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「これより五十二層のボスに挑みます」
「御当主様の帰還をお祈りしております」
「ええ。父が赴いた五十三層。そこへ私の手は届くでしょう。その地図を私は埋めます」
新年最初の行事は五十二層のボス戦である。
別に去年にも行えたのだが、記念すべき段階なのでここまで待ったのだ。エレーヌが攻略を宣言し、親族やナーシャ村の有力者たちがこれを見送っていく。もちろん自信がなかったらここまでのことはしないし、間に合わなかったらしれっと事後報告していただろう。いずれにせよ、『先代領主が残した足跡』を、公式的にはエレーヌは辿り終えたことになる。
「到着いたしました。一応は五十三層の入り口も知っておりますが……」
「不要です。万が一というのもありますしね。ご苦労でした」
「はい」
探索者ギルドの職員がパーティーを分割して連れてくる。
グスタフだけ連れてこないのは儀式であるのと、他派閥の介入という万が一の可能性に備えてである。一定時間を越えても戻ってこない時は、職員たちが再来訪ないし五十三層入り口に迎えにくるだろう。
「ボスのクインビーはキラービーよりも大きく、また形状も厳密にはやや違います。特殊能力として『子』を数体召喚しますが、この個体は弱いだけに倒しても何も得られません。通常ドロップ品はキラービーが稀に落とした栄養価の高い蜂蜜であり、レアドロップの『蜂の子』はアイテムとして使うと果樹の収穫が質・量ともに良くなるそうです」
「ケープカープが落す寄生虫の上位互換というところか? 売るかどうか悩むな」
「はい。非常に高価で売れますが、下賜した方が喜ばれるでしょう」
ルミが説明するが、どうやらキラービーの完全上位互換らしい。
召喚能力以外に得意分野はないが、全ての能力が相応に高いとのこと。そんな敵は一時的にであろうが雑魚を召喚して数を増していくので手が付けられなくなる可能性がある。そっこうで落とさないと危険だが、そういう意味では昭信たちのパーティーは相性が良い。儀式として茶番めいたことをやっているのは、その相性の良さあってのことである。もし魔法を唱えてきたらボーナスゲームなので、速攻で終わる可能性すらあった。
「ともあれ戦う前です。一応は気を付けましょう。毒も強いようですしね」
「迷宮ボスとして登場する時は毒耐性を貫通するそうですよ。召喚ペースも早いので悪夢だそうです」
指揮担当のシモーヌが皆の気を引き締める言葉を使うと、ルミも応じて危険な相手だと注意を勧告した。平均的な能力が高いということは弱点がないということであり、数を呼ぶのはそれだけで危険なのだから。
「っ! 一体向かってくる! もう一体は召喚か!? 注意しろ!」
「「はい!」」
進み出ながら観察していたシモーヌの声に後方の皆が反応する。
昭信は既に駆け出しており、まずは一体目のクインビーを倒そうと後方で始めた敵を討ちにいったようだ。すれ違いざまに訪れるクインビーが聖銀の盾に吸い込まれるかのように突撃。シモーヌは毒液で目を痛めないように受け止め、物理ダメージ削減の効果もあってかそれほど衝撃を受けていないようだ。毒液の飛沫が周囲に散乱するが、それも毒耐性を抜けるほどではない。やはり攻撃をちゃんと受け止め、衝撃を逃がせるならばそこまで装備が壊れることはないのだろう。あるいは五十五層以降であったり、迷宮ボスのみがそういった能力を持つのかもしれない。
『……』
「通常の雑魚よりも小さく素早い……か。ならば本体を叩いて後は魔法に任せるまでだ」
敵は三体ほどの『子』を召喚して差し向けてきた。
短いスパンの魔法陣展開の後に甘い匂いが漂ったかと思うと、一瞬の後には召喚を果たしている。実に素早い特殊能力ではあるが、その時点で攻撃力はない。昭信は跳躍しながらスライスとバーストレイヴでクインビーを一刀両断。リポストを掛けながら着地し、子が追ってくるとその内の一体だけ反撃で切り捨てることに成功した。残り二体は不規則な機動であることもあり、リポストのために思い描いた軌道では当たらなかったのだ。
「……噴流。ブリーズストーム!」
(一撃で雑魚はすべて消えさった……やはり小さい分だけHPもないのか。範囲攻撃に弱いところも含めてロボットアニメの攻撃端末みたいだな。とはいえそれを説明するのも面倒だし……周回せずに他の階層を重視すると主張しておくか。もう一体だが……)
「高い位置に移動したか……槍で……いや、後退しろ、毒液だ!」
「「はい!」」
もう一体が上に移動したので、ルミに声を掛けようとしたシモーヌだが……。
咄嗟の機転で指示を変更した。直前に針の攻撃を受け止めて、ついでとばかりに毒飛沫を喰らったのもあるだろう。その警戒心が忠告を思い浮かばせたのか、またもや毒液を浴びたのはシモーヌのみである。
(今度は魔法陣無しの特殊動作か。基礎能力が高く、様々な攻撃手段を持つ。まさに上位互換だな。もしこいつが迷宮ボスで一体だけだったら……どれほど厄介だったことか。まあいい、今は先に潰すまでだ。オーバーホエルミング!)
