数学者レオニダス・ホイターに転生した大学生、彼の功績を再現しなければ人類史が変わるので必死に再発見します 作:紫 和春
コラオル暦1711年1月10日。ホイターの体調もようやく戻る。雨宮は研究棟に出向き、ヌルベーイ研究室の近くにある他の研究室へ新年の挨拶回りをしていた。
「ふぃー、疲れた……」
挨拶回りと一緒に、赴任してきたマーリンの紹介を行ってきた。その度に色々な質問が飛んでくる。主にホイターの拘束がメインだが。
そうして一息ついた時に、ヌルベーイが声をかける。
「ホイター君。ちょっと相談いいかな?」
「はい、何でしょう?」
「あとマーリン君も聞いていてほしいんだけど」
「はい」
そういって研究室中央のテーブルに三人が集まる。
「今、魔法の流体的性質について考えているんだけど、何か反証みたいなのが欲しいんだ」
「反証……ですか……」
「そう。僕の直感では合ってるはずなんだけど、まだこれから実験とか計算とか残っているからね。その違和感をなるべく払拭しておきたいんだ」
そういって紙を見せてくる。
「『媒体中における魔法の拡散について』……ですか」
「そう。簡単に概要を説明するけど、魔法っていうのは通常なら拡散するじゃない? けどそれは空気という媒体の中で起こっていることと同義だ。これを水中や何かの物質中で発生させるとどうなるかって話なんだ」
「面白そうですね!」
マーリンが場の空気を持ち上げる。
「それで、僕の予想では同一の物質中なら拡散は抑止できると考えているんだけどね」
「同一の物質中……。つまり、鉄の棒の中なら一定の魔法濃度を保ったまま直進するということですね?」
雨宮はそのように推察する。
「そんなところだね。理解が早くて助かるよ」
「うーん、特におかしい所はないように思えますけど……」
マーリンもそのように言う。しかし、雨宮だけは顎に手をやり考えている。
ちょうどそこに、外出していたイリナが研究室に戻ってきた。
「ただいま帰りました」
「あ、おかえり」
「何か相談でもされてました?」
「そうなんだ。イリナ君も聞いていってくれるかい?」
「もちろんです」
そう言ってイリナも概要を聞く。
「そうですねぇ、私も特段おかしいと思う所はありません」
「じゃあ大丈夫そうかな?」
ヌルベーイが相談を終えようとした時に、雨宮が口を出す。
「いや、少し違うかもしれないですね」
「違う?」
ヌルベーイが聞き返す。
「魔法の拡散というのは、音波と似ていると思うんです。例えば、音は空気という媒体を使って拡散しますよね?」
「そうだね」
「ではこれを金属の中……鉄の棒で置き換えたとしましょう。鉄は振動し、棒の中で音波が振動として伝播します。この時、棒の表面と空気の境目では、音波の振動が棒から飛び出し、空気中へと拡散するはずです。鉄の棒の表面が別の媒体と接触している以上、必ず何かしらの形で別媒体へと拡散すると思います」
雨宮は、簡潔に自分の思ったことを述べる。このことは光が空気中から水中に入射する時に屈折する現象を見れば分かることだろう。
周りに物質が存在しない真空状態であるならば、媒体中から放出されることはない。しかしそうではない以上、必ず周辺へと拡散する。
その指摘をした所、ヌルベーイとイリナが普段はしないような奇妙な目で雨宮のことを見る。
「な……なんですか……?」
「いや……。ホイター君ってそんなに冷酷なこと言う人だったっけなって思って……」
「最近変わったよね……」
「そうですかねぇ?」
「憲兵の駐屯地から出てきた辺りから感じてたから、投獄中に何かあったのかな……?」
「あー、投獄中はなんだかんだ地獄だったしなぁ」
サラッとそんなことを言う雨宮。投獄されて何かしらの感情が死んだのだろう。
「とにかく……。ホイター君の意見は、異なる媒体が接触していれば拡散が推進されるっていうことで間違いない?」
「はい」
「うーん、なるほど……。もしそれが本当だとすると、あの数式にも影響が出てきそうだね……。そうなると計算し直しだし……」
ヌルベーイは色々と思案する。そして何かを決めたようだ。
「ホイター君、この研究に手を貸してくれないかい?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「ありがとう。それと、もしかしたらマーリン君にも手伝ってもらうかもしれない」
「分かりました」
ヌルベーイの話が終わると、雨宮は一人で考え事をする。
(レオニダス・ホイターの十大発見の再現……。残るはあと三つか)
雨宮は研究ノートではない、その辺の裏紙にある単語を書き出す。
『ホイターの漸化関数、ホイターの流体方程式、ホイター振動』
どれもホイターの名を冠している。それだけ重要な定理だと思われる。
(発見できるだろうか……)
ちょっとした不安が浮かび上がってくるが、雨宮はその不安を押しのける。
(大丈夫。独房に投獄されても何とかなったんだ。この三つの定理も何とか発見できるはずだ)
動機はネガティブだが、考えていることはポジティブな雨宮であった。