「コンパスの新型、存外に粘ってくれる」
デヴァステイトの下半身部分、D・フォートレスの管制室。
ディスプレイに映るモビルスーツを睨みながら、機長は不快感を滲ませた。
腐っても新型であり、その性能は侮れないという事だろう。
そもそもラグエルの参戦はないと事前情報にはあった筈だ。
奴らが所属しているコンパスは、エルドアの一件で活動が凍結されるだろうと見込まれていた。
ところが、蓋を開けてみれば敵戦力の中核にラグエルが存在しているではないか。
フォスターの根回しが早いのか、或いはユリエールが情報を伏せたのか。
とはいえミケール大佐を失った自分達を受け入れてくれたのも事実だ。
せめてその恩には報いなければならないだろう。
とはいえ、連中は何かまだ明らかにしていない手札があるように思える。
特にフェリクスとかいう男は信用ならない。
「……まあ、いい」
機長の眼下では操縦士と二名の火器管制がせわしなく動いている。
そして上半身側にあたるD・サーキュラーのパイロットも同様だ。
彼らの奮闘により、ラグエルの新型は随分と攻めあぐねているらしい。
しかしこちらも無線飛行ユニットD・ファングを一基失ってしまった。
簡略化されたとはいえドラグーン・システムの操作は困難を極める。
恐らくは遠からず泣き処になってくる筈だ。
「各員、油断するなよ」
変わらず抵抗を続けるラグエルの新型を目で追いつつ、機長は頷く。
D・フォートレスに装備された主砲《アウフプラール・フィアツェーン》が咆哮。
連装モードに切り替えた砲身は最大出力では劣るが、それでもモビルスーツ相手では十分だ。
偏向防盾を装備した敵の新型でも直撃は避けたいらしく、懸命に回避している。
砲撃戦用の新型も常に攻撃に晒されては狙いを定めるのもままならないだろう。
対陽電子リフレクター用に特殊弾頭を用意しているようだが、撃てなければ同じことだ。
ただ撃たれれば逆にD・ファングといえど無事では済まない。
確か、ラグエルの機体はウィーグリーズ・インダストリーが開発を主導していると聞く。
……あの裏切り者にして恥知らずの、ディーン・アズラエルの会社だ。
可能なら完膚無きにまで叩いて砕いてやりたい衝動に駆られる。
「……二号機は母艦を直接叩くか」
敵のモビルスーツ隊を相手取っていたデヴァステイトの二号機は、進路をラグエルへと向けた。
新型ならまだしも正規軍のダガーやウィンダムなどは最早羽虫でしかない。
ユリエールはまだ何か手を隠しているようだが、敵艦を墜とせば文句は出ないだろう。
一応、ヴァーティカルとかいう新型が最大の懸念とも言えた。
圧倒的なスピードで振り回されるとこちらも対応が追い付かず、その対処は難しい。
単座式のデストロイと異なり操縦を分担している為、その弱点はより顕著に顕れてしまう。
とはいえ、そのヴァーティカルはアラスカで鹵獲したと聞いている。
更にエルドアでフリーダムやジャスティスも核に巻き込まれた以上、臆するものは何もない。
「奴らに見せてやれ。真の正義をな」
今、宇宙ではファウンデーション王国の連中が大きな顔をしている。
しかも奴らは究極のコーディネイター、アコードなどと自称している始末だ。
あまつさえ盟主ジブリールの造ったレクイエムを占拠してこちらに突き付けている。
コーディネイターとの共存などと温い事を宣った結果、このような事態を招いたと言ってもいい。
ならば、連中は自らの血をもって贖わなくてはならないのだ。
そして大西洋連邦を取り戻し、今度こそプラントを……コーディネイターを討つ。
「そうだ。青き清浄なる……世界の為に」
「エッカート機、クレイグ機、一時帰投しますッ!」
「ランドルフ所属の部隊、損耗率30%を超えましたッ!」
デヴァステイトの投入によりブルーコスモス側へと一気に傾いた戦線。
一機はレゾナンスと新型がどうにか抑えているが、想定以上に梃子摺っている。
もう一機はアーランド達が対処に回ったが明らかに旗色が悪い。
