「レゾナンス、エンガルフ、フィアレス、敵モビルアーマーとエンゲージッ!」
「テイラー隊、敵モビルスーツまで距離500、まもなく接敵しますッ!」
帳の降りた戦場を見渡し、シエラ・ハルバートンはラグエルの艦橋で指示を下していた。
アラスカと同じく、極北に近いアイスランドに建造されたヘブンズベース基地。
かつての地球連合軍最高司令部であったが、二度目の大戦の折にロゴスメンバーが籠城した。
ザフトならびに反ロゴス同盟軍との戦闘により、激戦の末に陥落。
以降は復興まで手が回らず放棄されたまま今に至る。
激戦の爪痕が今もなお残る大地を、ラグエルから出撃した機体が駆けていく。
それを迎え撃つべく、ブルーコスモス残党の機体も数多く出撃する。
呼応するように洋上からも、大西洋連邦正規軍の空母からモビルスーツ隊が飛び立つ。
各々の戦力は徐々に距離を詰め、やがてどちらともなく戦端を開く。
近年、海賊や怪しげなジャンク屋が出入りしているという話は聞いていた。
恐らく彼らに紛れる形でブルーコスモス残党が目を付けていたのだろう。
今のヘブンズベース基地は、かつて司令部として機能していた頃と見る影もない。
とはいえミケール大佐麾下の戦力も加わっている以上、油断はできないだろう。
衛星軌道上から第七艦隊の戦力を投入する案もあった。
しかし二度目の大戦時同様、対空掃射砲ニーベルングが健在なら下手に投入はできない。
検討の結果、第七艦隊にはレクイエム攻略作戦の支援に回る事となった。
「サラトガならびにランドルフに打電を。敵モビルアーマーは主にこちらで対処致します」
ザムザザーやゲルズゲーといった陽電子リフレクター装備のモビルアーマーは、真っ向からの対処は困難を極め、有効な装備が少ない正規軍では手に余る。
であるならば、ワンオフの特機を多く抱えているラグエルで対処するのが丸いだろう。
恐らくは戦略級モビルスーツのデストロイをも用意していると考えた方がいい。
ブリッジに用意された席で、ディーン・アズラエルは頬を付きながら戦場を眺める。
彼の興味は先陣を切って出撃した機体……エンガルフとフィアレスに向けられていた。
ゲルググなど他にも見どころはあるのだが、まず注目すべきはあの二機だ。
「見せて貰おうじゃないか。我が社が手掛けた新型の性能とやらをさ」
「ザムザザーが三機、ゲルズゲーが二機、ユークリッドは八機といったところか」
『さすがヘブンズベースだ。海の幸にゃ困らねえな』
先陣を切っていたルーク達は、敵戦力の前衛に配備されているモビルアーマーを確認した。
あちらにとっては守りの要である以上、どれだけ効率よく対処できるかが鍵となる。
以前であればラグエルにおいても対処法は限られていた。
今回も限られているといえばそうなのだが、手札は間違いなく増えている。
『全部平らげて、なんならおかわりでも出してもらおうじゃないかッ!』
フィアレスに乗るケイトが啖呵を切ると、真っ先に一機のザムザザーへと飛び出していく。
背部のリフターを前面へ展開させる事で強襲形態を象った。
備えられているサブセンサーのモノアイが、獲物を捉えた猛獣のように妖しく灯る。
GFX-A/112 フィアレス
ウィーグリーズ・インダストリーによって開発された新型の内の一機。
敵戦力への強襲を主眼として開発された特機である。
ザムザザーの腕部から《ガムザードフ》複列位相エネルギー砲が放たれ、後衛のモビルスーツ隊からも次々とビームライフルによる援護射撃が飛んでくる。
加速しつつもそれらを巧みなスラスター操作で回避。
要所要所で両肩部に備えられた盾にて弾いた……否、曲がった。
『おーおー、ちゃんとビームが曲がるじゃないか。こいつは面白れえなッ!』
フィアレスにはエネルギー偏向防盾《ゲシュマイディッヒ・シルト》が備えられている。
かつてのフォビドゥンに搭載されていたエネルギー偏向装甲と同種の防御機構だ。
