とある魔術の鈴科百合子   作:稜の幻想日記

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いいもんが生まれた


閑話 とある日の欠落番号と最強

「こんにちはとミサカはもやしの妖精に挨拶をします」

 

 なんとなく外をふらついていただけだった。

 特に目的があったわけでもない。人の多い通りを避け、気だるさを誤魔化すように歩いていただけだ。

 ──なのに、背後から聞こえてきたのは、意味不明にも程がある声だった。

 

 雑音だ。そう判断し、無視して歩みを進める。

 だが一歩、二歩と進んだところで、視界の端に影が割り込む。

 

「こんにちはとミサカは再度、もやしの妖精に挨拶をします」

 

 進路を塞がれた。

 確信犯的な位置取りと、ふざけきった声色。

 百合子の中で、何かがぷつりと切れる音がした。

 

「あァ!? よっぽど愉快なオブジェクトになりてェみてェだなオイ」

 

「どうどうとミサカは怒り心頭な百合子を嗜めます。ぷげら」

 

 完全に喧嘩を売っている。

 遠慮も配慮もない、純度百パーセントの煽りだった。

 

「よォーくわかった。ブチコロ確定だ」

 

 首元に指をかけ、演算補助デバイスの電源を入れる。

 起動音は小さいが、百合子にとっては十分な合図だった。

 この程度の悪ガキに力を使うのは癪だが、軽い仕置きくらいなら問題ない。

 

 相手もようやく事態を察したのか、半歩ほど距離を取る。

 

「おやおや、この程度の悪ふざけでマジになるなんて、とミサカは半笑いでぷげら」

 

 その半笑いが、やけに腹に立った。

 演算補助デバイスは起動したまま、百合子の思考は既に「どこまでなら仕置きで済むか」という妙なブレーキを踏んでいる。

 本気でやれば簡単に沈めることはできる。だが、この悪ガキを沈めたところで何の反省もないだろう。

 

「……テメェ、今の状況わかってンのか?」

 

「もちろんとミサカは即答します。百合子がキレてる=いつもの日常です」

 

「いつもの日常にすンな!」

 

 百合子が一歩踏み出す。

 その瞬間、ミサカは大げさに後ずさり、両手を上げた。

 

「ひぃっ、とミサカは棒読みで恐怖を演出します。学園都市最凶、もやし型能力者の威圧感!」

 

「誰がもやしだ誰が!!」

 

 思わず叫んだ声が、通りに響く。

 通行人が一瞬こちらを見るが、すぐに「関わりたくない」という顔で視線を逸らした。

 

「なるほどとミサカは頷きます。否定が早い=図星」

 

「論理が雑すぎンだよオマエは!」

 

 百合子は額を押さえた。

 血圧が上がるのを自覚する。

 このままでは、本当にどうでもいい理由で都市伝説が一つ増えかねない。

 

「ちなみにとミサカは親切心を発揮しますが、もやしの妖精はHPが低い代わりに回避率が高い設定です」

 

「ゲームの話してンじゃねェ!」

 

「ですが現実でも紙耐久とミサカは冷静に分析します」

 

 ピシッ、と空気が鳴った。

 百合子の周囲で、砂埃が円を描いて浮き上がる。

 

「……三秒だ」

 

「?」

 

「三秒以内に消えねェと、オマエの頭に愉快なアホ毛を植え付ける」

 

「それはそれでキャラが立つとミサカは──」

 

「一秒」

 

「──」

 

「二秒」

 

「……了解とミサカは撤退を選択します!」

 

 ミサカはくるりと踵を返し、妙に軽快な足取りで走り出した。

 

「さらばだもやしの妖精! 次は豆苗進化後で会おうとミサカは予告します!」

 

「進化すンな! 二度と来ンなァァ!!」

 

 怒鳴り声だけが、夏の昼下がりに虚しく響く。

 

 数秒後。

 百合子は深く息を吐き、デバイスの電源を切った。

 

「……クソ。ふざけすぎだろ」

 

 誰に向けるでもなく呟いて、再び歩き出す。

 その背中は、今日も無駄に騒がしかった。

 

 つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数歩進んだところで、ポケットの中が震えた。

 着信音が鳴るより早く、百合子は舌打ちする。

 

「……今度は何だ」

 

 画面に表示された名前を見て、眉がさらに寄った。

 

打ち止め(ラストオーダー)

 

 嫌な予感しかしない。

 その予感は、出た瞬間に確信へと変わった。

 

『もしもしー! 百合子! 大変大変ってミサカはミサカは大慌てで報告してみたり!』

 

「落ち着け。どうせ碌でもねェことだろ」

 

『それがね、ミサカネットワークにね!』

 

 受話口の向こうで、やけにバタバタした音がする。

 歩き回る音、誰かの「落ち着くじゃんよ」という声、そして──。

 

『存在しないIDが接続してきたってミサカはミサカは解説してみたり!』

 

