アウレオルス=イザードとの戦いを制した上条と鈴科は、いつも通りの生活を送っていた。
ただし、インデックス以外の住民が増えたことを除いて。
具体的に言うと、部屋が狭い。
学生寮に住む上条の部屋にインデックス、鈴科、そして何故か住処をなくしたアウレオルスが加わった結果――人間密度が異常に増加してしまった。
「……どうしてこうなった」
「容易。当面の居住地がないのでね」
アウレオルスが落ち着いた声で答える。昨日上条渾身の拳を顔面に貰い、敗北したとは思えないほど堂々とした態度だった。
「いや容易じゃないだろ!?」
思わず上条は机を叩いた。少々本気で叩いたせいでほんのりと手のひらが痛む。しかし、当の錬金術師は相変わらず泰然としていた。昨日まで学園都市を揺るがしかねない術を振るっていた男とは思えないほど落ち着き払っている。
「上条当麻、君の言う通り私は敗北した。拠点を失い、そもそもの計画も最初から破綻していたときた。よって一時的に身を寄せる場所が必要になる。論理的帰結だ」
「論理的じゃねぇよ! なんでそれが俺の部屋になるんだよ!?」
「最も合理的だからだ」
即答だった。
上条は額を押さえる。
頭痛がする。昨日の戦いで負ったダメージではない。完全に精神的なものだ。
視線を横へ向けると、鈴科が畳の上で寝転びながら欠伸をしていた。
「ンだよ三下。朝から騒がしいな」
「なんでお前はそんなに寛いでいるんだよ!」
「細けェことはいいじゃねェか。こいつも行く所がねェつってンだしよォ」
鈴科は気怠げに手をひらひらと振る。まるでここが自分の部屋であるかのような態度だった。
その足は遠慮なく机の縁に乗っている。行儀という概念は、どうやら最初から存在しないらしい。
「細かいことじゃないですよ!! 家主の生活圏が侵食されてるんだよ!!」
「侵食っつーか、もう制圧済みだな」
「うっさい!」
上条が頭を抱えた、その時だった。
「とうまー」
のんびりとした声が背後から響く。
振り返ると、インデックスが冷蔵庫の前で固まっていた。
「……なんだよ」
「ごはんがないんだよ」
その一言で、上条の顔色が変わる。
「いや、昨日買った食材が――」
「それなら」
静かに声が割り込んだ。
視線を向けると、アウレオルスがいつの間にか椅子に座り、紅茶を啜っている。どこから出したのかすら分からない優雅な所作だった。
「既に消費した」
「誰がだよ!?」
「私だ」
即答。
上条の思考が一瞬停止する。
「……え?」
「空腹だったのでね。人体の維持には栄養が必要不可欠だ」
「だからって勝手に食うなよ!!」
机を叩く音が部屋に響く。
しかしアウレオルスは微動だにしない。
「ふむ……共有資源として認識していたが」
「―――⁉―――!」
上条の声なき叫びに、鈴科が肩を震わせた。
「クク……三下、いい感じに壊れてンな」
鈴科は腹を押さえながら、愉快そうに肩を震わせていた。
畳の上に寝転がったまま、天井を仰ぐその姿は完全に他人事だ。自分もこの混沌の一因であるという自覚は、どうやら一切ないらしい。
上条は、そんな白髪の少女を睨みつけたまま、がくりと項垂れる。
――ダメだ。
昨日まで命を懸けて戦っていた相手が、なぜか自分の部屋で紅茶を飲んでいる。
しかもその横で、最強の超能力者がだらけきった姿で笑っている。
さらに追い打ちをかけるように、腹を空かせたシスターが冷蔵庫の前で無言の圧を放っている。
どう考えても、状況がおかしい。
「……なぁ、これ夢じゃねぇよな……?」
思わず零れた呟きは、どこか現実逃避じみていた。
「残念ながら現実だな」
鈴科が即答する。
まるで面白い見世物でも眺めるかのような気軽さだった。
「とうまー」
インデックスの声が再び響く。
その声音には、先ほどよりもわずかに圧が乗っている。時間経過と共に空腹が深刻化している証拠だ。
「ごはん」
「分かった! 分かったからちょっと待てって!」
上条は慌てて両手を振る。
このままでは確実に噛みつかれる。経験がそう告げていた。
だが、問題はそこではない。
視線をゆっくりと横へ移す。
そこには、優雅にカップを傾ける男――アウレオルス=イザードがいる。
