数学者レオニダス・ホイターに転生した大学生、彼の功績を再現しなければ人類史が変わるので必死に再発見します   作:紫 和春

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第38話 終わり

 その後、雨宮とヌルベーイは何度か実験を行い、魔力の減衰具合━━つまり魔法の通り抜けやすさを測定した。雨宮の予想通り、というよりか知識通りに、物体の密度が変化すれば魔法の通り抜けやすさも変化することが確かめられた。

 2月上旬はヌルベーイと共同で論文を仕上げるために、研究室に泊まり込んで実験や予稿を仕上げる。そのほかにも、自分の論文である漸化関数のことを記した予稿も仕上げ、これをイリナやマーリンに下読みしてもらった。

 こうして、2月中旬には漸化関数と流体方程式の二つの論文が完成し、どちらもカラーニン科学学院とブリニッシュ王立科学協会に提出することができた。

 

「いやぁ、お疲れ様。無事に論文が提出できて何よりだよ」

 

 ヌルベーイが雨宮のことを労う。

 

「……ありがとうございます」

 

 しかし雨宮は生返事で返した。視線は遠くの方を見ており、なんだかぼんやりとしている。

 

「ホイター君、どこ見てるんだろう……」

「どこでしょうね……」

「ホイター先生のことだから、次の論文の構想でも考えているんじゃないですか?」

 

 ヌルベーイとイリナ、マーリンは、雨宮に聞こえないようにコソコソと話をする。

 研究室にある椅子に座り、ぼんやりと窓の外を見つめる雨宮。マーリンの予想通り、雨宮は次の論文の構想を練っていた。

 

(次はいよいよ最後の発見、ホイター振動だ。ホイターの記憶によれば、物体中の魔法の振動を表したものになるらしいんだが……)

 

 そんなことを考えながら、おもむろに研究ノートを取り出し、思ったことをメモしていく。

 

(魔法の振動は、つまり音波として捉えることができる。例えばとある鉄柱における魔法の振動は、その密度と長さに関係してくる。長さを分母に、密度と魔法の伝播速度を分子に置けば、これだけで周波数を求めることができる)

 

 簡単な数式をノートに記載する。

 

(そこに張力やら質量が絡んでくることから、この周波数の式を変形して……)

 

 こうして研究ノートに書かれた内容は、すでに論文の予稿そのものに見えてくるだろう。

 

「……いけるな」

 

 雨宮が突然そのように言葉を発したため、ヌルベーイたちは少し驚く。

 

「ホ、ホイター君、何がいけるんだい?」

「次の論文ですよ。すでに予稿が頭の中でできました」

「……え?」

 

 雨宮の言っていることが理解できず、ヌルベーイは言葉を返す。

 しかし雨宮はそれを無視し、本番用の論文用紙に文字をしたためる。

 そうしてものの1時間ほどで論文を書き上げてしまった。

 

「ヌルベーイ先生、確認お願いします」

「あ、あぁ……」

 

 ヌルベーイが論文を受け取って、内容を確認する。序文を読んだ時点で、ヌルベーイは険しい表情になっていた。

 

「ホイター君、悪いんだけど少し時間をくれないか……? これを確認するには、ちょっと時間が必要だ……」

「どうぞ、お願いします。自分は寮に戻ってますので」

 

 そういって雨宮は研究室を出た。

 研究室から寮に戻るまでの間、とても不思議な感覚に襲われる。ホイターになってからの記憶が、まるで夢のようになってきたからだ。そして全知全能にでもなったような感覚も襲ってくる。この世の全てを理解できたような、いやできてしまったような、そんな不思議な感覚だ。

 普通なら歩いて10分で寮に到着する道のりも、この日は30分かかってしまう。寮に到着し、自分の部屋に入ると、そのままベッドへと倒れこんでしまった。

 視界がグルグルと回り、まるで酔っぱらってしまったかのような、それともそういう回転するアトラクションにでも乗ったような、そんな摩訶不思議な状態だった。

 そして雨宮はわずかな頭痛を感じ、意識を手放す。

 

 次に目を覚ました時は、あの白い空間に浮かんでいた。

 

「あれ……。俺ってどうしてたっけ……?」

『ホイター振動を発見して、そのままあの時代から消えたのだよ』

 

 振り向くと、いつぞやの老人が立っていた。

 

「あの時代から消えた……?」

『分かりやすく言えば、死んだと言える』

「……俺、死んだんですか?」

『そうだ。君はホイターの十大発見を見事再現することができたからな』

「再現できた……? それじゃあ、レオニダス・ホイターとしての生活も終わりってことですか?」

『そうなる。良かったな』

「ちょっと……。ちょっと待ってください。俺、まだヌルベーイ先生とかイリナとかマーリンに別れの挨拶ができていないんですよ」

『する必要はない。というよりかはできないといったほうが正しい。何故なら、ホイターはあの時点でくも膜下出血により即死だったからな』

「そんな……、なんで……?」

『それは儂も知りたい。しかし、今回君がホイターになったことで、なんとなく原因が分かった気がしたよ』

「原因はなんなんですか?」

『脳の酷使だ。本来、そういうことは起き得ないはずなんだがね』

「そんな……、そんなことがあっていいんですか……?」

『それ以外の理由が見当たらないからな』

 

 そういって老人は雨宮のほうへと手をかざす。

 

『では約束通り、君を元の世界に戻そう』

 

 すると、ゆっくりと雨宮の体が下に引っ張られる。

 

「ちょ……」

『最後に儂の名前を教えてやろう。儂の名前は、レオニダス━━』

 

 そして雨宮の意識は途絶えた。

 しばらくして雨宮は目を覚ます。そこは大学近くの自分の部屋だった。

 

「夢……?」

 

 先ほどまでのホイターとしての記憶が朧げながら蘇る。しかし、夢にしてはずいぶんとはっきりしている。

 雨宮は枕元にあったスマホを手に取り、レオニダス・ホイターについて検索する。

 享年72歳。ホイターが記した論文の数は数えきれないほどあり、それは今の科学を支えている、と書かれていた。

 

「でも俺の時は18歳くらいで死んだんだよな……?」

 

 雨宮は考えてみるものの、今となっては確認する術もない。

 仕方なく雨宮は布団から出て、大学へと向かった。

 その日の数学のコマで、振動に関する授業を受けた。教科書には数式が書かれており、それは雨宮がホイターになって最後に発見した数式と酷似していた。夢に近い記憶が蘇ってくる。

 

(俺が発見しなくても、誰かが発見してくれたのかも……)

 

 そんなことを思う雨宮。しかし、それは少し違うと考えた。

 

(誰かが発見するんじゃなくて、自分が発見できるように、日々勉強を重ねることが大事ってことか……)

 

 なんとなく雨宮はポジティブに考えた。それが人類の明日の一歩になると考えたからだ。

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