ディアボロスを抑えているヴァーティカル。
そのコクピットで、レンリは数年ぶりに心の底から安堵していた。
先程の激しい戦闘が嘘であったかのように、戦場は静寂を取り戻しつつある。
……ようやく。ようやくだった。
DSSDを逃げるように去ったあの日から、随分遠いところまで来たように思える。
流れのままコンパスへ加入したレンリに与えられたのは、スターリンカーの現し身とも言うべきヴァーティカル。
体は慣れていても心は慣れないながらも戦いを続けてきた。
その最中で再会したネリーは、コーディネイターであるにもかかわらずブルーコスモスへと身を投じ、レンリの前に『敵』として現れた。
過去が……宿命が、まるで往く手を阻むかのように壁となる。
今にして思えば、それは乗り越える為の機会だったのかもしれない。
……決して、一人ではここまで辿り着けなかった。
ラグエルの皆の、そしてアーランドの助力があればこそだった。
そして今、こうしてネリーを取り戻す事ができた。
「……帰ろう。ネリー」
ひとまずは、このままディアボロスを伴って帰投するしかない。
しかしネリーは、曲がりなりにもブルーコスモスとして活動していた。
一連のテロ活動が罪に問われる可能性は極めて高い。
情状酌量の余地や司法取引等でどうにかなる可能性があるのかもしれないが、現状ではどうとも言えないのがもどかしくはある。
だとしても、とりあえず今は……と意識を切り替えた時。
不意に、ディアボロスが動いた。
その頭部はヴァーティカルの後方にあるヘリテージボトムを捉えていた。
正確には……頭部に備えられたエネルギー砲《ツォーン》が。
そして誰も気づかなかった。
気付く筈もなかった。
《ツォーン》が放たれ、ヘリテージボトムを貫くまで。
『な……ッ!?』
突如放たれたディアボロスからの砲撃。
コクピットにこそ直撃しなかったものの、対応すらままならずヘリテージボトムは墜落する。
ディアボロスの傍にいたレンリにすら、何が起こったのか理解できなかった。
「ネリー……?」
思わず、信じられないといった具合にネリーを、ディアボロスへと視線を向ける。
次の瞬間、不意に機体が軋む。
ヴァーティカルに抑えられていた状態のディアボロスが、その戒めを振り解こうとしていた。
「待ってッ! ネリー……どうしたのッ!?」
呼びかけても答えは返ってこない。
満身創痍のヴァーティカルでは到底抑えきれず、ディアボロスは再び立ち上がる。
レンリの戸惑いを意に介した様子すらなく、取り落とした《ニーズヘグ改》を手にする。
『……倒さなきゃ……敵は……コーディネイターは……』
「何を言ってるのッ!? 待ってッ!」
譫言のように呟くネリーの声が聞こえる。
一体何が起こったのか理解できないが、レンリはこのままにしてはおけないと直感した。
ヘリテージトップのウェポンラックから《オピニコス》ビームブレイドを一振り引き抜き、ディアボロスが振り上げた大鎌を受け止める。
『コーディネイターは敵……青き清浄なる、世界の為に……ッ!』
「どうしたのネリーッ!? ねえ、ねえッ! 待ってッ!」
片腕を失っても尚、力で刃を押し込むディアボロスにヴァーティカルの全身が軋む。
外部から第三者が動かしているのか?と真っ先に考えたが、どうやらその線ではないらしい。
少なくともネリー自身が動かしているのは確かではあるのだが。
これではまるで、何者かの妄執が機体を動かしているかのようにさえ思えた。
『敵……敵は倒さなきゃ……』
虚ろにすら思える声でネリーは呟きつつも、ディアボロスの頭部の《ツォーン》と腹部の《スキュラ》にエネルギーが収束していく。
レンリはヴァーティカルのスラスターを吹かして距離を取ろうとするが、大鎌を抑える為に踏ん張っていた右脚が過負荷で砕けた。
「こんな時に……ッ!」
直撃こそ避けられたが、頭部と左肩、左側のウイングスラスターがエネルギー砲の直撃を受けて吹き飛ばされる。
しかしバランスを崩したヴァーティカルは耐え切れず、その場に崩れ落ちた。
残った左脚も無事では済まず、機体各所の損傷を示すアラートは鳴りやまない。
「ネリー、私の声が聞こえないのッ!?」
必死に呼びかけるレンリの声が届く様子はなく。
ディアボロスは再び大鎌を構え、振り下ろそうとする。
体勢を崩したままのヴァーティカルはビームブレイドを一閃。
大鎌を弾き飛ばす事には成功したが、今度は片腕が限界を迎えて破損した。
『敵を、コーディネイターを倒さないと……』
大鎌を弾かれて尚、ディアボロスは体勢を崩したままのヴァーティカルへと手を伸ばした。
