ポイント交換だけで成り上がる!? -ダンジョンの回収屋が無双中-   作:鳥獣跋扈

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第25話 七所迷宮、第一層攻略完了

 虫の“身体部分”と表現していいのか分からないが、下半身に当たるその巨大な躯体が這いずるたび、背から伸びた鞭がしなり、唸りを上げて振るわれる。

 この動きが厄介だった。

 

 鞭は自在にしなるだけでなく、本体の動きと連動して複雑に変化する。避けても避けても追ってくるような圧迫感がある。

 しかも接近戦を挑もうにも、鞭の軌道だけでなく、土台である虫の胴体そのものの動きにも警戒が必要だ。

 不用意に踏み込めば、跳ねられるか踏まれるか、どちらにせよ無傷では済まない。

 

 だからといって、距離を取っているだけでは攻撃の糸口が見いだせない。

 ミツイが手にする短剣は接近戦用だし、ケイゴも素手に近い殴打スタイルが主戦法だ。

 誰も遠距離攻撃を持っていない。

 だから、ただただ間合いを詰めるために、危険を承知で踏み込まなければならない。

 

 ケイゴが果敢に敵のヘイトを引き付け、ミツイがその合間を縫って攻撃を試みるが、決定打には至らない。

 一見うまく連携しているように見えても、実際は圧倒されつつある。

 

(レベル的にはおそらく問題ない、ただ、単純に手数が足りてない……

 遠距離攻撃が一つでもあれば、また違ってくるんだが……)

 

 そう考えながら、俺は後方で身を低くして構えたまま、万が一のタイミングに備えて集中を切らさないようにしていた。

 ミツイかケイゴ、どちらかが窮地に陥った瞬間には、即座に飛び込むつもりだ。

 

 そんな中、突如ケイゴが声を張り上げた。

 

「だぁーっ、埒が明かん! ヨウちゃん! 懐に飛び込んで押さえつけるから、その隙にぶちかませ!」

 

「えっ、おい……ケイゴ!? 待っ──!」

 

 制止の声をかける間もなく、彼は突貫した。

 

 その豪胆さに、さすがの虫も戸惑ったのか、ギチギチと鳴る音を立てて一瞬動きが鈍る。

 その間隙を逃さず、ケイゴは素早く懐へと飛び込み、虫の腹の下に潜り込む。

 

 ズン、と大地が揺れるような衝撃と共に、虫が鞭を振り上げようとした。

 しかし、寄生元である虫本体を傷つけることを恐れているのか、動きがやや鈍い。

 あるいは、自分の鞭で自爆するのを避けているのかもしれない。

 

「今だ!」

 

 ミツイが、息を呑むような鋭さで駆け出した。

 一気に距離を詰め、敵の背中に飛び乗る。

 

 鞍でも掛けるような安定感で両足を固定し、彼女は両手に握った短剣を高く掲げる。

 

「はあああぁぁぁああ!!」

 

 叫び声と共に、刃が振り下ろされる。

 

 狙いは、虫本体と寄生部分──すなわち鞭が繋がっている部分の接合部。

 グサリ、と重たい音を残して、短剣は深く沈んだ。

 

「ギュアアアアァァッ!!」

 

 凄まじい叫びがあがる。

 振動が足元から這い上がってきて、空気すら震わせる。

 その直後だった。

 

 ──ブワッ! 

 

 虫の身体から、紫色の霧が一気に噴き出した。まるで風船が破裂したような勢いで、毒気を含んだ瘴気が辺りに拡がる。

 

「ぐっ……!」

 

「くっ、なにこれ……!」

 

 ケイゴとミツイが咄嗟に跳び退くも、すでに毒の霧を吸い込んでいたようだった。

 次の瞬間、二人ともよろめき、膝を突く。

 

「大丈夫か!?」

 

 すぐに駆け寄ろうとするが、それを制するように、二人が自分のポーチから薬瓶を取り出し、素早く服用する。

 

「どうやら……毒まで吐くらしいですね、こいつは……」

 

 ミツイが顔をしかめながらも、何とか立ち上がる。

 

「まったく……炎やら毒やら、ほんとに厄介な奴だぜ……」

 

 ケイゴも同じように、口元を袖で拭いながら構えなおした。

 血の気はやや戻ってきているようだが、それでも余力は削られているのがわかる。

 

 俺はその様子を見ながら、唇を噛みしめた。

 

(……毒まで備えてやがるか。見た目通りのキワモノ……)

 

 だが、虫の方を見てみるとこちらも大分参っている様子だ。

 ギシ、ギシと軋むような動きの中に、どこか覚束ない気配が混じり始めた。

 

 ──効いてる。

 

 ミツイのさっきの一撃が確実に効いている。

 敵の動きが鈍っている。いや、明らかにフラついている。

 地面に爪が引っかかって、バランスを崩すような動きすら見えた。

 

 ケイゴが見逃すはずもない。

 

「今だ! 畳みかけるぞ!!」

 

 そう叫ぶやいなや、彼は爆発的な加速で突っ込んだ。

 鞭のしなりを正面から突破し、躊躇いなく胴体部分へと拳を叩き込む。

 

 ──ドガッ! ガッ! バンッ! 

