PHASE-07 ラグナロク・アゲイン(1)
アラスカ周辺の戦闘から十日あまり。
ラグエルはフィラデルフィア基地にて補給と整備を受けていた。
メインブリッジに立つシエラ・ハルバートンは基地と、遠くに広がる街並みを眺めている。
エイプリル・フール・クライシスとブレイク・ザ・ワールド。
二度の極大災禍による傷跡は決して浅くはなかった。
だとしても人々は諦めずに立ち上がっているのが見て取れる。
「艦長。トレント整備主任からの報告です。外装の修繕は明日には完了するとの事です」
「……ええ。ありがとうございます。レミントン少尉」
オペレーターのミラ・レミントンが報告を伝える。
報告に対してシエラは頷くも、声色は普段のそれと比べ、僅かに疲労の色が滲んでいた。
意識してなければ気取られない程度ではあるのだが。
「それからエンガルフとフィアレス、諸々の新装備の引き渡しと調整ですが、こちらも明後日には完了を見込んでいます……艦長?」
ミラはシエラから感じた僅かな違和感に気付いて、報告を一旦止めて顔を覗き込む。
ラグエルに配属されて以来、共にブリッジにいたのだ。
僅かな機敏に気付かない訳がない。
「急ぎの報告ではありませんし、少しお休みになられますか?」
「……すみません。気を遣わせてしまいましたね」
ミラの言葉に振り返ったシエラは首を横に振り、艦長席に腰掛ける。
そして落ち着けと自分に言い聞かせるように息を吐いた。
「仲間を喪う事など、慣れていた筈ですが……いけませんね。サントラム提督に見られては、怒られてしまいます」
先のアラスカでの任務において、各勢力に狙われていた旧西暦時代の核兵器。
保管施設を改めて検分したところ、持ち出された形跡はないとの事だった。
ブルーコスモス残党と旧ザラ派残党、いずれの手に渡る事は許されなかっただけに、最低限の作戦目標は達成できたといっていいだろう。
しかしその任務の最中に、シエラ達は大切な仲間を失った。
ヴァーティカルに乗るレンリ・アマサキ。
彼女は乗機ごと、ブル―コスモス残党に捕らわれた。
「どうにかアマサキ少尉を取り戻したいのですが……」
……死んだわけではなく、捕らえられた。
なまじ生きている可能性があるだけに焦り、折り合いすら付けられない。
とはいえレンリを捕らえたのはレムナント・ワンを母艦とする部隊だ。
現在、彼らの行方は杳として知れない。
先のアラスカの戦闘においても結局取り逃がしている。
更には強力な電波干渉により足取りすら掴めていないという有様だ。
「世界は最早、それどころではなさそうですからね」
ユーラシア連邦による、ファウンデーション王国への核攻撃。
『エルドアの惨劇』と呼ばれる事変に、世界は慄いた。
事の始まりは、コンパスとファウンデーション王国による合同作戦だった。
ユーラシア連邦国境付近のエルドアに潜伏しているであろう、ブルーコスモス残党の掃討ならびに、首魁であるミケール大佐の逮捕を目的としていた。
アークエンジェルとミレニアムのモビルスーツ隊を中心とした戦力は、多少のトラブルに見舞われながらも確実に残党の戦力を削り、追い詰めていく。
……そんな時だった。
突如、コンパスのヤマト准将がユーラシア連邦との軍事境界線を侵犯。
それをきっかけとして作戦行動は錯綜したと報告にあったが、不可解な点が多すぎた。
一体どこの部隊が核を放ったのか。
そもそも何故、ヤマト准将は軍事境界線を侵犯したのか。
全てが核の炎で焼かれた以上、答えなど出ようがない。
ただ。明らかなのは。
ユーラシア連邦が管理していた核ミサイルにより、エルドアとファウンデーション王国首都、イシュタリアが核の炎で焼き尽くされたという事だ。
先日コンパス理事国間の会談が行われたが決裂したと聞いている。
それに伴い、コンパスの活動は一時凍結。
ラグエルもまた、原隊である第八艦隊へと復帰する事となった。
現状では世界情勢がどのように動くのか予想がつかず、万が一に備えて待機している状態だ。
先の戦闘でラグエルがダメージも小さくはなかった。
だからこそ、その間に補給と整備を進められたのは不幸中の幸いであったと言える。
エルドアの惨劇によりユーラシア方面のブルーコスモス残党はほぼ壊滅。
首魁たるミケール大佐も核攻撃に巻き込まれたと聞く。
尤も、幾許かの戦力はユーラシア連邦領内を経由して脱出に成功したらしいが。
そしてユリエール大佐のレムナント・ワンは現在も息を潜めている。
足取りも掴めていない以上、状況は全くの予断を許さない。