ディアボロスの片手がヴァーティカルの胴体を鷲掴む。
コクピットブロックが大きく軋み、装甲が砕けるのも構わず大地へと叩き付ける。
一際強い衝撃がコクピットを大きく揺らし、レンリも頭を強く打った。
薄れゆく意識の中でレンリは最後に目にしたのは、ディアボロスの頭部にある《ツォーン》へ収束していくエネルギーだった。
「ネ……リー………だめ……」
「おい……どういう事だ。これは……ッ!」
武装と手足を失った、旧ザラ派残党の機体が突如、動き出した。
ガルンのゲイツジェグスだけでなく、完全に撃墜していない機体のモノアイが一際強く灯る。
そして一様にラグエルへと目を向けたかと思えば、スラスターを全開にて飛び立った。
『こいつら、まさか……ッ!?』
「特攻だとッ!?」
狙いを推察したバージルは愕然とする。
最早戦闘能力を失った機体ができることなど、自爆と特攻ぐらいしかない。
最後の手段ではあるのだろうが、それは自らの命を投げ捨てるも同義。
「そこまでして……そこまでする程に、憎いというのかッ!」
彼らが抱えた悲しみ、復讐の理由は納得できるかどうかはさておき、理解はしていた。
しかし特攻まで躊躇わない程に憎しみが深いとは……。
いや、考えないようにしていたのかもしれない。
今こうして、目の当たりにしてしまうと改めて心が痛む。
『お、おい……どうなってんだよこれッ!』
『操縦を受け付けてないぞッ! 勝手に動いてやがるッ!』
旧ザラ派残党のパイロット達の叫び声に、バージルは別の可能性を推察した。
彼らの意思に反して機体が動いている。
……答えは、すぐに出た。
「クソッタレがッ!!!」
行き場のない憤りを、勢いよくアームレストへと叩き付けた。
ソフィアから伝えられていた、ドラグーン・システム受信装置の存在。
旧ザラ派残党の機体に備えられているらしいが、無線機動砲台と異なりモビルスーツを動かすのは至難の業と考えられていた。
であるならば機動砲台程度の動きに抑えて扱えればいい。
……例えば特攻のような。
極めて単調な動きであれば、問題はないのだと。
『ふざけるなッ!』
『やめてくれッ! 死にたくない……まだ死にたくないッ!』
まだ年若いパイロット達の悲痛な叫び声が、慟哭が戦場に谺する。
彼らにしても皆が皆、覚悟を決めて戦いに身を投じた者ばかりではないのだろう。
或いは、このような捨て駒として扱われるのは不本意だと。
「ガルンッ! この仕業はお前なのかッ! 独り善がりも大概にしろッ!」
同じように特攻を仕掛けようとするガルンのゲイツジェグスへ、バージルは憤りを叩きつける。
そもそも大人しく捕虜に甘んじるような奴ではないだろうが、まさか味方も道連れにして巻き込もうとは……。
『……残念だが、俺ではないのだよ。だがッ!』
バージルの叫びにガルンの皮肉めいた嗤い声が応えた。
恐らくは、ガルンにしても想定外だったのかもしれない。
そしてそれは……旧ザラ派残党以外の何者かの手によるモノなのだろう。
それがブルーコスモス残党なのかは分からない。ただ……
『うわああああああああッ!』
『助けて……ッ! お母さんッ!!』
『誰か止めてくれッ! こんなの……ッ!』
特攻を仕掛ける機体を止めない訳にもいかなかった。
ラグエルの迎撃ミサイルが、ジェサイアのバイアネットが次々と特攻する機体を撃ち落とす。
しかし半端なダメージでは特攻は止められず、何機かはラグエルへと迫る。
「畜生めッ!!!」
今まさにラグエルへ迫ろうとした機体にバージルのゲルググは狙いを定め、憤りと共にビームライフルの引爪を引いた。
コクピットを撃ち抜かれた機体は凄絶な悲鳴と共に派手に爆散。
どうにかラグエルへの損傷は免れたが……どうしようもない憤りが胸中に渦巻いた。
続けて、更にラグエルへ向かう機体をクラウスと共に叩き落していく。
『利用されたとしてもだッ! せめてナチュラル共に一矢報いてッ!!!!』
多数の被弾を受けてなお、ガルンのゲイツジェグスは止まる様子を見せなかった。
それはガルンの妄執が形となったのか……或いは。
ほぼコクピットしか原形を留めていないにもかかわらず、ついにはラグエルへ激突。
一際大きな爆発がラグエルを大きく揺らし、決して小さくない傷跡を残した。
「馬鹿野郎が……ッ!」
「一体どうなっている……?」
異変は、レムナント・ワン直掩のモビルスーツ隊と戦うルークの側でも起こっていた。
戦意を失ったと思われたディアボロスが突如、攻撃を再開し。
