とある魔術の鈴科百合子   作:稜の幻想日記

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第9話

「どちらさんですか?」

 

 上条が扉を開けると、そこに立っていたのは緑の手術衣を纏い、長い銀髪を垂らした人間だった。
 その姿は男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える。
 直視しても輪郭がぼやけ、理解できない存在であること自体が、上条の警戒心を強めた。

 

「……あんた、誰だ?」
 問いかけると、人物はまるで当然のように答えた。

 

「こんばんは。上条当麻」

 

「……っ!」


 初対面の相手に名前を呼ばれ、上条は反射的に身構える。

 

「なんで俺の名前を……」

 

「簡単だ。私はこの学園都市に生きる者、すべてを知っている」


 その声音は穏やかだが、不気味なほど揺るぎがない。
まるで「空は青い」「火は熱い」と同じくらい、当然の事実を告げるかのようだった。

 背後で異変を察知した鈴科が顔を覗かせ、無言で相手を睨む。
 

インデックスもクッションを抱き、不安と困惑で小刻みに体を震わせていた。

 

「なに、わけのわかんねぇこと言って……何者だ、あんた」
 

上条の声には苛立ちが混じる。そんな上条を意に介さずソレは僅かに口角を上げ、低く囁いた。

 

「名を明かす必要はない。ただ一つ──君は今、選択の岐路に立っている。それを告げに来ただけだ」

 その言葉とともに、空気がふわりと揺れる。
 気づけば──目の前の人物は、影一つ残さず掻き消えていた。

 

「な……っ、消えた……!?」


 上条が驚きの声を上げる。
 

 鈴科は険しい顔で扉の外を睨み、インデックスはクッションを抱きしめたまま固まる。

 

「……なんだったんだ、今の」


 

「わからねェが……妙な気配だけ残ってやがる」

 


 張り詰めた空気を振り払うように、上条は頭を振った。

 

「とにかく、飯が冷める前に戻ろうぜ」

 三人がリビングに戻ると──

 

「……!?」


 そこには、消えたはずの“人物”がちゃっかり椅子に座り、無表情のままカレーを頬張っていた。

 

「おいおいおいおい……!?」


 上条が思わず叫ぶ。

 緑の手術衣の人物は淡々とスプーンを手に取り、静かに口を開く。

 

「学園都市のすべてを知る者として……このカレーも、味わわねばなるまい」

 

 そしてひと口。

 

「……辛口。だが、悪くない。少し煮込みすぎだが、にんじんの歯応えは残っている」

 

「勝手に食って評価すんな!!!」


 上条が絶叫。

「わ、わたしのカレー……食べられてるんだよ!?」


 インデックスは青ざめた顔で皿をのぞき込み、抗議する。

 

「安心したまえ、スプーンは新しいものを使用している」

 

 鈴科は額を押さえ、低い声で毒づいた。


「……テメェ、人間か幽霊か知らねェが、無断侵入して人の飯を食うとか……常識の範囲越えてるだろ」

 緑の手術衣の人物は一切気にせず、最後のひと口まで丁寧に食べ切る。
そして、静かに椅子を立ち、ぽつりと呟いた。

「……御馳走様」

 そして再び、霧のように姿を消す。
 

 残された三人は、空になった皿を呆然と見つめるしかなかった。

 

「……やっぱり夢じゃなかったんだよ」


 インデックスが震える声で呟く。

「オイ三下、マジでヤベェもんに目ェ付けられたンじゃねぇの」
 

 鈴科も低く呟いた。

 上条は深いため息をついた。
 

 

「とりあえず……インデックスのカレーをつぎなおすか」

 そう言って上条が残された皿を手に取ろうとした瞬間──

 カチャカチャ……ガコン……

 

「……は?」
 

 三人の耳に、食器の触れる音が響く。音はキッチンの方からのようだ。
 

 恐る恐る覗くと──

 そこには、当たり前のように立つ緑の手術衣、銀髪の人物がいた。


 無表情で鍋を開け、お玉でカレーをよそっている。

 

「……おかわりだ」

 

「勝手におかわりすんなァァァァ!!!」


 上条の絶叫が響く。

 

「わ、わたしの……わたしのカレーが……! 私の分がなくなっちゃうんだよ!!」


 インデックスは今にも泣きそうだ。

 

 鈴科は額を押さえ、毒づくように呟いた。


「……次は風呂と布団でも要求してくンじゃねェだろうな」

 だが当の本人は気にもせず、ご飯をよそい、ルウを流し込み、淡々と語る。

 

「にんじんの甘味は秩序の象徴。
 

 玉ねぎの溶解は存在の無への回帰。
 

  ……カレーとは、宇宙だ」

 

「壮大に語っても泥棒は泥棒だ!!!!」


 上条とインデックスの声が揃って炸裂した。

 




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