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「今日は何の御用でしょう? 私は嬉しいのですけど……アキノブ様はあまりお越しにならなかったですよね」
「偶には他愛のない話も良いかと思いまして、贈り物の予約も兼ね参りました」
エレーヌの下に昭信は一人のドワーフ男性に荷物を持たせてやって来た。
これまでは貴族のお嬢様に用もないのに逢いに行くべきではないとか、以前は婚約の品やら何やら合わせて全部用事を一緒に済ませようかと思っていたのだ。ルミ達に相談したところ、女の子は用が無くても逢いに来るだけ嬉しいし、理由が必要ならば用の一部を言い訳にすれば良いと教えてもらったのだ。
「遠慮なさらずとも。いつでもお見えになられても構わないのですよ」
「そのようですね。相談したら、さっさと行けとルミ達に言われました」
「まあ。ふふふっ」
昭信が内情を話すと、エレーヌは亜麻色の髪を揺らして微笑んだ。
おかっぱの髪は切り揃えられて以前よりも綺麗になったような気がする。以前に石鹸を贈ったので使ってくれたのだろうかと昭信は思った。もしかしたらもっと前から清潔さを保っていたのかもしれないが、あまり訪れないようにしていたので比べようがなかった。もっと頻繁に会えていたら何か言うべきなのだろうが、今言うと駄目なのか、それともダメもとで言っておくべきか悩みながら微笑み返す昭信であった。
「彼は今回連れてきたのはグスタフという男です。紹介させてもらって良いでしょうか? 荷物を持ってきたので、せっかくですので紹介しておきましょう」
「構いませんよ。それに重いのではないですか? お入りください」
「失礼いたします」
ここで昭信は傍にいた黒々とした髪と髭のドワーフを紹介する。
奴隷の中で四十代を越えているうちの一人だが、言動や行動を見る限り最も信用できることもあって最初に連れてきた。いずれ彼ら七人(ルミを計算に入れないと仮定して)を引き渡す契約になっているが、一度顔を見ただけというのもどうかと思い、一人か二人ずつでも折に触れて紹介するつもりだった。ちなみに彼は探索者のままレベルを上げており、ヒューゴーという男のドワーフと共にパーティーを率いて迷宮の下層に潜っている事が多い。
「彼を連れてきたのは荷物もありますが、コレを据える場所の相談をし易いこともありましてね。グスタフ、頼んだぞ」
「はい。主様」
元は鉱夫で荒くれなのだろうが奴隷商館でしつけられている。
軽い礼をした後で入室し、テーブルの上に布で覆ったナニカを丁寧に置いた。それは真っ直ぐな板で挟み込まれた物であり、少々のことでは問題無いようにしてあるはずなのだが、それでも丁寧に置くのは相当に気を使っているのだろう。布をめくり木の板を除けると、そこには一枚の鏡があったのである。
「まあ。ペルマスクの鏡ですか?」
「ええ。これをいずれ贈ろうと思うのですが、部屋の壁に埋め込むか、さもなければ衣装ダンスの内側に嵌めこもうかと思いまして。その相談を兼ねて訪れたわけですね」
エレーヌの言葉を昭信が肯定し正面に導いた。
見れば判るが、どちらかと言えば近くで見るためにさりげなく挨拶を交わしたようなものである。確認の応答と言うよりは、エレーヌは詳細に見ても良いかと尋ね、昭信は丁度良い位置にエスコートする権利を得たわけである。
「あまり良い言葉が思いつかないのですが、貴女の美しさを映し出せていれば幸いです」
「もうっ。そこは綺麗ですねとかお似合いですね。で良いのですよ。でも男の人はそんなものだと聞きました。その、これからゆっくり覚えていただければ良いかと思います」
何かを言うべきだったので、理屈を作って昭信は褒めてみた。
だがあくまで『言うべきタイミング』を逃さなかっただけで、及第点でしかないらしい。ひとまず今後に期待しますと言いつつエレーヌは嬉しそうだった。他人行儀でない程度に好意は感じるが、どこか遠慮して少し離れているような気がしたからだ。まさか男の方から積極的に逢いに行って、褒めるとは言わないが仲良くなるために言葉を交わすべきか悩んでいるとは思うまい。
「次回から善処しますよ。それで、このグスタフを連れてきたのは、彼が我々の中でもっとも詳しいというのもあります。彼に伝えれば、木工職人たちに上手く要望を伝えられると思いますよ」
「主様と共に何度か訪れると存じますので、良い場所をお教えください」
「はい。頼りにしていますね」
照れ隠しでグスタフの事を伝える昭信だが、詳しいのは本当だ。
さすがに本職には及ばないが、鉱山でもこの手の事を担当していたらしい。何を何処に設置して、その為にどんな要求を誰に伝えれば良いのかという相談を何度もしたことがあるのだとか。グスタフを連れて鏡の設置方法を決めるという理由を付けて、昭信は訪問を約束するのであった。
