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「マスター。先ほどの提携はどのような価値があったのでしょうか? 四十五層から四十九層でも薬の材料を落とすモンスターは出てくるのではありませんか?」
「ルミの指摘はもっともだ。端的に言うとこの場合はライバルがいないからだな」
「私たちが第二迷宮の十六層で戦ったようにですか?」
「ああ。五十層以降は秘匿情報になる可能性が高いからな」
シュナイドラーが帰還した後、ルミが詳細を尋ねてきた。
もっともな話なので昭信は順を追って解説することにした。相応の利益もあったし実は大きな欠点もある。その件に関してちゃんと説明しておかないと後で必ず問題になるからだ。
「領地にある迷宮を討伐してギルド神殿を得た場合にギルドを設立することが可能だ。通常は領主が自分で設置していくがどうしても足りない時は、寄り親から借り受けたり他所の迷宮に討伐に赴く。迷宮を討伐することは義務であると同時に、多大な利益をもたらすギルドを設立するチャンスでもあるわけだ。だから討伐が可能になった段階で残り数層の情報は秘匿される傾向にある。領主の権益であるし、討伐出来ずとも同じ派閥の貴族に流すこともできるからな」
「それで第二迷宮の情報は秘匿されるからこそライバルが居ないと」
「そうだ。薬師の一族が抜け駆けしようとしても俺たちで先に討伐できる」
最初の問題としてギルドから領主へのリターンが行われることが大きい。
もちろんギルドの運営資金として職員を雇ったり運営費用として使ったりする。だがそのギルドを設置するために奔走したのが領主であるならば、純利益にあたる部分は領主の取り分であるべきだろう(汚職を防ぐためにも腕利きのギルドマスターへは相応のボーナスがあるべきだが)。だからこそギルド設立による利便性だけではなく、その収益のためにも領主はギルド設置に奔走するのである。
「これに加えて迷宮の成長という問題についても留意が必要だな」
「迷宮の成長ですか? そういえば五十層よりも上があるのでしたか」
「主なパターンとしてはそうだ。階層が増えるごとにより強く稀少なモンスターが出てくるから、挑む者は苦労するし万が一の時は危険なことになる。だが、もう一つ重要な成長として『子』ないし『枝』に当たる迷宮を増やすことがあるんだ。この場合は第一迷宮が子や枝として第二迷宮を生んだという扱いになるな」
次の問題として迷宮は成長するという厄介さがある。
階層が増えるだけでも面倒だが、それ以上に厄介なのが迷宮を増やすということである。増えた迷宮もまた人が来なければモンスターを外に出すし、その迷宮自体も成長するから実に問題なのである。
「詳しい生態は分かっていないが、近くに迷宮が増えると討伐が困難になる。時間と熱意は有限だからというのもあるし、余っているエネルギーを融通し合って成長し易くなっているのかもしれん。だが近隣にある迷宮が討伐されると、他の迷宮が弱くなるのも大きなポイントなんだ。まるで一つに繋がっている植物のように全体が弱くなる」
「迷宮が増えると成長し易くなるが、討伐されると弱くなる……という事は……」
「そうだ。俺たちが第二迷宮を討伐したとしても、第一迷宮に挑める
迷宮は増えるが、増えた迷宮を討伐されると弱くなるというのは影響が大きい。
放っておくとますます討伐が困難になるし、無理をしてしまう者が現れればその時点で危険度が増してしまう。かといって安全確実にゆっくり討伐していたのでは、まずます強大化する可能性もあった。そして討伐されると大元の迷宮も弱くなるのが非常に大きなポイントになる。五十五層くらいならば五十層くらい、五十三層ならそれ以下になる可能性もあった。
「だから第二迷宮では無茶をしない可能性の方が高い。第二迷宮を討伐されても交渉次第で第一迷宮に挑ませてもらえるなら、行儀良くしておく価値は高いということになるからな。交渉するかどうかは領主候補たるエレーヌの判断になるが、他者に利益を与えることは難しい内容であると同時に、エレーヌにとっての実績になるだろう」
「御屋形さま。そういった話は知っておりましたが……お嬢さまの実績ですか?」
「ああ。盗賊退治と同じかそれ以上に領地を安んじ、民を導いた実績になる」