「これは……ッ!」
突如、ディスプレイが切り替わりノイズが走った。
次の瞬間、一人の男がある映像を背景として映り込む。
……ユーラシア連邦により核攻撃を受け、廃墟と化したファウンデーション王国の様子だ。
そして男には見覚えがある……確かオルフェ・ラム・タオ。
確かファウンデーション王国の宰相だったか。
『我々は地上を追われた。ナチュラルが放った憎しみの核によって』
「ネリー……どうして……」
レムナント・ワンと思われる艦内の営倉にて、レンリ・アマサキは片隅で蹲っていた。
気が付けば此処に閉じ込められて、どれだけ時間が経ったのかすら定かでない。
時折、申し訳程度の食事は与えられるので何日か経っている事だけは分かった。
そして、自分を捕らえたのはブルーコスモスの残党であるという事も。
アラスカでの戦闘でネリーを説得できた……そう思っていた。
しかし突如として彼女は正気を失い、攻撃を加えてきた。
何かに取り憑かれたように暴れるところを抑えようとし……気を失ってしまった事を思い出す。
恐らくはその後に捕まってしまったのだろう。
そしてラグエルはどうなったのだろうか。皆は無事だろうか。
ここがブルーコスモス残党の艦であるならば、ネリーも何処かにいるのだろうか。
考えるだけの時間はあるのだが、答えは出ずに堂々巡りを繰り返すばかり。
食事を持ってくる兵士に声を掛けるも、話す事はないと言わんばかりにすぐ立ち去ってしまう。
「……ッ!」
何度目か分からない思案へと意識を沈めようとした時、喧騒がレンリの意識を現実へ留めた。
複数人の足音と喧騒が徐々に大きくなってくる。
誰かがこちらに近づいているのだろうか?
そして喧騒の主達……ブル―コスモス残党の兵士が数人、営倉の前に立ち止まった。
「こいつか。例の新型に乗ってたパイロットってのは?」
「まだガキじゃねえか」
「こいつが……こいつの所為でゴードンは……ッ!」
兵士達は鉄格子越しにこちらを見ながら、口々に喋り出す。
誰かが鍵を取り出したのか、営倉の鉄格子を開けて押し入った。
思わず恐怖を感じたレンリは壁際へと後ずさるが、逃げ場を失うように兵士達に囲まれる。
「お前がゴードンを殺したんだッ! お前が……ッ!」
激昂する兵士の一人を、レンリは呆然と見上げていた。
きっとゴードンという人は以前、ラグエルと戦って戦死したのだろう。
レンリはなるべく人を殺さないようにと立ち回っていたが、それでも全てではない。
戦った結果殺めてしまう事もあるが……こうして改めて突きつけられると辛いものがある。
「まあ待てよ……よくよく見れば、イイ顔してんじゃねえか」
憤り銃を取り出そうとした兵士を、もう一人の兵士が片手で静止した。
そして意味ありげな笑みを浮かべてレンリの全身を舐めまわすように眺める。
殺されるのではと思っていたレンリは、命とは別の危機を意識してしまう。
「おいおい、コルシカ条約に引っかかるぞ」
「馬鹿言え。連中からすれば俺達はテロリストだから条約は関係ねえ……だったらよおッ!」
兵士の一人がレンリの首を掴み、壁へと叩き付ける。
痛みと息苦しさ……そしてこれから起こる事を想起し、思わず目を逸らす。
「テロリストらしく、犯らせてもらおうじゃねえか」
兵士が浮かべた獣のような笑みに、レンリは思わず目を閉じる。
これから彼らは、人としての尊厳を踏み躙ろうとしている。
体が怖れ戦慄き逃げ出そうとするも体格が違い過ぎた。
……その時、兵士達とは別の声が不意に聞こえた。
「……何をしているのですか?」
「アンタは……いや、少佐殿。これはですね」
不意に姿を見せたスーツの青年が営倉を覗き込み、兵士達へと目を向ける。
少佐と呼ばれた彼の口元は薄く笑みを浮かべているが……目は全く笑っていない。
兵士達は慌ててレンリを手放すも、納得がいかないといった様子が見て取れた。
「……いえですね。捕虜が反抗的ですから……その……」
「捕虜への虐待はコルシカ条約で禁じられている筈ですが?」
しどろもどろに答える兵士の言葉を、少佐と呼ばれた青年は詰めていく。
見たところ軍人のようには思えない。
にもかかわらず兵士達は何かに怯えているようにも見えた。
「俺達に条約なんて……」
「もう一度言いますよ。何をしているのですか?」
有無を言わせぬ青年に気圧されたのか。
渋々といった具合で兵士はレンリから手を離す。
兵士達の一人に至っては、気味の悪いモノでも見たかのような目を青年へと向けている。
「し……失礼しました。グラント少佐」
グラント……?
