Gifted Error: 授けられた祝福と呪い 作:灰音ヒビキ
――灰色の世界。
見渡す限り、何もない空間が広がっている。
俺は確かにセーフハウスにいたはずだ。それがいつの間にか、この場所にいた。
元凶の能力者を探して周囲に目を走らせるが、何も見つからない。
焦りを押し殺し、冷静に相手の出方を伺っていると──
何もない空間に、何の前触れもなく男が現れた。
「はじめましてだな、虚木刹那。
俺は望月景時、ギルドのリーダーだ。よろしくな?」
──能力を発動……できない?
この空間、あるいは相手の能力か……
装備していたはずの武器もなくなっている。相手の術中──迂闊な行動は取れない。
仕方なく、相手の望む対話に応じることにした。
「虚木刹那だ。随分なご招待をありがとう。それで? ギルドのリーダー様が俺に何の用だ?」
望月はバツが悪そうに頭をかいた。
「あ〜、やっぱり唐突だったな。悪い、どうしても直接話してみたくてな。真白は絶対許してくれないし、現実じゃ無理そうだから……夢の中でって訳だ」
夢……?
ここが夢の中──。確かに現実感のない空間だ。
セーフハウスから突然移動していたことも説明がつく。だが、分かったところでここから出られないなら意味はない。
むしろ相手の能力が分からない以上、現実より危険かもしれない。
俺は一層、警戒を強め、目の前の男を見つめた。
「あはは……警戒心MAXだな。いや、仕方ないけどさ。
俺はお前に危害を加えるつもりはない。信じてもらえないかもしれないが、純粋に話がしたいだけなんだ」
──信じられる訳がない。
しかし、他に打てる手がないのも事実。
こいつが本当にリーダーなら、ギルドはつくづく人のプライバシーを何だと思っているのか……。
「話す方法ならいくらでもあったはずだが? こんな強引な方法を取った時点で信用があるとでも?
そもそも俺はギルドと関係を持ったばかりだ。貴方が本当にギルドのリーダーなのか確認する手段すらない。こんな状況で警戒を解けるわけがないだろう」
望月は困ったように顔をしかめて言った。
「ごもっとも。返す言葉もない。
確かに手段は選ぶべきだったし、事前に顔合わせくらいはしておくべきだった。完全に俺の落ち度だ。本当にすまない。
それでも、どうしても話しておきたかった。──管理機構に所属しておきながら、脱走し、追われる身になったお前とな」
──つまり、欲しいのは管理機構の情報か。
分かりやすくて助かる。
敵対関係にあるギルドなら、喉から手が出るほど欲しいはずだからな。
相手の動機は明白だ。だが、まずは何を置いても確認すべきことがある。
「……ギルドのリーダーを名乗るなら、それを証明してみせろ。信用はそこからだ」
望月は頷き、口を開いた。
「そう来ると思ってたよ。じゃあ一つ、“レヴィンブルー72”
思い出せるか?ギルドからお前にだけ送られたコードワードだ。
既にセーフハウスの紹介、物資の受け取りで何度かやり取りしてるはずだが、その最新のコードだ」
桐生から能力で伝えられたコード。それを知っている以上、ギルドの関係者なのは確かだろう。
「あともう一つ。セーフハウスでお前、コーヒーにミルクとスティック砂糖を3本入れたろ? 甘すぎじゃないか?」
──ここまでくるともはや清々しい。怒りすら通り越して、呆れと共にため息を吐いた。
「……プライバシーの概念がギルドには存在しないらしいな」
望月は肩をすくめる。
「ま、そう言わないでくれよ。命を守るためにはな、少しの覗き見は仕方ないのさ」
──少し?
行動を全て把握しておいて「少し」だと……?
その「少し」で見られている側の気持ちも考えてほしいものだ……
これがギルドの共通方針だと思うと、頭が痛い。
「コードと行動監視……まあ、ギルド関係者であることは分かった。
だが、“リーダー”である証明にはならない。桐生真白からの連絡にも、そんな肩書きはなかったが?」
望月は肩をすくめて言った。
「……あの冷静な補佐官が、わざわざ俺の名前を出すと思うか?