 

 連撃。

 まるで重機の打撃音のような、肉体と肉体がぶつかる低い音が空間に反響する。

 ケイゴの拳が、虫の胴体を容赦なく貫き、えぐり、潰す。

 

 続いて、ミツイ。

 

 一瞬遅れて飛び出し、すり足で滑るように間合いを詰めると、構えた双短剣が鞭の根元を斬り裂いた。

 バシィッ! と肉を裂くような音がして、寄生植物のような部分がブチブチと千切れていく。

 虫は苦しげに声にもならぬ呻きをあげ、そのまま足を取られ、もんどりうって倒れ込んだ。

 

 ──ドォン。

 

 巨体が床を叩く音が響いた。

 埃が舞い、震えるような静寂が訪れる。

 

「やっ……たか?」

 

 ケイゴが、拳を振りぬいた姿勢のまま、その場で凍り付いている。

 表情は警戒心に満ち、まるで生きている地雷の横に立つ兵士のようだった。

 

 ミツイは言葉を発さず、呼吸を整えながら短剣を再び構え直す。

 斜めに低く構えたその姿勢からは、一切の油断が感じられない。

 

 数秒──いや、もっと短かったかもしれないが、

 俺たち三人の間に、張り詰めたような沈黙が走る。

 

 そのときだった。

 

 空間が揺れたように感じた瞬間、目の前にパネルが現れた。

 淡い光を放つその半透明の表示は、俺たちが見慣れてきた“通知”だ。

 

【迷宮第一層ボスが討伐されました】

 

 その一文に、胸の奥がじわりと熱くなる。

 

【<毒よけの首飾り(下級)>がドロップしました】

【<仙人漢方>がドロップしました】

【初回討伐報酬として<スキル球:炎弾(下級)>がドロップしました】

【第一層完全マッピング報酬として<転送キー(階層限定)>を獲得しました】

 

 パネルが淡く明滅しながら、表示を一つずつ終えていく。

 すべての文字が消えたそのとき、俺たちの目の前──正確には、それぞれの足元に、小さな光がふっと現れた。

 

 手のひらほどのサイズの、金属製の鍵。

 細やかな彫刻の施されたその鍵は、まるで誰かの意志が宿っているかのように、静かに宙に浮かんでいた。

 

 手を伸ばすと、鍵はすうっと掌に乗り、しっくりと馴染んだ。

 見渡すと、ミツイとケイゴもそれぞれ同じものを手にしているようだ。

 

 視線を戻すと、虫が倒れていた場所──

 そこには、いくつかの光る物体が落ちていた。

 

 一つは、淡く赤く輝く宝珠。

 野球ボールほどのサイズだが、中心には脈打つような熱が宿っているように見える。

 

 一つは、シンプルな革紐に、黒ずんだ金属の輪がぶら下がっているネックレス。

 派手さはないが、妙な存在感を放っている。

 

 そして最後は、小さなガラス瓶に入った、ほんの一粒の丸薬。

 透明な瓶の中で、青みがかった粒が、微かに光を反射していた。

 

 手に取って、改めて確認する。

 

 ──<スキル球:炎弾(下級)>

 ──<毒よけの首飾り(下級)>

 ──<仙人漢方>

 

 それぞれ、確かな重みと手応えがあった。

 これが、俺たちが命を賭けて手に入れた報酬だ。

 

「……これで、一区切りだな」

 俺がぽつりとそう呟くと、ケイゴがにやりと笑い、拳を軽く握った。

 

「はっは! 途中、死ぬかと思ったがよ……何とか二人だけでやり切れたな! レベルも上がったし、上出来だろ!」

 興奮の余韻を残したまま、汗と土埃にまみれた顔を拭うケイゴ。その隣で、ミツイが少し肩を上下させながら、頷いた。

 

「はい……ギリギリでしたけど、無事に倒せて、ほっとしましたね。ただ……」

 彼女の視線が、空中に浮かんでいたログの一文に向かう。

 

 ──【第一層】

 

