異世界迷宮でロマンスを【完】   作:ノイラーテム

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実りの多い日

「このたびは不躾に呼び立てて申し訳ない。シュピーゲル殿にも迷惑をかけた」

 

「いえいえ。御老公のお役に立てたならば幸いですぞ。お得意様ですからな」

 

(この老人か。確かに貴族然とした姿が似合っているな。それこそガレス伯が取り繕っているだけというのが分かるほどだ)

 

 ペルマスクでオークションのある日、昭信たちはこの町に訪れた。

 

そこには貴族の御老公とその一行という感じで大仰な人数がやってきており、エックハルトの屋敷が小さく見えるほどだ。これでも随行員の一部はホテルに留まっているというのだから大したものだろう。

 

『ハキム・ハリード・アンパッサン。聖騎士43レベル。♂。72歳。人間』

 

 簡単に鑑定したので装備までは見ていないが聖騎士なのは流石である。

 

年齢的に元の世界ならばまだ働ける年齢だが、この世界では流石にもうキツイだろう。少なくとも迷宮の第一線に立つのは不可能な筈だ。あくまで孫が次の当主に立つまで……若当主になっているなら大人といえる年齢になるまで政務を取り仕切るのが精々だろう。ふわっとした髪の毛も白くなっており肌には皺ばかりで筋肉の名残が窺えるだけでしかない。それでも背筋はしゃんとしており、かつては迷宮で戦ったと思わせる姿勢であった。

 

「さて。シュピーゲル殿、この方々を紹介してくださらんか?」

 

「はい。こちらの女性がナーシャ家の当主になられるエレーヌ殿です。その隣が婿として家に入られるアキノブ・タケダ殿。そしてパーティーメンバーのシモーヌ殿。ルミ殿、グレース殿、グスタフ殿になりますな」

 

 基本的に身分が上の者から相手に発言権を許すので、老人が話を促した。

 

シモーヌとルミとの間に僅かなタイムラグがあるのは、ルミ以降が奴隷なので僅かにニュアンスを変えたのである。年齢が上であるグスタフよりグレースを先に説明しているのは、おそらく暗殺者のジョブについていることを何処かで聞いたのだろう。もちろんこの世界では状態異常を付与するジョブなので、名前だけで警戒されているわけではない。派生ジョブであり希少なので探索者より上に見ただけだ。

 

「ワシがハリド氏族の中で始祖ハサンの末たるハキムじゃ。この場にいる間はただの老骨と思ってくれて構いませぬぞ。なに、公式的な挨拶ではないのだ」

 

「では御老公と呼ばせていただきますね。初めてお目もじいたします」

 

「同じく御老公とお呼びいたします。初めてお目にかかります」

 

 格上の権力者が口にした無礼講という言葉を信じてはいけない。

 

偉い人には取り次ぎの下っ端がいるのだが、そいつらを介さず直接話してもよい。というだけであり無礼な言葉を使ったら普通に付き合いが無くなるだろう。とはいえ年上の聖騎士であり、かつては大家を経営していたというわけで尊敬に値する。へりくだる必要はないが目上として扱わない理由など何処にも無かった。

 

「本当に気にする必要はないぞ。何しろあなた方の作ったチョコレートという、見事な菓子を求めてやって来たのでな。いや、我が国には酒がないもので甘い物が好まれるのよ。ふわっふあっふぁ!」

 

「ありがとうございます。光栄ですが全てはアキノブさまが作られたのですよ」

 

(なるほど。元の世界でいうとアラビア文化圏……いや砂漠生活者が近いのか)

 

 ハキムがチョコレートを褒めるとエレーヌは卒なく昭信の功績を謡った。

 

その紹介に昭信は軽く頭を下げ、エレーヌとハキムに簡単な礼を返す。謙遜という訳ではないが真に偉大なのはチョコレートを発明した人々であり、知識チ-トで再現しただけの昭信にとっては誇ることではないからだ。

 

「後でアイスクリームという酪を使った氷菓子をお出ししましょう。アイスにチョコレートを混ぜ合わせても良いのですが、溶かして掛けるとそれはそれで美味しいものです。シュピーゲル殿、確か氷はまだ手に入りましたよね?」

 

「用意してありますとも。御老公がたに賞味していただこうと思いましてな」

 

「ほほう……それは愉しみですな。しかし、その前に孫を紹介させていただきたい」

 

 昭信がアイスクリームとチョコレートの販促を始めるとエックハルトは頷いた。

 

ただその言葉にはハキム以外の者がいるのだと補足がある。そしてハキムは孫を連れてきていると、性別や名前を告げずに従者を呼びにやったのだ。

 

「あら、素敵な騎士さまと可愛らしい女の子たちですね」

 

