数学者レオニダス・ホイターに転生した大学生、彼の功績を再現しなければ人類史が変わるので必死に再発見します   作:紫 和春

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第19話 お嬢様

 雨宮の注文した実験の道具は、カラーニン科学学院がある市中の、金物屋にて製作が行われているようだ。物が完成次第、順次届けてくれるらしい。

 ただし特注品であるため、製作に時間を要する。1ヶ月あれば完成するとのことだが、それまで手持無沙汰でいるのはもったいないだろう。

 そこで、出力方程式以外の研究、つまり微積分の数学的な体系を整備することにした。

 今は表記やら計算方法やらを書いた初稿を、イリナやヌルベーイに見せている。

 

「……なるほどね。基礎の部分がかなり分かりやすくまとまっている。表記の方法は、現在主流の方法から見ると突飛な所もあるから、その辺の流れを汲めるようになれば問題ないかな」

「未来ではこういうのが主流になっているのね……」

 

 評価は概ね好印象といったところだろうか。ヌルベーイの助言を受け入れて第二稿を執筆すれば、すぐにでも学会に提出できるだろう。

 そうしてさらに一週間ほど経過する。微積分体系の第二稿を仕上げた日の夕方だった。

 

「えっ!? もうカタリナお嬢様が来てるんですか!?」

 

 雨宮は思わず驚いてしまう。

 

「到着まであと数日かかる予定だったのでは?」

「どうも情報に行き違いがあったようなんだ。それが原因で日程に差が出てしまったらしい。それで、カタリナ様はなるべく早く授業を行うことをご所望だ。悪いが、すぐにでも準備してくれないか?」

 

 ヌルベーイが雨宮に言う。

 

「とは言いましても、まずは面談をしてから授業を行うほうがいいかと……」

「そうだねぇ……。今の所は書面でしか会話ができていないから、それには賛成するよ。あとはどこで授業を行うかなんだけど、残念ながら空き教室は手配が困難だから、ここでやるといいよ」

「研究室ですか。それなら少し掃除したほうがいいかもしれないですね」

 

 雨宮は部屋の中をグルリと見渡して言う。

 

「まぁ、ほとんどヌルベーイ先生の私物なんでしょうが」

「仕方ないじゃないか、これらは研究に必要な資料であって、ゴミではないんだ」

 

 ヌルベーイが困ったように言う。

 

「少なくとも、この大テーブルが使えるくらいには整理してください」

「分かったよ……」

 

 その日のうちにテーブルの上の書類やら資料を片付け、なんとか複数人で使用できる状態にする。

 そして翌日、カタリナ嬢に来てもらう。

 研究室の扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

 ヌルベーイが入室を促すと、扉が開き、女性が二人入ってきた。

 

「初めまして、レリゴレム辺境伯当主の四女、カタリナ・カウル・フィードリヒですわ。こちらは付き人のアリー」

「カタリナお嬢様の世話係を仰せつかっています」

 

 カタリナ嬢は、燃えるような真っ赤な髪に青色の瞳をしており、いうなればまさに人形のように見えるだろう。

 

「初めまして。私がこの研究室の室長、アルバス・ヌルベーイです」

「彼の弟子であり、同僚のレオニダス・ホイターです」

「同じく、イリナ・ザルビアです」

 

 三人は頭を下げて挨拶をする。

 

「あなたがレオニダス・ホイターね。お噂は聞いておりますわ」

 

 そういって雨宮の前へと移動する。

 

「それで、今日は授業をしてくださるのかしら?」

「いえ、本日は面談を行いたいと思います」

「面談? 私はすぐにでも授業をしてもらいたいのだけれど」

「そのためにも、まずはお嬢様の得意分野や苦手分野を知る必要があると考えまして……」

「そんなの必要ないわ」

「えっ?」

 

 思わぬ返答に、雨宮はたじろぐ。

 

「ど、どうしてそのようなことを……? カタリナお嬢様は勉学のためにこちらに来られたのでしょう?」

「そんなわけないじゃない。私はお父様の駒の一つに過ぎないのですわ」

 

 カタリナ嬢は踵を返し、扉へ向かう。

 

「本日の授業がないのでしたら、私は寮へ戻らせていただきますわ」

 

 そういって研究室を出て行ってしまった。

 その状況に、三人は固まってしまう。

 

「……えぇと……」

 

 雨宮が言葉を探していると、付き人であるアリーが口を開く。

 

「申し訳ございません、ホイター様。実は、お嬢様は今回の留学を拒否していたのです。しかし父親である辺境伯当主様が、戦争の和平条約を理由に無理やり留学を推し進めました。お嬢様はそれを事実上の勘当とみなし、当主様の出世の駒として利用されたとお思いなのです」

「それは……、何といえばいいのか……」

「ですが、当主様の思いは異なります。ホイター様には、お嬢様の誤解を解いていただきたいのです」

「……ん?」

 

 最後に何か聞こえたような気がした雨宮は、聞き直してみた。

 

「僕が、お嬢様をどうすると……?」

「お嬢様の誤解を解いていただきたいのです」

「僕がするんですか……?」

 

 思わぬ方向から仕事の依頼が飛んできたのだった。

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