昭信は敵の強さに思いを馳せつつ、オリハルコンの剣を構え直した。
そして身をよじってモータルストライク・バーストレイブ・ソニックブレードの三種を複合した剣技を放つ! 反動の大きいモータルストライクを加えたことで剣圧が荒れ、直撃するというよりは……その周辺を荒らすようにしてキラービーの姿を揺さぶったのだ。それだけで終わるなら牽制なので剣を構え直す必要はない。わざわざ剣を構え直した意図は、敵が他の行動を行おうとする軌道を見て追いつくためである。
(やはり反動があると動き難いな。それにソニックブレードはおまけに過ぎんか……射撃か空間戦闘の達人でもなければ直撃させるのは無理だな。だが動きが鈍れば問題はない! トドメだ!)
昭信は拡大された意識の中で敵の動きを追った。
走り出す彼の視線にはクインビーがバタつきながら逃れようとしているのが分かる。羽の一部が千切れたようだが、あくまで補助用なのだろう。浮遊しながら体勢を立て直して攻撃するために加速しようとしているところだったのだ。そこへ横入りするように飛び込んでいき、間合いを調整するように小さな跳躍を掛けてスライスを浴びせたのである。
「終わりました。旦那さま。これを」
「結晶か……久しぶりな気もするが、下手なレアドロップよりよほどありがたいな」
「購入した直後なのが残念ですが、それでも貴重品ですし新年のお祝いだと思いましょう。予備の装備につけるか、数を増やして外陣メンバーに持たせるか考慮してみますね。マスター」
この日はレアドロップは特になし。結晶がレアといえばレアである。
ここ最近は五十層以上で何戦もしているのに得ることがなかったので、ただの反動ではある。だが昭信の性格をよく知るルミは、良かったではないかという方向にまとめることにしたという。
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「私、エレーヌ・ナーシャは男爵位を授かることが確定いたしました。しかし、ここには寄り親として色々と助けていただいているガレス伯もおられますので、言葉遣いはこのままとさせていただきます。みなさん、新年おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
「おめでとうエレーヌ」
領主の館に戻り新年の挨拶が始まった。
村の有力者は全員が年上であり、ガレス伯を蔑ろにできる筈もない。彼女に対して敬意を表すという態でエレーヌの演説が始まった。
「先ほど第一迷宮の五十二層を突破しました。この事は二つの意味を持ちます。一つは父が残した光景に追いついたということです。いずれその最奥にいる迷宮ボスを倒すでしょう。次に五十二層が迷宮ボスとされる第二迷宮を踏破可能であると証明したことになります。第二迷宮は現在三十六層ですので、早ければ秋にでもこの村に平和がもたらされる可能性を証明したということになるのではないでしょうか」
「素晴らしい。エレーヌの手腕は見事だね。期待しているよ」
「「……」」
エレーヌの言葉を言祝いだのはガラリアだけだ。
寄り親でありナーシャ村の経営に関係ないガレス伯としては、褒めてもよいことでしかない。階層ボスと迷宮ボスは別物であるが、帝国解放会を含めて実力を押し測っている以上は特に不安視もしていない。問題は村の有力者たちの方だ。無理して死なれても困るが、それ以上にこの村の住人がお気楽に暮らせているのは迷宮のお陰である。食料が取り易い場所であり、そこそこの実力さえあれば生活に彩が出せる。それ以外にも様々な物資を提供してくれるのだ。消えてしまうのが惜しいから、素直に安心だけしていられないのだろう。
「それでエレーヌ。君はナ-シャ男爵として何をするつもりなんだい? どんな領地にしたいのかな? 差し支えなければ聞かせてほしいと思うよ。きっと、この場のみんながね」
「はい。ガレス伯の言葉は御もっともです。私には目標があります」
「「……っ」」
ガラリアの言葉にエレーヌが応じ、周囲は見守るだけだった。
だが今度の沈黙は意味が違う。領主が明確に何かをすると言う以上は従う義務があるのが領民というものである。そしてこの場に居合わせた有力者たちは、村にいる他の商人や職人よりも先にこの話を聞けたということになる。素直に協力するにせよ、適当な理由を付けて要請を断るにせよ、話を聞いていない者よりは儲けることができるだろう。
「このナーシャ領は過去のいきさつもあって普通の男爵領よりも広い土地です。人が入らない土地もありますし、何が起きているのかよく分からない場所もあります。そこで
「ならば私の領地にも繋げてほしいものだね。そうすればお互いの利益になる」
