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「ガレス伯のお話でもカラバ侯爵だろうとおっしゃっておられましたわ。結晶に関しては寄り子仲間だから話を聞いてはくれるだろうけど、足元を見られるだろう。ですって」
「ありがとうエレーヌ。おかげで助かったよ」
昭信が解放会に行っている間、エレーヌは寄り親の所に行っていた。
予測通りの話が聞けたことで裏取りが取れたと言える、ただし成果としてはお寒い物であり、寄り子仲間だからといって優しくない交渉となるであろうことは窺えただけである。『水に落ちた犬は叩け』というほど酷くはないが、『交渉を受け入れるだけありがたいと思え』といった風情の対応が取られることも予想された。
「ガレス伯のことだから、こちらが身内限定で安価に装備を提供すると伝えた話を、今聞いたような顔で伝えそうな気がするな。その交渉を彼女が取り持ったという形で進めてくるだろう。結晶の価値を二倍にして代金から差し引くというあたりかな?」
「落とし処はそんなところかもしれませんわね。ある意味で安心はできますわ」
寄り親というのは地域の『面倒見』であって、母親のように優しくはない。
自分の取り分を確保した上で、色々な話を寄り子たちに配分してやっているに過ぎないのだ。こちらの御願いを無償で叶えてくれることなどありえないが、逆に申し出た協力を無下にすることもない。どこかで帳尻を合わせて、利益を確保してから話を仲介してくるだろう。その際にこちらが焦ればこちらの損になり、相手が粘り過ぎれば解決してしまって向こうが損するだけの話であろう。
「マスター。薬師の一族からは先に情報を戴き、『滅多にないことだが迷宮ボスから最上位の結晶が落ちることもある』と教えてもらいました。その上で、もしツボ式食虫植物の最上位結晶を手に入れたら、交換に応じてもよいとおっしゃられましたね」
「自分が欲しい物と交換するために先行して情報も出したのか。で、能力は?」
「HP徴収と言って、所持するだけで周辺の生命力を吸い上げて回復します」
「らしいと言えばらしい能力だな。ハサミ式ならその逆という訳か……」
シュナイドラーの所へ赴いたルミからは交換条件を持ち掛けられたらしい。
第二迷宮が五十層であった場合、敵はセファロタスでツボ式食虫植物系のボスということになる。今のところは成長していて五十一層だと思われているが、『奇跡的に手に入ったら交換してもよい』という言葉は温情なのかそれだけ薬師の一族が求めているのか分からないところだ。確実なのは相手から情報を出された以上は、それなりに返礼をしないといけないことになる。
「本当に最上位の結晶が落ちるかはあまり気にしないでおこう。もしかしたら『オークションや他の貴族家との取引で手に入れた場合でも応じる』と臭わせただけかもしれんし、どのみち第二迷宮攻略後の話だからな。俺たちにとっても有用だから、オークションや貴族家との交換で見かけたら手に入れるくらいだ」
「五十層でも結晶は中々落ちません。これが最上位となればまず無理でしょうしね」
昭信はこの情報をまず二つに分けて考えてみた。
薬師の一族側から歩み寄りとしてナーシャ家に協力してもよいという態勢を見せたこと。そこには確約の言質こそもらっているが厳しい条件であり、他の者……カラバ侯爵に対して『このくらい無理な条件を出した』というポーズを出しているだけかもしれないのだ。
「だが面白い情報も手に入った。五十四層の話に応じてきそうだとは思わないか?」
「確かにそうですね。MP徴収の装備自体は常に所持しており、HP徴収の方は患者に売りつけているから手元に残らない。だから幾らでも欲しい……という可能性はあります。ならばこちらが早めの深層入りを促せば乗ってくるでしょう」
昭信は最上位の結晶を交換する件を一度置いて、第一迷宮の話に移した。
五十三層・五十四層・五十五層は全て薬を落とすモンスターがいる層である。出し抜かれたくないから通常は公開しない最深層であるが、『薬師の一族ならば案内してもよい』という話は交渉条件足り得た。以前から話をしているわけだし、今回の女王や交換してもよいという件に対して、『第二迷宮討伐後に教えようかと思ったが、お礼として早めにお知らせする』という行動は返礼としては十分だろう。危険だから止めておくという選択肢もあり得るが、勝てる算段があるならば残るはMP効率問題のみ。そしてMP徴収のアイテムを所有しているならば精鋭を派遣する可能性は高いだろう。
「彼らには薬の材料が欲しいという希望はあっても、無理してギルド神殿を手に入れたり、討伐実績が欲しいという事情もないからな。裏切られる可能性は少ないだろう。その上でこちらから返礼として紹介するのは五十四層として、五十五層は交渉次第というところでどうだろうか?」
