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「御屋形さま。この臭いは……もしかして……」
「ノンレムゴーレムだろうな。ということは計画を変更せざるを得んな」
朝の集中できる時間帯に第一迷宮、午後から気を引き締め直し第二迷宮へ。
そんなローテーションで戦い続けること暫く。地図の無い第二迷宮の方に時間が掛かっているというのは仕方のないことだ。だが第二迷宮において二十四層という早い層で、ノンレムゴーレムが現れたことが昭信たちの予定を左右することになったのである。
「エレーヌ。奴隷たちに関する来年に行うつもりだった計画を前倒しにしよう。このまま放置していると面倒なことになるぞ」
「どういうことでしょうかアキノブさま? 戦い易い相手であると聞いておりますが」
「だからだよ。ボスのレムゴーレムは倒し易い。だからこそ奴隷たちは己を鍛える」
「エレーヌお嬢さま。奴隷だけで迷宮に潜れば得た物は全て奴隷の物、自分を買い戻せますぞ」
キリもよいので迷宮帰還しながら、昭信は計画の変更を提案した。
首を傾げるエレーヌに昭信が直接の理由を教えて、その結果生じるであろうことをグスタフが伝えた。高レベルの探索者となった彼もまた奴隷であり、内陣メンバーゆえに殆ど奴隷扱いではないが、結局は奴隷なのである。それゆえにボスがノンレムゴーレムの層が早い段階であるという事実を敏感に感じ取っていた。
「かといって一日中シモーヌが指揮するようにすれば、戦力を分散することになり迷宮の攻略が遅れることになる。それに待遇を良くしてるからこそ、自由を遠ざけては不満に覚える可能性もあるだろうな」
「税が払えず奴隷となる身を拾ってくださったことには感謝しております。しかし……」
それはそれ、これはこれという言葉がある。まさにこんな時に使うべき言葉だ。
よい待遇にしているからずっと奴隷でいたいと思うのは一部の者だけだろう。また努力して強くなり、迷宮を巡回できるようになれば報酬が得られるようにしているので、いつかは自力で解放されることも可能にしていた。だが目の前のチャンスに飛びつくかどうかに関しては、話が別なのだ。ならば稼げないようにすればどうなるかというと、そんなセコイ主人に従いたくなるだろうか?
「その場合は金持ちに買い取らせて自由を得ようとする可能性があるな」
「チャンスがあるならやる者も出るでしょう。それを止めることなど出来ませぬよ」
レムゴーレムを相手に強くなりつつ、ダマスカス鋼をたっぷり確保。
なんだったら強くなってから、もっと効率よく稼げるドロップがある階層に切り替えれば、自由を勝ち取るのが早くなるのだ。『レムゴーレムと戦える奴隷』ならば金持ちや貴族が喜んで雇うだろうし、ダマスカス鋼が幾つもあれば信じる根拠になる。それを阻むことは難しいからこそ、主人は奴隷の待遇を徐々に引き上げていくのである。
「つまり……折を見て奴隷の身分から抜け出せるようにする。代わりにこちらに留まって協力するという約束が、今後は守られなくなる可能性が高いということですか?」
「そうなるな。少なくともそうなる可能性を考慮して計画を練り直すべきだ」
エレーヌが昭信から聞いていた話はナーシャ家に所属し、その後に自力救済だった。
一年毎の人頭税三万ナールを取らない代わりに、その分だけタケダ家から売却する八万ナールから人頭税分を減免。その後は領主家所属なので人頭税がなくなるので、差額を払えば解放できるようにするという約束をしていたのだ。奴隷だけで迷宮に挑めば戦利品は受け取れるとしても、他家に売られて十六万から二十万を稼ぐなんてまず無理なので、五万くらいならば自力救済可能というのがポイントであった。だがこの約束を逆手に取れば、その五万を他家が渡せば即座に可能となってしまうのだ。
