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『っ!』
ボス部屋に入り、敵が現れた瞬間に動き出す。
モンスターは記憶の継承こそないが、どんな状況でも瞬時の判断が可能だ。五十一層のボスともなれば強敵なのは当然だろう。トロールにしては小さい230cmのダンディ。ロートロール二体が駆け出し、後ろに居るロールトロルとオイスターシェルを置き去りにした。
「っ!? 来るぞ! みんな下がれ!」
「「はい!」」
その動きを見てシモーヌは即座に盾を掲げ剣で牽制を行う。
仲間達を庇い、敵の目を引き付けるためだ。耐久性において竜騎士に劣る騎士の彼女ではあるが、立場としての『騎士』の経験は重要だ。即座に判断して自分がやるべきことを見つける速度は、決してモンスターに劣ってはいまい。
「……噴流。ブリーズストーム!」
『! ……!!』
ボス部屋に突入すると同時に唱え始めていたエレーヌの呪文がここで炸裂。
だが何も無かったかのように突破し、容易く進軍してみせた。そして狙い通りにシモーヌに向けて強打。即座に第二撃を放つ狂戦士ぶりだった。恐るべきは再生が既に始まっており、魔法で傷ついた体が徐々に治癒されていくではないか。
「この巨体でなんという速さ……だが付いていけないほどではない。……もう一体は……御屋形さまが取り付いたか。流石!」
身長200cm以上ないし体重200kg以上であると動きが鈍るのが人間だ。
だがモンスターにはそんなことは関係ない。ましてボスであり筋肉の塊であるロートロールならば猶更だ。シモーヌは鉄拳を盾で何とか防ぎ、反撃というより牽制で斬りつけたサ-ベルが大して役に立っていないのを痛感した。だが、周囲を観察する余裕が保てているし、その間に昭信がもう一体のロートロールの脇に回り込んでいるのを確認してホっとしたのである。
『っ!』
「判断が遅い。やはりモンスターの宿痾だな」
ロートロールは足首が壊れそうな勢いで方向転換を行なった。
だがそれは昭信の射程に飛び込むようなものだ。高速で走り込んでいるのにスムーズに向き直った彼は、大振りの一刀で斬撃を放っている。更にそこから斜めに走り抜けており、ロートロールが振りかった瞬間にトドメを刺したかと思うと、即座に移動していたのである。
「眠らせました。毒もですので間もなく動きます」
「よくやった。直ぐに片付ける、グレースはゆっくりと下がれ」
その頃には遅れて動き出したグレースが回り込んでロートロールを眠らせていた。
ボスには効かないこともあるが、今回は運が良かったようだ。だが良過ぎて毒も入ってしまい、ロートロールは動き出そうとしている。この状況でも即座の判断を下し、恐れることなく動き続けるのは凄まじい。しかしそれは生態であって意志力でも無ければ経験に裏打ちされた動きでもない。リポップするモンスターの限界であろう。
「御屋形さま。よく反応できましたね。何かコツでもあるのでしょうか?」
「こいつらは直截で、しかも判断も行動変更も遅いんだ。だから間に合う」
「あ、あの速度で遅いのですか!? 私には信じられません」
「イメージが掴めんか? そうだな……」
雑魚も倒して戦いが終わったところでシモーヌが話しかけてきた。
ドロップ品の回収もまだなので、いつもより早いが先ほどの戦いが気になったのだろう。そこで助言をしようとした昭信だが、ピンとこない人間に何を言っても通じ難いだろう。そこで幾つかの例を考えては修正し、解り易くなるように事前に考えをまとめ始めた。
「まず虫や鳥を思い出してみろ。スピードは遅いのに何故か捕まえられんだろう?」
「そうですね……子供の頃の話ですが、追いかけ回しても中々触れることすら出来なかったと思います」
昭信の例えを聞いてシモーヌはゆっくりと考えてみた。
確かに小さい頃に虫を捕まえようとしたり、もう少し成長して鳥を捕まえようとしても駄目だった。何故かするりと抜けられ、あるいは行動に移した時にはもう遅い。熟練の狩人が簡単に撃ち落とすのを見て、弓という武器は凄いのかと思ったほどだ。もっとも迷宮でみないことから、そう便利な物でもないと成人してからは思うようになったのだが。
