Gifted Error: 授けられた祝福と呪い 作:灰音ヒビキ
私は、自分の部屋に逃げ込んだ。
玄関の鍵を何重にもかけ、カーテンを閉め切り、部屋の隅に身体を丸めた。
外から届く声、周囲の気配、すべてを拒絶するように、耳を塞ぎ、目を閉じた。
でも──
『あいつ、ほんと気持ち悪いよな。』
『なんで生きてんだろうな。』
『学校で泣き喚いてたの笑えるんだけど。』
『あいつがいなければ、もっと楽しかったのに。』
声が、止まらない。
学校で聞いた声が、私を否定して、あざけ笑う悪魔たちの声が!
壁も、ドアも、分厚い布団も、何一つ意味をなさない。
私の中で絶え間なく繰り返される。
たとえどれだけ耳を塞いでも、どれだけ離れたとしても、もう聞こえてしまった声は消えない……。
アイツラの声だけじゃない。
今この瞬間にも、誰かを嫌悪し、憎み、呪い、死さえ願う新しい悪魔たちの声が聞こえ続けている。
どうして……
どうしてこんなことに……
私は、友達が欲しかっただけなのに……
友達ができたら、笑い合えたら、それだけでよかったのに。
ただ、それだけだったのに……
声はますます大きく、鋭く、容赦なく心を突き刺す。
やめて……やめてよ……
私の声は、もうどこにも届かない。
「いや……いやだ……もう、やめて……!」
耐えきれず、私は机に突っ伏した。
気づけば、涙と嗚咽で喉が焼けるように痛い。
こんなに苦しいなら……
こんな声、最初から聞きたくなかった。
この力なんて、欲しくなかった。
私、間違ってたんだ……
私が……全部、間違ってたんだ……
やがて意識が薄れていく。
泣き疲れた頭は重く、呼吸は浅い。
布団を被ったまま、私は深い闇に沈んでいった。
──気がつくと、そこは灰色の世界だった。
現実とも夢ともつかない、曖昧で冷たい空間。
足元は何もなく、見渡しても誰もいない。
ただ、無音だけが広がる。
その時、遠くから歩み寄る気配を感じた。
「……よう、こんなところで会うとはな。」
白いシャツに黒いパンツ、だらしなく首元を開けた男が現れる。
無気力そうな目をしているのに、どこか底知れない冷たさがある。
「誰……?」
「俺か? 望月景時。ギルドの代表みたいなもんだ。」
声が灰色の世界に静かに響き渡る。
それだけで、私の思考が少しずつほどけていく気がした。
「ギルド? ゲームか何かの話? 私は今それどころじゃ……!」
「いや、現実の話だ。お前のように能力を得た奴らを保護してる、それがギルド。
まー偉そうなことを言っても、できることは限られるし、全員助けられるわけでもないんだがな。
それでも俺はここに来た。お前を助けるために、お前の夢の中にな。」
私は、男を見上げた。
助け……る? 私を……? この力を……この呪いを……消してくれるの?
夢なのに、体が重い。
心臓が痛い。
「……助けて……お願い……もう、やめたい……」
私の声は小さかった。
それでも、彼には十分に届いたようだ。
「分かってるさ。お前の望みはこんなものじゃない。もっと優しいものだ。
誰かと一緒に笑い合う──そんなちっぽけで、とても大切な願いだった。
それを誰かが踏みにじった、最悪な形でな。俺たちはそれが許せない。
こんな理不尽、許していいはずがない!」
私のために怒ってくれている。
心の声が聞こえなくても、彼の言葉が、私に向けられた感情が本物だと確信できた。
だから私は……
「ねえ、教えて……? 私……私の願いは……」
「間違ってなんかいない。絶対にな。
誰が何と言おうと、俺が保証する。
お前も、お前の願いも胸を張っていい立派なものだ。」
彼の視線が、真っ直ぐに私を射抜く。
優しさ──もう忘れかけていたそれを感じて、私の頬を涙が伝った。
次から次へと溢れ出して、止まらなかった。
「お前は──この力を消したいか?」
私は震える唇を噛みしめ、何度も何度も頭を縦に振った。
「……捨てたい……消して……お願い……もう、皆の声なんか、聞きたくない……!」
彼はかすかに柔らかな笑顔を浮かべて言った。
「わかった。じゃあ、俺たちの仲間を送る。……あいつなら、お前の願いを叶えてくれる。」
「……あいつ?」
「虚木刹那──能力を否定する者だ。」
私には、その名前の意味も重さも分からなかった。
でも、今の私にはもう選択肢なんてなかった。
「……ありがとう……」
そう言った瞬間、視界が崩れ、夢が溶けていく。
私は、重たい体を抱えて、また暗い部屋へと帰っていった。
夢……だったの……?
