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「ようやくボスを倒して次の層へ移動できますね。マスター」
「そうだな。しかし前に戦ったから苦労した感じはなかったな。どちらかといえば時間を掛けてボス部屋を探し回ったほうが苦労した気がするな。とはいえこれが普通なのだから慣れるしかないだろうよ」
五十三層のボス部屋をようやく探し当てセファロタスを倒して突破した。
以前にクラータルの四十五層で戦った相手だったので特に苦労した感じはない。あえて言うならば階層分の強化があったことと、ジョブを入れ替えたことで能力値が下がった影響だろうか? しかしこれまで地図がある場所を数日で突破したのと比べ、地図がない場所を探りながら一週間以上の時間を掛けたのでは精神的に疲労感が大きく違う。ルミに対して返事をしながら昭信はこれからの予定を思い描いた。
「グレースが選んだ区画にボス部屋があったんだ。何かしたいことがあったら言ってみるといい。欲しい物があるとか行ってみたい所があるとかでもいいぞ」
「そうおっしゃいましても旦那さま。したいことが思いつかないのです」
以前に退屈を紛らわせるためにちょっとした遊びを思いついた。
それは五十三層の予想図を六つに分割し、どの区画にボス部屋があるかを皆に考えてもらい、当てた者にちょっとしたご褒美を出すという提案をしたのだ。結果として一番遠そうな場所を選んだグレースが当てたのだが、奴隷出身のグレースには思い当たることがない。食べるものすべてが以前よりも美味しく、奴隷の衣服は主人の持ち物であるという観念から着飾ったら汚してしまいそうだというのである。
「私は気にしないから何処かに遊びに行ってきなさいな。グレース」
「……女主人たるエレーヌさまの御厚情に感謝いたします」
「ちょっと堅いわよ。といってもそういう性格なんだろうし……アキノブさま、お願いします。この子をかわいがってあげてください」
エレーヌはここで『大人』の余裕を見せることにしたようだ。
年齢的な大人ではなく、立場的で上に立つ者としての判断という意味での大人。昭信は婿になる立場であり、彼に買われたグレースはその下。領主であるエレーヌはこの領地で一番偉いのだ。そんな者が一々嫉妬をしては下の者が気楽に過ごせまい。そんな気遣いをグレースに対してしてみせたという訳だが、これもまた一つのマウントであろう。だが嫉妬心で抑えつけるよりは余程に健全であろう(グレースが望んでいないことを除けば女主人として正しい態度である)。
「今回はお試しで俺の検証に付き合ってもらおう。完全に無駄な時間かもしれんから、迂闊にルミやシモーヌへ頼むこともできん。『グレースでなければ出来ないこと』をやりつつ、したいことが見つかったらまた次の機会というのはどうだ?」
「っ! そちらを御願いします。私には思い付きませんが、次回までになんとか」
仕方ないので昭信は助け舟を出すことにした。
エレーヌも協力してやってくれと余裕を見せていることだし、『どうでもよい検証作業』にグレースを付き合わせることにしたのだ。昭信は秘密が多いので他人に知られたくないことはあるし、かといってルミたちを巻き込むと大げさなことになってしまう。そこでグレースという丁度良い立ち位置の人間ならばやれることを為そうと思ったのだ。
「ではその方向でいこう。その上で五十三層を彷徨うことで得られた経験を五十四層以降では積極的に用いていく。次からはもう少し楽になるだろう。そして第二迷宮の方は三十八層を越えて暫く経過している。第一迷宮一層分の時間で向こうでは三層分というわけでもないが、このままいけば五十四層攻略時には四十一層前後。五十五層攻略時に四十四層前後に到達するだろう。それ以後はボス戦を行いながら第二迷宮での時間を増やしていく。夏がその節目になる筈だ」
「「はい」」
第二迷宮はまだ狭いことや敵を倒し易いこともあって進行が早い。
新年の時点で三十六層のホワイトキャタピラーが出てくる層に挑んでおり、以前にも苦労したスパイスパイダー・ハントアント・ホワイトキャタピラーと毒虫の層だった。しかしみんな強くなったし、第一迷宮で何度も戦った経験もあって恐れることがない。もちろん慢心は禁物ではあるが、このまま順調にいけばボス部屋を見つける速度次第であるが、春の間に四十四層を越えて儲けの出易いエリアに辿り着けるだろう。