続けて無力化した筈の、旧ザラ派残党の機体が特攻を仕掛けてきた。
唐突に直下へと急転した事態。
対応すべく動こうとした時、レムナント・ワンより何かが多数射出された、
「なんだ? こいつは……ッ!!」
それは怪鳥のような形をしていた。
スチールブルーに彩られたそれは戦闘機のようにも見えたが、どこか違和感を感じる。
次の瞬間、獲物を見つけたかのように一斉に襲い掛かってきた。
数多のビームが、機関砲が戦場へと吹き荒れる。
『こいつらッ!』
「……落ち着け。一機一機は大したことはない」
近接防御機関砲の一撃で破壊される程度には脆かった。
冷静に対処すれば大した相手ではないのだが、如何せん数が多い。
両翼にビームカッターを展開して襲い掛かってくる一機を、ビームライフルで撃ち落とす。
「人が乗っているとは思えんが……」
よくよく観察してみると、機体の挙動は人間が乗っているようには思えない。
狙いを定めても回避する様子は一切見せずに突っ込んでくる。
……まるで、特攻を仕掛けるかのように。
「ドラグーンのようなものか。だとすれば……ッ!」
戦艦の直掩として運用する無線機動砲台。そうだと考えれば得心がいく。
ドラグーン・システムは本来、使用するにあたって空間認識能力を必要とした。
世代と共に改良が進むにつれ、必要な能力の敷居は低くなっている。
それでもこれだけの数を一度に運用するのは楽ではないだろう。
恐らくレムナント・ワンの基になった艦が建造中止になったのも、その辺りが理由の筈だ。
……加えて。
突如、特攻を仕掛けてきた旧ザラ派残党の機体。
恐らくはそれをもドラグーン・システムにて操作し、特攻を仕掛けさせた可能性すらある。
幾らなんでもハッキングで操縦系統を乗っ取る事は不可能だろうと考えられた。
ならば予め仕組まれていたと考えるのが妥当だろうか……それこそ、戦力を供与した段階で。
あくまでも仮説にすぎない。
いずれにしても、この場を乗り切ってからの話だ。
「各機、敵の端末をラグエルへ向かわせるな……ッ!」
「え……っ?」
不意に我へと返ったネリーは、眼前の惨状に言葉を失った。
目の前には損傷の激しいヴァーティカルが力なく倒れている。
コクピットブロックの装甲も抉られ、その隙間からは……
「レンリッ!」
……意識を失い、力なく倒れているレンリの姿が垣間見えた。
恐らくは何処かで強打して出血でもしたのか、赤い血が頬を伝っている。
それはまるで血涙のようにも見え、ネリーを酷く動揺させる。
「……レンリッ! レンリッ!」
幾ら呼び掛けても返事はなく、ネリーの声が虚しく谺するだけだった。
そんな時、ディアボロスの頭部にある《ツォーン》のチャージが完了した事に気付く。
恐る恐るターゲットロックを確認すると、ヴァーティカルのコクピットへと向けられている。
「……ッ!」
半ば衝動的にロックを外し《ツォーン》を上空へ向かって空撃ちする。
まるで悪魔の慟哭の如く、赤黒いビームの奔流が地平を、そして天を焦がす。
そこで不意に……ネリーは理解した。理解してしまった。
「まさか、私が……?」
そんな事はない、と必死に否定するかのように首を横へ振るが。
血の色をした霧が晴れるかのように、徐々に意識が鮮明になっていく。
敵を倒さなければと、コーディネイターを倒さなければと声が聞こえた気がした。
その声は自分自身のもので……。
「嘘……そんな……」
……覚えている。憶えている。
アーランドの乗る機体を撃った事も。
レンリが必死に呼びかけるにもかかわらず、攻撃を加えた事も。
自分自身の内なる声が命じるままに。
そして。
「私が……やったっていうの……」
レンリを、親友を殺めてしまった。
そんな訳はないと、そんなことなどしていないと理解する事を拒絶する。
しかし体が覚えている感触は、その欺瞞を無慈悲にも否定する。
……私が直接、手を下したのだと。
「あ……ああ……」
理解してしまうにつれ、ネリーの頬を涙が伝う。
必死に夢を追いかけていた親友……レンリの夢を壊してしまった。
踏み躙ってしまった。
にもかかわらず、レンリは再び私の前に現れた。
自分を責めるでもなく、もう一度夢を追いかけようと。
そんな資格はないと思っていたのに、手を伸ばしてきて。
……その手を取った、筈なのに。
またしても、私が壊してしまった。
差し伸べられた手を振り払って、踏み躙って。
あまつさえ、その命さえも奪って。
「……ああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