ただし小型化され、取り回しは大幅に改善している。
避けきれないビームだけを的確に弾き、フィアレスは瞬く間にザムザザーとの距離を詰めた。
『ちょいさあッ!!』
腕部の武装をエネルギー砲から《ヴァリシエフ》超振動クラッシャーへと切り替えたザムザザーはフィアレスを捕らえようとするが、それよりも早く懐へ飛び込んだ。
フィアレスは左腕部の超振動咬牙爪《フローズヴィトニル》を展開。
貪欲に広げられた鋼の顎はザムザザーを捕らえ、僅かな抵抗の後にその装甲を咬み砕く。
『まずは一丁ッ! まだまだいけるぜッ!!』
砕けた装甲の隙間へ右腕のビームライフル・ショーティーを連射。
為す術もなくザムザザーは派手に爆散し、空の藻屑と化した。
確かに陽電子リフレクターは堅牢ではあるが、懐に潜り込まれると小回りが利かず脆い。
『こっちも悪くねえな。あのボンボンも偶にはイイ仕事をしやがる』
新たな乗機であるエンガルフに乗るジェサイアも機嫌がいい。
バイアネットも悪い機体ではなかったが、ワンオフの新型はまた格別である。
GFX-A/110 エンガルフ
こちらもまたウィーグリーズ・インダストリーによる新型だ。
かつてのバスターやカラミティ同様に、砲撃戦を主眼としている。
機体の火力そのものはカラミティと比較して僅かな向上に留まっているのだが。
継戦能力と機動性は大幅に向上しており、むしろトータルバランスでは大きく上回る。
『金の掛かってる弾だ。大事に受け取ってくれよなッ!』
フィアレスは両肩部の収束火線砲兼レール砲《ステュクス》を展開。
対ビームコーティング弾による砲撃で、ゲルズゲーの陽電子リフレクター発生器を破壊する。
更に続けてビーム砲と胸部の《スキュラIII》をチャージ。
《ステュクス》を収束火線砲に切り替えつつも、左腕部シールドの《ドンナー・ツヴァイ》をも併せて一斉砲撃を行う。
火力そのものだけで言えばフリーダムにも匹敵するフルバースト。
それはゲルズゲー諸共敵編隊を紙細工の如く薙ぎ払い、戦列に風穴を開けるには十分だった。
「コールマン大尉、ハーディン大尉、このまま我々は敵モビルアーマーの無力化を優先して行う」
ルークは指示を出しながらもまた別のザムザザーを相手に交戦していた。
レゾナンスにもまた、新たなストライカーパック……グライフストライカーが装備されている。
I.W.S.P.の流れを汲み、ノワールストライカーやオーブのオオトリストライカーの流れを汲む、最新仕様の統合兵装ストライカーパックだ。
対ビームコーティング弾を搭載したレール砲。
やや取り回しの利きやすいサイズの対艦刀《ティソーナ》が計二振り。
そして左腕部の攻盾システム《トリケロス・ドライ》と、攻防共に高い完成度を誇る。
「まだこれで全部だとは思えん。各機、油断するな」
ザムザザーの陽電子リフレクター発生器に対艦刀の一撃を叩き込み。
怯みながらも繰り出してきた《ヴァリシエフ》をいなしながら、《トリケロス・ドライ》の超振動クラッシャーの顎を開き、ザムザザーの腕部を捕らえて捥ぎ取る。
更に翻りながらも対艦刀を振るいコクピットブロックへと直撃させ、完全に沈黙させた。
ブルーコスモス残党にしても、ここは正念場である筈だ。
ここで大西洋連邦を退けなければ今度こそ磨り潰されるのは間違いないのだから。
ミケール大佐麾下の戦力も合流しているなら、デストロイすら出てきてもおかしくはない。
何かを企んでいるのは間違いないが、表になっていない手札が多すぎる。
まとわりつくような違和感を不快に感じながらも、ルークは次なる標的へと向き直った。
『ゲルググの調子はどう?』
「正直、連合のコントロール系はやりづらいな」
アーランドのクラウドダガーとクラウス、バージルのゲルググもまた戦場の只中にあった。
ディーンの手引きによってウィーグリーズの下、ゲルググは手を加えられていたのだが、パーツの規格はもとより、操縦系も連合製モビルスーツのそれに換装されている、