特に、逃げているとはいえ、管理機構出身のお前に。
ああ、誤解しないでくれ? 疑ってるわけじゃない。でも信用が足りないのはお互い様ってことさ」
望月が手を挙げ、宙をなぞると、桐生の音声が、記録のような映像で浮かび上がる
桐生真白の声:「──今回の能力者は、本人の意思で消去を希望しています。
一応、景時さんにも報告は通しましたが、“直接会う気満々”だったので止めておいてください」
望月は映像を見て苦笑していた。
「あいつ、俺の行動予測まで完璧でな。止めたけど無理だったってことにしといてくれ」
――夢の中での現象だ。いくらでも改変できる。証拠にはならない。
だが、ここでこれ以上証明に拘るのも悪手だろう。
少なくともギルドの関係者なのは確かだ。現時点ではそれで充分だ。
「……ああ、なるほど。貴方が『命令できる立場』なのは理解できた」
「ようやく信じてもらえたか。ということで、改めて──
“ギルド代表、望月景時”だ。改まった場は苦手だが、これが名刺代わりってことで頼む」
「さて、仕切り直しだな。改めて聞くが──どうしてお前は管理機構から逃げ出した?
お前の能力なら問題なく過ごせたはずだ。
能力の完全消去──管理機構からすれば、能力者に対する絶大な対抗手段だ。
手元に置いておくためなら、結構な待遇だったんじゃないか?」
──当然の疑問だ。ギルドとの接触時に聞かれると思っていた質問。
むしろ、ここまで聞かれなかったのが異常なくらいだ。
「雪代由希を知っているか、能力者だ。
」
俺の幼馴染。必ず助けると誓った相手。その名前を望月に告げた。
望月は顔を伏せた。
> 「……知っている。傷を癒やし、病を操る能力者。
能力を危険視され、管理機構に自我を奪われ人形にされた……俺達が助けられなかった一人だ」
「そうだ!由希は管理機構によって人形にされた!!
何も思わず、何も言わず、ただ操られるままに能力を使うだけの存在に!」
いつの間にか、握りしめた拳から血が滴り落ちていた。
「幼馴染だ。由希のことは誰よりも知っている。
生まれた時から一緒だった。
あいつは誰かを傷つけたりなんてしない。絶対に!」
「だが管理機構はそんなことお構い無しだ。
パンデミックを起こせる能力を持つ“危険因子”としか見なかった。
意のままに世界を滅ぼせる魔女だとな!」
「俺はそれが許せなかった。由希を連れて脱出するつもりだった……失敗だったがな。
俺は自分が逃げ出すので精一杯だった……情けない話だ……」
顔を伏せたまま望月が言った。
「……助けられなかったのは、俺達も同じだ。情けないのもな……
管理機構相手に真っ向勝負ができるほど、向こう見ずな真似はできなかった。
ギルドを預かる者として、保護している能力者全てを危険に晒すわけにはいかなかった……本当にすまない」
──自分の無力と、ギルドへの理不尽な怒りで身を焦がしながら、
俺は平静を保つために目を閉じ、深く息を吐いた。
「俺がギルドに接触したのは、由希を助ける手立てがあるとすれば、ここだけだと思ったからだ。
唯一、管理機構と敵対関係にありながら潰されずに存続している組織。
俺は諦めるつもりはない。由希は必ず助け出す。
俺だけでは不可能かもしれない。それでも──ギルドの協力があれば……そう思っていたんだがな……」
望月は伏せていた顔を上げ、まっすぐに俺を見た。
「俺だって諦めるつもりはない。ギルドとしてもな。
……それでも、戦力差は圧倒的だ。
真っ向勝負ができない以上、今すぐにとはいかない。やりたくて仕方ないけどな?
能力者の天敵であるお前が味方になったとしてもだ。
向こうは能力者だけじゃない。兵器で武装した軍隊じみた集団に加え、
能力者案件における権限は絶大。──最悪、国そのものが敵に回る」
――分かってる。何度も、何度も……!
いくら考えても、由希を助け出す手段が見つからなかった……!
戦力差? 国が敵に回る?
そんなこと、管理機構にいた俺が一番分かってる……!!
どうすれば……!? どうすれば、由希を救える……!?
望月は静かに、けれどはっきりと言った。
「それでも手がないわけじゃない。
正確には──それを可能にできる能力者に、心当たりがある」
──俺はその言葉にすぐには反応できなかった。
──助けられる……? 由希を救える……?
「どうすればいい!? 誰がその能力を!?
俺は何をすればいい!?」
俺はまくし立てるように望月に詰め寄った。
「気持ちは分かるが、落ち着いて聞いてくれ。あまり時間がないんだ。
その子は──管理機構に狙われているからな」