黒煙と爆炎に染まるカルフォルニア基地。
混沌の坩堝と化していたその上空に、流星が閃く。
否。流星ではない。
ダークグレーに染め上げられたクラウドダガーの編隊だった。
「相変わらず無茶苦茶やってくれてんな。ブルーコスモスのヤツら」
主にコンパスのラグエルにて運用されている筈の機体ではあるが、いずれの機体にもコンパスのエンブレムはない。
その内の一機だけ、銀色のラインが刻まれたクラウドダガー。
そのコクピットより惨状を目の当たりにしたケイト・ハーディンが嘆息する。
「早速のお誘いかい? せっかちなのは嫌われる……よッ!」
上空からの乱入者に気付いたウィンダムやダガーが躊躇いもなくビームライフルを向け、発砲。
こともなげに回避したケイトのクラウドダガーはモビルスーツ形態に変形。
勢いを殺さぬまま、ビームサーベルを手にウィンダムへと迫り、その頭部を刎ね飛ばす。
返す刃で右腕を斬り落とし、更に翻って蹴りを胴体へと浴びせる。
「野郎共、あたしについてきなッ!」
ケイトの言葉に応えるようにクラウドダガー隊が戦闘行動へ移る。
自分達へと向けられた攻撃を巧みに回避し、反撃で次々とブルーコスモスや裏切り者の機体を沈黙させていく。
統率こそ取れてはいるが、さながら戦場の混沌を晴らす嵐のように。
混沌の真っただ中、今も裏切り者の機体と砲火を交えるラグエルへと視線を送る。
「あたしらが来たからには好き勝手はさせねえ。シエラ……もうひと踏ん張りだッ!」
「どうにか、間に合ってくれましたか」
ラグエルのメインブリッジ。
眼前に広がる混迷そのものを形容したような戦場。
上空から降下し戦闘に加わったクラウドダガーの編隊を確認し、シエラは安堵の息をついた。
レムナント・ワンがカルフォルニアに向かった時点で、基地内部からの裏切りはある程度の予想ができていた。
いかにラグエルといえと、裏切り者とブルーコスモス残党が混在する状況は対処を困難とする。
援軍を要請しようにも、正規軍もまた同じ機体を用いる以上、識別の問題は解決しない。
であるならば、ブル―コスモス残党も運用していない新型を投入すればいい。
「火急の要請とはいえ、応えてくれたサントラム提督には感謝しなければなりませんね」
バイアネットやクラウドダガーといった新型機は、基本的には交戦機会の多いコンパスで評価試験を兼ねて運用している。
しかし少数の機体はコンパス以外の正規軍……再建された第八艦隊にも配備されていた。
そこでルークの提案を基に、低軌道上のルファエルならびにアクラシエルへ、クラウドダガーに限定して応援を要請。
可変機であるクラウドダガーであれば大気圏突入後、即戦闘を行える。
「流石は第八艦隊の腕利きだ。降下した直後にあそこまで戦えるとは」
敵機を蹴散らす第八艦隊のクラウドダガーを目の前に、エリアスもどこか誇らしげに頷く。
カタログスペック上では単機での大気圏突入が可能かつ、突入時の摩擦熱からパイロットを十分に保護できる。
それでも実際に行った上で問題なく活動している様を見せられると感服するしかない。
そしてなにより、ラグエルに所属する殆どの人員からすると第八艦隊は元々の所属だ。
「皆様。状況は此方が有利にあります。あと一息です」
増援が新型であるならばラグエルや基地の正規軍から見ても友軍であると一目で認識できる。
同時にブルーコスモス残党や裏切り者から見れば敵であるのは一目瞭然であり、優先的に攻撃を仕掛けてくるだろう。
反撃主体の戦いであることに変わりはないが、こちらの頭数が増えた事で掛かる負荷は目に見えて軽減されていた。
「……いつまでも貴女の思い通りにはいきませんよ。ユリエール大佐」
「クラウドダガー各機、大気圏突入完了しました」
