「ここが上条さんの住処ですことよ」
明るい室内灯の下、芝居がかった調子で告げる上条に、鈴科は盛大に舌打ちした。
「……せめェ。つーかその、クソみてェな口調なンなンだ?」
冷ややかな視線を向けながらも、どこか興味を含んだ表情で睨み返す。苛立ちと、微かな好奇心が入り混じっていた。
「せっかくだしな、テンション上げて歓迎ムード作ってみようと思ってさ」
上条は照れくさそうに笑い、わざとらしく両手を広げてみせる。
「そのノリで迎えられたら、たまったもンじゃねェンだよ」
鈴科の声は渋いが、呆れと、ほんの少しの優しさが滲んでいた。
蛍光灯の光が、ふたりの影をぼんやりと壁に映す。窓の外では、夜の街にネオンの灯りが揺れていた。
鈴科はゆっくりと部屋を見渡す。想像していたよりもずっと整っていて、生活感はあるが、無造作さはない。八畳ほどの空間に、必要最低限の家具と、きっちり並べられた書棚。家具の配置にも几帳面さが見て取れる。
ただ、冷蔵庫の上に積まれた空のカップ麺の容器が、生活の小さな乱れを物語っていた。
「……ふーン。意外とちゃンとしてンじゃねェか」
それを聞いた上条が、軽く眉を上げた。
「一体どんな部屋を想像してたんだよ」
「もっとこう、ダンボールの山と虫の死骸が出迎える部屋かと思ってたンだがよォ」
鈴科は肩をすくめる。辛辣な口調ながら、どこか肩透かしを食らったような気配もあった。
「虫が出迎えるかよ!」
即座にツッコミを入れた上条の声は、どこか楽しげだった。
ローテーブルの上に目を落とした鈴科は、数冊のノートを手に取る。中はびっしりと文字が書き込まれていて、その几帳面さに思わず感心する。
「……勉強してンのかよ、三下のくせに」
「三下関係ねェだろ! 俺だって高校生なんだぞ!」
「“一応”とか言うな、“一応”って。説得力ねェンだよ」
軽口の応酬が続き、やがて鈴科は小さく息をついて部屋の隅に腰を下ろす。
クッションも座布団もないが、文句ひとつ言わず、静かに身を預けた。
「……まァ、雨風しのげりゃ十分だ」
その声には疲労の色が滲んでおり、鈴科の置かれた境遇を物語っていた。
「ホームレスの感想じゃねェか」
上条は呆れつつも笑みを漏らす。
「文句言わねェって意味だ。……うるせェンだよ、オマエは」
「客人なのに、ずいぶん偉そうだな」
つぶやいた上条の表情が少し和らぐ。鈴科はその顔をちらりと見たが、言葉は返さず、目を閉じた。
蛍光灯の明かりが、ふたりの距離をそっと縮めるように照らしていた。
「シャワーでも浴びてこいよ」
上条が軽く促す。
「着替えねェし」
腕を組んだまま、鈴科は顔をしかめる。
「俺の服でも着りゃいいだろ」
「おい、俺に男物の下着をはけってのか?」
「男が男物の下着履いて何が悪い? まさかお前、男じゃ……」
「見りゃわかンだろが」
一拍置いて、上条の目が見開かれる。
「……女の子だったのか?」
鈴科は眉をひそめ、少しだけ声を低くする。
「見りゃわかンだろが」
沈黙が、数秒だけ空気を包んだ。
だがその空気は、どこか前よりもやわらかくなっていた。
「……正直、男だと思ってた。すまんな、勘違いしてたよ」
上条が照れ笑いを浮かべて呟くと、鈴科は顔を背けたまま、ほんのわずかに口元を緩める。
「……ンなこと、どーでもいいだろ」
その声には、投げやりさとともに、ほんの少しだけ、トゲの抜けた響きがあった。
「でも、ちゃんと謝っとくよ。ごめん、鈴科」
返事はなかったが、鈴科は目を閉じたまま、小さく鼻から息を吐いた。
沈黙が流れたあと、上条が冷蔵庫を覗きながらつぶやく。
「……明日、カレーにでもするか……って、ニンジンがねぇ! クソッ、また買い出しだ」
「……ニンジンくらい、買っとけよ、三下」
背中越しのその一言に、上条は少し驚き、そしてどこか安堵したように笑みを浮かべた。
夜の部屋に、蛍光灯の淡い光が優しく降り注いでいた。
それは、ふたりの間に芽生え始めた、小さな信頼を包み込むような光だった。
上→鈴 ほおっておけない危うい子
鈴→上 ふーん、面白いやつ。ただ人参は買っておけよ