「……ヒルダを選んだのはその為でしたか。知らなければ私も釣られていました」

 

「ふわっふあっふぁ! 一目で気が付かれるとは! 流石の眼力ですな」

 

「え? ……どういうことですの?」

 

 シュピーゲル家の『離れ』からやってくるのは騎士姿の男性と数名の女児。

 

そうみせておいて騎士は男装したヒルダであり、孫は随伴する女児の中にいた。鑑定によると『ハミト・ハリード・アンパッサン。探索者3レベル。♂。十二歳。人間』と表示されている。その子だけ身代わりのミサンガを付けており、ふわっとした髪の毛がハキムと似ているのでこちらが孫で間違いあるまい。そして男女の対格差に関してはこの年齢はまだそう差がないのと幾つか理由がある。

 

「遠近法といって遠くにいればいるほど、手前との差を誤解しやすいんだエレーヌ。隣の女児は竜人族で人間より背が高い種族だよ。それに死にかけた男子を女児として育てるのは、女性の方が生命力が強いとされるから無事な成人を祈願してのことだな」

 

「ええ? あ……そういえば……あちらの方は男装した女性ですね……」

 

「ふわっふあっふぁ! 面白いでしょう。それに華やかでよいわ」

 

 よく見るとハミトと言う少年は外から一定距離を保ち、数人の中で移動している。

 

竜人族の女児が居るからハミトが混ざっていても違和感がないし、男装したヒルダと周囲の女児がいるので遠距離からだと気が付き難いのだ。ぶっちゃけ『暗殺対策だな』と思いはしたが、それをストレートに口に出すよりも、何かの小説で読んだ女装して男子を育てる設定の方を先に喋っていた。放置していたら『暗殺対策もできるからやっているのだろう』と言ったかもしれないが、その前にハキム老人の方が先に動く。

 

「紹介しよう。孫のハミト、始祖ハサンの血を繋ぐ我が後継者でずぞ。ハミト、皆さんにご挨拶しなさい」

 

「は、はい。ハミト・ハリード・アンパッサンと申します、よしなにお願いしますね」

 

「傍仕えのヒルダと申します、御目汚しですが失礼いたします」

 

 ハミトの挨拶と前後してヒルダが優雅な礼をした。

 

もしこの場で言葉だけを聞いた者と、遠距離から観察している者がいたら齟齬を起こすだろう。少なくとも暗殺に際して二の足を踏むに違いあるまい。もちろん集団戦を挑んで数を頼みにすれば話は別だが、継承権を奪うための暗殺はそういう状況でやっても意味がないのであまり考慮しても仕方がない。そしてハミトが長ずればいずれ冒険者となり移動の自由が出来て、その傍らには騎士と竜騎士が控えることになるだろう。いずれ彼らを殺すことはとても難しくなると思われたのである。

 

「エレーヌ・ナーシャと申します。もう直ぐ父ナシオが興した家を継ぐことになりますわ。よろしくお願いいたします」

 

「エレーヌ嬢の婚約者、アキノブ・タケダと申します。よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いしますね」

 

 ここでエレーヌと昭信だけが挨拶を行った。

 

他の者はあくまでパーティーメンバーであり、親族であり騎士であるシモーヌも貴族たちの会合に顔を出すには少し立場が弱い。帝国から下級貴族として、土地持ちの騎士家に任じられているわけでは無いからだ。あくまでナーシャ家が任じた騎士でしかないためである。

 

「ハミトや。今日はチョコレートに加えて、アイスクリームという氷菓子をいただけるそうじゃぞ」

 

「ありがとうございます! チョコレートは美味しいですよね。直ぐに好きになりました。今日は貴重なチョコレートに加えて、氷菓子までいただけるなんて……」

 

 挨拶もそこそこに菓子の話をする姿は、その辺にいる祖父と孫である。

 

これが大貴族の生き残りであり、身内からも命を狙われているというのは痛ましいことであり、権力を持つことが必ずしも素晴らしいとは限らないことの証左であろう。もっともエレーヌたちを襲った盗賊が、『派閥の上の方の貴族が、迷宮を討伐出来ない新参貴族を粛清するために送った』可能性もゼロではないので、地方貴族であるナーシャ家も人の事は言えないのかもしれない。

 

「そうだ。会食の前にアイテムボックスを開かせてもよいですかな? 体が弱くて女装しているならば、うってつけの物があります。もし必要ならば代価次第でお譲りしましょう」

 

「む? 健康に良い薬……いや、スキル付きの装備品ですかな?」

 

「ええ。厄払いのミスリルメッシュウェアと申しまして、一応は伝世品ですよ」

 

「ふむ。ただの厄払いであれば所持しておるが……まあよいでしょう」

 

 ハキムは最初、あまり興味がなさそうだった。

 

