とある魔術の鈴科百合子   作:稜の幻想日記

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第2話

「ここが上条さんの住処ですことよ」

 

 明るい室内灯の下、芝居がかった調子で告げる上条に、鈴科は盛大に舌打ちした。

 

「……せめェ。つーかその、クソみてェな口調なンなンだ?」

 冷ややかな視線を向けながらも、どこか興味を含んだ表情で睨み返す。苛立ちと、微かな好奇心が入り混じっていた。

 

「せっかくだしな、テンション上げて歓迎ムード作ってみようと思ってさ」

 上条は照れくさそうに笑い、わざとらしく両手を広げてみせる。

 

「そのノリで迎えられたら、たまったもンじゃねェンだよ」

 

鈴科の声は渋いが、呆れと、ほんの少しの優しさが滲んでいた。

 蛍光灯の光が、ふたりの影をぼんやりと壁に映す。窓の外では、夜の街にネオンの灯りが揺れていた。

 鈴科はゆっくりと部屋を見渡す。想像していたよりもずっと整っていて、生活感はあるが、無造作さはない。八畳ほどの空間に、必要最低限の家具と、きっちり並べられた書棚。家具の配置にも几帳面さが見て取れる。

 ただ、冷蔵庫の上に積まれた空のカップ麺の容器が、生活の小さな乱れを物語っていた。

 

「……ふーン。意外とちゃンとしてンじゃねェか」

 それを聞いた上条が、軽く眉を上げた。

「一体どんな部屋を想像してたんだよ」

 

「もっとこう、ダンボールの山と虫の死骸が出迎える部屋かと思ってたンだがよォ」

 鈴科は肩をすくめる。辛辣な口調ながら、どこか肩透かしを食らったような気配もあった。

 

「虫が出迎えるかよ!」

 即座にツッコミを入れた上条の声は、どこか楽しげだった。

 ローテーブルの上に目を落とした鈴科は、数冊のノートを手に取る。中はびっしりと文字が書き込まれていて、その几帳面さに思わず感心する。

 

「……勉強してンのかよ、三下のくせに」

 

「三下関係ねェだろ! 俺だって高校生なんだぞ!」

 

「“一応”とか言うな、“一応”って。説得力ねェンだよ」

 軽口の応酬が続き、やがて鈴科は小さく息をついて部屋の隅に腰を下ろす。

 クッションも座布団もないが、文句ひとつ言わず、静かに身を預けた。

 

「……まァ、雨風しのげりゃ十分だ」

 その声には疲労の色が滲んでおり、鈴科の置かれた境遇を物語っていた。

 

「ホームレスの感想じゃねェか」

 上条は呆れつつも笑みを漏らす。

 

「文句言わねェって意味だ。……うるせェンだよ、オマエは」

 

「客人なのに、ずいぶん偉そうだな」

 つぶやいた上条の表情が少し和らぐ。鈴科はその顔をちらりと見たが、言葉は返さず、目を閉じた。

 蛍光灯の明かりが、ふたりの距離をそっと縮めるように照らしていた。

 

「シャワーでも浴びてこいよ」

 上条が軽く促す。

 

「着替えねェし」

 腕を組んだまま、鈴科は顔をしかめる。

 

「俺の服でも着りゃいいだろ」

 

「おい、俺に男物の下着をはけってのか?」

 

「男が男物の下着履いて何が悪い? まさかお前、男じゃ……」

 

「見りゃわかンだろが」

 一拍置いて、上条の目が見開かれる。

 

「……女の子だったのか?」

 鈴科は眉をひそめ、少しだけ声を低くする。

 

「見りゃわかンだろが」

 沈黙が、数秒だけ空気を包んだ。

 だがその空気は、どこか前よりもやわらかくなっていた。

 

「……正直、男だと思ってた。すまんな、勘違いしてたよ」

 上条が照れ笑いを浮かべて呟くと、鈴科は顔を背けたまま、ほんのわずかに口元を緩める。

「……ンなこと、どーでもいいだろ」

 その声には、投げやりさとともに、ほんの少しだけ、トゲの抜けた響きがあった。

 

「でも、ちゃんと謝っとくよ。ごめん、鈴科」

 返事はなかったが、鈴科は目を閉じたまま、小さく鼻から息を吐いた。

 沈黙が流れたあと、上条が冷蔵庫を覗きながらつぶやく。

 

「……明日、カレーにでもするか……って、ニンジンがねぇ! クソッ、また買い出しだ」

 

「……ニンジンくらい、買っとけよ、三下」

 背中越しのその一言に、上条は少し驚き、そしてどこか安堵したように笑みを浮かべた。

 夜の部屋に、蛍光灯の淡い光が優しく降り注いでいた。

 それは、ふたりの間に芽生え始めた、小さな信頼を包み込むような光だった。




上→鈴 ほおっておけない危うい子
鈴→上 ふーん、面白いやつ。ただ人参は買っておけよ
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