何気なく兵士の一人が口にした名前は、どこかで聞いた覚えがあった。
記憶を手繰っている間に、兵士達は蜘蛛の子を散らすように営倉から去っていった。
「部下が随分と失礼な真似をしたようですね。申し訳ございません」
「いえ……ええと……」
心の底から、申し訳ないといった 具合にグラント少佐とやらは頭を下げた。
パッと見ではブルーコスモス残党なんて組織に身を置いているとは思えない。
その装いといい、何か上手く言葉にできない違和感を感じる。
「申し遅れました。私はフェリクス・グラント……ユリエール様の相談役をさせて頂いています」
「フェリクス……ッ!?」
手繰っていた記憶が、以前に皆で共有していた情報へと繋がり、レンリは目を見開いた。
フェリクス・グラント……確かに彼の言う通りに、ユリエールの側近として活動している男。
そして、本当の経歴は全くの謎に包まれている。
一体自分に何の用なのか? 捕虜への暴行を止めに来たわけではあるまい。
「どうやらコンパスでも有名人のようですね。実に光栄です。さて……」
苦笑しながらもここで言葉を切ったフェリクスは、一歩レンリへと近づいた。
先程と同じく、上手く言葉にできない違和感を感じて後ずさる。
しかし営倉の壁に当たり、これ以上は下がれない。
「貴女にお願いがあるのです……我々と共に、戦ってくれませんか?」
「何をやっているんだろうな……俺達は」
ラグエル格納庫の一角にて、クラウスとバージルは手摺から身を乗り出していた。
ここからであれば格納庫全体を広く見渡せる。
今は丁度、新型のモビルスーツの搬入が終わったところだ。
……確か、エンガルフとフィアレスとかいったか。
見たところ、ヴァーティカルやレゾナンス同様にワンオフの特機なのだろう。
VPS装甲であるが故に、起動していない今は一様に鈍色のままである。
確かパイロットはジェサイアとケイトだと聞いている。
あの二人なら腕は立つだろうし、それに相応しい機体があれば存分に活躍できるだろう。
「……こんな時に何も出来んとは」
コンパスの活動凍結後、ザフトへ復帰する為にジュール中佐へと連絡を取った。
しかし今は一度様子を見て待機せよとの指示で、復帰の手続きは保留となっている。
恐らくは旧ザラ派残党絡みの件なのだろうか。
内部に内通者が潜んでいる以上、何処から厄ネタが出てくるものか分かったものではない。
また真実とは言わないが、限りなく黒に近いモノを目の当たりにしている。
それを知る人間を、そのままにはしておかないだろうとも。
どの道、プラントへ帰還するのにも時間は掛かるのだ。
恐らくはそれを理由にしてプラント内部の諸々に巻き込まれないようにというのが、ジュール中佐の考えなのだろう。
「アルは……相変わらずだな」
格納庫の片隅を目で追って探し回ると……そこには工具を手にしたアーランドの姿があった。
相も変わらず、整備班に交じって仕事をしている。
コンパスの活動が凍結された以上、手伝う義理はない筈なのだ。
理由は……一つしかない。
「手を動かしていないと不安なんだろうさ。あいつも」
ブルーコスモス残党に捕らえられたレンリの事が気掛かりで仕方ないのだ。
先のアラスカでの戦闘でアーランドは撃墜されたものの、どうにか生還した。
しかし、目の前でレンリが乗機ごと捕らえられたのを目の当たりにしてしまった。
何もできなかった無力感がアーランドを焦燥させ、今も駆り立てていると言ってもいい。
加えて、アーランドが今整備に加わっている機体はヴァーティカルの改修型だ。
以前から改修プランは進められており、その為のパーツはほぼ完成していたそうだ。
ただヴァーティカルの実機が鹵獲されてしまった以上、予備パーツを用いて組み上げている。
ほぼ新造に近くなってしまったが、組み上げるだけなら問題はないのだろう。
ただ……肝心のパイロットがいなければ、最終調整もままならない。
当のパイロットであるレンリは今、ブルーコスモス残党に捕らえられている。
行方も杳として知れず……そもそも改修する意味があるのかすら定かではない。
加えて、そもそもヴァーティカルの改修がレンリの戦い方への最適化を目的としている。
余程の技量がない限り、他の誰かが乗ったところでその性能を十全に発揮できないだろう。
聞くところによるとアーランドがシミュレーターで試したそうだが……五分動かすだけでやっとといった具合で、想定通りのマニューバには及ばなかったそうだ。