ここで今まで黙っていたシモーヌが話に加わってきた。
彼女は騎士として教育を受けたがゆえに迷宮に関する問題を親世代から聞いていたのだろう。だからあえて尋ねる必要は無かったが、『エレーヌの実績』とは何のことなのか気になったのだ。
「この話には長所と短所が存在する。長所としては迷宮に挑む腕利きが少なくなっている危機に対して、迷宮自体の討伐には興味がない者で補強したから領主としてプラスとして考えられる実績になる。だが普段は秘匿している筈の情報は派閥にとっても意義ある情報だろう? だからドロップ品を薬にスキルで変えられるかは別にして、マイナスの実績として槍玉に上がる可能性もあるわけだ。だからこそエレーヌはこの問題に向き合う必要がある」
「必要な戦力が増える。だが文句を付ける者もいると御屋形さまはおっしゃる」
「そうだ。だからエレーヌにはこの話を断る権利がある。俺としては推薦するがな」
正直な話、この交渉に関しては重臣会議が存在するなら問題を提起されただろう。
前領主が存命時に昭信がやってきていてエレーヌの婚約者に収まっていたとする。その時に提案した場合、『そういった事を考えるのは領主であってお前ではない。僭越極まる!』と間違いなく問題視されてシモーヌの父親なり、他の者なりに怒られていたはずだ。もっとも前領主たちが生きていたならば、こんな交渉をする必要性がなかっただろうけれど。
「ちょっとまってくださいマスター。正直に公表する必要はないのでは?」
「ルミ、それは不可能だ。間違いなく案内人から寄り親へ報告がされる。というよりも五十層前後を知っている案内人たちは寄り親が用意した援助であり監視要員だろう。彼らが探索をしているのを見たことがあるか? 安全に儲けられるから退屈な任務を受けているというより、そっちの方が本命の任務と考えるべきだろうな」
話の途中でルミが割って入って提案を行なった。
内緒にしておきプラス評価にもマイナス評価にしない手もある。そう主張するルミに対して昭信は首を振った。監視がいる状態で見ず知らずの精鋭部隊を案内などしたら怪しんでくれと言わんばかりだ。何の裏取引が無かったとしても平地に乱を起こすような行為でしかないだろう。ワープという魔法が無ければの話であるが、昭信は少なくともこのメンバーにも公表するつもりはない。
「言われてみればその可能性は高いと思います。マスター」
「待ってください御屋形さま!? 本当にそのような事がありえるのですか?」
「足し算ではなく引き算で考えてみろ。普通は騎士団が行う仕事だが、重臣たちは病で一部が死んでしまった。そんな中で腕利きの探索者を連れていかない選択肢はないぞ。だが迂闊に連れていってしまえば全滅した時に探索はやり直しになってしまう。そのことを考えれば引継ぎのために残した下位メンバーか、さもなければ寄り親から借りていた探索者と考える方が自然だ。この領地では騎士団はまだ成立過渡期にあったとなれば猶更な」
ルミが納得する中、今度はシモーヌが疑問の声をあげる。
これに対して昭信は一つ一つ可能性を減じていった。シモーヌの父親は病気で亡くなったそうだが、騎士団候補だった人間は他にも死んでいる可能性はある。そんな中で可能な限りのメンバーを連れて探索を繰り返すとして、秘密を知っている昔からの探索者を連れていく可能性は高い。そんな中で騎士団の下位メンバーである年齢もレベルも低い探索者に後を任せるのか、それとも寄り親に探索者を借りてくるのか? どちらもあり得るが若くして騎士団に所属したシモーヌならば他の騎士団メンバーを知っているだろうが、これまで紹介された問話は一切なかった。騎士団を作っている最中だったと考えれば、居ないと考える方がずっと自然なのである。
「……確認しますが、むしろこの件をここで止めてしまわないのはどうしてでしょうか? シュナイドラーさまも文章に残したわけではないのは、援助するような約束と思われても困るからですよね? あくまで我々が発見した第二迷宮で薬の材料となるモンスターが出る階層の情報だけの取引きに見えます」
「確かに止めても良いんだ。ただ、一つ懸念がある。それをどう考えるかだな」
「懸念ですか? 御屋形さまが何を心配されているかを教えてください!」
「決まっているさ。もし第三の迷宮が増えたらどうなる? その時の保険だな」
