ポイント交換だけで成り上がる!? -ダンジョンの回収屋が無双中-   作:鳥獣跋扈

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第44話 飛翔物体にご注意ください

 再び、俺たちは森の中へと足を踏み入れた。

 今度は集落をぐるりと回るのではなく、まっすぐと、正面の入口から真っ直ぐに伸びる一本の“道”を意識しながら進んでいく。

 

 道とはいっても、人の手で整えられたものではない。ただ、木々の密度がやや薄く、踏みしめられた跡のようなものが細く続いているだけの、かろうじて“通れる”という程度の場所だ。

 

「変にあちこち歩き回ると、帰るときに困りますからね」

 口にしながら、俺は足元の草を払いのけるようにして進む。

 メイリンが少し離れた位置で頷いた。

「うん、私もそう思ってた。あの集落、思ったより目印になるものないし……迷ったら終わりだもんね」

 

 しばらく歩いたころ、ふっと肌に感じる空気の質が変わった。

 風が止まり、葉擦れの音が遠くなったような感覚。まるで森そのものが呼吸を潜めたかのような、そんな違和感。

 

「……なんか、雰囲気変わりましたよね」

 俺が立ち止まり、後ろを振り返ると、メイリンも顔をしかめていた。

「うん、分かる。空気が重たい……さっきまでと全然違う」

 

 見れば、周囲の木々が密に寄り集まり、空の見える面積が明らかに少なくなっている。

 光の入りも悪く、薄暗い中にいると時間の感覚まで狂いそうだ。

 

 多分、このあたりであの獣人たちの縄張りから外れたんだろう。

 それだけで、ここが異質な場所に思える。

 

「ここから先は、もっと慎重に行きましょう」

 俺の言葉に、メイリンは小さく頷き、手に持った弓を握り直した。

 

 足音を殺しながら、俺たちはさらに奥へと進む。

 時折、背後から誰かに見られているような気配があって、何度か振り返ったが、もちろん誰もいない。

 

 見えない何かに触れられるような感覚。

 薄い膜のようなものが、ぬるりと腕にまとわりつくような──そんな嫌な気配が断続的に襲ってくる。

 

 メイリンもまた、そわそわとあたりを見回しながら、時おり草むらの中や、立ち枯れた木の裏などを覗いていた。

「ここ、なんか引っかかる……」

 小声でつぶやくと、彼女は幹に浮かんだ紋のような苔を撫でるように確認する。

 だが、どれもただの自然物。人工物の気配はないし、少し探っても反応はない。

 

「気配の割に、めぼしいものが何もありませんね……」

「うん、変な気配だけ残ってて、形がないのよ」

 

 じわじわと、緊張が体に染み込んでくる。

 敵と戦ったわけでもないのに、肩と腰が固くなり、呼吸が浅くなっているのがわかる。

 まるで、見えない敵とずっと睨み合っているような疲労感。

 

 これは、精神を削る戦いだ。

 

「メイリンさん、大丈夫ですか」

 声をかけると、彼女は眉を下げて小さく笑った。

「うん、ちょっとしんどいけど、なんとかね」

「俺も、けっこう来てますよ……」

 そう言うと、彼女もふっと肩の力を抜いて笑った。

「そっか、じゃあ、おあいこだね」

 

 そんなやりとりの一つひとつが、俺たちの緊張を少しだけ和らげてくれた。

 けれど、足を止めることはできない。

 

 俺たちは再び、足元を確かめながら、暗い森の奥へと静かに歩を進めた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 森の中を進んでいた俺の足が、ふいに止まった。

 

 ……目の前の光景に、思考が追いつかなかったのだ。

 

 森の深い緑が途切れ、そこだけぽっかりと開けた空間。そこに──まるで神話の挿絵から抜け出たような、石造りの構造物が鎮座していた。

 

「……え?」

 

 隣にいたメイリンも、俺と同じく言葉を失っていた。

 それは、明らかに人工の建造物だった。だが、時の流れを感じさせるその佇まいは、自然と一体化していて、不思議と“異物感”はなかった。石は苔むしており、蔦が無造作に絡みついている。だが、崩れた箇所は見当たらず、堂々たる姿でそこに存在していた。

 