私は夢から覚めて、現実に──地獄に引き戻された。
……またあの声が……悪魔たちの声が聞こえる……!
前よりもはっきりと、強く……大きく……!
私はそんな声から逃げたくて、無駄だと分かっていても耳を塞ぎ、目を閉じた。
もう何も聞きたくなかった。誰かを呪う声なんて……
私はあれがただの夢だと分かっていても、それでも信じたかった。
誰かが私を助けてくれると。私のこの力を、その人が消してくれると。
私は、部屋の中で縮こまりながら、それだけを希望にして悪魔たちの声に耐え続けた。
冷たい声が聞こえた。
悪魔たちの声とは違う。
無機質なのに、どこかあたたかいような、そんな声が。
私は思わず部屋から飛び出し、玄関まで走った。
誰かがドアの前にいる。
私を助けてくれるかもしれない人が──!
私はドアを勢いよく開け放ち、叫んだ。
「お願いします! この声を消してください!」
―――
部屋の中に招かれた俺は、まず少女を落ち着かせようとした。
明らかに動揺し、混乱している。
俺はまず断りを入れてから、彼女の能力を抑えつけた。
彼女は、他人の思考が流れてこないことに気づくと、涙を流しながら言った。
「もう何も聞こえません……あの声が……何も……。
ありがとうございます……ありがとうございます……。
本当に……ありがとうございます……。」
彼女は消え入りそうな声で、何度も感謝の言葉を告げていた。
「少しは落ち着いたか? これはあくまで一時的なものだ。
完全に能力を消去する前に、君の気持ちを確認しておきたい。」
彼女は誰も傷つけていない。
むしろ、彼女こそが被害者そのものだ。
だからこそ、その能力をどうしたいのか──それは彼女自身が選ぶべきものだ。
俺は、彼女が涙を拭い、息を整えるのを静かに見守った。
「私は、この力を消してほしい! こんなもの、私は要らない!
こんな、苦しいだけのものなんて……!」
彼女は心からの叫びをあげていた。
「分かった。消す前に念のため言っておく。
その能力は、訓練次第では制御が可能になる可能性がある。
君の持つ、一つの武器になる可能性がある。
それでも君は──」
「消して!! そんなのどうでもいい!!
私はもう、あんな声を聞きたくなんてない!!
あんな悪魔たちの声なんか……もう二度と!!」
彼女は再び涙を流しながら、先ほどよりも大きく、より魂を込めた絶叫を俺に返してきた。
「……了解した。君の想いを踏みにじってしまい、本当にすまない。
俺は君の選択を尊重する。……手を出してくれ。
君の能力の解析は終了している。後は君に触れて、俺が能力を発動すれば、君の能力を完全に消去できる。」
俺は、彼女に向かって手を差し出した。
「これで……いいんですか……? これで、本当に……」
彼女はそう言いながら、俺の手を握った。
俺はその瞬間に能力を発動し、彼女の能力を完全に消去した。
「終わった。能力は完全に消去した。
これでもう、君に悪魔たちの声が聞こえることはない。」
―――
本当に……?
もう……あの声が……あの声を聞かずにすむの……?
私は安堵と少しの恐怖から、思わず彼に尋ねた。
「これで……私はもう……あの声を聞かなくていいんだよね……?」
彼は静かに、小さく頷いた。
「良かった……! 良かった……! もうあの声は聞こえてこない……!
もうあんな怖い想いをしなくていい……!」
私は涙を流しながら、思わず彼に抱きついた。
「ありがとう……! ありがとう……! ありがとう……!!」
何度も、何度も、
私を救ってくれたヒーローに感謝の言葉を捧げ続けた。