「しかし御屋形さま。先に温情を示したのはこちらなのです。それを考えれば……」
「それは確かにシモーヌの言う通りだ。しかし目の前にチャンスが転がっている事実は見過ごせない。レムゴーレムに挑むな、他家からの誘いを断るなとは言えんよ」
そもそもの始まりはナーシャ家が示した温情からである。
昭信が奴隷として買い取る際の費用そのものが、ナーシャ家が盗賊から救ってくれたお礼という形で提供しており、かなりの温情を示した形になっている。昭信は戦力が手に入り育成費用分は回収できるし、ナーシャ家も騎士団を早期に整えられる。利益ではなく互いに必要とする『モノ』を得るための、トリプルウィンの計画にはなっていたのである。しかし、この計画はあくまで奴隷たちが順当な強さを持っていることと、下層で稼ぐことを前提にしている。中層に挑めるまで鍛えてしまった昭信が迂闊といえるが、まさかここまで奴隷たちにとって都合の良い展開になるとは思いもしなかったのである。
「それでなくともこの地を狙って盗賊をけしかけたと思わしき大商人の影があり、媚薬を買いにきた他国の貴族がいる。ここでレムゴーレムのことを隠したり稼げなくするような
「後押し……ですか? 奴隷解放を早めよとアキノブさまはおっしゃるのです?」
「というより彼らが金を稼げるようにして、留まりたくなるようにするべきだ」
ここで昭信は既に知られている情報を使って具体例をしめした。
想像で『金持ちが金を出してくれるかもしれない』なんて口にするよりも、既に知られた情報の方が人は分かり易いものだ。実際に盗賊をけしかけた商人が存在するかは別にして、媚薬を必要とするほど困っている貴族はいるのだ。もし彼らも騎士団が壊滅しており、戦力を必要としているならば『費用を出してやるから移籍せよ』と声を掛けてくるかもしれない。だから『奴隷が心変わりしないかもしれない』なんて幻想を抱くよりも、声を掛けられても留まりたくなるようにすべきだというのだ。
「ピンチは見方を変えればチャンスに変わるという。レムゴーレムを安全に倒せる装備を用意してダマスカス鋼を高価に買い取ってやる方が、奴隷たちの心証もよくなるだろうよ。いや、この場合は奴隷から解放された後にもナーシャ家に留まりたくなる仕組みを作るべきと言い直そうか。ルミ、ダマスカス鋼をギルドの相場以上で買っても問題ないな?」
「はい、マスター。いずれダマスカス鋼の装備が作れるならば、ですが」
「お前ならば問題なくなれるさ」
この話を伺っていたルミに昭信は声を掛けた。
ダマスカス鋼製の装備が製造可能ならば少々原材料を高く買っても問題はない。高級武具なので確実に売れる装備なわけだし、二倍は出し過ぎとしても二割り増しくらいならば問題なく買い取れるだろう。
「ナーシャ家に留まればレムゴーレムを倒せる装備を借りることが出来る。六人フルメンバーで挑めばまず負けることはない。ダマスカス鋼も相場より高く買い取ってくれる。おまけに奴隷落ちするところを助けてもらったのはナーシャ家。この状態で出ていく気になるか、グスタフ?」
「恩義というものを知っておればまずやりませんな。まして装備など夢物語ですぞ」
物には順番というものがある。奴隷たちは自由になることを優先するだろう。
温情ありきで期待したところで、『奴隷としてこき使うために温情を掛けただけだろう』と言われてしまえば返す言葉はない。だが奴隷から自分の力で脱却できるのが早まった上、そのための装備もその後の安楽な生活も、その全てがナーシャ家あってのことならば話は別だ。他家の上手い話を信じるよりも、ナーシャ家のもとで安楽に暮らす方が確実ならば出ていくはずがない。まして奴隷に装備を貸すなど他家ではありえないのだから。
