とある魔術の鈴科百合子   作:稜の幻想日記

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NANZAN


第4話

 氷水を口に含んだまま、インデックスは視線をぐるぐると彷徨わせていた。

 

 意識の靄がゆっくりと晴れていく。見慣れない天井。ソファの感触。頬にあたる濡れタオルの冷たさ。

 

 冷房の風が皮膚を撫で、体の芯まで冷気が染み込んでいた。

 

「……ふぇ……? ここは……どこ……? わたし……干されて……?」

 

 ぽつり。声は夢うつつのまま、思考と肉体がまだずれている。

 

 その呟きに応えるように、リビングのドアがバタンと音を立てて開いた。

 

 空気が揺れ、風が巻き込まれる。部屋に一瞬、緊張が走った。

 

「やべっ、遅刻遅刻!」

 

 慌ただしい足音とともに、リュックを背負った少年が飛び込んできた。

 

 彼の目がインデックスを捉えたのは一瞬。すぐに、動き出す。

 

「……ごめん、詳しい事情はまた後でな!」

 

 勢いよくドアを蹴り開けて、外へ飛び出していった。

 

 残ったのは、静寂。微かに揺れる空気だけ。

 

 冷房の音が戻り、インデックスの呟きが重なる。

 

「……学校……?」

 

 その声を拾うように、別の声が響いた。

 

「起きたか、パン女」

 

 低く乾いた声。床に座り、雑誌を片手にアイスティーを啜っていたのは──白髪の住人。

 

 気だるげな態度だが、緩みはない。

 

 鋭さを隠さぬその言葉は、どこか獣の睨みを思わせた。

 

「……パン女、とは?」

 

「“焼ける……パンになる……”って呻いてたろーが。オマエの自己申告だ。ありがたく名乗っとけ」

 

 意味が分からずむくれるインデックスを、鈴科は一瞥もせず肩をすくめた。

 

「で、どこから来た。どーやって干された」

 

 語尾に浮かぶ笑みは皮肉か、興味か。

 

 だがどちらでもない。ただの観察だ。相手の情報を切り取るための問い。

 

「逃げてたの。教会の人に見つかって……屋上を飛び移ってた。でも滑って……落ちた……」

 

「屋上を渡り歩くシスターってなンだよ。もう少し人としての生き方を考えろよ」

 

 乾いた笑いが返る。

 

 その目は冷たいが、敵意はない。ただ距離がある。

 

 沈黙。

 

 冷房の風がインデックスの髪を揺らす。

 

 その静寂の中で、彼女がぽつりと口を開いた。

 

「……助けてくれて、ありがとう」

 

 空気が一瞬止まった気がした。

 

 だが鈴科は答えない。

 

 氷を回しながら、ぽつりと言う。

 

「礼はそこに寝かせた後、遅刻するって叫びながら出て行った三下に言ってやれよ。

 

 あと水、もっと飲ンどけ。それとまだ動くンじゃねェよ。まともに動けねェだろ」

 

 その口調は、壊れかけの機械を見ているようだった。

 

 ただの事実として、今のインデックスが動ける状態ではないことを断言していた。

 

「……どうして、それが……」

 

「さっきまでベランダで干からびてた奴が平常運転できるわけねェだろ。

 

 ここ、病院じゃねェンだからな」

 

 言葉は冷たい。

 

 だがどこかに、優しさに似たものがある。

 

「……でも、私には“歩く教会”があるから」

 

 その言葉に鈴科の眉がわずかに動いた。

 

 だがすぐに嘲るような吐息を漏らす。

 

「“パンになる……”とかうわ言言ってた時点で説得力ゼロなンだよ、お前

 

 それに歩く教会ってなンなンですかねェ」

 

 タオルを握りしめ、インデックスは小さく答えた。

 

「“歩く教会”は、魔術による攻撃を無効化する防御術式が込められてるこの修道服のことなんだ。

 

 私は魔術が使えないから……」

 

「……つまり、魔術は使えねェけど、魔術の知識はあるってわけか?」

 

 その瞬間、鈴科の目が鋭く細められた。

 

 ようやく、彼女の本質が少しだけ滲み出た。

 

「私は“魔術師”じゃない。魔術は使えない。

 

 けど、“記憶する”ことはできる。“瞬間記憶能力”があって──

 

 十万三千冊の魔道書の知識を全部、記録してる」

 

 鈴科は雑誌をバタンと閉じ、肩をすくめた。

 

「ま、信じるわけじゃねェけどな。オレは科学側の人間だ。

 

 “魔術”とか言われても、眉唾モンだし」

 

 彼の視線はインデックスを捉えたまま、深追いはしない。

 

 距離を置き、警戒は怠らず。

 

 インデックスはゆっくり目を伏せ、声を絞り出した。

 

「別に信じてほしいわけじゃない。

 

 でも、そういう世界があって、私は逃げてる」

 

 しんと静まった部屋。重い沈黙が数秒流れる。

 

 鈴科は雑誌を閉じ、ゆっくりと顔を上げて問いかけた。

 

「……その教会の連中って、具体的には何者なんだ?」

 

 インデックスは息を整え、声を潜めて答える。

 

「今、追ってきてるのは……二人。片方は男、もう片方は女。

 

 男は一般的な魔術師。

 

 女は“聖人”って呼ばれる、世界に数人しかいない怪物なんだ」

 

「聖人?」

 

「うん。神に近い力を持つ人間。

 

 体の構造そのものが特別で、魔術なんか使わなくても、

 

 人間の力を遥かに凌駕する力を持ってる」

 

 鈴科はカーテンの隙間から外を覗き込む。

 

 ビルの屋上に、逆光の中、長い何かを持った女の姿がはっきり浮かんでいた。

 

「……なンか来てンな」

 

 その瞬間、インデックスが立ち上がろうとする。

 

「ッ! 看病してくれてありがとうなんだよ。家主の人にも伝えて──」

 

「……だから言ってンだろ。動くンじゃねェよ」

 

 鈴科は静かに、だが鋼のような声で遮る。

 

 ベランダの窓を開け、ゆっくり片足を手すりにかける。

 

 その背中には、緊張より“当然”が滲んでいた。

 

 まるで──この状況をずっと前から知っていたかのように。

 

「それにオレは三下からオマエを任されてンだ。

 

 せめてアイツが帰ってくるまで、大人しくしてやがれ」

 

 ちらりと振り返るその目には、言葉以上の強さが宿る。

 

「それに、いいこと教えといてやンよオレは……“学園都市最強”。

 

 一応こっちじゃそう呼ばれてンだ」

 

「っ……!」

 

 虚勢でも自慢でもない。

 

 ただの事実。平坦に放たれた一言が、空気を変えた。

 

「……それが、どこまで通じるか。ちょっと、試してくるわ」

 

 風が吹き抜ける。

 

 インデックスの髪が揺れ、カーテンが宙に舞う。

 

 その一瞬の中で──

 

 鈴科は音もなく宙を駆けた。




ひたすら上鈴が足りない
次話アレイ★が表れてすべて終わったところから始まる可能性もあります。
ひたすらコメディチックな世界で上鈴がイチャコラしてるのがみたいし
ダブル主人公で魔術と科学の世界を駆け抜ける姿もみたたい
実は鈴が常盤台OBでみさきちの姉様ポジとかでもいいし
レベル5で家族してるのもみたい。
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