翌朝、上条当麻は人生で初めて“部屋酔い”というものを経験していた。
「気持ち悪……」
朝日が差し込む学生寮の一室。
しかし本来なら爽やかなはずの光景は、上条にとって致命的な光景へとなり替わっていた。
なにせ床が傾いている。朝日が変な角度で差し込み、三半規管を狂わせてくる。
世界そのものが斜めになっていた。
置かれたペットボトルが自然と部屋の隅へ転がっていく時点で、もはや言い逃れできないレベルで傾斜している。
「だから言っただろうが……」
上条は机へ突っ伏しながら呻いた。
昨日の時点で奴を部屋から叩き出すべきだったのかもしれない。
だが、いまさらそんなことを行っても後の祭りでしかないのだ。
そんな上条の横を、ころころと林檎が転がっていく。
「おお」
それを転がっていく先にインデックスが目を輝かせながら鎮座していた。
「自動で食べ物が流れてくるんだよ!」
「自動じゃないから! 部屋が斜めっているせいで冷蔵庫の中身がこぼれてるだけだからな! ていうか、誰だ冷蔵庫明けた奴!」
慌ててツッコむ。しかしインデックスは既に転がっていく食材たちを貪り食っていた。
口を開けて待つ姿は、完全に餌待ちの雛鳥だった。
その様子を眺めながら、冷蔵庫を開けた犯人、鈴科が腹を抱えてみていた。
「クク……案外便利じゃねェか」
「どこがだよ!」
「移動が楽だ」
「日常生活に必要ねぇよその機能!」
上条の絶叫が朝から響く。
しかし鈴科は意に介した様子もなく、傾いた床を利用して器用に滑りながら上条の隣へ移動した。
「なんでそんな器用に動けるんだよ……」
「そりゃオマエ、能力使ってるに決まってンだろ。ところでアイツ見てみろよ」
上条の視線が部屋の中央へ向く。
そこには優雅に紅茶を飲むアウレオルス=イザードの姿があった。
傾いた床だろうと一切動じていない。
というか、何故か椅子だけ水平を維持している。
「何でお前だけ安定してんの!?」
「調整した」
「さらっと空間制御すんな!」
アウレオルスは静かにカップを置いた。
「安心したまえ。改良は続けている」
「その言葉が怖いんだって!」
「昨夜の問題点は理解している。ゆえに今回は居住性を重視した」
「待て」
上条の顔が引きつる。
「“今回は”ってなんだ」
「さらなる改善案だ」
「いらねぇよ!!」
しかし遅かった。
アウレオルスが指を鳴らす。
次の瞬間。
──ぼふん。
「……は?」
上条は目を瞬かせた。
部屋の中央に、何故か巨大な噴水が出現していた。
「なんで!?」
水が勢いよく噴き上がる。
六畳一間の学生寮。
そのど真ん中で。
完全に場違いだった。
「癒やし空間を追加した」
「学生寮に噴水置くな!!」
しかも傾いた床との相性が最悪だった。
溢れた水が一方向へ流れ始める。
「……あ」
上条が嫌な声を漏らした瞬間。
ザァァァァァッ!!
「ぎゃあああああああああ!?」
部屋の隅にいた上条へ、水流が一直線に襲い掛かった。
完全にウォータースライダーだった。
しかも行き着く先は壁。
「ぶべらっ!?」
鈍い音。
上条当麻、壁に激突。
「とうまー?」
インデックスが不思議そうに首を傾げる。
その横で、鈴科が腹を抱えて笑っていた。
「アッハハハハ!! なンだそれ、最高じゃねェか!!」
「笑ってる場合かァ!!」
びしょ濡れのまま上条が吠える。
「部屋がどんどんおかしくなってるんだけど!?」
「否定」
アウレオルスが真顔で返した。
「快適性は向上している」
「どこがだよ!!」
「視覚的清涼感がある」
「そういう問題じゃねぇ!!」
さらにその時。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
全員の動きが止まる。
「……」
「……」
「……」
嫌な沈黙だった。
上条だけが顔面蒼白になる。
「やっべ」
「どうした三下」
「管理人さんだ……!!」
空気が凍った。
直後。
「上条さーん? 部屋から水漏れしてますけどー?」
扉の向こうから聞こえる女性の声。
完全にバレていた。
というか、水が廊下まで流出している。
上条はゆっくり振り返る。
室内には、
傾いた床。
謎の噴水。
滑走するインデックス。
笑い転げる鈴科。
優雅に紅茶を飲む錬金術師。
終わっていた。
「……お前ら」
震える声で呟く。
「絶対に戻すからな!!」
「問題ない」
「あるんだよ!!」
その瞬間。
ガチャ。
「上条さ──」
管理人が扉を開けた。
そして、固まる。
水浸しの室内。
斜めの床。
中央の噴水。
アウレオルスが静かに言った。
「安心したまえ。排水設備も追加済みだ」
メキィッ。
嫌な音が響いた。
「……ン?」
次の瞬間、床が抜けた。
「…………」
数秒の沈黙の後。
「上条さん?」
「はい」
「弁償って言葉、ご存知ですか?」
上条当麻は、心の底から思った。
──不幸だ。
これにて三沢塾編おわり! おわりったっらおわり!
今後の予定は閑話を何本かかいてみたいな