ザフト機に慣れたクラウスやバージルとしては扱いづらいことこの上ない。
シミュレーターである程度慣らしてはいたものの、動きにはぎこちなさが若干残っていた。
それでもこちらへ向かってくるダガーがビームライフルを構えるのを確認。
バージルはゲルググが手にした連合製のレールガンの引爪を引き、先んじてダガーを撃つ。
更に別のダガーがビームサーベルを手に接近してくるが、スラスターを吹かして回避。
一度一歩退いてから《マグヌスグラディウス》特斬槍を振りぬいてダガーを貫いた。
『トータルのスペックは上がってるんだろうがな。こんなモノをどうしようってんだか』
恐らくディーンは、このゲルググを叩き台として更なる新型を開発しようとしているのだろう。
連合とザフト、オーブである程度規格を共通させた新型を。
それを足掛かりにしてモルゲンレーテやプラントの統合設計局に一枚噛もうといったところか。
ザフトからの借りものであるゲルググを平然と転用する辺りは、大した面の皮の厚さだとは思う。
「……ワーズワース女史の言ってた事が身に染みて分かるな」
……あの男は金払いはいいけど、人使いは荒いから覚悟しておきなさい。
かのウィーグリーズからラグエルへ出向扱いになっているというソフィアの忠告を思い出す。
こうして乗機を慣れない機体へ改修され、その状態での戦闘を強いられている。
しかも諸々に便宜を図って貰っている以上、その意向には従わざるをえない。
『全くだ。厚かましさと抜け目のなさならコーディネイターでも敵わんだろうさ』
ソードストライカーを装備したウィンダムが、対艦刀を手に斬り込んでくる。
大振りの斬撃を回避しつつ横手からビームライフルを連射してウィンダムへ叩き込む。
今のところ、機体への違和感以外は特に問題はなさそうに思える。
「隊長殿がリフレクター持ちを片付けてくれてるから楽といえば楽だが」
バージルもまた、ルークと同種の違和感を感じていた。
こちらの戦力は東海岸側とラグエルが中心と、十分な戦力を用意できているとは言い難い。
順調に思えるのは、突出した戦力をラグエルが保有しているからだろう。
加えて厄介な敵前衛を優先して処理しているからこそ、ここまで進軍できているのだ。
「上手くいっているのは悪くない筈だ」
だとすれば、拭いきれない違和感は一体なんだというのだ。
否……違和感だけではない。
ある種の既視感すら、バージルは感じずにはいられなかった。
「ここは……格納庫?」
士官室に捕らわれていたレンリを連れたライアンは、フリアエの格納庫に辿り着いていた。
ここまでで味方から怪しまれる事は一度もなかったのは僥倖とも言える。
ミケール大佐麾下の残存勢力の合流と、ラグエルをはじめとした大西洋連邦の攻撃に対応を迫られているからこそだろうとは思う。
とにかく、ここまでくればあと一息だ。
「ディアボロス……それに、ヴァーティカル?」
周囲を見渡していたレンリは、格納庫の一角にあるディアボロスに気付いたようだ。
現在ディアボロスは全面的な改修作業を行っており、各種武装の強化とヴァーティカルに搭載されていた光圧推進システム、ヴォワチュール・リュミエールの実装が目的らしい。
傍らではパーツを引き抜かれたヴァーティカルが無造作に転がっている。
愛機の無惨な姿を目の当たりにしたレンリは思わず顔を背けた。
それにしても……と、ライアンは改めてディアボロスを遠目に眺める。
ネリーは親友であるレンリを殺めたと思い込んで、心を壊してしまった。
今はメディカルルームの『揺り籠』で眠っていると聞く。
ただそれは、強化兵士エクステンデットとして『調整』する為だろう。
心を壊したネリーの尊厳を踏み躙り、尚も兵器として使い潰そうとする。
主導するフェリクスと、それを良しとするユリエール。
……そんな事が許されるのか?
コーディネイターを倒す為とはいえ、そこまでせねばならないのか?
