PHASE-10
『行方不明の船舶……ね』
「先週だけで三度もあったそうだ」
ラグランジュ1付近の宙域。
月に近いこの一帯は、地球・プラント間の定期航路として広く知られていた。
とはいえ少し外れるとデブリベルトが広がっている。
かつて『世界樹』と呼ばれたスペースコロニーの残骸だ。
一度目の大戦の折に地球連合とザフトの戦闘に巻き込まれて崩壊し、今では見る影もない。
航行の障害となりかねないデブリはジャンク屋などによって除去が行われる。
そんなデブリが多数漂う宙域を、二機のモビルスーツが巡回していた。
いずれもザフトのザクウォーリアではあるが、一機は索敵用の追加装備を背負っている。
『しかし隊長。ジャンク屋ですよ。連中同士の小競り合いではないですかね?』
まだ真新しさの残るパイロットスーツの新兵が、不満を口にした。
この近辺において、定期船やジャンク屋の船舶が行方不明となっている。
そのような報せを受け、ザフトの正規軍である自分達が駆り出されたのだ。
とはいえ、ジャンク屋と言えどもピンからキリまで色々とある。
今では武力によって略奪を行う、ならず者のような連中も少なくはない。
その意味においては彼の懸念はある意味では尤もと言えるだろう。
「そう言うな。ブリーフィングでも話したが、本件はジャンク屋ギルドからの正式な依頼だ」
確かに同宙域ではそのような小競り合いも過去にはあった。
しかし先週だけで三度も起こったというのだ。その頻度は普通ではない。
加えてザフトよりも前に傭兵に調査を依頼したが、彼らも同様に行方不明となっている。
こうなれば単なる小競り合い等ではない、別のトラブルに巻き込まれたと考えるのが自然だ。
だからこそこうして、ギルドも正規軍であるザフトへ依頼せざるを得ない。
「ま……単なるジャンク屋の小競り合いだったら、それはそれで構わないさ」
ベテランのザフト兵は周囲を注意深く観察しながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
先のファウンデーション事変において、クーデターに参加した将兵の殆どが原隊に復帰した。
とはいえ何らかの処罰は下されるだろうが、それは致し方ないと思う。
しかし一部の兵士達は復帰を拒否、ザフトから脱走しテロリストとなった者もいるのだ。
それを思えばジャンク屋程度の小競り合いで済む事案である事を願いたい。
「こちらホーネット・ワン。今のところ異常は見られない。引き続き巡回を……ん?」
これまで通り、逐次報告を母艦へと入れていたのだが、通信が突如として途絶えた。
機器の設定を弄って調整するも、酷いノイズは止む事がない。
額を嫌な汗が伝っていくのを感じ、操縦桿を強く握り締める。
「……ホーネット・ツー。戦闘の準備だ」
『戦闘? 敵の姿なんて……』
「いいからッ! 戦闘時レベル以上のNジャマ―が起動してる。それにコイツらは……ッ!」
言い終えるや否や、突如として複数のビームが二機のザクに目掛けて放たれた。
新兵の機体を左肩の対ビームコーティングシールドで庇いつつ、ビーム突撃銃で反撃を試みる。
このタイミングで突然の敵襲。
しかも、こんな場所で攻撃を仕掛けてくるような連中だ。
一連の事案に関係しているとは断言できないが、限りなくクロに近いと言えるだろう。
「……熱紋照合は該当なし、か」
ディスプレイに映った敵機へと視線を移す。
少なく見積もっても三機以上はあり、この時点で数的にも不利である。。
全身を黒と赤の装甲に覆われているが、そのフォルムは連合やザフト、オーブの機体とも異なる。
辛うじて、モノアイ式の頭部センサーであることぐらいしか分からない。
兵装はビームライフルとシールド、そしてビームサーベルだろうか。
「……来るぞッ!」
「ホーネット・ワン、ホーネット・ツー、応答せよッ!」