「なるほど。そういうことならば私には問題はありません。家族が離散するのを見たくなかっただけですので。同じ奴隷となった後でも、我が家の力になってくれるならば、アキノブさまにお預けする方がよいかなと思っただけですからね」
「お嬢さま……ご立派になられて……。ナシオさまも感動されておられるでしょう」
「シモーヌ、私だって成長しますよ。でもお父さまに褒めてもらうにはまだ遠いわ」
こう言うとなんだが以前のエレーヌはメルヘン世界の住人だった。
よい両親とよい兄や従妹がいて、あまやかされて夢見るように暮らしていたのだ。いずれは親が決めた相手と結婚して、モンスターと戦いながらも幸せな生活を送るのだと思っていたのだ。病が蔓延して親族が亡くなり、迷宮に挑んだ両親が帰らぬ人となり、追い詰められた果てに最後の手段として寄り親に相談しようとした。寄り親であるガレス伯から見ればもっと早くに相談しろ、相談するなら白紙委任状を持ってこいと言った可能性がある。
「私も勉強するつもりですが、これからもよろしくお願いしますねアキノブさま」
「その事が分かってるなら遅くはないさ。暴れるだけの俺より立派な領主になれる」
「そんな事はありませんよ。奴隷の件も今回の件も思いつきませんでしたもの」
「じゃあ一緒に覚えていこうか」
奴隷の件だって何も分からずに理想論だけを口にしていたら昭信が何とかした。
レムゴーレムが奴隷たちでも倒せると分かった瞬間に、相談しようと口にしたのは昭信だ。言われて真っ先に気が付いたのは奴隷であるグスタフだったし、説明されてもエレーヌはピンとこなかったのだ。奴隷から解放されるなら良いのではないのか? そうなった場合に彼らが出ていって、戦力として手助けしてくれないなんて思いもしなかったのである。
「ひとまず第一迷宮に関しては今まで通りいこう。その上で第二迷宮に関しては、先ほど言った通りレムゴーレムを奴隷たち外陣メンバーで問題なく倒せるように工夫していく。何だったらメンバー構成も見直す必要があるかな。ゲオルグを集中的に育てて騎士にして攻撃を防がせ、その間にスキル付きの装備で攻撃する。場合によっては騎士ではなく暗殺者としてゲオルグを育てたり、他の者を剣士にするか獣戦士を購入するというところか」
「確かに暗殺者は悪くないですね。グレースは七割くらい眠らせてない?」
「いえ、それは雑魚に対してです。お嬢さま。ボスに対しては半分ほどかと」
昭信が素案を用意するとエレーヌが名案だと頷いた。
暗殺者が状態異常を成功させ易いのは既にこのメンバーでは周知されている。基礎成功率が50%くらいで暗殺者レベルを合計し、総合的な知力修正で10%~20%というところだ。グレースは既に40レベル……そろそろ41レベルに成長するだろう。成功するだけならほぼ100%で、雑魚が30%で抵抗してボスが50%を抵抗するという流れであった。これにルミの槍でも睡眠させられるので、実際にはもう少し確率が高いと思われた。
「御屋形さま。獣戦士ならば次期メンバーを募集してから、一から育てるくらいでよいのではないでしょうか? 今は装備の充実を目指し、その余禄で彼らに装備を貸し出した方がよいかと思います」
「ワシもその方がええと思います。何しろ新人となれば誰とも分かりませんしの」
「ならその方向でいこう。奴隷を買うと金が掛かるし平民だと下に見るだろうしな」
ここでシモーヌが対案を出して変更を要求した。
グスタフも奴隷の新人を加えて新しいメンバーとギスギスする可能性を考慮してくれと口にした。昭信は次世代・心理面・予算の問題を総合的に配慮して、その提案を良しとしたのである。