「シモーヌは夏までにこれまでのデータを検証し、第二迷宮の四十五層以降に備えてくれ。ルミはその頃までに必要な結晶を揃え、以後は資金稼ぎ用を残すのみというペースで頼む。エレーヌには一番苦労を掛けるが、騎士団見習いを集める話をそれとなく頼む」
「お任せください御屋形さま。ルミが集めた情報がありますから」
「こちらも目途が立っております、マスター。資金もいただきました」
「騎士団を育てるのは領主の役目。気になさらないでアキノブさま」
こうしてナーシャ領を解放するまでのカウントダウンが進んでいく。
目下のところ敵の強さや数に難儀した覚えがない。昭信や仲間のジョブレベルは順調に上がっているし、狼人族が三人もいるので不意打ちを受け難いのだ。そして情報や資金も集まっていることから、迷宮でボス部屋を探り当てる時間だけが問題だった。おそるおそる地図を作りながら進む作業にも慣れた頃である。あとは時間が解決するだろう。
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「俺が仲間のジョブを変えられるのは知っているだろう? そこでグレースには無駄を承知で剣士のレベルを上げ、派生ジョブを得られるかを確認してほしい。おおよそどのくらい戦えば良いかは知っているので、条件を達成していなくとも俺の新しいジョブの効果で得られるかを確認する」
「旦那さまの思し召しのままに」
昭信はグレースが剣士からソードマスターになれるかを検証することにした。
彼女は既に刺客という中位のジョブに就いている。はっきりいって剣士を目指すのも、ソードマスターを目指すのも無駄でしかない。これを試すのは昭信が新しく得た開祖のジョブが持つ『指南』というジョブの検証になる。名前や呪文を考えるとおそらくジョブに関する条件を緩和するものだと思うのだが、それが『剣のみで殺害』という条件を緩和するのか、『レベルを緩和』なのか、それとも『覚えられる技を師が選べる』のかが分からないのだ。おそらくは二つ目のレベル条件であり、駄目な可能性が高いので完全に無駄である。とてもルミたちには頼めなかったが、同時に外陣メンバーにも頼めない。
「これは無理なのが当たり前で、可能であれば将来に役立つ程度のことでしかない。しかもお前の成果を経て、駄目なら他の者が強くなるという理不尽な結果になるだろう。代わりに俺はお前に唯一性の高いジョブを、得てもらうことで埋め合わせをしようと思う。……長い時間を掛けることになるがな」
「それこそが我が望みであります。旦那さま」
昭信はグレースが潜在的に恐れていることや望んでいることを与えることにした。
彼女は『代わりが居るから捨てても良い』と思われることを恐れており、逆に『自分しかできないこと』があると安心できるようなのだ。奴隷と奴隷の間に生まれ、目的などなく言われるままに生きてきて、その果てにかつての主人に捨てられるように売られたことが影響しているのだろう。そこで『無駄ではあるが他の者には任せられない仕事』と『唯一性の高いジョブ』と『長い時間を掛けて一緒に過ごす、即ち捨てられない時間』を与えることにしたのである。
「まずは剣士の派生ジョブの検証だが、その次は賞金稼ぎや商人のジョブを伸ばす。申し訳ないが何処かで盗賊のジョブを秘かに得ることになるだろう。もちろん捕まるような間抜けなことはしないと誓うが……。長い時間を掛けて多くのジョブを得ると、最終的に『遊び人』という、過去のジョブの力を使える特殊なジョブに至るのだ。俺は我が師以外にこのジョブを得た者を知らん。過去の情報でも帝国に唯一、遊び人皇太子という人物が得たのみだな」
「数々のジョブを経て遊び人……承知しました。励ませていただきます」
遊び人のジョブは夢物語に近いほど時間を要するジョブである。
だがそれだけに時間を費やすことに意味があった。様々なジョブを得た後に、その能力を使いこなせれば相当に役立つだろう。本来であれば昭信が商人・盗賊のジョブを伸ばすだけで済むはずだが、彼は上位ジョブレベルを少しでも上げておきたかった。仮に他のジョブを伸ばすとしても、薬草採取士や神官が優先されるし、なんだったら戦士を50まで上げて中位ジョブを得る方がよいのだ。効率はよくとも優先度が低いと言っても良い、まして開祖のスキルで自由度の高い『 』が得られた今では猶更だろう。
「旦那さま。種族ごとにあるという固有ジョブを得た方が良いのでしょうか?」
