ハルシネーション・シュピーゲル ― 記憶喪失の少女と嘘つきAI   作:皐月莢

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Memory Reaper:切り裂き魔

 冷房の利いた検視室に、首のない遺体が並んでいた。

 

「被害者はいずれも、10代の少女。切断された首は見付かっていません」

 

 そう告げたのは依頼者の女──遺族の代理を務める斡旋屋だった。

 青みを帯びた短い黒髪に、黒いショートジャケット。

 少女は片膝を突くと、じっと遺体の傷口を観察した。

 頸椎の根元には、どれも極細の針で穿たれたような孔が空いており、血の広がりは異様に抑えられている。

 これは首を切り離す際に、頭部からの出血を一時的に防ぐ凝固剤が投与された痕跡だ。

 単なる快楽殺人者や、異常性癖者の犯行とは思えない。

 詳細は分からない。だが、入念に計画された匂いがする。

 

「遺族の要望は、事態の迅速な解決です。48時間以内に解決出来なければ、通常案件に移行します」

 

 女は机に並んだ契約書と報酬表を、無感情な表情で示した。

 この検視代行施設の最深部に設けられた換金所は、公的検視を外部委託する制度を逆手に取り、表沙汰に出来ない案件が持ち込まれる空間だ。

 遺族の涙の代わりに、依頼条件を満たすハンターを紹介するのが彼女の生業というわけだ。

 

「“切り裂きジャック”の情報は?」

「詳細は不明ですが、C級以上の違法改造義体と推測されています」

 

 軍事医療用人工人体技術──“義体”。

 戦時中、負傷兵の迅速な戦線復帰を目的として開発された技術で、従来の失った手足を補うというよりも、高性能な人工器官で置き換えるのが特徴だ。

 強化筋繊維・耐弾性皮膚を標準装備し、防御面・身体能力面の優位性から歩く軽装甲車として扱われ、主に市街戦で活躍した。

 現在は医療技術として普及したが、戦場帰りのリサイクル品や違法改造品が市場に出回り、こうした凶悪犯罪を起こすケースが後を絶たない。

 

「標的の首級を持ち帰れば報酬成立ですが、状態次第で追加ボーナスも」

 

 賞金首制度。

 セクター・ナイン──通称“クーロン”の都市治安維持局(U.P.O)が、主に治安維持コストを目的として制定した民間委託型の治安維持システムだ。

 都市の治安維持に対する脅威度で区分し、報酬額を設定された賞金首をU.P.O.に登録された“賞金ハンター”が狩るのだ。

 

「要するに囮捜査だね、ニクス」

 

 少女の肩で、灰色の戦術支援ドローン──“HAL”が少年のような声を響かせる。

 依頼の制限こそないが、ランクによって報酬倍率は変動する。

 たとえば少女のような最下層のハンターは、報酬金の1割しか獲得出来ない。

 命の危険を伴う仕事を、最小限の人員・準備で達成しなければ、今夜の寝床すら満足に得られないのだ。

 

「二度あることは三度ある。三度続けば、それは習慣だ」

 

 HALの迷信混じりの言葉に、ニクスは説明を求めない。

 スタンド・アローンで動く旧式の自律AIに過ぎないHALは、自らの出力を言語化出来る能力を有していないからだ。

 しかし彼の言葉は、不思議なほどに的中する。

 まるで最初から、結果が分かっているかのように。

 

 最後の被害者が発見されたのは、旧地下鉄区画の一角。

 都市開発計画の余波で行き場を失った難民たちの溜まり場と化し、違法取引や薬物の流通も横行している場所だ。

 ニクスは跪くと、足下に残されていた摩擦痕の一つを指でなぞった。

 

 〈HUD:表面残渣一致率 97%〉

 

 HALは残されていた合成ゴム片を照合し、遺体から検出された犯人の靴と一致する足跡を発見した。

 

「当たり、かもね」

 

 現在流通していない旧モデル。

 手当たり次第に探すよりも、これを辿った方が遭遇する可能性は高いだろう。

 すると足跡は壁際の保守通路内に続いていた。

 不法侵入を防ぐために設置された南京錠の一部が、巧妙に隠された状態で切断されていた。

 もしも犯人が潜んでいるなら、格好の隠れ家かもしれない。

 ニクスは薄暗い通路に身体を滑り込ませた。

 壁を這うケーブル束に肩が擦れ、進む度に硬い感触が伝わる。足下には白い粒が線上に続いており、ライトを当てると僅かに光を反射した。

 

「ガラスだ。清掃用のドローンでは拾えないし、踏めば音で位置が割れる」

 

