Gifted Error: 授けられた祝福と呪い 作:灰音ヒビキ
歌うことが好きだった。
私の歌を聞いた人が笑ってくれるのが好きだった。
歌でみんなを幸せにしたい──
それが、子供の頃から抱いていた私のたった一つの夢だった。
私は努力を惜しまなかった。
元々綺麗だった外見にさらに磨きをかけ、歌の技術を洗練し、誰にでも優しく笑顔を振りまく「優しく完璧な少女」を演じた。
私の歌を、みんなに届けるために。
私の歌で、みんなを幸せにするために。
順調だった。
路上ライブから始めた私の歌は少しずつ有名になり、あるオーディションでアイドルとしてデビューすることもできた。
歌は届いた。
みんなが私の歌を聞いてくれた。
幸せだった。
ずっと子供の頃から思い描いていた夢が、ついに実現した。
この幸せがずっと……ううん、もっとすごいものになると、私は信じていた。
ある日、プロダクションの社長から呼び出しを受けた。
特に何の疑問も抱かず、私は社長室へ向かった。
──そこで、何が待っているかも知らずに。
社長は残念そうな顔をして、顔を俯け、私を見ようともしなかった。
そしてぽつりと呟いた。
「業界のお偉方から“接待”の要請が来た……」
私は本当にこんなことがあるのかと少し驚いたが、答えは決まっていた。
私は断固として拒否した。
私は有名になりたいのではない。
歌でみんなを幸せにしたいのだから、そんなものの手を借りるつもりはなかった。
社長は私を説得しようとした。
私のキャリアが潰される、私の歌が消される、活動できなくなる──
それでも私の答えは変わらなかった。
そんな誰かの玩具になってまで、私は歌えるとは思えなかったから。
社長は諦めたのか、そうかと呟くと、それきり何も言わなくなった。
それから、すべてが滅茶苦茶になった。
出演するはずだった番組のオファーはすべて取り消され、歌の収録も邪魔が入った。
私に根も葉もないスキャンダルが舞い込み、メディアは一斉に私を攻撃した。
私の歌を好きだと言ってくれた人たちも、私を否定するようになった。
私はプロダクションから契約を切られ、莫大な借金を背負うことになった。
私は、すべてを失ったのだ。
応援してくれた家族は私を責め立てた。
借金を知って、自分たちに迷惑をかけるなと初めて見る形相で叫んでいた。
私を愛してくれていたはずの家族の面影は、もうどこにもなかった。
ファンだけは私の味方だと、そう思っていたのは私だけだった。
ファンだった人たちは、手のひらを返すように私を、私の歌を貶し始めた。
嘘だと思いたかった。
きっと信じてくれるはずだと……しかし、私の味方をしてくれる人は誰一人としていなかった。
裏切られた。それも確かに悲しかったが、それ以上に──
私の歌は誰にも届いてなんかいなかった。
そのことが、何よりも悲しくて悲しくて、仕方なかった。
私の夢は叶ってなんかいなかったのだと、分かってしまった。
借金取りが毎日のようにドアを激しく叩き、私を罵倒していく。
いつドアが破られ、押し入られるかと考えると、怖くて仕方なかった。
私は部屋に閉じこもり、電気を消し、真っ暗な部屋の中で息を潜めるように生きていた。
そんな時、電源を切っていたスマホが突然起動し、音楽が鳴り響いた。
何かを祝福するようなファンファーレが。
驚いてスマホを手に取ると、見たこともないサイトが表示されていた。
目が奪われる。
「現実を変えたいか」
たった一つ、黒い画面に赤い文字で書かれたその言葉と、返信用のYES/NO。
シンプルすぎる構成のサイト。
かつての私なら、馬鹿馬鹿しいと興味すら持たず、悪質なウイルスだと疑い切って捨てていただろう。
でも、今の私には、この言葉に抗う力はもう残っていなかった。
真っ暗な部屋の中で微かに光る、たった一つ残された希望を──私は捨てられなかった。
YES。
気づけば、その言葉を選んでいた。
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
たくさんのフレーズが、たくさんのメロディーが溢れた。
どうすれば人の心を動かせるのか、どうすればみんなが私の歌を聞いてくれるのか──
ずっと探して、見つからなかった答えが、簡単に見つけられた。
私は驚いた。
一体何が起きたのか?
状況を把握するのに暫く時間がかかったが、私はようやく理解した。
私に奇跡が起きたのだと。
私は選ばれたのだと。
私は救われたのだと。
私は隠れるのをやめた。
もう一度、歌い始めた。
身なりを整え、アイドルだった頃の衣装を着て部屋を飛び出し、私が昔路上で歌っていた思い出の場所に向かっていた。
怪訝な顔をする人、驚く人、嫌な顔をする人もいた。
どうでもいい。
私はもう救われているのだから。
私はただ歌うだけなのだから。
あの場所は、昔のまま私を待っていてくれた。
嬉しくて、少し泣いてしまったけれど、涙を拭って歌い始めた。
誰もが動きを止め、私の歌に聞き入った。
仕事に向かうサラリーマンが、通りすがりの人たちが、買い物に向かう主婦と子供が、学校帰りの学生たちが、車を運転していた人たちが──
みんな、自分のことを忘れて、私の歌だけに夢中になっていた。
私は嬉しくなって歌い続けた。
人々は私の歌をずっと聞いてくれた。
私はもっと、もっとたくさんの人に聞かせようと思った。
私の歌を。
思い出の場所から離れ、歌い続けた。
誰もが、私の歌の虜になった。
どんな偉い人も、どんな地位にある人も、私の歌には抗えなかった。
どんどん私のファンが増えていった。
もう、私を裏切ることのない、本当のファンが。
そう──私は間違ってなんかいなかった!
私の歌は間違いなんかじゃなかった!
さぁ──私の歌を、聞きなさい!!