「……遺跡、ですかね……?」

 ようやく口を開いた俺は、半ば自分に言い聞かせるように呟いた。こんなもの、見落とすはずがない。それほどに存在感があり、それでいて、今この瞬間まで、そこにあった記憶がどこにもなかった。

 

「……メイリンさん」

 視線は建造物に向けたまま、俺は声をかけた。

「この辺り……獣人の人たちと狩りに出たときに来たこと、ありますか?」

 

 彼女の方がこの階層に長くいた。その記憶が何かの手がかりになるかもしれない。

 

「……ううん。来たこと、あるよ。何度か。でも、でも……」

 メイリンは眉をひそめ、小さく首を振った。

 

「こんなの、無かった。絶対。ここ、開けてなかったし……」

 彼女の声には、戸惑いと、微かに震えるような緊張が滲んでいた。

 それもそのはずだ。これは“迷宮”の内部。しかも、俺たちが探索していたこの階層は、少なくとも知る限りでは自分たちしか来ていないはず。それなのに、どうして──こんな“長い時間”を感じさせる建造物が存在している? 

 

 そんな疑問が頭をよぎると、背筋に冷たいものが這い上がるのを感じた。

 

「……行ってみましょうか」

 そう呟くと、メイリンは小さく息を飲み、慎重な足取りで遺跡へと近づいた。

 俺もその後に続く。踏みしめる草の音が、やけに耳に残る。風はぴたりと止み、鳥の声も、虫の羽音もなかった。

 

 ──静寂。

 

 それは、まるでこの場所だけが時間の流れから切り取られてしまったような、そんな奇妙な静けさだった。

 遺跡の正面には、大きく口を開けた入り口が一つ。扉はなく、ただ闇がぽっかりとこちらを迎えている。

 

 入口の前に、ほんの一歩足を踏み出したその瞬間だった。

 

 シュッ──と、空気が裂けるような音が耳を打つ。

 咄嗟に足を止めた。何の前触れもない、不自然な風の流れ。次の瞬間、全身に粟立つような気配が駆け抜ける。

 

「っ……!」

 思わず身を沈めると同時に、メイリンの方へと叫んだ。

 

「避けてっ!」

 声と同時に、横へ飛ぶ。地面を転がりながら、背後をちらりと振り返ると、メイリンも寸でのところで身を捻って避けていた。どうやら無事らしい。

 

 バシュン──。

 

 目の前を、鋭く光る何かが通り過ぎた。それは遺跡の暗がりから飛び出してきた一本の剣だった。錆びつき、ところどころ欠けてはいたが、その切っ先にはまだ鋭さが残っている。陽の光を浴び、ギラリと鈍い輝きを返していた。

 

「剣……!?」

 思わず声が漏れる。

 

 誰かが投げた? いや、今の速度と角度……違う。あれは、まるで自ら意志を持って飛んできたかのような──。

 

「な、なんで……」

 喉の奥がひゅっと狭くなる感覚。思わずメイリンの方に視線を送る。彼女もまたこちらを見ており、小さく首を振った。知らない、という合図。

 

 ……やはり、彼女も初めて見る類の敵らしい。

 

 そうだ。これまでの迷宮では、メイリンの話でも、自分の経験でも、出てくるのは獣や虫型のモンスターばかりだった。

 だが、あれは──

 

「無機物……? 魔物って、こういうのもいるのか……」

 想定外だ。何かが変わっている。遺跡が現れたことといい、明らかに“今まで通り”ではない。

 

 だが、そんなことを考える隙すら与えてはくれなかった。

 剣はそのまま、鋭く唸りながら俺に向かって突っ込んできた。目に映るのは、陽光をはじく鉄の軌跡。躊躇いも感情もない、ただ殺意だけがそこにあった。

 

「……くっ!」

 

 俺は即座に双剣を構え、正面からぶつかる形で受け止める。

 刃と刃が衝突する、耳をつんざくような金属音が森に響く。激しい衝撃が両腕から肩、そして背中へと抜け、思わず数歩、後方に弾き飛ばされた。衝撃に合わせて剣も空高く跳ね上がり、まるで一度、間合いを取るかのように宙を漂い始める。

 

「……っ、重い……!」

 