 侵入者を探知し、奥に誘い込むための罠。

 ニクスは粉を避けて壁際の縁を進むと、不意に強いアルコール臭と、乾いた血の鉄臭が鼻を刺した。

 

 〈HUD:揮発性アルコール濃度 上昇/可燃注意〉

 

 曲がり角を抜けると、半開きの鉄扉が待っていた。

 扉の縁には強引に押し開けたような痕跡が残されており、なぜか取っ手だけは新しい消毒綿の匂いがした。

 地下水道の管理室らしき部屋の奥に踏み込むと、透明なポッドが視界に入った。

 

「……悪趣味だね」

 

 机の上のポッドに満ちた溶液の中に、生首が漂っていた。

 液面はわずかに波立っており、頬や唇が震えているように見える。

 白濁した瞳は虚ろに天井を仰いでおり、口は気泡を含んだまま開閉していた。

 ニクスは無言で近付くと、貼られたラベルを覗き込んだ。

 名前。加工日時。製造番号。

 間違いなく、首無し遺体で発見された少女たちのものだ。

 

「ここが“工場”ってことか」

 

 神経伝達を最低限維持し、記憶をデータとして抽出するとともに、断片化された意識や感覚を商品として出荷するための準備。

 少女の人生を追体験する商品、とでも表現するべきか。

 人間の記憶──すなわち五感を複合的に刺激する情報データは、かつての黄金と同様に普遍的な価値を有している。

 まして何不自由なく育ったティーンエイジャーの記憶は、ただ違法であることを除けば唯一無二のポルノ・データだ。

 液体の表面に浮かぶ泡が規則正しく揺れ、わずかに全体が震えている。

 本来死んでいるはずの脳が、ポッドからの電気信号と酸素・栄養供給で強制的に生命活動を維持されている。

 吐き気がした。

 

 〈HUD:残渣分析/薬品成分一致率 99%〉

 

 机の上に溢れていた溶液の成分は、予想通り神経伝達を維持するための刺激物と人工血液だった。保存というよりも、生体機能の一部を残すための処理。

 

「いつでも新鮮な記憶をお届け、ってことか」

 

 少女たちは、購入者に記憶を提供し続けるための装置に加工されたらしい。

 脳から常時干渉されることで維持されている記憶は、現在の技術では完全な形で維持することが出来ない。

 要は時間が経過すればするほど、記憶を追体験しているというよりも、リアルな映像を見ているような気分になるのだ。

 顧客が求める高度な水準を確保するために、本来の持ち主と双方向で記憶を遣り取りすることで精度を確保する、という設計思想なのかもしれない。

 ニクスは奥歯を噛み締めた。

 敵はただの異常殺人者ではない。

 ヒトとしての尊厳すら、平然と商品にする連中だ。

 

 〈HUD:敵性反応確認〉

 

 その瞬間だった。

 ニクスは何かが吹き出す音に反応し、身を捻る。

 壁に極細の針が突き刺さったかと思うと、透明のワイヤーがほどけた瞬間に自壊した。

 

 〈HUD:敵影視認──距離16.8 m/陰圧・除塵運転〉

 

 闇の奥に赤い光点が浮かんだ。

 床はワックスで不自然に光っているが、血の筋だけは縁取るように避けられている。

 まるで汚れではなく“検体”として残しているかのように。

 空調が陰圧に切り替わった。

 風が奥へ吸い込まれ、舞い上がっていた埃も押し込まれていく。

 

 〈HUD:環境設定/外気侵入を許可・室内気体の流出禁止〉

 

「またやり直しだ。汚れを消してから、君を評価するとしよう」

 

 白衣の男。神経質そうな声。

 ニクスは応えず、無言で自動式拳銃を連射した。

 男の義体を覆う耐弾性皮膚に、火花が走る。

 人肌の柔軟性と、鋼鉄の強度を併せ持つ複合装甲に阻まれ、跳弾が周囲を破壊した。

 

 〈HUD:被弾ログ/表面:抗菌被膜・疎水性〉

 

 軍用義体に、通常の拳銃弾は通用しない。

 たとえ強装弾を使用したとしても、サブマシンガン・ライフル弾と同様に、貫通率や致命傷率は激減するのだ。

 

「君の記憶も、すぐ誰かの娯楽になる。その前に汚れを落とさせてもらう」

 