「ならば先の案を修正してまずはゲオルグに尋ねるとしよう。どちらも将来的に騎士身分に取り立てることに変わりないが、騎士か暗殺者かは選ばせる。騎士の場合は睡眠添付できる武器を二本用意し、暗殺者の場合は一本として物理ダメージ削減の防具を用意する。こうすることで安全に戦える準備を行い、強権装備二つを加えればまず勝てるだろう」
「後は防御無視を付けた武器があれば、どの程度時間が早くなるかですね、マスター」
「そんなところだな。そして彼らが集めたダマスカス鋼で装備を充実させる訳だ」
「そこまで優遇されれば離れることはありませんぞ。お家にしがみついてみせます」
昭信はスキル一つの装備を製作し、幾つか貸す計画を立てた。
これならば奴隷を買うよりも遥かに簡単に用意できる。既に強権装備は鋼鉄の槍を貸し出しているが、ダマスカスの片手剣も加えれば安定して詠唱を中断させられるだろう。後はレムゴーレム強力な攻撃をどうにかするだけだ。騎士か暗殺者のジョブ持ちを入れて、それぞれに装備を用意すれば、将来的にはまず勝てるだろう。
「そういう訳で次の休みに奴隷たちに今の話を周知する。エレーヌとシモーヌは内容の精査を頼む。他の者はそれとなく奴隷たちに来年の計画を前倒しにすると伝えてくれ。レムゴーレムに対する育成計画を伝えるのは根回しが終わった後だな」
「「はい」」
こうして昭信たちは奴隷たちの育成計画も練り直すことになったという。
●リザルト
アキノブ・タケダ。狼人族。♂。24歳。英雄52レベル。
活性枠。入替枠。不要枠。
英雄52/剣豪42/百獣王41/勇者34/剣術指南役38
剣士50/獣戦士51/ソードマスター50/料理人32/探索44/神官35/薬草採取士35
村人5/錬金術師1/僧侶1/魔法使い1/戦士30/賞金稼ぎ1/騎士1
更新順(古 → 新)
キャラクター再設定、鑑定、必要経験値二十分の一。65
獲得経験値二十倍・5thジョブ。詠唱省略。79。余りは結晶促進。
ルミ。ドワーフ。♀。17歳。鍛冶師44
シモーヌ・ナーシャ。狼人族。♀。23歳。騎士43
グレース。人族。♀。22歳。暗殺者42レベル
エレーヌ。狼人族。♀。魔法使い32レベル。
資金。28万5000ナール
●特筆すべき事項
・奴隷たちの待遇・契約見直し
・敗退者たちの装備。
強権のダマスカス片手剣(詠唱中断)、防風の鋼鉄ヘルム(風防御)、頑強の鋼鉄鎧(物理ダメージ軽減)、防土の鋼鉄ガントレット(土防御、空き)、防火の鋼鉄ブーツ(火防御)。妨害の鋼鉄剣x4(詠唱遅延)、鋼鉄のステッキ・鋼鉄の盾を含む鋼鉄装備・竜革装備が五人分。
という訳で、思わぬ問題が上がった感じです。
●利益の差
主人公たちにとってはプラス1、でも奴隷たちにとってはプラス5。
放置すると気が付いたら奴隷から解放されて、しかも他所の家に移籍してる感じですね。もちろん『そんな博打なんかしないよ』『奴隷の方が気楽だし』『恩知らずと言われたくないしね』と残る人もいるでしょうけど、数人は出ていく可能性があるでしょう。それに対策した感じですね。
そこで事前に、「お前たちが強くなれば自由を回復できるチャンスがくる。そうなりたい者を中心に特訓して、装備も貸し出そう」と先に伝える訳ですね。奴隷たちが気がついて勝手に持ち掛けると忠誠度下がるけど、先に伝えておけば、そのまま温情になるので。
●迷宮の踏破段階
作中には書いてませんが、第一迷宮は三十九層のハチノスたちと戦い、四十層に抜けるのを繰り返している段階(みんなレベルが上がったのは四十層でも戦っているせい)。第二迷宮二十三層はサイクロプスと戦って二十四層に抜けたところです。別に苦戦する内容は全くないので、特に記載していません。今回の『良い事だけど、手放しでは喜べない!?』の方に主眼を置いた感じですね。