 俺も気になっていた部分だった。

 つまり、これはこの迷宮の“最初の層”ということだ。ならば当然、その先もある。

 何層まであるのか、どれほどの難易度が待っているのかは──現時点では、わからない。

 

「第二層以降の探索も視野には入れておくべきですが……今日のところは、一旦引き上げましょう。私もケイゴも、体力がもう限界です」

 その言葉通り、二人の装備は見るからにボロボロだった。

 ケイゴのシャツは裂け、ミツイの袖には血が滲んでいる。戦闘中に破損した防具や、手にした短剣の刃も欠けていた。

 

「そうですね……出てきたアイテムも気になりますし。今日はもう、切り上げましょうか」

 

 俺は目の前に落ちているアイテムへと視線を移す。

 スキル球、首飾り、そして丸薬──いずれも、ボスからのドロップ品だ。そしてもう一つ、三人の手元に現れた小さな金属の鍵。

 

 ボスのドロップについては、流石に戦闘に参加していない身空としては、所有権を誇示するつもりはなかった。

 ……というのも、件のアイテムがドロップした後、ポイント交換パネルの方にもアナウンスが表示されたからだ。

 

【第一層ボスの討伐により、交換アイテムが更新されます】

 

 試しに二人に感づかれないよう交換リストを開いてみると、そこにはさっき入手したアイテムが既に加わっていた。

 

 ──【仙人漢方         : 50,000P 】

 ──【スキル球:炎弾(下級)  : 75,000P 】

 

 以前、三鷹迷宮で見た<毒よけの首飾り(下級)>は既にリスト入りしていたから、今回追加されたのはその二つということだ。

 ただし、“鍵”は含まれていない。特別な性質を持っているのかもしれない。

 

 鍵を見つめながら、口を開く。

 

「この鍵なんですが……名前からして、多分、使うと入口まで戻れる類のものじゃないかと。いわゆる、転送アイテム?」

 

 ミツイも小さく頷いた。

 

「そう……ですね。転送だなんて、SFじみた話ですが、今までの出来事を思えば、否定もできません」

 言いながらも、彼女は真剣な眼差しで鍵を見つめる。すると──

 

「なるほどな! そんな便利なもんだったら、使ってみるか。どっちにしろ、検証は必要だろ」

 こちらの制止も聞かず、ケイゴが笑いながら鍵を掲げた。

 

 瞬間、ふわりと光が舞い上がり、その姿が霧のように溶けて──消えた。

 

「……まさか、警戒もなく使うとは思いませんでした」

 呆れたように呟くミツイに、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

「どうしますか? 安全を考慮して、徒歩で戻ることも……私はそれでも構いませんが」

 

 たしかに、その選択肢もある。ただ、なぜだろうか。直感的に、この迷宮は“悪意”をもって罠を仕掛けるような構造ではないと感じていた。

 

「……いえ。使ってみましょう。きっと大丈夫です」

 俺も同じように鍵を握り、意識を込めて“戻る”ことを念じた。

 

 ──次の瞬間、世界が一度、白に染まった。

 

 光が引いた先には、見覚えのある光景が広がっていた。

 見覚えのある室内。その向こうには、迷宮の入り口である“穴”が口を開けていた。

 

「よお! 遅かったな!」

 胸を張って笑うケイゴの姿がそこにあった。

 

 続けて、再び光の粒子が舞うと、ミツイも現れる。

 

「……すごいですね、この距離を一瞬で」

 手にした鍵をじっと見つめる彼女の目に、驚きと興味が浮かんでいた。

 どうやら、転送キーの使い方は間違っていなかったらしい。

 

「よっしゃ! じゃあ凱旋と行こうぜ! まだ時間も早いし、待機してる連中も誘ってパーッと祝勝会と洒落込もうや!」

 ケイゴが陽気に提案するが、それをバッサリと遮る声が飛んだ。

 

「ダメです。今日はこの後、本部で報告がありますから……イトウさん、そういうことですので、申し訳ありませんがご一緒いただけますか?」

 ミツイが冷静に言い放つと、ケイゴが「あー……やっぱそっちか」と頭をかく。

 

 俺はふっと笑って、うなずいた。

 

「ええ、了解です。同行しますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮の外に出ると、待機していた隊員たちが一斉にこちらに駆け寄ってきた。

「お疲れ様です!」「お怪我はありませんか!?」

 次々と声が飛び交い、拍手が湧く。思った以上の歓迎ぶりに、俺は少し気圧された。

 ケイゴが「へっへ、まあな!」と得意げに手を振って応える一方で、ミツイは「ありがとうございます」と淡々と礼を返している。

 