「駄目ですッ! 極めて強力な通信妨害が一帯にッ!」
時同じくして、ローラシア級モビルスーツ搭載艦『ガレノス』メインブリッジ。
突如、先行して偵察を行っていた艦載機のザクと通信が途絶したのだ。
オペレーターが通信を回復しようと試みるが、そのいずれもが程なくして徒労に終わる。
「モビルスーツ接近、数……七ッ! ……熱紋照合、該当する機体なしッ!」
「狼狽えるなッ! モビルスーツ隊発進、急がせろッ!」
艦長の指示でモビルスーツ隊が発進し、未知なる機体へと攻撃を加える。
ガナーウィザードを装備したザクが高出力エネルギー砲を構え、狙いを定めて放つ。
並のモビルスーツでは直撃すれば無事では済まない一撃ではあるのだが。
「ビームが通じていないッ!?」
確かに攻撃は直撃した。
にもかかわらずビーム突撃銃はおろか、高出力のエネルギー砲ですら傷一つ付いていない。
陽電子リフレクターでも装備しているのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「だったらコイツでッ!」
埒を抉じ開けるべく、二機のグフイグナイテッドが前に出た。
左右に分かれて、それぞれにスレイヤーウィップを一機目掛けて繰り出す。
ビームが通用しないのであれば絡め取り、高周波パルスを直接叩き込む。
しかし繰り出された鞭は空を切るばかりで敵機を捉えられない。
「変形した……だとッ!」
敵機は咄嗟に戦闘機型のモビルアーマーへ変形。
人間とは思えない動きで放たれた鞭を回避したのだ。
パイロット達の声色には明らかに動揺の色が含まれていた。
そんな彼らを嗤うかのように、機首に備えられたモノアイが紅く光を灯す。
「調査に出たセーガン隊までもが行方不明か」
プラント参謀本部。
デスクに座るイザーク・ジュール中佐は、部下からの報告を受け、苦虫を噛み潰したような表情を隠せずに思わず天を仰いだ。
隣に立つ副官のディアッカ・エルスマン大尉も、この時ばかりは軽口を叩けないでいる。
「如何なさいますか中佐。別の部隊を……」
「いや。闇雲に動いても被害を増やすだけだろう」
部下からの提案にイザークは首を横に振る。
先んじて発生した、ラグランジュ・ワン付近における一連の事案。
その調査に赴いたセーガン隊までもが行方不明となったという。
仮にもジャンク屋や傭兵ではなく、正規軍ですら同様に行方不明になったのだ。
仮に『敵』がいるとすれば生半可な相手ではない。
「ああそれと。ガレノスは恐らく、接敵前に極めて強力な通信妨害を受けたとの事です」
「……なんだと?」
「はい。接敵したと思われる直前まで逐次、軍本部との回線をオンラインにしていたと」
極めて強力な通信妨害、その一言をイザークは逃さずに訊き返す。
ここ最近の事案において、類似例は二つある。
一つはエルドアにおけるコンパス……アークエンジェル隊の作戦行動時。
もう一つはアラスカにおけるコンパス……ラグエルの接敵前だ。
通信妨害に特化したNジャマー……NJダズラーだろうか?
「分かった。一度本件は改めて対応する。下がって構わんぞ」
頷いたイザークに部下は敬礼し、部屋を後にする。
未だプラント、連合はおろかオーブですら実用化に至っていない筈のNJダズラー。
それを運用していた勢力は二つある。
一つはファウンデーション王国。もう一つはユリエール麾下のブル―コスモス残党。
後者には彼の王国の干与が疑われている現状から考えると、答えは一つしかない。
「全く……連中も諦めが悪いね」
「まだそうと確定したわけではないがな」
隣に立っていたディアッカが肩を竦め、嘆息する。
先のレクイエム破壊作戦において、ファウンデーション王国の首脳陣は残らず戦死したと聞く。
生き延びていたかどうかは分からないが、かの王国に連なる者が関与している可能性はある。
或いはヘブンズベースから逃げ遂せたユリエールの一派か?