それに飽き足らず、親友であるレンリすら利用しようとしている。
気が付けばライアンは拳を強く握り締めていた。
しかし今は怒りを、憤りを覚えている場合ではない。
「こっちだ……こいつに乗ってくれ」
レンリの手を引いて格納庫を駆けるライアンは、やがて一機の戦闘機の前で足を止めた。
支援戦闘機スカイグラスパー。
連合製モビルスーツに広く採用されているストライカーパックを運用する機能を有している。
戦場の主役こそモビルスーツに移り、戦闘機そのものは今やあまり見かけない。
「ありがとうございます。けど……ネリーは? ネリーも助けないと……ッ!」
「……すまない。ヤツが囲い込んでいる『揺り籠』は警戒が厳しい」
忸怩たる思いを滲ませながらライアンは首を横に振る。
ネリーをも助け出したいところだが、フェリクスとしても余程ご執心なのだろう。
どうやら味方すら完全に信用していないらしく、とても手が出せるような状態ではない。
逆に言えばそちらを警戒していたからこそ、レンリをこうして連れ出せたのだが。
「だからせめて、君に頼みたい……ネリーを、助けてやってくれ」
スカイグラスパーに乗り込んだレンリを真っすぐに見上げ、ライアンは口を開いた。
本来であれば、自分の手で助け出したかった。
しかし物理的に救出できたところで精神的には……心は、どうにもできない。
彼女にとって自分はブルーコスモスの同志でしかないのだから。
「悔しいがな、親友である君にしか託せない。君の言葉ならきっと……彼女に届くだろう」
アラスカでの戦闘では、親友であるレンリの言葉がネリーへ確かに届いていた。
しかしネリーは突如として暴れ出し、レンリを傷つける事になった。
なぜそうなったのかはライアンでも未だ全容を把握できていない。
エクステンデット用の精神制御技術をいつの間にか転用していたとは考えられるのだが。
ただ。いずれにせよ。
フェリクスやユリエールが何かを企んでいようが。
親友であるレンリの言葉であるならば、きっと心に届くだろうと。
それは確証があるわけでもない。
確証どころか、そうあってほしいという願いでしかないのかもしれない。
……だとしても。
「……分かりました」
ライアンの言葉に、レンリは力強く頷いた。
彼女とて全てを納得した訳ではないのだろう。
しかしネリーを救いたいという想いは同じなのだ。
「ああ。それとお仲間達に伝えてくれ。この作戦は――」
「囀るのは、そこまでにして頂きましょうか」
そこまで言いかけた時、不意に聞き覚えのある声が格納庫に響いた。
聞き覚えのあるどころではない。この不快な声は……
「フェリクス……ッ!」
振り返ると、そこには声の主……フェリクスが保安部らしき兵を率いてこちらを取り囲んでいた。
彼らが手にした銃は皆一様に、一分の隙もなくライアンへと向けられている。
よくよく顔を見てみると知らない者ばかり……恐らくはミケール大佐の部隊からだろうか。
何も事情を知らない彼等なら、引爪に手を掛けるのも躊躇わないだろう。
「困るんですよ。籠の中から小鳥を連れ出す王子様気取りは。実に反吐が出ますね」
「口先三寸で人を誑かす悪党が言うと説得力があるな」
周囲を見渡して隙を探るも、流石にどうにもならなさそうだ。
レンリをスカイグラスパーに乗せられただけでも御の字と言えるだろう。
「結構。悪党で実に結構ですよ。どうせ彼らからすれば、我々はテロリストなんですから」
謳うように、そして滴るような悪意を隠そうともせずにフェリクスは嘯いた。
スーツの懐から拳銃を取り出し、セーフティを外す。
獲物を追い詰め甚振る獣のように一歩一歩、こちらへと近づいてくる。
「でしたら。テロリストらしく振舞ってあげようじゃありませんか。お望み通りに……ね」
ある程度近づいたところでフェリクスは足を止めた。
そして拳銃をライアンへと向ける。
手ずから葬り去りたいといったところだろうか。
随分と嫌われたものだなと心の中で自嘲する……尤も、それはお互いさまではあるが。
「……さようなら。あの世で貴方の妹さんに逢わせて差し上げましょう」
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