「どちらさんですか?」
上条が扉を開けると、そこに立っていたのは緑の手術衣を纏い、長い銀髪を垂らした人間だった。 その姿は男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える。 直視しても輪郭がぼやけ、理解できない存在であること自体が、上条の警戒心を強めた。
「……あんた、誰だ?」 問いかけると、人物はまるで当然のように答えた。
「こんばんは。上条当麻」
「……っ!」
初対面の相手に名前を呼ばれ、上条は反射的に身構える。
「なんで俺の名前を……」
「簡単だ。私はこの学園都市に生きる者、すべてを知っている」
その声音は穏やかだが、不気味なほど揺るぎがない。 まるで「空は青い」「火は熱い」と同じくらい、当然の事実を告げるかのようだった。
背後で異変を察知した鈴科が顔を覗かせ、無言で相手を睨む。
インデックスもクッションを抱き、不安と困惑で小刻みに体を震わせていた。
「なに、わけのわかんねぇこと言って……何者だ、あんた」
上条の声には苛立ちが混じる。そんな上条を意に介さずソレは僅かに口角を上げ、低く囁いた。
「名を明かす必要はない。ただ一つ──君は今、選択の岐路に立っている。それを告げに来ただけだ」
その言葉とともに、空気がふわりと揺れる。 気づけば──目の前の人物は、影一つ残さず掻き消えていた。
「な……っ、消えた……!?」
上条が驚きの声を上げる。
鈴科は険しい顔で扉の外を睨み、インデックスはクッションを抱きしめたまま固まる。
「……なんだったんだ、今の」
「わからねェが……妙な気配だけ残ってやがる」
張り詰めた空気を振り払うように、上条は頭を振った。
「とにかく、飯が冷める前に戻ろうぜ」
三人がリビングに戻ると──
「……!?」
そこには、消えたはずの“人物”がちゃっかり椅子に座り、無表情のままカレーを頬張っていた。
「おいおいおいおい……!?」
上条が思わず叫ぶ。
緑の手術衣の人物は淡々とスプーンを手に取り、静かに口を開く。
「学園都市のすべてを知る者として……このカレーも、味わわねばなるまい」
そしてひと口。
「……辛口。だが、悪くない。少し煮込みすぎだが、にんじんの歯応えは残っている」
「勝手に食って評価すんな!!!」
上条が絶叫。
「わ、わたしのカレー……食べられてるんだよ!?」
インデックスは青ざめた顔で皿をのぞき込み、抗議する。
「安心したまえ、スプーンは新しいものを使用している」
鈴科は額を押さえ、低い声で毒づいた。
「……テメェ、人間か幽霊か知らねェが、無断侵入して人の飯を食うとか……常識の範囲越えてるだろ」
緑の手術衣の人物は一切気にせず、最後のひと口まで丁寧に食べ切る。 そして、静かに椅子を立ち、ぽつりと呟いた。
「……御馳走様」
そして再び、霧のように姿を消す。
残された三人は、空になった皿を呆然と見つめるしかなかった。
「……やっぱり夢じゃなかったんだよ」
インデックスが震える声で呟く。
「オイ三下、マジでヤベェもんに目ェ付けられたンじゃねぇの」
鈴科も低く呟いた。
上条は深いため息をついた。
「とりあえず……インデックスのカレーをつぎなおすか」
そう言って上条が残された皿を手に取ろうとした瞬間──
カチャカチャ……ガコン……
「……は?」
三人の耳に、食器の触れる音が響く。音はキッチンの方からのようだ。
恐る恐る覗くと──
そこには、当たり前のように立つ緑の手術衣、銀髪の人物がいた。
無表情で鍋を開け、お玉でカレーをよそっている。
「……おかわりだ」
「勝手におかわりすんなァァァァ!!!」
上条の絶叫が響く。
「わ、わたしの……わたしのカレーが……! 私の分がなくなっちゃうんだよ!!」
インデックスは今にも泣きそうだ。
鈴科は額を押さえ、毒づくように呟いた。
「……次は風呂と布団でも要求してくンじゃねェだろうな」
だが当の本人は気にもせず、ご飯をよそい、ルウを流し込み、淡々と語る。
「にんじんの甘味は秩序の象徴。
玉ねぎの溶解は存在の無への回帰。
……カレーとは、宇宙だ」
「壮大に語っても泥棒は泥棒だ!!!!」
上条とインデックスの声が揃って炸裂した。
原作ブレイクの音が聞こえる