「引き続きブルーコスモス残党と交戦中」
第八艦隊旗艦、ルファエルのメインブリッジにて。
オペレーターからの報告を聞きながら、ジリアン・サントラム提督は眼下の地球を眺めていた。
艦長席で足を組み、皺が刻まれた口元には不敵な……それでいて、どこか懐かしむような笑みが浮かんでいる。
或いは、子供の悪戯を目の当たりにした母親のようでもあった。
「まったく。シエラのヤツは無茶振りをしてくれる……いや、この仕業はルークだろうね」
元々第七艦隊に所属していたジリアンもまた、前線で戦う兵を数字でしか見ようとしない軍上層部に対して思うところがあった。
だからこそ同志とも言うべきハルバートン提督が推進していた『G計画』についても、戦局を変えうる存在として大いに期待を寄せていたものだ。
連合にもモビルスーツさえあれば、非力なメビウスでザフトのモビルスーツ相手に無駄死にする兵も減るだろうと。
故に部下の『エンデュミオンの鷹』を護衛に寄越したりもした。
その後、低軌道会戦で壊滅した第八艦隊の生き残りを多数引き取り。
更にはブルーコスモスのプロバガンダに利用されていたシエラを裏から手を回して転属させた。
「父が何を信じて戦ってきたのか、この目で見たい」と請われたので、艦長としてのイロハを叩き込んできた。
そしてフォスター大統領の要請により、第八艦隊再建時に提督として艦隊を預かり今に至る。
不意に地球を眺めるジリアンの目がすっと細まる。
そういえば低軌道会戦の後、生き残りを捜しに来た時もこうして目の前に地球を臨んでいた。
今では自分が第八艦隊の提督なんてものをやっている。
ハルバートンは面倒な仕事を押し付けてくれたなと日々口にしていたが、不思議と悪い気はしなかった。
「負けるなよ。テロリストになってまでブルーコスモスなんてモノにしがみ付いてる、つまらない連中なんぞには」
ハルバートン提督が推進していた『G計画』を却下したのはブル―コスモス系の将校達だった。
ザフトの猿真似だとか言っていた気がするが、その後自分達の利権を確保してからは一転、サザーランド大佐を中心にモビルスーツ導入を推進した。
事実上『G計画』の成果のみを彼らが横取りする形ではあったが、それでも無駄に兵が死なずに済むのであればと我慢はできた。
だが二度の大戦を経て、プラントとの融和路線を歩もうとした時、ブル―コスモスは正規軍から悉く離反した。
軍人としての本分すら捨て去り、テロリストと化した彼らを許してはならない。
だからこそ、コンパスの設立時においては艦隊の中核となるラグエルを出向させた。
古くからの友人であったフォスターからの要望でもあったが、そうでなくともジリアンは同じ選択をしただろう。
……自分自身がコンパスに出向しようとして止められたのもあったのだが。
「なんにせよアンタの娘と教え子達だ。逞しく生きてるよ」
それにコンパスには、ハルバートン提督の教え子であるラミアスに加えて『鷹』もいる。
次の時代は自分のようなババアが作るものではなく、若い連中が作るものだ。
その為に力を、手を尽くすのが第八艦隊を預かった自身の役目なのだろう。
「ま……血は争えないものさ。なあ、デュエイン……」
「何度やっても無駄な事だ。このザムザザーの陽電子リフレクターを破れると思うてかッ!」
上空から飛来したコンパスと思われる新型機の増援。
散発的にザムザザーへと攻撃を仕掛けてはくるが、未だ有効打を与えられていない。
ザムザザーの機長が嘲笑するのも無理らしからぬ事ではあった。
「ザフトの真似をして作ったカトンボなど、物の数ではないと覚えろッ!」
四肢に備えれた複列位相エネルギー砲《ガムザートフ》が火を噴く。
極彩色のビームが戦場を薙ぎ、避け損ねた正規軍らしきウィンダムに直撃。