「あれはこちらの何倍も早く、しかも何度も決断を行なって、適切な方向に動いているんだ。だからこちらが捕まえる前に動いてしまう。俺たちが十という括りで動いているとしたら、虫は三で鳥は五という風にな。だから相手が途中で判断を変え、別の方向に動くことを想定しないとどうにもならん。物語に出てくる修行者が燕を斬ったという話を聞いて、子供心に真似してみたんだがまるで通じなくてな。よく覚えている」
「なるほど。言われてみればそんな動き方だったと思います。それでですか」
「そうだ。あいつらは十とか十二という括りで動いている。それを理解すればいい」
「どのくらい戦うのか分かりませんが、次からそうしてみます」
そして昭信は小動物を例に順番に説明していった。
小刻みに動く小さな生き物に人間は追いつけない。それは思考タイミングの問題であり、動き出して実際に行動し終わるまでのタイムラグが非常に小さいのだと告げたのだ。それに比べたらモンスターも同じくらいの時間で動き、場合によってはそれ以上に判断がないのだと言う。言われてみればモンスターはどこまでいっても直線的に襲ってくるか、特殊能力なり魔法を使ってくるかしかなくパターンが少ないのだ。冷静になれば対応することは可能だろう。
「そうするといい。修練は午後から新しいジョブの方に充てたいから、何をドロップするか次第だな。あれだけ回収していると把握に手間取りそうだが」
「そうですね。我々も手伝いますか?」
「もう邪魔にはならんだろうしな」
ロートロールの通常ドロップは大量の鉄であった。
一つの鉄の塊ならまとめてアイテムボックスに仕舞えるのに……と思う反面、それでは使う時に邪魔だろうと思わなくもない。イメージ的にはウッズウッドのドロップ品を少し良くした代わりに、重量的にも使い分け的にも邪魔になっている感じである。
「どうだルミ。何か面白いものはあったか? 木材の時の樹液みたいな」
「あ、マスター。似たような物ですが……鋳物はご存じですか?」
「一応知っている。金属を溶かして流し込むやつだろう。装備は作れなさそうだが」
「それです。我々もちょっとした鉄製品を作る時にやるんですが、その時に使った鋳型というか砂型を作るための薬液の素が出まして、どうしたものかと相談しているところでした」
アイテムボックスへの収納はルミの分が早々に終わっていた。
10x10の100までであることに加えて、結晶その他をしまっているので余裕がないのもあるだろう。今はゲオルグだけがせっせと鉄を片付けているところだった。その間にルミはエレーヌと相談して、『領地に何か作る物は有るか?』と相談してたそうだ。
「鋳物用の型だと? 煉瓦に転用するとか……割りに合わなさそうだな」
「そうなんです。獣を倒すための粗末な武器も既に不要です。エレーヌさまからは農具を全て鉄製にして、賦役に協力した地主の方に配ってはどうかと言われたのですが、それも何処かで頭打ちになるでしょう。もちろん、鉄だけなら防具に使えますから売り先はあります。しかし薬液の方が使い道がありませんので……もちろん、これ以上はボスを倒さないというならば問題の無い話ですけれど」
ロートロールのドロップ品はレアドロップまでローテクだった。
三角バラと酪みたいな、通常ドロップと一緒に出るタイプのレアドロップなのだろう。いつも一緒という訳でもないし、安定して落ちるわけでもない。だが大量に鉄を求め、あるいは修練のために戦うと確実に余るだろう。ルミが隻眼になるための材料としては確実に落ちる鉄が丁度良いのかもしれないが、この薬は完全にオマケであり使い道がなかった。
「大きな鉄の板……は論外だな。何のために倒すのか意味が分からなくなる。ということは煉瓦みたいな代用品で、もっと大きな物を大量に用意する? というと風呂に使っている水道を木ではなくセメントで作るくらいだな」
「水道は良いですね。地下に埋めておけば建材として盗まれませんしね」
「あとは同じ考えで街道の脇に穴を掘って、水はけをよくするくらいだな」
「分かりました。地下水道の類を考えてみます」
昭信は元の世界にありがちなもので考えてみた。
山の上の方から彼の屋敷にも水道を敷いているが、同じように他の屋敷にも水道を敷けばこの村で風呂が流行るかもしれない。温泉街になって辺境域の向こう側に街道を延ばすとして、その道路脇に側溝があれば雨が降っても道がドロドロになり難いと考えたのだ。
