TSヤサグレVTuberは輝きたい   作:恋狸

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歌姫の論理

Fu◯k off(帰れ)!!! 自己満足に浸りたいだけでしたら◯◯◯◯(ピーーー)でもしなさい◯◯◯(ピーーー)野郎ッッ!!」

「はぇ…………………?」

 

 突如鬼の形相に変貌したクロエから発せられた、日常生活ではまず聞くことのない口汚い罵倒の数々に、あたしはすっごく馬鹿っぽい表情をしながら聞いていた。

 

 え、今なんて言った……?

 ◯◯◯◯(ピーーー)◯◯◯(ピーーー)……?

 あたしリアルでそれ言ってきたヤツに初めて出会ったわ。

 

「……ん?」

 

 というか待てよ……??

 あたしは少し冷静になってクロエの発言を振り返ると、どうにも気になることがあった。

 声は違うが、あまりにも罵倒のチョイスに既視感がありすぎる。似てるなんて次元じゃねぇ。

 

 幾度となくBANを食らい、一度アカウント永久BANを食らいながらも211万人まで登録者を爆増させた天才VTuber──七色(なないろ)光《ひかり》。

 

 クロエの罵倒語彙は、完全に七色光だった。

 

「お前……七色光か……なるほど、ばーちかるイチ歌が上手いヤツを歌唱レッスンの講師にするたぁ、この事務所もやるじゃねーかよ」

 

 引き攣った笑みで言うと、能面のような表情だったクロエはパッとニコニコした微笑みに戻った。

 いや怖ぇーよ。

 

「バレてしまいましたかぁ。どうもどうも、改めましてクロエ・フィルメリアこと『【ばーちかる】一期生の七色光です。カス・アルミスさん……おっと、レイナさん』

 

 七色光と自己紹介する時のみ、声を変化させたクロエの声は、切り抜きでも聞いたことのある七色光の声に相違なかった。

 ……恐ろしいほどヌルっとした声変化。あたしじゃなきゃ見逃しちまうぜ。

 

 それはそうと今コイツなんて言った?

 カス・アルミスだぁ?? 

 

 誰がカスだよクソが!! と威勢よく反論しようとしたあたしだが、なぜか一切喉から声を発することができなかった。

 

 んなっ……まさかこのあたしがさっきのエゲツナイ口汚い罵倒にブルってるだと……!?

 ……いやあんなん言われたら誰でも混乱するわ。

 

「だ、誰がカスだよ、ははっ」

「声震えてますよぉ〜??」

「くっ、というか!! あたしの歌の何が問題だったんだよ!! 習った技術は遺憾無く発揮できたし、そんな罵倒されるほどでもねぇだろうが!!」

 

 恐怖を怒りに変え、あたしは歯をむき出しにしてクロエ……七色光に詰め寄る。明確な理由が無きゃ納得できねぇ。

 それくらい手応えがあったんだ!!!

 

 怒りと反感の目で七色光の碧眼を見つめる。

 すると、彼女の瞳はスゥッと据わり始め──またも、能面のような表情に戻ると続いて嘲るような笑みを見せた。

 

「あぁ、レイナさん気づいてないんですねぇ。どれほど自己満足な歌を歌っているのか」

「自己満足な……歌?」

「えぇ。一般的な枠組みにレイナさんを入れた場合、とても歌は上手いと評されるでしょう。わたくしが教えた技術も遺憾無く発揮していますし重畳重畳」

「じゃあ何が問題だってんだよ」

 

 七色光はつまらなさそうな目であたしを見た。

 

「わたくしはね、基本的に指導レベルを本人の目標の度合いに調整しています。聞くところによると、レイナさんは天下を取りたいとのこと。それすなわち、【ばーちかる】で最も歌が上手いわたくしに勝つということ。相違ありませんか?」

「当たり前だ。あたしは誰にも負けるつもりなんかねぇ」

「なればこそ、歌の上手さの指標とは何でしょうか?」

 

 七色光はあたしに問い掛けた。

 歌の上手さの指標……? それを聞いて何が言いたいんだ? 歌の上手さを決めるものなんてそれこそてめぇがあたしに教えた──、

 

「──技術。レイナさんはそう考えてますね?」

「あぁ、そうだ。だからあんたはあたしに技術を教えたんじゃねーのか?」

「まあ、間違ってはいませんよ。ですが、あくまで技術は自分のポテンシャルを120%発揮させるサブウェポンに過ぎません」

 

 そして七色光は不意に自身の心臓を指差し、にこやかな笑みで言った。

 

「──大切なのは、心臓(ハート)に届ける。ただ、それだけです」

「は、はぁ? んなスピリチュアルな……」

 

 あたしは呆れたようにそう返す。

 これまで論理的だったのに、いきなり精神的なことを言われちゃ混乱するに決まってる。

 ハートに届けるっつったってそれは綺麗事でしかねぇだろ?? 結局は歌の技術が洗練されているか否かでしかねぇ。

 あたしはそう思ってきた。

 

 しかし、七色光は畳み掛ける。

 

「わたくしがレイナさんに歌を聴かせた時、あなたのハートには確かに刻み込まれたはずです。……何もスピリチュアルな話ではありません。どんな感動的な歌であれ、感情が籠もっていなければ凡庸な歌に成り下がる。歌を上手く歌わせるだけだったら、それは人間である必要がない。技術の進歩した今の時代、正確さだけで言ったら機械の方が上ですよ」

「……っ」

 

 あたしは投げかけられたその言葉に、何も返すことができなかった。正論でしかない。

 

 あたしは確かに、クロエ・フィルメリアとして何の色眼鏡も無しに聞いたあの歌声に惹きつけられた。

 綺麗で美しくて、感動的な歌声だった。

 だからこそあたしは、敵わないと敗北感を味わったんだ。

 

「レイナさんの歌は自分一人で完結しているんです。──技術を見せびらかしたい。歌の上手いあたしの声を聴け、と。全てのベクトルが己に向いている。だから聴衆に響かない」

 

 黙るあたしに、七色光は中指を立てた。

 

「やってることは◯◯◯(ピーーー)と変わりませんよぉ。届ける想いが分からないのならFu◯k off(帰れ)。今のレイナさんに、天下なんて取れませんよ」

 

 その言葉には厚みがあった。

 VTuberの一線として活躍してきた人間にしか出せない経験と論理による厚みが。

 

「まあ、強いて言うのであれば、別に届ける想いなんて何でも良いんですよ。くだらないことでも。別にいるじゃないですか、日常生活がクズみたいな人間でもすごい感動的に歌う人とか。ただ──自分のためだけに歌う歌は何も響きませんよ。どんな人でも心に響く歌を歌う人は、必ず何かしらの想いを胸に歌っています。だからこそ……空虚な歌がお好きでしたらどうぞご勝手に」

 

 そう言って、ピッと通話を切られた。

 あたしは深く深く、椅子の背もたれにもたれこんで──、

 

「はぁ……………」

 

 ──と、深い溜息を吐いた。

 何も言い返せねぇ。だって、七色光の言うことは全てが正しくて、アイツの論理に納得しちまったから。

 

「届ける想いってなんだよ……ピザのCMかよ……」




【ばーちかる】所属のVTuberの八割はカスです。
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