてー
体の怪我などを治癒できるので治療魔法と呼ばれていますが、効果は「体の状態を正常に戻す」というものです。
なので栄養失調などの場合も足りない栄養を補完できます。
空腹などは元に戻りません。
マイナスをゼロまで持っていくだけで、プラスにすることはできません。
栄養を補完できたりしますが、胃に食べ物を送るわけではないので飢餓感はそのままです。