「ならもう一戦闘して、どの程度周回するかを計画することにしよう。平均してどのくらいの素材が回収できるか、今ある素材でどの程度の装備が作れるか? その辺りを頭に入れれば目途が立つからな」
「鋼鉄の装備は値ごろ感があるので安定して売れるので計画が立て易いです」
「その辺りは任せる。利益は結晶の購入に充てておいてくれ」
「承知しました、マスター」
こうして五十一層のボスでも周回することになった。
スロット数が最大の物だけは屋敷に取り置き、それ以外はあちこちの町に売り捌くことにした。鋼鉄製の装備は値段と性能が安定しており、数を売る代わりに多少の値引きをすればどこの防具屋も喜んで買ってくれるだろう。そしてこのことは当然ながら、隻眼になるための条件の一つと思われる、『大量の装備を作る』をこなすことになるだろう。
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「エレーヌ。そろそろ年末だし来年の計画を立てておきたい」
「構いませんわよ。迷宮の攻略にもめどが立ちましたし、来年のことを話し合っても笑われないでしょう」
昼食に際して昭信は来年度の計画を本格的に行うことにした。
木材・鉄・鋳物・セメント製品により、来年度以降にナーシャ村の開拓にも目途がたったのもあるだろう。そして財政的にも健全化しており、これから年末~来年初頭にかけてナーシャ家に税金が入ってくるというのもあった。
「まず俺と奴隷九人の税金は払わず、それを来年度に買い取る金額から差し引く。俺とルミが自由民で二十万、他のメンバーが家隷階級だから七万、合わせて二十七万。ルミ・グスタフ・グレースの三人は迷宮解放時に功績により奴隷の身分から解き放つので、残り六人のみを売却する」
「一人八万、性奴隷であることを了承した方は十万でしたわね。合計五十万ですわ」
「二十三万……。儲けと言えば儲けだが、探索者30レベルを考えれば微妙か」
「奴隷商になって更に倍で売らないと割りに合わないでしょうね」
事前の取り決めだが、これに関しては本当に割りに合わない。
昭信は奴隷たちをレムゴーレムに勝てるくらいに鍛えているし、エレーヌとしても税金と差し引きして迷宮攻略の一助にしているのだ。購入金額から差し引くとはいえ、利益になっているとは思えまい。そして更に一年・二年経過すれば自分を買い戻すであろうから、彼らを養っていくこととまた税金を差し引く分が利益から損なわれることになる。迷宮が攻略できるという最大の利益が無ければ、面倒を見るのは割りに合わないだろう。
「その代わりダマスカス鋼製の装備を身に着けた騎士団はナーシャ家のものだ。このまま丁寧に扱えば、彼らが出ていくことはない。末永くナーシャ領を守ってくれるさ」
「そうですわね。アキノブさまが為し得た功績を全て奪ってしまいますけど」
「構わないさ、代わりに君がいる。君がいなければ何処か別の地に行っただろう」
「……あの日、私たちを助けてくれた英雄は、本当に英雄でした」
まさに『これも何かの縁』であろう。昭信とエレーヌは出逢うべくして出逢った。
奴隷を他所に売るのではなく、資金を出して購入し戦力にする。丁寧に育てて反感を抱かせず、遂には迷宮攻略の目途が立った。それを成し得たのは昭信の決断であり、エレーヌの情であっただろう。決して打算が無かったわけでもないが、その情けは巡り巡ってエレーヌ自身を助けただけである。
「現有の装備の殆どは持参金として持ち込もう。一部は残してシモーヌの家に譲るというところで構わないか?」
「そうしてくださいまし。至らない私をずっと助けてくれました」
「そしてこれからも、だな。ルミは分からないが、おそらく同じだろう」
「はい。私もそう思います」
シモーヌは昭信との子供を産んで騎士家を残すだろう。
だから昭信の装備は一部を残して、面目上は『共同統治者たるアキノブ・タケダ』の資産とする。そして正式に騎士家として扱うことになった後で、子供たちに装備を譲ることになるだろう。おそらくは今使っている聖銀の装備などは本家に残し、以前に使っていた鋼鉄のシミターなどを譲る形になると思われた(格落ちではあるが、伝世品は一財産以上の価値がある)。