だとしても、彼らが作業の手を止めなかった。
アーランドにしても、ラグエルの皆にしても信じたいのだろう。
仲間であるレンリはきっと無事だと。帰ってくると。
信じたいというよりも、そうある事を望む祈りなのかもしれないが。
「いたいた。随分と捜したよ」
突如、横から掛けられた声へと体を向ける。
そこには、スーツに身を包んだ年若い男が立っていた。
この場では場違いな装いを怪訝に思いながらも、改めて向き直る。
男の鮮やかな金髪の下では、不敵かつ不遜に……或いは値踏みするように笑みを浮かべていた。
「……ええと、どちら様で?」
「俺はこういう者でね。君達に話があるんだ」
ウィーグリーズ・インダストリーCEO ディーン・アズラエル。
差し出された名刺に目を通したクラウスとバージルは息を飲む。
確か、大西洋連邦の国防産業連合理事をだったか。
かつてのブルーコスモス盟主であるムルタ・アズラエルの甥とも聞いていたが。
叔父とは違いブルーコスモスではなく、コンパスとの関係を強めているらしい。
そんな男が、一介のパイロットでしかない人間に声を掛けてきた。
話があると言っていたが……思わずクラウスとバージルは身構える。
「そうだね……アルバイトに興味はないかい?」
「どういう……ことですか?」
……我々と共に戦ってくれませんか?
フェリクスの言葉の意図が分からず、レンリは思わず身構える。
この男は一体何をさせようというのか。
「ええ。順序を追って話をしましょう。まず……ネリー・ハーシェルは死にました」
「ネリーが……そんなッ!」
不意に突きつけられた、信じがたい言葉。
到底受け入れられる筈もなく、否定するようにレンリは首を横に振る。
しかしその動揺すら見透かしているかの如くフェリクスは薄い笑みを浮かべていた。
「貴女を殺したと思い込み、心を壊してしまいましてね」
ようやくネリーと分かり合えたと思ったあの瞬間……突如、攻撃を仕掛けてきた。
何かに取り憑かれているかのように。
正気を失ったとしか思えない有様だった。
何故ああなったのか未だに分からない。
「ええ。ですので遺志を継いでほしいのですよ……貴女には」
「……ッ!」
動揺するレンリの心に、何かが触れた。
それは脳を直接撫でられるかのように。
かつてなく異質で……そして不快極まりない感触。
気が付いたその時には、無意識にフェリクスを突き飛ばしていた。
「これは……やはり、今の状態では難しいか」
一方でフェリクスはというと、何かを確かめるかのように呟いている。
突き飛ばされた事すら意に介していないようだった。
かと思えば、改めてレンリへと向き直り一礼して微笑む。
「お気分が優れないようですから、日を改めて出直しますよ。ああ……せめてものお詫びに、部下が馬鹿な真似をしないよう場所を改めておきましょうか」
姿を見せた時と変わらない様子でフェリクスは、営倉を出るように促す。
暫く艦内を歩くが……すれ違う兵士から奇異の目を向けられたのが気になった。
もっともそれはレンリに対してではなく……フェリクスに対してだ。
ほどなくして、ある部屋の前でフェリクスは立ち止まった。
ロックを解除し、レンリに中へ入るように促す。
どうやら使われていない士官室の一つらしい。
「営倉よりかはマシですが、大人しくしていてくださいね」
「……貴方は、何が目的なんですか?」
フェリクスがネリーの名前を口にした時からずっと考えていた疑問を口に出す。
少なくとも、彼は自分とネリーの関係について既知なのは間違いないだろう。
自分がラグエルの皆に話したように、ネリーもまた打ち明けたのかもしれない。
唇に指を当てたフェリクスは暫し思案するかのように目を閉じ……ほどなくして口を開く。
「そうですね……復讐、とでも言っておきましょうか」
「……復讐?」
その意図を汲みかねたレンリが思わず訊き返す。
コーディネイターへの復讐なのだろうか?
ブルーコスモスとしては一番ポピュラーな動機ではあるのだろうが。
彼の表情からはそんな枠に収まらないような、得体の知れない何かを感じた。
「ええ。その意味を理解した時、貴女は私にとって真の同志となるのです」
閲覧、ブックマーク等ありがとうございます。
感想等頂けましたら励みになります。何卒よろしくお願いします。
お待たせしました。
ようやく第三幕のスタートとなります。