昨日、自分が拳で叩きのめした相手。
あれほどの執念と狂気を見せていた男が、今は何事もなかったかのように日常へ溶け込んでいる。
その落差が、逆に不気味だった。
「……おい」
上条は低く声を掛ける。
「なんだ」
アウレオルスは顔も上げずに応じた。
「お前、本当にそれでいいのかよ」
言葉を選びながら、上条は続ける。
「インデックスのために全部やろうとしてたんだろ。
それが失敗して……何もかもなくなって……それで、こんなとこで普通にしてていいのかよ」
部屋の空気が、わずかに静まった。
鈴科の笑いも止まる。
インデックスも、不思議そうにこちらを見ていた。
アウレオルスはしばらく何も言わなかった。
紅茶のカップを静かに置き、ゆっくりと視線を上げる。
「……いいかどうかで言えば、良くはないだろう」
その声は、どこまでも平坦だった。
「私の行いは失敗に終わった。結果として、君たちに止められた。
それが事実だ」
淡々とした自己認識。
そこに、昨日までの狂気はない。
あるのはただ、冷静な現実の受容だけだった。
「だが」
アウレオルスはわずかに目を細める。
「インデックスが幸せなら万事問題ない」
――断言だった。
上条は数秒固まった後、ゆっくりと顔を上げる。
「“万事”ってなんだよ! 俺の生活は含まれてんのかそれ!?」
思わず机を叩く。
「含まれていないな」
「即答すんな!!」
間髪入れずに返ってきた否定に、上条のツッコミが炸裂する。
その横で、インデックスがきらきらと目を輝かせた。
「じゃあわたし、いっぱいごはん食べてもいい?」
「よくねぇよ!!」
「肯定。君が幸せになれるならいくらでも食べるといい」
「肯定すんな!!」
上条は頭を抱えた。
――こいつ、会話通じねぇ。
いや、通じてはいる。だが結論が全部同じ方向にねじ曲がっている。
その様子を見て、鈴科がケラケラと笑う。
「クク……便利な免罪符だなオイ。“インデックスのため”って言っときゃ何でも許されるってか?」
「極論ではあるが、否定はしない」
「認めンのかよ」
鈴科は面白そうに目を細めた。
そして、にやりと笑う。
「じゃあよォ」
ゆっくりと体を起こし、足を組む。
「インデックスが幸せになるために、この部屋広げるってのはどうだ?」
「それは合理的だ」
「乗るなよ!!」
上条の叫びも虚しく、話が勝手に進んでいく。
アウレオルスは静かに立ち上がった。
「確かに、この空間は非効率だ。改善の余地がある」
「待て待て待て待て」
上条が慌てて割り込む。
「お前の“改善”って絶対ろくなことにならねぇからな!?」
「問題ない」
「その言葉が一番信用できねぇんだよ!!」
しかし。
アウレオルスは既に机へ手を置いていた。
指先が、わずかに空間をなぞる。
「錬金術とは、物質の再構成」
「やめろって言ってんだろ!!」
次の瞬間。
――ぐにゃり。
部屋の壁が、歪んだ。
「「「…………」」」
一瞬の静寂。
そして。
「広くなったな」
鈴科がぽつりと言った。
「広くなってねぇよ!! 壁曲がってるだけだよ!!」
上条の絶叫が響く。
四角だったはずの部屋が、なぜか台形になっていた。
しかも床まで微妙に傾いている。
「おい待てコレ絶対ダメなやつだろ! 建築基準法的にアウトだろ!!」
「問題ない。構造は維持されている」
「見た目が崩壊してんだよ!!」
その時。
「とうまー」
インデックスが、よろよろと歩いてくる。
だが――
傾いた床に足を取られ、
「わっ」
そのまま――
「なんで滑る!?」
壁にぶつかる寸前、鈴科が手を軽く振る。
空気の流れが変わり、インデックスの体がふわりと止まった。
「危ねェな……」
「ありがとなんだよ」
のほほんと礼を言うインデックス。
上条は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「……もうやだこの部屋」
そんな中。
アウレオルスは満足げに頷いた。
「改善は成功だな」
「失敗だよ!!」
その日、上条の部屋は“微妙に傾いた異空間”として新たな進化を遂げたのだった。
ほんまごめん。アウレオルスの会話難しすぎて問題解決ないなった。