他のモビルスーツ隊も加勢に加わるが、一方的に蹂躙されるばかりだ。
一度目の大戦におけるオーブ解放作戦において、地球連合が最終的に勝利した要因が一つある。
それはフリーダムならびにジャスティスというオーブ側の最大戦力を抑えられたからだ。
仮にこの二機が自由に動ける状態であれば、地球連合は撤退に追い込まれていただろう。
……その仮定を体現する光景が、目の前に繰り広げられている。
更に、こちらの戦力で止められないと判断したのか。
モビルスーツ隊を相手にしていたデヴァステイトがこちらへと向き直る。
ラグエルを墜として一気に決着をつける心算なのだろう。
『……ラ……ル、……エル、聞…え………ッ!?』
「これは通信? オープン回線ですね。発信源は……」
そんな混戦の最中、オープンで呼びかけてくる通信にミラ・レミントンは気づいた。
このような状況一体誰がと訝しむも、その発信源は即座に特定できた。
加えて、ほどなくしてその声の主もまた明らかとなり……ミラは驚愕する。
『……ラグ…ル、聞…えます…?』
「……まさか」
ほどなくしてモニタに、通信の発信源が映し出される。
それは一機のスカイグラスパーで、真っすぐにこちらへ向かってくる。
識別コードこそ不明ではあるものの、その声の主は明らかだ。
加えて、背後からは数機のダガーに追われているようだ。
時折放たれるビームライフルを巧みに躱していくのは流石と言うべきか。
しかしいつまでも回避し続けられるモノでもないだろう。
『……ラグエル、聞こえますか? こちらはレンリ・アマサキ少尉ですッ!!』
先程よりも明瞭に聞こえた声にミラは顔を上げ、シエラは目を見開く。
その声は確かに、ブルーコスモス残党に捕らえられたレンリのものだった。
聞き間違えようもないが、まさか自力で脱出できたのだろうか?
「……少尉、生きていたのですね?」
現状で救出まで手を回す余裕がないと考えていただけに、レンリの生存は僥倖と言えた。
元々それが動機だったアーランドなどは特に安堵している事だろう。
とはいえ、これがブルーコスモス側の罠である可能性も否定できない。
エリアスは黙したままスカイグラスパーを睨み、思案している。
「アマサキ少尉。至急当艦への着艦をお願いします。積もる話は後で聞かせて頂きましょう。整備班はセーフティネットの用意を。念の為に保安部も待機してください」
「艦長ッ!」
シエラの決断にエリアスは抗議の意を込めた声を上げる。
しかしシエラは静かに、それでいて強い意志を持って首を横に振った。
「現状で我々は厳しい局面にあります。ですが、これを打開できるのであればリスクは許容しなければなりません。そして今、我々はそれを成せるだけのカードを既に手にしています」
「……成程ね。ヴァーティカルか」
一連の遣り取りを静観していたディーンが、シエラの意図を察して呟いた。
改修作業の完了したヴァーティカルは既にラグエルへ搭載されている。
ただでさえ扱いづらさに輪が掛かっているのだが、扱えるパイロットがいればどうなるか?
そのパイロットがこちらへ帰ってくるというのだ。
「いいんじゃない? ビジネスでもさ、ある程度のリスクは許容しなきゃならないからね」
デヴァステイトの対処に手が回っていない現状、戦略的に不利に立たされている。
対処そのものは時間を掛ければ可能かもしれないが、それまでに被る損害は計り知れない。
しかもこちらがある程度進軍したタイミングを見計らって、退路を塞ぐようにデヴァステイトを投
入してきたのだ。
それこそサイクロプスなり用い、諸共に始末する可能性は否定できないだろう。
「それに罠の可能性は低いと思うよ。じゃなきゃあそこまで必死にならないでしょ?」
レンリが乗っていると思われるスカイグラスパーのマニューバ。
そして必死に追いすがり攻撃を加えようとするダガーの動き。
もしこれが一連の芝居だとすれば、ここまで手の込んだ真似をするだろうか?