 ……その隣で、俺はなんとなく座りが悪い気持ちでその様子を見ていた。

 

 一通りの称賛と労いが終わると、俺たちは簡単に装備を脱いで身なりを整え、七所神社の脇に止めてある、隊員の車両に乗り込んだ。

 

「さてと、こっからどうすんだ?」

 俺と一緒に後部座席に陣取ったケイゴが尋ねると、運転していた隊員がちらりとバックミラー越しに目線を投げてきた。

 

「本部指令よりの指示で、七所迷宮に関する正式報告のため、都内の駐屯地に向かいます」

 そう言って車を走らせること一時間と少し、車中で軽く飲み食いして小腹を満たしていると、見覚えのある建物が見えてきた。

 

「あ、あのときの……」

 三鷹迷宮のアレコレの後に連れてこられた場所だった。

 車が駐屯地の敷地に入ると、厳めしいゲートが開き、見覚えのある建物の間を縫うように進んでいく。数週間前まで、俺がここで過ごしていたのかと思うと、なんとも言えない感慨があった。

 

 隊員とは入り口で別れ、ミツイが先導する形で、俺とケイゴの二人がそのあとをついていく。ケイゴは初めて来る場所なのか、あちこちを物珍しげに眺めながら歩いていた。

「おー、結構でかい施設じゃねえか。ここで前に缶詰になってたんだっけ?」

 

「ええ、まあ。一週間くらいしかいなかったので、あまり詳しくはないですよ」

 そんな会話をしながら数分歩くと、白い壁と長テーブルのある簡素な会議室に案内された。

 中に入ると──その場に、数日前にあったばかりなのに、なんだか懐かしい顔が待っていた。

 

「お疲れ様です」

 姿勢よく立ち上がり、満面の笑みで出迎えてくれたのは、タケウチだった。

 

「車中からミツイに聞いてましたが、七所迷宮の第一層──ボス撃破、おめでとうございます」

 彼はそう言って、右手を差し出してきた。

 

 ……一瞬、何を求められているのか理解できなかった俺は、数秒固まってしまい、ようやくそれが“握手”だと気づいて慌てて手を出した。

 

「い、いえ……自分は見守っていただけですから、あんまり貢献は……」

 

「それでもです。ミツイたちにとって、後ろでイトウさんが控えていてくれるというのは、何よりの安心材料だったはずです」

 そう言って、タケウチは視線をミツイとケイゴに向ける。

 

「確かになあ。何かあってもイトウがどうにかしてくれるって思えたから、思い切って突っ込めたぜ。あれは心強かったな」

 

「ええ、倒れても助けてもらえるという安心感……後ろ盾として、これ以上の存在はいませんでした」

 真顔で言われると、こそばゆくて仕方がない。思わず視線をそらしながら、もにょもにょと口を動かしてしまう。

 

「そ、そんなことよりも……ボスからドロップしたアイテム、<識別の石板>で確認したいんですが。」

 変に照れ隠しのように声が大きくなってしまい、自分でも少し気恥ずかしい。

 タケウチはそれを見て苦笑したが、すぐに表情を引き締めた。

 

「ええ、了解しています。すでに石板は準備してあります。まずはアイテムの確認から始めましょう」

 

 手際よく、会議室の端から取り出されたのは──見慣れた黒い石板。これが、迷宮アイテムの正体を解析するためのツールだ。

 俺たちはそれを囲み、再び戦利品と向き合うと、目の前にアイテムの情報が次々と現れる。

 

 

 

 ────────────────────────────────────────

 

 

【スキル球:炎弾(下級)】

 

 種別

 :スキル球(アンコモン)

 

 効果

 :スキル《炎弾(下級)》を取得可能

 下級の炎弾を打ち出すことができる。

 威力や使用できる回数は、使用者の魔力に依存する。

 

 

 ────────────────────────────────────────

 

 

 

【装飾品:毒よけの首飾り(下級)】

 

 種別

 :装飾品(レア)

 

 効果

 :装備している者が毒に罹らなくなる首飾り。

 ただし、猛毒などに効果はない。

 

 

 ────────────────────────────────────────

 

 

 

【消耗品:仙人漢方】

 

 種別

 :消耗品(レア)

 

 効果

 :かつて仙人が常飲していたとされる仙薬。

 使用すると、すべてのステータスが一定値上昇する。

 また、この効果は永続する。

 

 ────────────────────────────────────────

 

 

【転送キー(階層限定)】

 

 種別

 :迷宮専用アイテム

 