「私はよいかと思いますが……エレーヌさまはいかがでしょうか?」
「そうねえ。保険としてガラリアさまをお呼びすれば確実だと思うわ」
昭信が交渉の塩梅について尋ねるとルミはそのままエレーヌに振った。
こういうことは貴族の娘であり、爵位を継承して未来の女主人として立つ彼女の方が向いている。知識としても意識としても金庫番に過ぎないルミとは比べ物にならないし、妾の身としては本妻を立てるのが筋だからだ。するとエレーヌはガラリアを呼べと提案したのである。
「ガレス伯を? ……なるほど。証人がいるなら口約束でもそれなりに守るか」
「ええ。他の貴族であれば『そんな約束を信じる方が悪い』と言うかもしれないけれど、薬師の一族にはそれをする理由がないわ。むしろ第二迷宮の方が、先ほどの最上位の結晶の話を聞く限りは怪しいわね。だから『薬師の一族だから信じる。勝手なことをしたら両家で報復に出る』という態度を見せておけば、迂闊なことはしないと思うわ。どのみち寄り親に深層の入り口を案内しておく方が正しいのでしょうしね」
昭信の解釈に対してエレーヌは大筋で頷いた。
口約束というのは第三者が重要な取り決めと確認してこそ意味があるのだ。身内だけが約束した話では少し怪しいというか、ルミに対して『交換してもよい』と口にしたシュナイドラーの言葉は色々な意味で怪しい。そんな約束自体がないと言い張ることもあり得るし、同時に約束なんかしてないから交換自体もしていないと『表向き』は何も発表しなければよいということにもなる(カラバ侯爵にバレなければいいという意味で)。だからこそエレーヌはガレス伯に報告するついでに薬師の一族を呼んで、もし彼らが裏切ったらガレス伯が動くようにしておけばよいと言ったのだ。ガラリアからしてみればモンスターが溢れないように薬師の一族に力を借りる覚悟があるという面を見せられるし、彼らが裏切ったらエレーヌが報酬を支払って薬師の一族に共同報復するという流れになるから損はないのである。
「第二迷宮は四十三層ボスであるウッズウッドを倒して四十四層のパームバウム相手に戦っている。このままいけばボス部屋を探し出して四十五層に辿り着くのも時間の問題だ。その上で俺たちから見ればそこから五十一層までそれほど時間を掛けない予定だが、薬師の一族にはたっぷり時間があるように見えるだろう。交渉を行って戦力を呼び寄せ、ついでに集める最上位の結晶の中にHP集積やMP集積を含めるようにしておくか」
「ではその方向で参りましょう、マスター。ただその二つは人気が高く、中々見ないからこその交渉なのでしょうけどね」
昭信はそこまでの段取りをした上で、最上位の結晶を集めることにした。
もちろん簡単に手に入らないからこそ、今回みたいな変則的な交渉が成り立つのだ。ルミはそのことを指摘し、あくまで補助手段であることを強調した。ハイコボルトの結晶さえ手に入れば良いわけで、本来であれば魔法で倒し易いコボルト系の方が入手確率が高いはずなのである。加えていうならば、最上位の結晶とそのスキルは無くてもナーシャ領を解放することはできる。その辺りを見誤るべきではないと釘を刺しておいたといえる。
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「何? チョコレートの製法を教えろだと?」
「はい。これまで通りに取引もさせていただきますが、願わくは教えていただきたいとおっしゃられております」
暫くしてヒルダが女装……ドレスアップして秘密裏にやってきた。
もちろんドレスアップしているといっても、本当にカクテルドレスなどを着ているわけではない。これまでは当たり前のように男装して昼間から訪れていたのだが、今回に限って普通の女性のような格好でやってきたのだ。
「その是非の前に二つ問いたい。教えたならば自力で作ることも可能だろう。迷宮で採れた材料で作るのだから量産しない限りは取引を継続する必要もあるまい。それともう一つ、今日に限って『普通』の格好をしてきたのはどういうことだ?」
「まず後半の問いの方を先に応えさせていただきます。その方が順序立ちますので」
どうもチョコレートの製法とそのレシピを教えろという話は主題ではないらしい。
ハキム老ほどの大貴族ならば商売を継続し続けても構わないのは分かる。しかしそれでは不躾に製法を教えてくれと言ってくる理由が分からなかった。次回の取引までまだ先があるし、その時に話を持ち掛けてもよいだろう。逆説的に言えば次回の取引時に持ち出す話で、今回は予備交渉なのかもしれない。
「いよいよハミトさまが当主になるための実績を積む段階に入ったのでございます。それに際して我が国で人気のある菓子の製法を、何の問題も無く入手したという『幸先の良い成功』を必要としております。つまりこの場でお願いするのはあくまで根回しであり、ハミトさまに対して許可を戴きたいのです」