「問題無い。グレースは既にそのジョブを得ている。……かつての前の主人は相当に数寄者だったようだな。あまり公言すべきではないが、『色魔』という複数の異性と交わることを条件とするジョブがあるんだ」
何の気のないグレースの質問に昭信は苦い顔で答えた。
できれば語りたくないことであったが、聞かれた以上は仕方があるまい。倫理的に問題となることを指摘される可能性があるので、黙っておくよりも説明しておいた方がマシだと思ったのである。
「確かにそのような躾を受けたことがあります。メイドたるものお客さまに閨の安堵を得ていただく必要があるそうです」
「そういう人もいるだろう。だが外ではあまり話すなよ。好かん者もいる」
「承知しております。そのように教育を受けました」
なんというか実に『良く出来たメイド』であると昭信は思った。
かつての主人は奥方の勘気を抑えられなかったが、メイドを調教して従順に育てるという意味では成功している。問題なのは上級メイド……侍女として扱ったことだろう。少なくとも奥方には『この者は貴族の道具なのだから嫉妬するな』と言っておけばよかったのだ。戦士としてのレベルもそこそこあったし、余計なことを他言しないことも理解している。人格が完全に奴隷の延長上でしかないことを考えれば、その貴族家の役には立ったはずである。
「あの……旦那さまは、他の主人に躾けられた女は不要でしょうか?」
「いや別に? 他人が染めた者を俺色に染めるのは嫌いじゃない。グレースはなんというか故郷の女性たちを思い浮かばせる色艶をしているし、『良く出来たメイド』だからな。もっと早くに得られなかったことを惜しむことはあっても嫌うことは無いよ」
ここでグレースがおずおずと上目遣いに見上げてきた。
滅多に見せない怯えたような、それでいて何処か期待している表情でもある。男に媚びることを仕込まれたのかもしれないし、あるいは昭信が女に処女性を求めるタイプかを気にしたのかもしれない。もちろん昭信はそんな強力なタイプではないので、珍しく甘えているようにしか見えないのだが。
「そうだな……グレースが不安に思うならば体に教えてやろうか? 例えばうちの女の中ではグレースしか出来ないこと、世の中の男の中でも他の主人では出来ないことを今から見せつけてやってもいい」
「それこそが私の望みです。旦那さま」
「そうか。ならお前は今から色魔だ。愉しめ」
「あ……? ああぁぁ……」
ここで昭信はパーティージョブ変更でグレースのジョブを入れ替えた。その瞬間にどこか澄ましたグレースの表情に変化が現れる。にわかに色艶の増した色魔見習いがそこに居た。突如として性欲が増していく感覚に戸惑いながら、グレースは何処か物欲しげな顔をして主人を誘ったのである。彼女の背中は汗に濡れ、その体はまるで枯れることを知らぬ泉のようであったという。
●リザルト
アキノブ・タケダ。狼人族。♂。24歳。英雄56レベル。
活性枠。入替枠。不要枠。
英雄56/百獣王51/勇者46/剣聖26/悪狼王20/開祖5
ソードマスター50/神官40/薬草採取士41/料理人35/剣豪50/剣術指南役50/探索者45
村人5/錬金術師1/僧侶1/魔法使い1/戦士30/賞金稼ぎ1/騎士1/剣士50/獣戦士51
更新順(古 → 新)
キャラクター再設定、鑑定、獲得経験値二十倍。詠唱省略。68p
6thジョブ。必要経験値十分の一。62p。余りは結晶>>MP>クリティカルなど。
ルミ。ドワーフ。♀。17歳。鍛冶師51レベル。+隻眼13レベル。
シモーヌ・ナーシャ。狼人族。♀。23歳。騎士50レベル + 聖騎士19レベル。
グレース。人族。♀。22歳。刺客20レベル。
エレーヌ。狼人族。♀。魔法使い48レベル。
という訳で第一迷宮は五十三層攻略で五十四層に。第二迷宮は相応に。
夏を目途に攻略する準備が整い、無理をしないようにレベルを上げてから第二迷宮を攻略することになるでしょう。
●ボス部屋の場所当て懸賞
何も話題がない時に用意したネタで、今回のネタに続く小さな布石です。
開祖の能力を確かめつつ、何気にメンドイ性格のメイドさんを調教する話。
新種族ではなく人間の場合、「どんなジョブ持ってますか?」と言われ難いので用意していた話ですね。もちろん主人公が『他者に調教された色魔なんか要らん』という性格ではないのも影響しています。
もちろんグレースが遊び人になる理由とかまるでありません。
50レベルになって剣豪にすればまだ意味があるかな? くらいで。
オールワークスメイドというネタも良いかなとか言うくらいですね。