「ここからは来年度の計画だが、第二迷宮を攻略した段階で以前にも言っていた騎士団の拡充をしたらどうだろうか? あくまで巡回が任務になるが、今の外陣メンバーは他の迷宮に送ったほうがいい。そこで稼がせた方が彼らのためになるからな」
「そうですわね……レムゴーレムを倒せるメンバーが何もしないのは惜しいですわ。同じ派閥の方の下へ送るか、そういった派閥の関係がない場所かは相談してみないと分かりませんけど」
ナーシャ領の迷宮は二つとも攻略することにしている。
第二迷宮は現在三十五層を突破したところなので、このままいけば遅くとも来年の秋までには攻略し終わるだろう。地図が埋まらずとも階層ボスのもとに辿り着くのが早ければ、夏までに終わる可能性すらある。この状態で騎士団一つを丸まる遊ばせておくのは惜しいので、治安のための騎士団は別に編成して、他所に出す方がこの国のためではあった。
「この計画が上手くいきさえすれば仮に第三迷宮が出現しようと、その後に新しい第一迷宮が現れても問題ないだろう。そして迷宮攻略を前提とする以上は、他で稼ぐ必要がある。街道整備をすることで、開拓に目を向けてもよいんじゃないかと思う。鋳物の農具なんかも用意できるからな」
「そうですわね。本領とはいえ過去の開拓村で、これから手狭になるでしょうし」
「開拓は話に乗ってくれる人が居るかどうかなので、水路を用意しようと思う」
「ええと、セメント……を使う地下水道というのです? よいかと思いますよ」
こうして簡単な開拓計画も立てられた。
取らぬ狸の皮算用ではあるが、それでは済まないのが領主というものだ。現状のナーシャ村で困る物は何も無いが、逆に言えば発展性に欠ける。屋敷だの大きな商店を増やすのも限界があるし、これから町となって領都と呼べる場所にするのは遥か先だろう。そしてその時に『良い場所にするから、みんな来てくれ!』とはいかないのだ。そのために魅力を今から用意しないといけない。
「あとはギルド神殿の使い道だな。一つは収入用として、もう一つは暗殺者ギルドを考えている。君のアイデアを使うつもりなんだが……場合によっては戦法を教える時に、人を預かって一時的に変更した後で戻してもよいと思うんだ。そうすれば迷宮攻略でどれほど役に立つか分かるからな」
「あの件をそういう風に使いますの? でも……確かによいかもしれませんわね」
こうして昭信たちは来年の準備を始め、少しずつ計画を立てて『本当にこれでよいのか?』と相談し始めたという。
●リザルト
アキノブ・タケダ。狼人族。♂。24歳。英雄55レベル。
活性枠。入替枠。不要枠。
英雄55/百獣王50/勇者44/剣聖19/悪狼王11/剣術指南役48
獣戦士51/ソードマスター50/探索44/神官40/薬草採取士41/料理人35/剣豪50
村人5/錬金術師1/僧侶1/魔法使い1/戦士30/賞金稼ぎ1/騎士1/剣士50
更新順(古 → 新)
キャラクター再設定、鑑定、獲得経験値二十倍。詠唱省略。68p
6thジョブ。必要経験値十分の一。62p。余りは結晶>>MP>クリティカルなど。
ルミ。ドワーフ。♀。17歳。鍛冶師50レベル。
シモーヌ・ナーシャ。狼人族。♀。23歳。騎士50レベル + 聖騎士7レベル。
グレース。人族。♀。22歳。刺客10レベル。
エレーヌ。狼人族。♀。魔法使い46レベル。
という訳で順調に迷宮攻略中です。
今回は目新しい事はあまりなく、階層が少し進んだくらいですね。
●ジョブ
シモーヌは五十層以降は騎士、第二迷宮で聖騎士を延ばしています。
その間に二回のジョブ変更をして、魔結晶貯金をしてる感じ。
グレースは遊撃なのでそこそこ安全なこともあって、さっさと転職ですね。
●ボス
名前がますます縮んで、ロートロル。
低いトロルで、230cmしかないです。でも人間から見れば巨体で、かつ金肉盛り盛り。ドロップ品は大量の鉄で、鋳物用の薬を落します。日に当てたらトロールらしく固まっていくんじゃないですかね? 薄めて使う感じで。本当のレアは別にあって、この薬はごくたまに落ちる物。高額な方は肌のひび割れなどを治療する軟膏の一種です。
●暗殺者ギルド
実際に他の人の戦士を転職させるかは別にして、自前で騎士ギルド・暗殺者ギルドを抱えていたら迷宮攻略で楽ですよね。そしてそれは派閥全体にも影響を与えるでしょう。