「とはいえだ。手が足りんのも事実だな」
先のファウンデーション事変においてジャガンナート中佐が起こしたクーデター。
プラントは今、その後始末に追われており、どこもかしこも手が足りない。
あまつさえ彼の王国の主張に触発され、各種過激派が息を吹き返しつつあるのだ。
「しゃあねえな。なら休暇ついでにちょっくら出かけてくるか?」
「馬鹿者ッ! 俺達が動いてどうするッ! ……まあ、気持ちは分からんでもないがな」
今回の事案に対応できるだけの人材が足りないというのも悩ましい。
勇敢なザフトの兵士が力不足とは言わないが、先の事案を考えると手に負えないのも事実だ。
部隊の規模はもとより、できるだけ強力なパイロットと機体を投入したいところではある。
「イノセンスは完成度が70%……そしてソリチュードとリドレスが動かせんとはな」
「ライナーは取り調べ中。エイルは重要参考人……それどころじゃないだろ」
先のジャガンナート中佐によるクーデターの最中。
新型機群プライマルステージ・シリーズの一機、ソリチュードがクーデターに加担したライナー・クロムウェル大尉によって持ち出されるという事案が発生した。
その最中、エイル・ラング少尉が同新型機群のリドレスを無許可で起動。
あまつさえライナーの追撃ならびにソリチュードの奪還へ向かったという。
両機は激しい戦闘の末にソリチュードの奪還に成功し、ライナーは投降した。
しかし機体の損傷も大きかった為か、両機共オーバーホールを余儀なくされている。
尤もリドレスについては、開発途上であった新世代型ドラグーン・システムの実戦データを存分に取得できたと開発チームの一人が満足していたようだが。
いずれにしても、機体とパイロット共々動かせる状態ではないのは確かだ。
そもそもライナーに至っては正規のパイロットですらない。
「……それならコンパスに、ラグエルにでも頼んでみるか?」
「上は良い顔をせんだろうがな。背に腹は代えられんか」
未だ公式にではないが、オーブと大西洋連邦からの要請でコンパスは水面下ながら一応、活動を再開するに至っていた。
プラントとしても手が回らないのは確かであり、思うところがあれども承認せざるをえなかった。
今回のような事案にはうってつけと言えるだろう。
ただしアークエンジェルはエルドアで喪われ、ミレニアムは先のレクイエム破壊作戦による損傷でオーバーホール中の今、即応できるのは大西洋連邦が主体となっているラグエルぐらいだ。
彼らに頼る事を由とせず、借りを作るのではと懸念する軍上層部の懊悩も理解はできるが、事ここにおいてつまらない意地を張るわけにもいくまい。
とはいえ。正規軍が動かないというのも問題ではある。
ラグエルに丸投げしてしまえばザフトとしてもメンツが立たないのも事実だ。
であるならば……。
「アーランドを呼べ。クラウスとバージルもだ」
先のアラスカやヘブンズベースでラグエルと共闘したアーランド達であるならば適任だろう。
ヘリテージにしても、その機体コンセプトから予備機が複数存在する。
ゲルググは……ウィーグリーズ・インダストリーが手を加えた機体は今、各種検証ならびに検討の為、統合設計局へと回している。
とはいえ代機として別のゲルググを寄こしてきたので問題はない。
「問題は何処の部隊を動かすかだな……どうした?」
『ジュール中佐ッ! こ……これを……ッ!』
母艦と部隊の手配まで意識を巡らせたところで、端末に管制からの通信が入る。
プラント周辺の巡回警備を担当している部隊が急遽連絡を寄こしてきたらしいのだが。
管制を担当するオペレーターの声は震え、顔面は蒼白となっている。
「落ち着け。状況を冷静に報告しろ」
ほどなくして手元の端末にも、何らかの映像が転送された。
どうやら件の部隊から撮影したものらしい。
一体何を怯えているのだと思い覗き込み……不意に眉が跳ね上がった。
「おい……こいつは一体、何の冗談だ?」
『そっちに一基行ったよッ!』
どこまでも漆黒と深淵が広がる
ケイト・ハーディンが叫ぶと共に、デヴァステイトのD・ファングが勢いよく駆け抜ける。
向かう先にはジェサイアが乗るエンガルフが砲を構えていた。
D・サーキュラーへの狙撃を牽制しようというのだろうか。
「悪いな。この先は行き止まりだ」
エンガルフへと突貫するD・ファングの前に、一機のモビルスーツが割り込んだ。
その正体はダークブルーに塗装されたレゾナンス。
真っ向から迫り来るD・ファングは陽電子リフレクターを展開している。
リフレクターの障壁を攻撃へと転用し、そのまま貫こうというのだろうか。