それこそ、重要な局面で人質として用いた方がまだ効果的と言える。
「なんにせよリターンはデカイからね。もしアレを動かせるようになれば、ジブリールとかいうアホの置き土産も片付くでしょ」
「……しつっこいッ!」
スカイグラスパーのコクピットで、レンリは執拗に追いすがるダガーを振り切ろうとしていた。
そもそも、スターリンカーやヴァーティカルの適性は戦闘機類の操縦にも通じるものがあったのだが、明らかにスペックが違い過ぎる。
操縦に機体が付いてこないもどかしさを感じながらも、必死にラグエルを目指す。
そもそも、ライアンが危険を冒して自分を脱出させてくれたのだ。
彼がフェリクスに狙われる形になったが、すんでのところでスカイグラスパーに備えられている機銃を用いて隙を作ることはできた。
……どうにか無事に脱出できていればいいのだが。
「あと少しなの……にッ!!」
思考が一瞬脇に逸れた隙を見逃してくれる程、敵も甘くはなかった。
後方を映すディスプレイには、こちらへと銃口を向けるダガーの姿が克明に映っている。
その射線からは逃れるには僅かに足りず。
ここまでか……そう思った時、明後日の方向からビームが飛来した。
一つ二つと放たれたビームはこちらを狙い撃とうとしたダガーを容易く貫く。
ほどなくして、そのビームを放った機体……クラウドダガーが姿を見せた。
銀色の帯を巻いているからケイトだろうか?
『……良かった。間に合った……ッ!!』
「アーランドッ! 貴方どうして……?」
ケイトのスカイグラスパーから聞こえてきた声はアーランドのものだった。
あの状況でヘリテージが無事だとは思えないので、ケイトから借りたのだろうか?
そもそもどうしてこの場にいるのだろう?
『話は後だッ! 早く、ラグエルへ……ッ!』
そう。話は後だ。
アーランドが折角路を切り開いてくれたのだから、無為にするわけにはいかない。
間近に迫るラグエルを見据えたレンリは、スカイグラスパーを更に加速させる。
「嬢ちゃんッ!」
「主任ッ! みんなも……無事だったんですねッ!?」
スカイグラスパーで飛び込み、ラグエルへと緊急着艦したレンリ。
彼女を出迎えたのは、オーティスをはじめとした整備班と保安部であった。
急いでコクピットから降りたレンリに、オーティスは付いてくるように促す。
同時に整備班と保安部がスカイグラスパーに近づいた。
「念の為何か仕掛けられていないか調査だ……っと、嬢ちゃんはこっちだな」
オーティスに導かれるまま格納庫をレンリは歩く。
見慣れた場所の筈ではあるが、しばらく見なかったからか随分と懐かしく思えた。
新型のものだろうか。処々に見覚えのないパーツが転がっている。
「……こいつだ」
ほどなくしてオーティスは、ある機体の目の前で足を止めて見上げる。
そこにはレンリにとって見覚えのある……しかし記憶のそれとは若干異なる姿があった。
自然に、意識せずにその機体の名前を呟いていた。
「これは……ヴァーティカル?」
「こんな事もあろうかと……じゃないがな。改修は済ませてある」
以前、ヴァーティカルの改修プランが話に出ていたのは覚えていた。
しかし先のアラスカの戦闘で機体自体はブルーコスモス残党に鹵獲された筈だ。
という事は予備パーツなりを用いて新造したという事か。
「なあに。嬢ちゃんが戻ってきて無駄にならずに済んだ」
オーティスの言葉にレンリの胸に熱いものがこみ上げてくる。
自分が戻ってくると信じて、皆はこの機体を用意してくれていたのだ。
それでも短期間でここまで仕上げたのは流石と言うべきか。
機体を見上げるオーティスもまた、やりきったと言わんばかりに満足げな笑みを浮かべている。
「っと……今はそれどころじゃねえ。戻ってきていきなり頼むのも悪いが」
「……はい。あの新型ですよね」
レンリは頷いてからラダーを用いてコクピットに乗り込んだ。
恐らくはデストロイに酷似した敵の新型機への対処だろう。
圧倒的火力と防御力はもとより、無線飛行ユニットによって死角を補っている。
恐らく、ヴァーティカルのように突出した機動力で振り回すのでなければ手が足りない。
MOBILE SUIT NEO OPERATION SYSTEM
GFX-V/809-E2
【VERTICAL INFINITY】
GENERAL
UNILATERAL
NEURO-LINK
DISPERSIVE
AUTONOMIC
MANEUVER
G.U.N.D.A.M.