「次に来る時は鏡を正式にお渡しします。その時は他のプレゼントを用意しますので、どんな物が良いかを教えてください」
「アキノブさまたちが御無事なのが一番の贈り物ですよ。お待ちしてますね」
もう暫くして昭信たちはエレーヌの下を辞して帰還した。
迷宮に潜る為であり、装備の実験をする為でもあった。だが、今回の主要な用事を忘れてはいけない。せっかく仲良くなったエレーヌとまた逢う約束をする為の予約である。
「主殿。僭越ながら一つよろしいでしょうか?」
「どうしたグスタフ。何か思う事があるのか? 構わんから言ってみろ」
屋敷に帰還した辺りでグスタフが昭信に声を掛けてきた。
集団で居る時は年長者として当たり前の返しをする事が多いので、二人だからこそ声を掛けてきたのだろう。
「エレーヌ様は立派なご様子ですが、少し無理をされているように感じました」
「根拠があるならば聞かせてくれ。俺は年齢の割りに立派なレディ過ぎるなと思った程度で、それ以上は判らん」
グスタフの言葉に昭信は納得がいく部分とそうでない部分があった。
昭信自身はエレーヌの対応に何となく思い描いた『淑女らしさ』を感じ、迂闊に声をかけてはいけないのかなと思っていた。だが、実際にはそんな事は無いとエレーヌは言っていたではないか。社交辞令であるかもしれないが本心でもあるのだろう。その部分でようやくエレーヌの内心が見えた気がしたのだが、今度はどうしてグスタフがそう思ったのか、どうして口を出そうと思ったのかが分からないのである。
「その……うちのお嬢と似たところがあるので、もしかしたらそうなのかもしれないと思った程度ですが」
「ルミは両親も家も無くして気を張っているからな……なるほど」
その回答で昭信は二重の意味で理解した。
ルミという実例があり、その様子をグスタフが見ているからこそ似ていると思ったのだ。そしてもう一つ、ここで口を出したのはルミの為でもあるのだろう。エレーヌに対する忠言だけならば言わなかったかもしれない。だが一緒にルミを実例として出すことで、昭信に納得させつつ『ルミも困っていますよ』と言いたかったのだ。これが経験深い執事ならばもっと後の機会で口にしたのかもしれないが、グスタフにその経験はなく、また数年すればナーシャ家に移籍するのだから今しかチャンスはないと思ったのかもしれない。
「そういえばグスタフはルミと長いのだったか。忠言助かった。エレーヌにもだが、ルミにも気を付けるようにしよう」
「感謝いたします。奴隷の身で余計なことを申しました。ですがワシにはもう家族も居りませんでな……」
年齢がいっている分だけ他のドワーフよりもグスタフは付き合いが長い。
その上で彼は家族を亡くしており、その分だけルミを気遣っているのだろう。今後にルミもナーシャ家に行くのか、それとも昭信の下に残るのかは判らない。昭信が婿入りしてしまえば同じことなのだろうが、そうなれば奴隷解放されるなり、妾になるなりで話は変わってくる。どうなるか分からないからこそグスタフは余計な事だと自覚して居ても口出ししてきたのだろう。
(個性が見えてこなかったし、信用はしても信頼はしていなかった。思えばこちらもどうせ引き渡すからと深入りしていなかったからな。これではこちらも信頼される訳はないか。これからも他のドワーフたちと話をする機会を増やしてみるか)
昭信はそんな風に思いながら、留守番をしていたルミの下へ赴いた。
それは帰還の報告をする為であり、装備や戦い方の相談をする為であるが……。同時に一人きりになっていたルミを気遣う為でもあった。
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「ルミ。本当助かったよ。俺は遠くから眺め過ぎたし、その割に性急過ぎた」
「当然です。マスターは色んなことを一度にやろうとし過ぎです。その為に言葉が足らないか、余計な言葉もおっしゃっているのではないかと推察します」
昭信はルミに帰還の言葉を掛けた後、早速相談することにした。
もちろんエレーヌの口説き方の話ではなく、鏡の話にかこつけて逢いに行き、次の機会に逢う約束をする。この流れを作り上げる為であり、それだけ出来れば十分だというルミの意見が正しかったことを確認する為でもある。
「アクセサリーの件も直ぐには必要は無いと思います。今は実験をしてその確認する程度で良いでしょうし、それもマスターの物を先に作れば良いと思いますね。良い物を作ってエレーヌ様に渡し、それをシモーヌさんに下賜する流れなんか必要ないと思います」