半身を喪ったウィンダムが地表に叩き付けられ派手に爆発を起こした。
また別の新型と思われる機体はシールドで受け止めたが、受け止めきれずにシールドが融解した為か撤退していく。
「ようしッ! このまま敵の母艦を墜とすぞッ!」
「「「青き清浄なる世界の為にッ!!!」」」
機長の気迫に合わせて乗員がブルーコスモスのスローガンを一斉に唱和する。
そしてザムザザーはラグエルへと進路を定め前進していく。
いかにアークエンジェル級とはいえ、取り付いてしまえば怖るるに足らない。
「機長、砲戦装備の敵新型がこちらを狙っておりますが」
「フンッ! そんな豆鉄砲で陽電子リフレクターは貫けまい。構うなッ!」
ディスプレイに映るコンパスの新型機を目にした機長が鼻を鳴らす。
砲戦装備に換装したのだろうか、砲口をこちらに向け狙いを定めているのが見て取れる。
しかし、如何に高威力を誇ったところで陽電子リフレクターを貫けはしないのだ。
……防がれると分かっているのに、わざわざこちらに狙いを定めるだろうか?
機長の過信とは裏腹に、索敵担当は嫌な予感を覚える。
次の瞬間、嫌な予感は轟音と衝撃と共に、最悪の形で命中した。
「陽電子リフレクター発生器、一番基被弾ッ!」
「リフレクター強度低下ッ!」
「何が起こったッ!!!?」
鉄壁の筈の陽電子リフレクターが破られた。
それを成したのは敵機による砲撃である事は明らかだ。
しかし、なぜ砲撃がリフレクターを貫通したのか?
機長をはじめとして乗員が混乱する中、再度の轟音と衝撃が襲い掛かる。
「陽電子リフレクター発生器、二番基も被弾ッ! リフレクター維持できませんッ!」
「莫迦なッ!!!?」
陽電子リフレクター発生器が悉く潰され、鉄壁の守りは既に失われていた。
ありえない状況に乗員は完全に狼狽えている。
別の敵機が眼前まで迫るのに対し、超振動クラッシャーによる迎撃を忘れるほどに。
気付いた時には最早間に合わず、ビームサーベルを突き立てようとしていた。
こちらを見据える新型のツインアイが一瞬、バイザー越しに一際強い光を宿す。
「このッ……こんなところでッ!!!!!」
『敵モビルアーマー撃破ッ! 援護助かったぜッ!』
「なあに。オレ様に掛かりゃあこんなモンよ」
ケイトのクラウドダガーにビームサーベルを突き立てられ、派手に爆散するザムザザーを眼前にジェサイアは笑みを浮かべる。
彼のバイアネットは高収束火線砲兼レールガン《フランベルク》を構えていた。
先程、カーソンがライオットストライカーに換装して届けてくれたものだ。
「高い金掛けて作っただけの事はあるなあ。この対ビームコーティング弾ってのは」
《フランベルク》のレールガンが用いたのは通常の実体弾ではない。
対ビームコーティングを施した特殊弾頭。
それがザムザザーの陽電子リフレクターを貫通し有効打を与えられたシルバーバレット。
ただし対ビームコーティングとレールガンとの相性が悪く、製造コストは非常に高く付いている。
「ちゃんとリフレクターはブチ破れたんだ。これで金持ちのボンボンもご満悦だろうさ」
陽電子リフレクターはザムザザーやゲルズゲー、デストロイといった大型モビルアーマーだけの搭載に留まらない。
レクイエムなどの戦略兵器にも搭載されている以上、それらを突破する装備が求められた。
製造コストの問題で多様こそできないが、こうして効果を実証できれば量産も進み恐らくコストも下がるだろう。
そこはディーン・アズラエルの国防産業理事としての手腕に期待といったところだろうか。
従来、大型モビルアーマーへの対処法といえば。
高機動のモビルスーツで敵の放火を掻い潜り、死角から近接兵装での一撃を叩きこむのが有効とされていた。