 効果

 :その階層を踏破した証。

 使用すると、その階層の入口まで瞬時に転送される。

 使用できるのは手に入れたもののみで、他人は使用できない。

 更に、使用者の身に危機が迫っている場合は使用できない。

 

 ────────────────────────────────────────

 

 

 

 

「おお……これはすごい」

 

 目の前の<識別の石板>に浮かんだ文字列を見て、タケウチが低く唸った。

 彼の目は真剣そのものだったが、そこに浮かぶ興奮は隠しきれないようだった。

 

 表示された内容はアーティファクトほどではないにしろ、いずれも貴重なアイテムばかりだった。

 

「……イトウさん」

 唐突に、タケウチがこちらに向き直った。珍しく、声に迷いが滲んでいる。

 

「契約に抵触することは重々承知しております。ですが……このアイテム群、可能であれば、こちらで買い取らせていただくことはできないでしょうか」

 

 その表情は実に苦渋に満ちていた。

 タケウチという男は、責任感の強さが時折真面目すぎるほどに顔に出る。それだけに、こうして正面から頭を下げてまで頼み込んでくるということは、それだけ緊急性があるのだろう。

 

 けれど──俺としては、特に断る理由もなかった。

 

(交換ポイントで後から手に入れるし、ポイントの"目途"もある。ここで貸しを作っておいたほうが、後々やりやすくなるだろうな)

 

 相手にとっては喉から手が出るような品であり、こちらは必要であればポイントで補える。それなら、多少の駆け引き込みで譲ったほうが得策だ。

 

「ええ、もちろん構いませんよ。ボス戦についても、自分は見守ってただけですから」

 そう言って肩をすくめると、タケウチは一瞬目を見開き──そして、深く頭を下げた。

 

「……本当に、ありがとうございます。先のアーティファクトの件に続いて、心苦しい限りです。

 額面については、改めて正式にご提示させていただければと思います」

 

「いえいえ。代わりってわけじゃないんですが、ちょっと相談があるんですが──いいですか?」

 俺が話を切り出すと、タケウチは一瞬、警戒をにじませながら身を正す。

 

「……なんでしょうか。これまで便宜を図っていただいているぶん、できる限り誠意をもって対応いたします」

 

 その構え方に少し笑いそうになりながらも、俺は本題に入った。

 

「今日、七所迷宮でボスがいたじゃないですか。たぶんですけど、あれ、三鷹迷宮にも同じようにボスが存在してると思うんですよ」

 

「……ええ、それは私たちも仮説として立てていました」

 

「で、それに挑んでみたいんです。今度は──自分一人で」

 

 言葉を区切って言うと、室内にほんのわずかな沈黙が流れた。

 横で聞いていたミツイとケイゴが、ぴくりと眉を動かすのが見える。

 

「もちろん、監視として誰かに同行してもらっても構いません。ただ、戦闘そのものには自分以外は手を出さない形で」

 

 タケウチは、しばらく黙ったまま目を伏せて考え込んでいた。

 その顔には、慎重というよりも、懸念と納得が入り混じったような影が浮かんでいた。

 

「……三鷹迷宮の、ボスですか」

 繰り返すように呟いたあと、彼は意を決したように顔を上げた。

 

「わかりました。こちらから掛け合ってみます。その上で、可能であれば──私が同行させていただけないでしょうか」

 思わぬ申し出に、俺だけでなく、ミツイとケイゴも軽く驚いたような顔をした。

 

「……タケウチさんが?」

 

「ええ。私も三鷹迷宮の内部調査を進めるよう、"上"から強く要請されておりまして。ご迷惑でなければ、同行させていただきたいのです。あくまで監視と補佐として──戦闘には一切干渉しません」

 

 その言葉には、明確な誠意と、そして何かの使命感がにじんでいた。

 

「もちろん、構いません。むしろ、よろしくお願いします」

 そう返すと、タケウチの表情が柔らかくなる。

 

「ありがとうございます。では、実施に向けて手続きと許可の取得に少々時間をいただきます。

 週末までには整えられるよう尽力しますので、それまでお待ちいただけますか?」

 

 二、三日とのことだったので、自分の予定を頭の中でざっと組み直し、頷いた。

 

「問題ありません。それまで、ちょっと"買い出し"でもしながら準備しておきますよ」

 

 さあ、ポイント回収と、──俺一人で挑むボス戦だ。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

無事に第一層クリア!第二層にはすぐにはいけなさそうですが、次は三鷹迷宮だ!
何やらイトウ君はポイント回収の目途がありそうだし、タケウチさんは三鷹迷宮について何かせっつかれてるみたいですね。
次もお読みいただけますと幸いです。

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