「どうなったんだ……皆、大丈夫なのか……?」
墜落したヘリテージボトムのコクピットで、アーランドは意識を取り戻した。
衝撃で今の今まで意識を失っていたらしい。
機体は完全に沈黙してはいたが、どうにかキャノピーを抉じ開ける。
「ネリー……一体どうして……」
ネリーが戦意を喪失して、完全に安心しきっていた。
もう戦う事はないだろうと。
その後どうするか、ネリーはどうなるのかは分からなかったが、全て終わったと思っていた。
安堵していた折に、不意にディアボロスから攻撃を受けた。
何もかもが分からずに、頭は混乱するばかりだ。
何故、どうしての問いは全て意味を為さず空回りする。
だとしても、今は確認したかった。
錯綜する不安に身を任せるように外へと這い出て周囲を見渡す。
「ラグエルは、無事みたいだな……」
遥か彼方に白黒の艦体を確認し、思わず安堵の息をこぼした。
艦体からは黒煙が吹き上がってはいるが、沈んではいないらしい。
周囲ではモビルスーツ隊が動いており、散発的には戦闘が行われているようだ。
とはいえ旧ザラ派残党の機体は見当たらず、どうにか撃退はできたらしい。
遠目でクラウスとバージルのゲルググも無事だと確認できた。
「……ッ!」
そしてレンリのヴァーティカルとネリーのディアボロスを捜し……思わず息が詰まる。
遠くに見えるディアボロスは呆然と立ち尽くしたように動きを止めており。
……その傍らには、無情にもヴァーティカルの残骸が転がっていた。
確か、ヴァーティカルがディアボロスを抑えていたはずだ。
だのに何故こんな事になっている?
ディアボロスが……ネリーが破壊したというのか?
突如、攻撃を仕掛けてきたことといい、何があったのだ?
そしてなにより。レンリは無事なのか?
「分からない……分からない……ッ!」
無秩序に意識は混乱し、答えの出ない問いは錯綜する。
頭を振るアーランドの頭上を、数機のモビルスーツが飛び去っていく。
ダークブルーのストライクEをはじめとしたそれは……ブルーコスモス残党の機体だ。
見つかってしまったのか?
思わず身構えるが、どうやらそうではないらしい。
こちらには目もくれずに向かう先には、ヴァーティカルやディアボロスがあった。
「あいつら、まさか……」
厭な予感というものほど的中するものだ、とは誰が言ったか。
どうやらヴァーティカル等を回収するらしい。
ほどなくしてブルーコスモス残党の機体が近くに辿り着いた。
ウィンダムが二機掛かりでディアボロスを抱えるが、肝心のディアボロスは動く気配がない。
為されるがままに機体を持ち上げられ、そのまま飛び去って行く。
「……待てッ! 待ってくれッ! レンリ、レンリを……ッ!」
そしてダークブルーのストライクEが、ヴァーティカルの残骸を抱え込んだ。
頭部と四肢は殆ど砕けて失われたそれを、壊れモノを扱うかのようにそっと持ち上げる。
アーランドは必死に叫ぶも、当然聞こえていないのかストライクEは一顧だにしない。
程なくして彼方へと飛び去って行く。
手の届かない。
ここではないどこかへと。
「あ……ああ……っ」
取り戻せたと思っていた。
かつての仲間と、友情とを。
力を手にした理由は別にあれど、この為でもあったのだと感じていた。
だというのに……なんだ、このザマは。
こみあげてきた無力感が涙となり、アーランドの頬を伝う。
何一つ。
守ることも。
取り戻す事も。
できなかったのだ。
【次回予告】
指針を失った世界は紛糾し、言葉を重ねて尚も
メギドの火を掲げる者は高らかに、旧世界の終焉を叩きつける
されど絶命包囲の只中で尚、
PHASE-07「ラグナロク・アゲイン」
想い出は消えるものかと、星が流れる空を見上げ
明日に逸れども答えは見失わず、今一度君に逢う為に
閲覧、ブックマーク等ありがとうございます。
感想等頂けましたら励みになります。何卒よろしくお願いします。
という訳で、これにて第二幕は完結となります。
お付き合い頂いた皆様には感謝しかありません。
この場を借りてお礼を申し上げます。
来週から第三幕を……と言いたいところなのですが、原稿の進捗が死にすぎてるので、一週空けてからのスタートとなります。
状況次第ではなにかを投下するかもしれませんが。
「このキャラクターのこのエピソードが気になる」みたいなものがあれば、仰って頂いたら何らかの形でお出しするかもしれません。可能なモノであれば前向きに検討します。
第三幕からはストーリーも折り返しとなります。
引き続きよろしくお願いします。