対するレゾナンスは左腕をトリケロス・ドライを向ける。
突貫するD・ファングが間近に迫った時、大きく展開した超振動クラッシャーが顎を閉じた。
僅かな抵抗の後に陽電子リフレクター諸共に、D・ファングを咬み砕く。
『よくやったッ!』
ジェサイアの喝采と共にエンガルフの超高初速レール砲《ステュクス》が火を噴く。
その先には陽電子リフレクターを展開するD・サーキュラー。
レゾナンスにより狙いを定める時間を確保できた為か、放たれた対ビームコーディング弾は寸分の狂いもなくリフレクター発生器を撃ち貫いた。
『オラオラァッ! こっちだよッ!』
守りを喪ったD・サーキュラーの周辺をケイトのフィアレスが飛び回る。
フィアレスの右腕部にあるビームガンが次々と放たれ、次々とD・サーキュラーへと着弾した。
一発あたりの威力が小さい為か完全に沈黙させるには程遠い。
かといって放置するわけにもいかず、残ったD・ファングが必死に追い縋る。
「こちらを忘れてもらっては困るッ!」
残るD・フォートレスへとレゾナンスが迫り、対艦刀《ティソーナ》を引き抜いた。
攻撃を受けているD・サーキュラーは陽電子リフレクターを喪っている。
援護しようにも装備は大火力が中心の上、同士討ちは避けたいのか手を出せない。
仮にリフレクターが健在であれば巻き込む事も厭わずに攻撃できたのだろうが。
機体各部のビーム砲が次々と火を噴くがレゾナンスを捉えきれない。
瞬く間に真正面まで迫り、対艦刀が突き立てられる。
咄嗟に展開した陽電子リフレクターは薄紙の如く突き破られ、刃の切っ先は胸部の《スーパースキュラ》を容易く貫いた。
『あと一息だッ! 野郎共、一気に仕留めるぜッ!』
『応よッ!』
「心得たッ!」
こうなれば残るは守りを喪ったD・サーキュラーとD・ファングが三基のみ。
エンガルフの放った収束火線砲モードの《ステュクス》が、D・サーキュラーの装甲をごっそりと消し飛ばし、残るD・ファングはフィアレスとレゾナンスが捕える。
共に超振動クラッシャーによって一息に咬み砕かれ、ここにデヴァステイトは完全に撃破された。
「だいぶ慣れたようだな。クロフォード大尉」
そう言いながらルーク・ウォルバーグはシミュレーションマシンから出てきた男に声を掛ける。
彼の名はライアン・クロフォード。
かつてブルーコスモス残党の指揮官として、ラグエルと幾度と刃を交えた男だ。
両隣の筐体からはそれぞれジェサイアとケイトが出てくる。
ライアンとジェサイア、ケイトの三人による慣熟訓練。
それが行われているのは……否、彼らがいるのはラグエルではない。
オーブ連合首長国のオノゴロ島に居を構える国営企業モルゲンレーテ。
幾つか施設のある内の一つだ。
現在、コンパスの活動再開を控えてラグエルはオーブに寄港している。
フォスター大統領やディーンもオーブを訪れ、今も各種協議を重ねているという。
「ジェサイアとケイトがタイミングを合わせてくれたお陰だ」
「旦那もよくやってくれてるよ」
ドリンクに口を付けながらライアンはルークへと頷く。
その首元には銀色に光る細い首輪が嵌められている。
先のヘブンズベース戦において、彼はブルーコスモス残党を離反した。
その後の聴取からの司法取引により、監視付きではあるがラグエルへ配属される事となったのだ。
「そうだな。お前に任せられるからこそ、俺は指揮に専念できる」
とはいえ、ライアンもまた元々指揮官を務めていた。
その事を考えれば、今後より大規模な作戦行動を想定して部隊を分割。
ライアンにも指揮を執ってもらうという配置も一度は考えた。
しかし仮にも監視付きで元ブルーコスモス残党なのだ。
配属される部下の心情を考えれば、必ずしもそれがベストではないと言える。
ならばこそ、ケイトやジェサイアと共に遊撃を担当するのが双方にとっても望ましい。
丁度いいタイミングでレゾナンスの二号機がロールアウトしたのも幸いした。
それにライアンの実力は敵対していた時より十分に承知している。
「……ああ。アイツらの、レンリやネリーの為にもな」
ライアンが決意と共に拳を握り締めたその時、ルークの端末に通信が届いた。
相手はシエラだろうか。
幾つかの遣り取りを経ると共にルークの声色は険しくなっていく。
「……連中が動き出した。奴ら、とんでもないモノを持ち出してきたようだ」
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ひとまず、水曜日に残り半分を更新予定ですね。