「その方が嘘を吐かなくて良いし、面倒も無いと思ったんだがな」
ルミ達に提案されなかった場合、昭信は装備を幾つか用意してから行くつもりだった。
ひもろぎや身代わりを入れたアクセサリーのみならず、MP吸収可能なスタッフも完成させて正式な婚約に準じて用意する気だったのである。しかも奴隷の譲渡契約やら、昭信が何かのミスで死んだ場合に死後どうするのかも決めておき、奴隷商を呼ぶかどうかは別にして譲渡契約書などを用意するつもりだったのだ。いくらなんでも用事が多過ぎるとルミもシモーヌも止めたわけである。
「ひもろぎを付けたアクセサリーはシモーヌさんが実験してみる以外に使い道がありません。エレーヌ様の予備にするにしても、ずっと後の事でしょう。そう考えればマスターが強くなる方がよほど意義があります。その上で実験用であれば、ひもろぎ単独で製作して予備が出来たからと売ってしまう方が筋がまだ通るのではないでしょうか」
「コボルトの個数も不足しているし、確かにその方が良いな」
昭信の案の場合、MP吸収と知力二倍で合計二つのコボルトを消費する。
ここから昭信用のアクセサリーを用意すると攻撃力二倍で更に一個、武器に防御無視(40%)を付けるためにも一個使うのでこの時点で四個必要なのだ。対して今の手持ちは一個、シュナイドラーに頼んだ三個全部が直ぐに揃ったとしても必要数の四個にしかならない。追加発注をしたとして防具に回すコボルトのスキル結晶がいつになるのか判らない程であった。
「ルミ。今回の件では色々助かった。俺は突っ走る傾向にあるし、その手前で余計な事を考える所があるからな。これからも助けてくれるとありがたい。出来れば公私共々、色々な面でだ」
「元そのつもりです。ただ……公私ともと言うなら……」
昭信は改善の証しとして、ここで一区切りを入れた。
今までなら次の装備計画に行っていただろうが、いったん止まった上でルミに声を掛ける。今回は彼女の提案が無ければ一気に物事を進めていて、上手くいく可能性があるがそれ以上に失敗や停滞があった可能性もある。それこそエレーヌと装備の件だけではなく、付随して鏡も贈ろうとしていたり、奴隷譲渡の契約までしようとしていたのだから問題が山積みになっていただろう。ルミの忠告で鏡はあくまで訪問の理由造り、まずはエレーヌとの面会をすれば良いという案には本当に助かっていたのだ。
「その、シモーヌさんのようにしていただけると幸いです」
「分かった。一緒に家族になろう。エレーヌやシモーヌと俺。合わせて四人の家族だ。それを夫婦と妾達というのかもしれんがな。もちろんルミが俺に愛想をつかせて出て行きたいというなら解放しても……いや。俺はルミに一緒に居てほしいな」
ルミは奴隷だから抱かれるべきだと思っているわけでは無いだろう。
もちろん『一番奴隷としての地位を確立し、捨てられないようになりたい、立場が不安だから』そう主張している可能性だってあった。しかしグスタフに話を聞いたことで、昭信にも何が本当の不安なのかがようやく理解できたのだ。家族が失われ、家が失われ、もし昭信にまで『解放するから好きに生きて良い』と言われたらむしろ突き放されたように感じるだろう。その事がたまらなく不安なのだと昭信にもようやく気が付いたのである。
「はい。よろしくお願いしますね。マスター」
「ああ。迷惑をかけると思うが支えてくれると嬉しい。だが今は一緒に居てくれ」
こうして昭信はルミの体を抱きしめた。
この世界の十分としては成人しているがドワーフなので少し小さく感じる。赤毛の髪を三つ編みにしてまとめている為か、表情がよく見て取れた。愛や情欲と言うよりは、ホッとしたような表情。抱きしめられた時に抱き返す手は不安を押し返そうと力が籠っていたような気がする。昭信は予定していた装備や戦い方の話など投げだし、今はただルミを抱きしめて優しく抱き上げたのであった。
●特筆すべき事項
・鏡を設置する為の訪問予約
・装備計画の見直し(コボルトのスキル結晶入手を急ぐ話を含む)
と言う訳で今までと少しペースを変えてみました。
今までだと早く次に行こう、次に行こうと思うあまりサクサク進めて居ましたが、間に幾つか入れて居ます。もちろん描写の上手な方ならもっと分かり易いのでしょうが、まずは慣れるためにやってみた感じですね。次回以降はもっと丁寧に描写できると良いのでしょうが。
●ルミの掘り下げ回
背景と内面の一部を語っただけで、まだまだ足りないでしょうが、ルミとグスタフを通して少し描写。いずれ機会を見てローテーションでキャラを語りつつ、それとは別にチャンスがあれば補足していくと思います。
●次回
予定していた話を分割したのですが、残りの装備計画と戦闘の話は明日UPしたいと思います。