「いずれはそうしたいと思います。ただ、まずは第三の迷宮と盗賊対策ですね」
「「おお……」」
エレーヌはガラリアや昭信たちと話し合い、情報の前後を入れ替えた。
最初に新しい町を作るとか、第三迷宮の脅威とか言っても伝わらない可能性がある。そこで『よく分かってない場所』がありその不安を払拭することを第一においたのだ。そして『領主が道と休憩所を作るから、後は好きにしろ』と目先の利益が見えるようにしたのである。町はあくまで将来に向けた絵図面であり、最終形として発表はしておく。しかし今は『道と建物を作る』ことを分かり易く前面に押し出したのだ。少なくともこの時点で家屋や屋敷を多く有する木工職人であるとか、田畑を多く有する豪農は自分の土地を確保するために奔走し始めるだろう。
「良い計画なんじゃないかな? ただ未来の話はもっと面白い方が他所の商人たちも呼べると思うけれどね。その辺はどうだい?」
「お任せください。休憩所には複数の店舗も用意いたします。皆さんに食事を」
「失礼いたしますお客さま。熱いのでお気を付けください」
「これは……鋳物の皿ですか? 上には肉が……」
ガラリアがウィンクしてみせるとエレーヌは食事を運び込ませた。
それは昭信の提案で作った皿であり、いわゆるファミリーレストランの鉄皿である。中に焼いた石が入れられるようになっているというアレだ。その上には焼かれた肉が乗っており、バラ・三角・ザブトンと食べ比べが出来るようになっている。
「この皿は食事中、ずっと温かいまま食べられるようになっています。肉はこの三種類から始まって、下はミンチ肉の料理を迷宮の肉で手直した庶民向けの物もありますよ。そして甘い物は特別に、チョコレートという最近になって作り出された菓子を用いた新作を比較的安価に味わえるようにしています」
「チョコレートかあ。あれは高いけど美味しいよねぇ」
「「おお……」」
美味しい料理というのは分かり易い魅力である。まして高級な菓子は珍しい。
それらを食べられる食堂があるというならば、街道を旅する商人は必ず立ち寄るだろう。宿屋など何処でも同じだとしても、話の種になるし場合によっては土産として購入できるかもしれない。
「それとその場所にはセメントで作った地下水道を繋げる予定ですので、新鮮な水と必要ならばお風呂に入る事もできるようにするつもりです。ああ、忘れておりました。アキノブさまと付き合いのある方が隻眼になられましたので、鋼鉄・竜革・ダマスカス鋼の装備を、新しい町に限って卸してもよいと伺っております」
「なんと! それは素晴らしい。できれば村でお願いしたいが……」
「しかし宿場町を作るならそのくらいの方が良いのではないかな?」
「そうだな。竜革やダマスカス鋼が常にある町なら魅力だぞ」
最後にエレーヌはとっておきの爆弾を発表した。風呂はともかく地下水道があれば、生活に必要な水がいつでも手に入るし、それは農業にも欠かせない存在だ。そして竜革やダマスカス鋼製の装備は貴重品であり、多くの街から商人が買い付けに来る可能性すらあった。もしかしたらそれ以上……聖銀製が少数ながら並ぶかもしれないとなれば、町に常駐する者も現れるかもしれない。今から町を作れと言われても微妙であるが、将来の計画ならばこの上なく魅力的な話であったという。
というわけで地図ある迷宮が終わり、地図無き町へと物語が続きます。
ただ発表しただけですが、明るい未来が見えた者も居るかもしれません。
●クインビー
でっちあげたキラービーのボスです。
またオオスズメバチのことでもあります。
例によってドロップ品は適当。可もなく不可もなく、利益はあるけど微妙な部類(化粧品店や果樹園でも開かない限り)。
とりあえず、複数の特殊能力を持った厄介な敵。
魔法陣で放つ特殊能力と、魔法陣の要らない特殊能力と、もちろん魔法を放つこともできます。階層ボスの場合は一番厄介なのは『子』の消化員によるオールレンジ攻撃、迷宮ボスの場合は毒耐性を貫通する毒です。
●未来の計画
第二迷宮が三十六層なので、一階層が一週間として、あと十六週あれば討伐できる計算。実際には社交界とかで動けない週もあると思うし、『●●とってきて』というお使いクエストで金稼ぎをすると、一週間そこで稼ぎ続ける可能性もあるので、夏までに終わるとは言っていない。「早ければ秋」 → 「予定外に早くボスが見つかった」 → 「資材補充のために様子見」 → 「余裕を持って討伐しました」になると思われる。
町に関してはまだ計画の内、最初に街道拡充・私道敷設・休憩所(店舗付き)だけを発表し、「領主家だけでも話は進める」という態にしています。後は領民たちの方で、「オレの居場所を作るぜ! 今なら儲かる!」と思わせる流れですね。