しかしその対処法ではエース級のパイロットと高性能機の双方が求められており、通常戦力での対応は困難を極める。
本体側にフェイズシフト装甲等が施されている場合など、対ビームコーティング弾一つで全て片が付くようになる訳ではないが、有効な手札は一枚でも多いに越した事はない。
『よくやったコールマン大尉。だがいいニュースと悪いニュースがある』
「なんだよ隊長さん……こういうのは悪いニュースからいこうか」
ザムザザーという厄介な敵戦力を排撃でき、第八艦隊からのクラウドダガー隊が増援に加わっている現状。
ラグエル側に有利と見ても間違いないのだが、ルークは悪いニュースと口にした。
周囲を見渡し、ある事に気付いたジェサイアは薄々感づいた。
「おいおい、まさか……」
『そのまさかだ。レムナント・ワンが離脱している。ハーディン大尉が合流した直後だな』
恐らく形勢不利を悟って撤退したのだろう。
本来ラグエルはレムナント・ワンの追撃ならびにディアボロスの奪還を主目的としている。
ここで取り逃がしてしまった事は非常に手痛い。
かといってカルフォルニア基地の惨状を捨て置く訳にもいかない。
『加えて何機かレムナント・ワンへ合流した。物資の持ち出しも確認している』
「連中、それも目的だったんだろうな」
ラグエルの足止めができれば十分で、更に戦力の追加ができるなら御の字といったところか。
加えて西海岸側の拠点の一つであるカルフォルニア基地に大打撃を与えられた。
ディアボロスの奪取からはじまり、ブル―コスモス側として最低限の目標は達成できたのだろう。
『いいニュースだが、敵戦力は残り少ない。アマサキ少尉も少なからず貢献してくれた』
――おかしいと思わないのッ!?
――あなたよりも努力もしていないコーディネイターの私が……ッ!
ヴァーティカルのコクピットにて。
レムナント・ワンが去っていった彼方を見上げながら、レンリはネリーの言葉を思い返していた。
確かに、コーディネイターであればナチュラルよりも短い訓練期間で物事を習熟できるのだろう。
だからといって抱いていた夢を。想いを。
軽んじていい理由にはならないし、蔑ろにしていい筈がない。
『敵対勢力は全て沈黙しました。各機は帰投してください』
上空からラグエルへの増援が現れて以降、レムナント・ワンとディアボロスは撤退していった。
すぐにでも追いかけたい衝動に駆られたが、単機で追撃を試みるのはリスクが大きい。
なにより、混迷を極めるカルフォルニア基地をこのままにはしておけなかった。
「だけどネリー……こんな事はきっと……」
味方を巻き込む事を厭わないブル―コスモス残党。
そんな彼らの非道に加担する事が正しいとは、どうしても思えなかった。
絞り出すようなネリーの慟哭を思い出す。
気が付くと、武器を手にしたヴァーティカルが戦場を駆け抜けていた。
攻撃を仕掛けてきた裏切り者のダガーやウィンダムは反撃で全て無力化した。
途中で大型モビルアーマー……ザムザザーが行く手を阻んだ気がしたが、そんなもので止められはしない。
複列位相エネルギー砲を避け、超振動クラッシャーを掻い潜り懐に潜り込む。
手にした対艦刀を振るう度にザムザザーの四肢を斬り飛ばし、そして黙らせた。
迷いを、戸惑いを振り払うかのように。ただひたすらに。
「今度は、必ず……止めなきゃ……」
ラグエルの機体が帰投するのにあわせ、レンリもヴァーティカルと共にラグエルへ向かう。
傷跡は未だ残り、そして新たな傷跡は大地に刻まれる。
それでも、刻まれたのは傷跡ばかりではない。
決意を新たに。心に刻んで。
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