ルミは昭信がこの話を勧めようとする理由に着目した。
領主候補はエレーヌであって昭信ではないから確約ではない。同様にシュナイドラーも薬師の一族の代表ではないから確約は出来ない。だがシュナイドラーの方は過去例から戦力を出せるかどうかは知っている筈だ。そこでナーシャ領の状態を見てある程度の判断は付けられたと思う。ようするに昭信の態度から可能性が高いと判断して、手付けを払うことで好感度を高めつつ証拠を残さないようにしたのだと思われる。そして昭信の根拠は第三迷宮の可能性であった。
「「第三の迷宮!?」」
「大貴族の領地では割とあることらしいぞ? このナーシャ領は辺境ゆえに爵位に似合わず広いからな。あり得ると考えておくべきだし、実際にそうなった時に『打つ手なし』とお手上げするわけにはいかんだろうよ。だからエレーヌを説得するつもりだが、まず通ると思っている。相談せずに勝手に話を進めたことに怒ることはあってもな」
今まで交互に喋っていたルミとシモーヌの言葉が珍しく一致した。
それだけショッキングな内容であり、恐ろしい脅威として認識してしまったのだろう。二人とも顔を青ざめさせて本当に起き得ることなのか、それとも可能性に過ぎない脅し文句であるのかを窺っているようだ。実際に目の前に生じたら信じるしかないが、信じたくないのが二人の正直な気持ちであろう。
「シモーヌ、この件に関しては内々に伝えてくれ。万が一の備えであり予測が外れたとしてもナーシャ領の利益になることだと。そしてこれらの可能性を書面に起こしてから寄り親に認可を仰ぐんだ。そうすれば報告されるよりも痛手は少ない。剛腕さを求める貴族としては物足りなく感じるかもしれんが、手堅いやり方は急遽当主候補になったエレーヌに対する評価としては悪くないだろう」
「分かりました。それとなくお伝えしますが……詳しくはご自分でお願いします」
「そうするさ。グレースは適当な時に氷室から氷を買う時の値段を確認してくれ」
「承知しました。次の休日にでもいって参ります」
昭信の提案内容を聞いたシモーヌは渋面を浮かべて頷いた。
ここまで昭信が下手に出るのは『領主の頭越しに行う身勝手な交渉』だからである。本決まりになってはいないが、本来はそれとなく領主に打診してから行うべきことだろう。そうしなかったのは単にナーシャ領の体制が立て直したばかりで余裕がなかったこと、シュナイドラーの食いつきが早くてペースが乱されたこともあったろう。第三の迷宮という可能性の前には仕方ないと理解しつつも、エレーヌが不機嫌になる可能性を考えて昭信にも行動してもらうことにした。
「ルミ。オークションやシュナイドラーの所で買えた結晶はあったか? 明日からは周回より踏破と能力確認を優先したい。経験稼ぎに関しては次のレムゴーレムで行う方が効率的だろうな。二十七層以降を目指すが、経験と素材集めでレムゴーレムに戻ってくる流れになるだろう」
「はい! 牛と蟻の結晶が、それと被りですがトカゲを買っておきました!」
「牛は良いな。良い足防具が幾つか入った。トカゲは耐火予定にする」
最後に翌日からのスケジュールをルミと相談。
特に足防具に対するスキル付与とその計画は彼女の協力が欠かせない。ルミもどうして足防具ばかりなのかと疑問をおぼえたが、昭信が防具屋の主人が言っていた『足防具は素材が少ない』という話を聞いて納得した模様である。
●特筆すべき内容
・牛、蟻、トカゲの結晶を入手。シュナイドラーへ結晶買取時の値段割り増し話伝達。
という訳で昨日の続きと言うか、迷宮の成長の話です。
●迷宮のエネルギー
どう考えても採算が合わないので、人間は花が受粉する為の媒介と言うか、魔力を転換するための触媒とか、その辺じゃないですかね。もしくは迷宮が活性化すれば全部賄えるけど、人間が居ないと臨戦態勢にならないだけ。みたいな。
●秘匿情報の売り買い
昨日の話に価値があるのは、本来は領主家の秘匿情報だから。
そこの情報提供で収穫し放題の階層を教えてもらう。
その代りにコボルトで便宜を図るし、迷宮討伐はしないけど、モンスターを狩って迷宮のエネルギー消費に協力するよ。という話ですね。もちろん薬師の一族側は情報だけもらって「やばそうなので協力しません」と言えるのもポイント。