「なるほど。それでこちらが断らないように、製法を聞き出すが商売は続けると」
「これから幾つもの交渉を要しますが、まずは経験を付けたいとのことです」
(カラバ侯の話でこちらに付け込んだ……という訳ではなさそうだ)
昭信は話を聞いて納得と不信感の両方を覚えた。
理屈としては外交的成功を最初に確約して、ゲン担ぎを行いたいのは分かる。アイスクリームの製法をペルマスクでエックハルト経由で購入した筈だ。その時にある程度の話を聞いていれば、昭信が技術や知見を抱え込んで秘密にしないのは伝わるだろう。その意味では最初の相手先としては間違っていないといえた。だがタイミング的にこちらが苛だっている時期になったのは偶然にしても、『技術と知識を寄こせ』というのは随分と乱暴な話だろう。金持ち喧嘩せずでいられるはずのハキム老の態度には合わないのである。
「……ただお判りかもしれませんが、これは表向きの理由となります」
「だろうな。話が急過ぎる。そちらの需要が増え続けてからでも良かった筈だ」
「身内話で恐縮ですが、親族の者の中に不穏な動きを見せている者が居ります」
「なるほど。一時的な疎開を兼ねての実績造りか。それなら理解できる」
要するに交渉役として外に出し、友好勢力の下で暫く過ごすということらしい。
これが革命による亡命ならばいざ知らず、あくまで一族の暗殺騒ぎから身を隠すだけならば国内で踏ん張る必要はない。だから昭信の下に根回し済みの交渉を行いつつ、偶々話が弾んで時間が掛かったとか、他の交渉も同時に行ったという理由で時間を稼ぐつもりなのだろう。
「そういう事なら協力してもいい。そちらで開発されたレシピをこちらにくれるならば、現時点で開発済みのレシピや、量産出来るタイプの廉価版も用意しよう。ただ報酬と期間について提案がある」
「最上位の結晶を売ってほしいという話ならば問題ないと承っておりますが?」
「せっかくだから迷宮で時間を潰さないか? 暗殺に来れない場所でな」
「っ! この地に新しくできたという第二迷宮でですか!?」
昭信はこの話に関して条件を付け足した。
最上位の結晶を売っても構わないという提案に対して、それを代金として受け入れるつもりだった。だが付け足した提案としては、ハミトたちがナーシャ家が情報をあまり公開していない第二迷宮の中層で戦ってみないかと言ったのだ。
「そうだ。俺は相性の良い相手ならボス戦を数人で終わらせられるからな。普通の貴族が騎士団とパーティーを組んで行う英才教育も、もっと上層で可能だ。それでお前たちを鍛えた上で、中層でも低い階層で戦ってみないかと言っている」
「……ありがたい申し出ですが、どうしてそこまでなさるのですか?」
「今回だけで終わらせるつもりなのか? また同じことが起きるぞ」
昭信としては友好勢力には長続きしてほしかった。
ここでハミトが強くなって死に難くなれば、この縁は後々まで続くことだろう。チョコレートの商売なんて製法を教えてしまったらいつまで続くか分からない。だがハミトと仲良くなっておけば将来も色々な交渉ができると踏んだのだ。
「今の段階で中層で戦えるようになっていれば、一族の者も見返せるとは思わないか? 少なくとも毒や怪我に怯えることは無くなる。最低限の戦闘力を身につけられれば安心だろうしな」
「その……私にはこの話に対する御答えが出来ません。一度持ち帰っても?」
「提案だから断っても構わないと伝えてくれ。報酬も仲買人の名義借りでいい」
「承知いたしました」
こうして昭信は第二迷宮でも階層攻略を続けながら、新しい交渉を始めたのであった。
という訳で今回はお仲間との交渉になります。
●寄り子仲間や薬師の一族との交渉
まあ貴族相手の交渉なので、仲が良くても先制パンチで「いいけどお高いよ」くらいは入って来る感じですね。弱みを見せたのが悪い扱いです。ただ主人公は「ここで交渉しないと効率悪いよな」と思ってますが、別に無くても迷宮二つくらいは何とでもなるので、余技ではあります。
●ハミトくん迷宮入らない?
「のび太! チョコレートくれよ!」と言われたので
「磯野! ダンジョンファイトやろうぜ!」と返した感じ。
ハキム老とハミトくんがどう思うか次第ですが、上手くいけば大貴族に恩が売れますからね。ついでに言うと第二迷宮の中には暗殺者が来ないけど、屋敷には暗殺者が来る確率が一定数あるので、長期滞在するならどっちが安全かって話。
●最上位の結晶
本当に迷宮ボスなら五十層でも見つかるかは不明。あくまで交渉の暗喩かも? というのはおいて置いて、最上位のハサミ式・ツボ式はオート回復にしました。もちろんパーティー仲間は大丈夫だけど、そこに居るだけの奴は徴収されます。