たとえ万金丹の詰まった袋だろうともっと貴重なエリクシールだろうと彼の家にはあるからだ。そして厄払いのアイテム自体も大貴族であれば用意することなど簡単。こういう場で取り入るために下級貴族や商人が持ち込むのはよくあったからだ。だが伝世品というのはそれだけで貴重だし、組み合わせ次第では『他にも装備させている品』を入れ替えることができる。それゆえに関心を抱いたのである。

 

「八百千五百のお宝を、収めし蔵の掛け金の。アイテムボックス、オープン」

 

「家を割るよりは分家せよと言われて世に出たのですが……。その時に追放ではないのだからと渡された伝世品の一つになります。効果は厄払いによる状態異常解除、同時に付与されているのは毒耐性と体力二倍になります。王の子の一人が地方の雄となり、その子たちが分家していった頃の名残ですな」

 

 昭信は源氏と武田家の歴史を流用して説明した。

 

王子ならば地方を開拓して寄り親となり、その子供たちを寄り子として配置していく。その過程で様々な品が宝物庫から持ち出され、分家の一つである武田の本家には御旗と盾無し鎧が受け継がれ、更に分家を起こして貴重品が散乱していく。分家の分家である昭信の家に残った貴重品ではあるが、もう使わないのだという。

 

「スキルが三つも……。しかもその組み合わせは……」

 

「よいのですよ。微妙だとおっしゃられても。実際、迷宮では使えませんから。状態異常解除ではなく別の能力であるとか、せめて体力二倍ではなく精神力二倍であれば話は別だったのですが……。まあ始祖たる方が地方の勇として起たれた頃には必須の品だったのでしょう」

 

 カードゲームにおける交渉では能力の強弱で測れない時がある。

 

この『厄払いのミスリルメッシュウェア』もその一つだといっても良かった。迷宮で使うならば、戦闘後に状態異常解除は弱過ぎる。毒耐性を付けるのはよいとして、それならば状態異常解除よりは麻痺耐性であるとか、もっと別の能力の方が有用なのだ。それこそ体力二倍ではなく精神力二倍であれば、状態異常耐性も上昇するからまだ分からないでもない。そして精神力はMPにも影響するし、魔法使いならば悪い装備ではなかっただろう。しかし組み合わせが微妙であり、ミスリルよりも上の聖銀製の装備があるならばこの装備は本当に不要なのである。だが、この装備を迷宮の外で必要とする者にとっては逆なのである。

 

「しかし……本当によろしいのかな? 微妙と申してもスキル三つ。それに、いずれ貴家が再び雄となるならばこの組み合わせは有用であろうに?」

 

「いつになる事やら。それに今、必要としておられる方がいるならば、必要な方の下に参るのが装備品にとっての幸せというものでしょう」

 

 先ほどの微妙だという評価は、暗殺に怯える者には逆転するのだ。

 

迷宮であれば微妙な装備であっても、暗殺対策としては非常に有用な装備であった。何しろ毒針で攻撃する暗殺が当然のように毒耐性で効かなくなる。仮に博徒が入り込んで状態異常耐性ダウンを使って無理に押し通したとしても、その場を離れた瞬間に戦闘が終わった扱いになって毒が解除されてしまうのだ。そして体力二倍の効果でHPが上昇すればそれだけで死に難くなるのである。ただの貴族までなら微妙でも、大貴族であり暗殺対策で色々やっているハキムやハミトには喉から手が出る程に有用な装備であろう。

 

「そういえば交渉条件の中に宝物庫から買わせてくれ。強権装備を代価として戻しても良いと言っておられたそうだな。その話は本気であったのか」

 

「聖銀製以上の品はまず見ません。スキル付与を試すことも難しいのです」

 

「欲しいのはあくまで元となる装備品であると?」

 

「はい。結晶が欲しいのも嘘ではありませんが」

 

 聖銀やオリハルコンの装備を手に入れてスキルを付与したい。

 

その望みは分からないでもなかった。そういった装備品は店先よりも大貴族であったり、付き合いの貴族の下へまず持ち込まれるものだ。そしてその量は年月に影響され、ポッと出の貴族には縁が無い物である。大貴族として長く君臨するハリードの下には、伝世品をはじめとしてスキル付きの装備も多いが、聖銀製やオリハルコン製の装備も確かに多く備えていたのである。たった一つの伝世品……それも今は使う必要のない品一つで、複数の聖銀製装備やオリハルコン装備を手に入れられるならば、そちらの方がよほど迷宮討伐では有益であろう。

 

「その願い叶えよう。だが流石にスキル付与が成功すると確約できるほどの量は渡せぬぞ? それでも良いならば……そうさな、相場としては二百万ほどか。だが我が家のためになると渡してくれるならば四百万ほどと見るべきであろうな。ただし、条件は幾つか付けさてもらう」