Complex
機体を起動させるとOSが立ち上がり、見慣れたいつもの画面が表示される。
ヴァーティカル・インフィニティ。
それが改修されたヴァーティカルの正式名称らしい。
ディスプレイに記されたその名前へと手を伸ばし、そっと撫でる。
……限りなく、遥か高みへ。
自分にそれができるだろうか?
否……できる。
仲間を助けて、友を取り戻す。
怖れるものは最早、どこにもないのだから。
『アマサキ少尉。よく無事に戻ってきてくれました』
「すみません。随分心配を掛けました……それから、ありがとうございます」
声を掛けてくるシエラの表情は依然、硬いままであった。
無理もない。今の状況を鑑みれば一切の隙は見せられないのだから。
それでも、自分が戻ってきてくれると信じて機体を用意してくれていたのだ。
だからせめて。その想いと期待には応えたい。
『言っておくけど、動かすのはぶっつけ本番になるわよ』
「大丈夫です。私の為にと設計してくれたソフィアさんを信じます」
レンリの言葉にソフィアは一瞬目を見開き……そして、ふっと微笑みを見せた。
頷いてからヴァーティカルの各種仕様を確認していく。
ストライカーパックシステムは廃されているようだが、その分近接兵装が充実している。
そしてやはり……ヴォワチュール・リュミエールの稼働が前提となるようだ。
『カタパルト2番オンライン。進路クリア。レンリ……気を付けてッ!』
「うん。皆が信じてくれたから、私はまた……飛べるッ!!」
カタパルトに乗せられたヴァーティカルの発信準備が整う。
最早、臆して怖じる道理は何処にもない。
きっと何処までも飛べる。飛んでいけるだろう。
「レンリ・アマサキ……ヴァーティカル、行きますッ!!」
力強く操縦桿を前に倒すと共にカタパルトが勢いよくヴァーティカルを押し出す。
シートへと体が押し付けられる感覚すら懐かしく、そして心地よく思える。
勢いよくラグエルを飛び出すと共にVPS装甲が起動し、装甲は蒼と白とを鎧う。
改修が施された間接部もまた、鈍色から純白へと染まっていく。
そして光圧推進システム、ヴォワチュール・リュミエールを起動させる。
蒼き光の翼がヴァーティカルの背に宿り、レンリの意思に応えるように輝きを増していく。
飛翔しながら機体各部を軽く動かすが、特におかしな点は感じられない。
これもひとえに皆が懸命に調整を重ねてくれたこそだろう。
ひとしきり確認を終えたレンリは、徐々に白みを帯びていく空を見渡す。
自分が逃げてきた遥か先の区画には恐らくレムナント・ワンが潜んでいる。
今すぐにでもネリーを助けに行きたい衝動に駆られるが……
「あれが例の新型……」
デストロイのように見えるが、上半身と下半身が分離している新型。
どうやらデヴァステイトと呼ぶらしく、データベースにも呼称が登録されていた。
その黒き威容は死と破壊を撒き散らしながらラグエルへと向かっている。
まずはアレを止めなくてはならない。
アーランドが乗っているクラウドダガーに加え、見慣れぬ妙な機体も懸命に抗っていた。
どういう訳だかデータベースにはゲルググと表示されているが、この期に及んでは些細な問題だ。
いずれも四方八方から迫るビームに対処するので手一杯で、反撃の糸口すら掴めていない。
「行こう。ヴァーティカル。私達なら……何処へだってッ!!」
【次回予告】
数多の想いが織り成した翼を剣と成し、その切っ先は揺らぐ事はなく
されど深淵は眼を見開き、万物を咬み砕くべく絶叫する
迫る決死圏は此方と彼方を隔て、友の手を握る事も能わず離れていく
PHASE-09「今は暁天を臨んで」
今はただ明日を迎える為に悼み、果てなく遠い彼方を見上げる
閲覧、ブックマーク等ありがとうございます。
感想等頂けましたら励みになります。何卒よろしくお願いします。
ヴァーティカル・インフィニティ、漸くお出しできました。
元ネタが元ネタなのでPHASE-08で出すとは最初から決めていました。
蓋を開ければ結構ギリギリでしたけどね。