「……は?」

 

 百合子は足を止めた。

 

「存在しないIDだァ? MNWにそんなもンが混ざるわけねェだろ」

 

『それが混ざってるんだよ! 10032より前のIDはないはずなのに404ってIDで普通に挨拶してきのってミサカはミサカは吃驚仰天!』

 

「挨拶?」

 

『「ふへへへ今からもやしの妖精に突撃アバンチュールしてくるz」ってアバンチュールって何かなってミサカはミサカは頭をかしげてみたり』

 

 その瞬間、百合子の脳裏に、数分前の光景がフラッシュバックした。

 

「…………」

 

『百合子? どうしたのってミサカはミサカは首を傾げてみたり』

 

「……いや。ちょっと待て」

 

 嫌な符合が、綺麗に一直線で繋がり始めていた。

 

「その欠落番号(ロストナンバー)、今はもう繋がっていねェのか」

 

『うん。さっき満足したから落ちるって言って消えちゃった』

 

「……あァ、やっぱりか」

 

 額を押さえる。

 頭が痛い。確実に痛い。

 

『しかもね! ネットワーク内で勝手にあだ名を付け始めて!』

 

「何?」

 

『百合子を「もやし型上位個体」ってミサカも「アホ毛マシンガン」って不名誉なあだ名をつけられちゃったってミサカはミサカは憤慨してみたり』

 

「誰がもやしだコラァ!!」

 

 通りの向こうで、また通行人が距離を取った。

 

 

『ち、ちがうの! ミサカも被害者なの! ってミサカはミサカは必死に弁明してみたり!』

 

「知るか! つーか何だ“アホ毛マシンガン”って!!」

 

 思わず怒鳴った声が反響し、またしても周囲の一般市民が距離を取る。

 完全に“触れてはいけない人”枠に入った自覚はあるが、今はそれどころじゃない。

 

『だってその404号がね! 百合子の思考パターンを勝手に解析して!』

 

「解析!? 誰に許可取ったァ!!」

 

『「ツン→罵倒→威圧→怒鳴り声→デレ」ってフローチャートを……』

 

「オマエも読むな! 報告すンな!!」

 

 頭を抱える。

 都市の治安より、自分の尊厳のほうが今は深刻だ。

 

『しかも最後にね、「生身で会ったから次はインターネットで会いましょう」って言い残して……』

 

「は?」

 

 一瞬、嫌な沈黙が落ちた。

 

『……あ』

 

「“あ”じゃねェ。何だ」

 

 プツ、と小さなノイズ。

 百合子の視界の端で、携帯電話の画面にノイズが走る。

 

「……おい」

 

『百合子? 通信が不安定ってミサカはミサカは──』

 

 その時だった。

 

『こんにちはとミサカは回線越しに再登場します』

 

「来ンなァァァ!!」

 

 耳の奥に直接響く、あのふざけた声。

 携帯電話だけでなく演算補助デバイスにも干渉されているのか脳にまで響く。

 

『いやぁ、生身で会うより効率的だと思いましてとミサカ404号は満足です』

 

「効率の問題じゃねェ!! 何勝手に人の頭ン中入って来てンだ!!」

 

『許可は取ってません! とミサカは正直に白状します!』

 

「白状すンな!!」

 

 電話の向こうで、ラストオーダーが慌てた声を上げる。

 

『ちょっ!? 勝手に割り込まないでってミサカはミサカは注意してみたり!』

 

『大丈夫です! 最上位個体(仮)なので!』

 

「……はぁ、今日は厄日か」

 

『おや? 今“厄日”認定されましたとミサカはメモします』

 

「メモすンな消せ!!」

 

『では代わりに称号を追加します! “厄日を引き寄せるもやしの妖精”!』

 

「てめェ……」

 

 百合子は、ゆっくりと深呼吸した。

 このままではあまりの怒りでこの区画が消し飛んでしまう。

 

 深呼吸、一回。

 二回。

 三回目で、ようやく理性が仕事を始めた。

 

「……よし。状況整理だ」

 

『おおっと冷静モード突入とミサカは実況します!』

 

「実況すンな。黙れ」

 

 百合子は目を閉じたまま、額に指を当てる。

 演算補助デバイスは起動状態を維持しているが、今は能力を振るうためではない。

 “何をどうすれば一番被害が少ないか”を計算するためだ。

 

「まずオマエは存在しねェ」

 

『いきなり存在否定! これは哲学的!』

 

「哲学じゃねェ、事実だ」

 

『でも今こうして会話してますよ?』

 

「幻聴だ。厄日の幻聴」

 

 通行人がまた一人、明らかに距離を取った。

 百合子はもう気にしない。

 今さら社会的評価を守る段階は過ぎている。

 

『それで次は何を整理するんです? ミサカはわくわくしています』

 

「次に──」

 