 

「当然ですね。ギルド神殿を付けたオリハルコンの剣や、特に入手の難しい物、あるいは一揃いになった聖銀製の甲冑などには手を付けませぬとお約束しましょう」

 

 ハキムは簡単に伝世品としての価値を算定し、それを倍にした。

 

自分達にとっては有用なアイテムだが、オークションに出しても二百万もつかないかもしれない。それは確かに迷宮では活躍し得ない効果だからだ。しかし数カ月の宣伝をした上で他の大貴族を呼び込めば幾らになるかは分からない。オークションとはそういうものであり、素直に二倍の価格で買い取ると告げた方が大きな器を見せられるからだろう。

 

「うむ。ではいずれ良いタイミングで、『そのシーズンでの所在地』への招待状を送ろう。我らは天幕で移動しておるでな。それとチョコレートの代金はこちらが用意した結晶の中から選択するとして、組み合わせに関しては交渉するやもしれぬ。それで良いな?」

 

「構いませんとも。ではアイスクリームを堪能していただくといたしましょう」

 

 ハキムがあえて強調した言葉に昭信は苦笑してみせた。

 

天幕で移動する砂漠地方出身の生活の苦労は分からなくはない。暗殺者対策になるのはよいが面倒であろう。それと同時に隠された意図があり、『渡してはならない物は最初から省く』と匂わせていたのだ。場合によってはオリハルコンの武具が一つもなく、何故かダマスカス製装備が混ざる事もあるだろう。そして結晶の方は単純に自分達でも使う物があると前置きをしつつ、『恩義があるから交換するのも仕方ないね』ともったいを付けて費用分を調整するものと思われた。

 

(食えない爺さんだ。だがこのくらいの方が大物貴族らしくて逆に安心感がある。それに今回は作成できる装備品が、定番の品以外にもある事に目を付ける事が出来たしな。特に竜革のガーターベルトか……まさか竜革でアクセサリーが作れるとは思わなかった。ガーター騎士団の逸話は知っていたのにな)

 

 昭信は内心でハキムの手腕に感心していた。

 

自分が持ち掛けた交渉をちゃんとまとめたようで、要所はハキム側に意思決定があることを認めさせられている。欲しいものがあっても検閲済みだろうし、渡しても損のない品をまず見せられて、恩を売る形で枠を拡大してくると思われた。だが、それも最初は得られない装備品であったのだし、得られる以上は文句を付けても仕方がないだろう。そしてスキル三つを付与できる装備を探した過程で、ミスリルメッシュウェアなどの装備品が作成できることを知れたことは大きな収穫であった。

 

「うわあぁぁ。このアイスというお菓子、溶けるようにあまくて美味しいです。そのまま食べてもおいしいし、チョコレートを溶かした物も苦くて美味しい……。焼き菓子が堅いのでその対比もよいですね」

 

「これは癖になるのう。済まぬがこのアイスを作る技術も教えてくれぬか?」

 

「シュピーゲル殿に伝授許可の状態で教授しております。御随意に」

 

「いやあ。御老公やタケダ殿には参りましたなあ。はっはっは」

 

 こうして昭信たちは無事に交渉を切り抜け、いつになるか分からないながらも、高級装備品の入手機会を得たのである。そして三万ナール分のチョコレート他の媚薬の代金は、コボルトを始めとした幾つかの結晶で受け取ったのである。

 

●特記するべき事項

・四百万ナール分の高級品装備入手権

・三万ナール分の結晶(次回)




 という訳で大物(引退)との交渉の話です。
まあ上手くまとめたつもりで、丸め込まれている話ですが。

●男装の騎士と女装の少年と竜騎士候補の女児
 文中にある様に、未来の若当主を暗殺から守るための手段です。
男装の麗人を目立たせ、竜人族の女の子と一緒に並べ、他の女児も用意。
そうすることで誰が若当主なのか分かり難くするためですね。
そのまま未来のパーティーになるので、騎士・竜騎士を連れた手堅いパーティーになるでしょう。婚約者で魔法使いの女の子も最初からいると思われる。恵まれてる? まあ大貴族ですしね。

ちなみに男装・女装以外は砂漠文化圏をモデルにした人たちで、お酒は脱水症状になるから飲まない、代わりにお菓子が大好きで、ヨックモックとか日本のお菓子メーカーがドバイにたくさん出店してる話から着想しました。

●伝世品もどきの
 メッシュウェアなのは原作で内側に重ね着してるみたいだったので、隠せるかなと思って選んでいます。頭装備だと「屋内だから脱げ」と言われそうですしね。また高額に成らない組み合わせなのはワザとです。でないと伝世品を手放すはずがないので。
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