 予備動作なしの回し蹴りで、コンクリート製の壁が抉れた。

 違法改造義体の平均出力は、常人の5倍以上だ。

 単純な殴打でさえ人間の骨格を粉砕し、街灯の鉄柱や建材を容易く曲げるほどの威力を持つ。

 男は踏み込んだ足裏を宙で止めると、ブーツに付着した粉じんを落とす。

 血溜まりを避けると同時に、右腰の鞘からナイフを抜いた。刃の背に赤い線が走り、焼けた金属と消毒液の匂いが入り混ざる。

 

 〈HUD:表面温度 620℃ 付近/接触時:即時凝固・炭化〉

 

 斬撃と同時に高熱で血管や組織を焼き切り、止血効果を発揮する、短剣型の電熱ナイフだ。

 強度を確保するため、通常のコンバットナイフより重厚な構造だが、義体にとっては軽量なバタフライナイフ同然だ。

 ニクスは拳銃をホルスターに収めると、コンバットスーツの脚部スロットから二本の刃を抜いた。

 

 〈HUD:接合モード──共振コア リンク開始〉

 

 取り出した二本が磁力で一体化する。二連式高周波振動刀── “リユニオン”。

 対象に最適化した周波数で振動することで、耐弾性皮膚の分子結合を破壊する、携行性と高出力を両立した近接切断兵装だ。

 

 〈HUD:近接最適化プロトコル 起動〉

 

 ニクスは暫定周波で振動を開始した刃を、真一文字に振るった。

 初撃が義皮に食い込むが、強靭な装甲に弾かれる。

 男は左前腕の滅菌パックを破ると、個包装の針を掌の射出機構に挿入した。

 もう片方の腕で振るった電熱ナイフと、リユニオンの刃が衝突した瞬間、焦げたような匂いが発生する。

 

 〈HUD:接触注意/刃面損耗 1.2%〉

 

 距離を取った瞬間、発射された針の先端が頬を掠める。

 火傷のような痛みが走った直後、男が撒いた微細霧のアルコールが肌に触れた。

 

 〈HUD:衝撃ログ反映/暫定振動→再計算〉

 

 ニクスは針を刃の腹で絡め取ると、引き寄せるように身体を捻って赤熱した刀身を外へ受け流す。

 

 〈HUD:同期補正/回避軌道算出〉

 

 一歩、二歩、三歩。 

 HALの演算に導かれ、関節の角度と踏み込みの重心が次々に更新される。

 状況判断・照準補正・反射速度──。

 本来であれば、人間が処理しきれない演算出力が義体に直接書き込まれ、ニクスはほとんど自動化された動きで斬撃を回避する。

 自律型AIと義体を同期させると、多くの兵士は“自分の意思がAIに上書きされる”感覚に耐えられず崩壊する。

 自我の喪失、幻覚、解離症状。

 それは自律型AIを使用する上で避けられない、構造的欠陥とされている。

 だが、なぜ自分にはそれが起きないのか。

 理由は分からない。

 ただ、眩しい光を見れば反射的に目を瞑るように、考えるより先に身体が勝手に応じるのだ。

 

 〈HUD:最適化完了/位相一致 93%〉

 

 狙うのは、頸椎を守る装甲の継ぎ目。

 ニクスは距離を取ろうとした男の踏み込みを紙一重で躱し、全速力で踏み込みながらリユニオンを振り抜いた。

 最適化された振動波が骨を切断する感触が掌に伝わる。

 刃が吸い込まれるように通り抜け、一瞬遅れて赤い霧が舞った。

 男は反射的に顔を背け、腕で飛沫を遮ろうとした。

 しかし男の頭部は既に存在しなかった。

 電熱ナイフが床でじゅっと焦げ痕を残し、白い煙を上げる。

 その直後、宙を舞っていた首が床に落ちた。

 

 〈HUD:目標排除完了〉

 

 HALは腹部を開くと、首級保存ユニットを展開した。

 本来は敵兵の頭部を格納・冷却保存し、戦果証明や敵の作戦を解析するために搭載された機能に過ぎない。

 しかし生体搬入ボーナスが存在する賞金首制度においては、獲得報酬を最大化する装置だ。

 ニクスは敵の首を拾い上げると、保存ユニットの中に沈めた。

 

 〈HUD:首級保存ユニット/低温循環+電磁遮断(監視チップ無効化)〉

 

「遮断完了。……解析に入る」

 

 ニクスはリユニオンを拭い、短く息を吐いた。

 報酬条件はすでに満たした。だが真の価値があるのは、首そのものではない。

 頭の中身──脳に刻まれた“記憶”だ。

 ポッド内部から細い光が漏れる。

 HALは搬入担当らしい男の、業務用一時記憶領域〈Ops Cache〉に侵入した。

 