 百合子はゆっくり目を開けた。

 

 

「MNWから今すぐ完全遮断だ」

 

『えっ』

 

 声に、はっきりとした動揺が混じった。

 

『それは困ります! せっかく入れたのに!』

 

「“入れた”時点でアウトだ」

 

『ですが学習効率がですね──』

 

「効率良くブチ切れさせンな」

 

『しかしですね。上位個体の権限を乗っ取っているのですよ? どうやって遮断するんでしょうかとミサカは疑問を口にします』

 

「……あァ?」

 

 百合子の眉が、ぴくりと跳ねた。

 

「今、何つった」

 

『上位個体の権限を“たまたま”経由してMNWにアクセスしているだけですとミサカは謙虚に説明します』

 

「謙虚の意味辞書で引いて来い」

 

 演算補助デバイスが、低く唸る。

 能力行使一歩手前──いや、踏み出したら負けだ。

 

「つまり何だ。オマエはMNWに居座ったまま、オレの頭ン中を覗き見して、好き放題喋って、しかも追い出せねェと」

 

『はい! 簡潔に言うとそうなります!』

 

「肯定すンなァ!!」

 

 百合子は空を仰いだ。

 青い。腹立たしいほどに平和な青空だ。

 

「……打ち止め(ラストオーダー)

 

『は、はい!? ってミサカはミサカは忘れられてると思って完全に油断してたり!?』

 

「MNWの管理権限、今誰が持ってる」

 

『えっと……えっとね……404ってなってるってミサカはミサカは小さく報告してみたり』

 

 

「テメェ!!」

 

『はい!』

 

「返せ!!」

 

『嫌です!』

 

「即答すンな!!」

 

 百合子は額に手を当て、真顔で呟いた。

 

「……この街、今日で終わってもおかしくねェな」

 

『それは困ります! 観察対象が減ります!』

 

「観察対象にすンな!」

 

 その時、ふと気付く。

 ──騒ぎ立てている割に、ほかの妹達から苦情は入っていないのだろうかと。

 

「……おい」

 

『はい?』

 

「MNWの他の妹達はオマエが権限を持ってる事に気付いてねェのか?」

 

『気付いてますよ?』

 

「は?」

 

『でも今は「面白いので静観」という多数決が可決されました』

 

「民主主義やめろ!!」

 

 頭を抱える百合子。

 都市最強の能力者が、ネットワーク世論に敗北している。

 

『ちなみに賛成理由は「百合子のストレス耐久テスト」「もやし耐久実験」「新しいあだ名候補の発掘」などです』

 

「やめろ全部!!」

 

 握りしめていた携帯電話からヒビが入る音が聞こえた気がする。

 

「……いいだろ」

 

『お? これは何か来ましたねとミサカは期待します』

 

 百合子は、にやりと笑った。

 非常に悪い笑みだった。

 

「オマエ、観察目的だっつったな」

 

『はい! 百合子という個体の行動原理を──』

 

「じゃあ特別授業だ」

 

『特別!?』

 

「“怒らせた相手が本気でキレた場合どうなるか”」

 

 一瞬。

 回りの空気が波打つ。

 

『……あれ? なんかMNW内の空気が……』

 

「安心しろ。壊さねェ」

 

 百合子は指を鳴らした。

 

「ただし」

 

『ただし?』

 

「MNW内に“もやし”って単語を打ち込もうとした瞬間」

 

『瞬間……』

 

「そのIDとお前のIDを強制的に“アホ毛マン”に書き換える」

 

『それは屈辱的すぎます!!』

 

「これが仕置きだ」

 

『撤回を要求します!』

 

「却下だ」

 

 数秒の沈黙。

 明らかに思考している気配。

 

『……』

 

『……わかりました』

 

「ほォ?」

 

『では妥協案です』

 

「聞くだけ聞く」

 

『“もやしの妖精”を“もやしの守護神”に格上げします』

 

「微妙に昇格すンな!!」

 

 だが次の瞬間。

 

『あ、でももうMNW内ではセロリで定着しました』

 

「ふっざけンな!」

 

 百合子は、深く、深く息を吐いた。

 

「……なァ404」

 

『はい?』

 

「オマエ、生きてンのか?」

 

『うーんどうでしょう。肉体はありますが体感的には死者だと思いますよ』

 

「そうかい」

 

 デバイスの電源が、再び静かに落とされた。

 

「……覚えとけ」

 

『何をですか?』

 

「オレに“暇潰し”を提供した代償」

 

『……それは光栄ですか?』

 

「最悪だ」

 

 遠くで、どこかのミサカが笑った気配がした。

 

 

「……この街、絶対バグってンだろ」

 

 

 

 おわれ

 




『何か喋れよとミサカは(ry)』とプライスレスみたいなものを目指してみたり
打ち止めのセリフ難しいね
一方のSSは「入れ替わりだよシリーズ」が大好き
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