「組織的犯行なら、扉と時間は丸ごと残る。……あった」

 

 HALの声とともに、データが投影される。

 

【開催:Closed Market】

【開催日:8月15~8月17日】

【会場:HOTEL CYGNUS/宴会場・全館貸切】

【条件:RFタグ・業者用腕章必携】

 

 さらに記憶映像の断片が重なった。

 狭いロッカーの内部に、白い腕章とタグが差し込まれる。

 ニクスは通路を引き返すと、HALの示したロッカーの中に手を差し入れた。

 金属の感触。

 中に入っていたのは、白い腕章とRFタグだった。

 

「鍵は揃ったみたいだね」

 

 HALが言った。

 契約はこれで果たされた。報酬も保証される。

 敵の黒幕が潜む場所も、潜入するために必要な情報も入手した。

 これで任務完了だ。

 

 ……それで終わりのはずだった。

 

 机の上に残る別の透明ポッドに、視線が止まる。

 濁った液体に浮かんでいる少女たちの顔。

 白濁した瞳はどれも虚ろに揺れたままで、口元は微かに泡を含んでいた。

 

 〈HUD:波形反応──微弱活動継続〉

 

 ポッドに取り付けられた冷却ポンプの駆動音が一つ、止まった。

 まだ脳波は生きている。しかし迅速に処置しなければ、意識が覚醒する可能性は極めて低いだろう。

 HALは冷ややかに告げる。

 

「それは契約外だ。放置しても問題ないと思うけどね」

 

 ニクスは答えなかった。

 ただ静かにポッドへ近づき、両腕で抱え上げる。

 重量が掌にのしかかる。死者の重さではない。まだ沈黙していない生者の重み。

 ニクスは無言で契約外の荷を抱えると、部屋を後にした。

 

 

 灰色の斡旋所。

 その一角に設けられた応接室に、遺族は待っていた。

 喪服を着た母親と、背に控える父親。

 彼らの表情は悲しみというよりも、仮面のように固まっている。

 ニクスは机の上にポッドの一つをそっと置いた。

 中には記憶を抜き取られ、変わり果てた少女の頭部が収められていた。

 彼女の記憶データは、既に商品として持ち去られている。

 ニクスは短く告げた。

 

「……私には、必要ないから」

 

 母親がポッドの中を覗き込み、わずかに震えた指先でガラス越しに額へ触れようとする。

 すると液面に浮かぶ少女の唇が微かに開閉し、小さな泡がはじけた。

 斡旋屋が契約書をめくり、乾いた声で言う。

 

「義体手術を行えば、蘇生可能です。ただし費用は遺族負担で、記憶の復元は不可能ですが──」

 

 戦後、義体技術を悪用した犯罪者によって、既存の制度では対応出来ない凶悪犯罪が世界中で発生するようになった。

 だが、技術に罪はない。

 この医療技術の発展によって、人類は従来の医療では救えなかった命を救うことが出来るようになったのだ。

 

「……この子が……無事なら……それで……」

 

 母親の声は掠れていた。

 父親は唇を噛みしめ、無言で頷くと震える手で電子署名を刻む。

 ニクスはただ黙っていた。

 自分の役割は標的の首級を持ち帰ること。それ以外の行為は、契約外の行動に過ぎない。

 報酬のデータがHUDに転送される。

 

 〈HUD:報酬:125,000 cr/C級基準・D級倍率適用/追加ボーナス保証/契約外作業:未計上〉

 

 ニクスは数値が更新されるのを眺めながら、短く息を吐いた。

 

 ***

 

 廊下に出ると、外気の冷たさが肌を撫で、わずかに呼吸が軽くなる。

 その沈黙を破ったのはHALだった。

 

「ねぇ。もしもあの子たちが目覚めたとしても、それは本当に“彼女たち”なのかな?」

 

 記憶を喪い、機械の身体で意識を取り戻した少女たちは、今までと同じ存在だと言えるだろうか。

 テセウスの船。あるいはスワンプマンのように。

 ニクスは足を止めず、短く答えた。

 

「あの人たちは喜んでたし、どっちでもいい」

 

 HALの光学センサーが微かに笑うように瞬いたが、追及はなかった。

 

 ──だが、自分にはそれを喜ぶ“家族”はいない。

 

 それどころか自分には家族がいるのか、元々いないのかも思い出せない。

 唯一思い出せたのは名前だけで、帰る場所も、過去も、義体に置き換えられた偽りの身体を除いて、何も残っていない。

 だから、戦わなければならない。

 名前だけ残った自分が、本当に“自分”なのか確かめるために。

 

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