 なんとか空中で体勢を立て直し、膝を曲げて着地する。が、手首から先がじんじんと痺れていた。たった一度の打ち合いでこれか。あれが、ただの剣であるはずがない。

 見上げると、剣は風を裂く音を立てながらその場でぐるぐると回転を始めた。空中を舞い、重力を無視するかのように浮き続けるその姿は、もはや意思を持った何かにしか見えない。

 

「……なんなんだ、こいつ……」

 

 吐き捨てるように呟いたその時だった。

 剣は回転速度を一気に高め、その勢いのまま地面すれすれを滑るように突進してきた。低空、しかも一直線。狙いは俺──そして、その手前にいたメイリンだ。

 

「メイリン、跳べッ!」

 

 叫んだ瞬間、メイリンは驚いた顔で振り返り、すぐさま反応した。ギリギリのタイミングで跳び上がり、襲い来る刃の軌道をかわす。

 その姿に続いて、俺も踏み込む足を逆に蹴って後方へ飛び退く。背中に冷や汗が流れるのがわかる。あれをまともに食らっていれば、胴体ごと削られていた。

 剣は空振りした勢いのまま、背後の木々へと突っ込んでいく。

 ──ズバァァン、と、鈍い音を立てて数本の若木が斜めに切り倒された。まるで紙でも裂いたかのような、異様な切れ味。

 

「……冗談、だろ……」

 

 俺の足元には、風圧で舞い上がった枯葉がざわりと落ちる。

 そして、剣は再びふわりと浮かび上がった。

 ゆっくりとこちらに向き直り、その切っ先をまっすぐに俺へと向ける。

 まるで、“次”も逃さないとでも言いたげに。

 

 目の前の空間が、ざわりと揺れた気がした。

 

 浮かび上がった剣が、こちらに鋭く切っ先を向ける。

 今しがたの一撃──紙一重で避けたが、あれをもう一度喰らえば、ただじゃ済まない。軽傷なんてもんじゃない。下手すりゃ、ここで試合終了だ。

 

 俺は肩で息を整えつつ、両手の双剣を握り直した。

 相手は無機物。感情も、疲れも、迷いすら存在しない。だからこそ、動きに淀みがない。目を凝らしても、無駄なく洗練された軌道で斬撃が走ってくるのがわかる。

 

 そして、何より──速い。

 

 目で追うので精一杯だ。下手に仕掛ければ、そのまま胴を一閃されるかもしれない。

 俺が囮になって、メイリンに決めてもらうか? いや……彼女の弓で、あのスピードに的確に対応できるかどうか……。

 

 ほんの数秒間の逡巡。

 

 そのとき、背後で細く澄んだ声が聞こえた。

「……撃ちます」

 静かな口調だった。けれどその声音には、覚悟が強く滲んでいた。

 

 メイリンが、ゆっくりと前に出る。

 華奢な腕が弓を持ち上げ、指先が弦に触れた瞬間、矢じりに淡い光が灯る。青白い輝きが、周囲の空気ごと緊張させるように震えていた。

 

「……速度、重視……」

 

 彼女が小さく呟くと、矢に宿った魔力が収束を始めた。

 そうか──威力の調整だけじゃない。魔力の流し方次第で、速度を優先した運用もできるってわけか。

 

 でも、それだけじゃ足りない。

 あの剣は、狙った瞬間に飛んでくる。彼女が狙いを定めるわずかな時間すら、許してはくれないはず。

 

 だったら──俺が、引き受ける。

 

「撃つ……! 今!」

 声が上がった瞬間、俺の体は勝手に走り出していた。

 

 ガンッ──! 

 

 わざと、双剣をぶつけ合わせる音を響かせる。

 剣が空中でくるりと旋回し、俺に狙いを変えた。

 風を裂く音。目の前に迫る、唸るような銀の閃き。

 

「くっ……!」

 

 身を捻って避け、切っ先を受け流す。紙一重。だが、これは本気の斬撃じゃない。牽制に近い。

 ──それでも、かまわない。

 狙いが逸れた。たった数秒でも、メイリンにとっては充分な隙になる。

 

「今だ、メイリン!」

 

 叫んだ俺の声に呼応するように、空気が震える。

 

 音が──した。

 

 雷のように鋭く、空気を裂く一筋の音。

 放たれた光の矢は、目にも留まらぬ速度で駆け抜け、一直線に剣を射抜こうと迫った。

 

「……ッ!」

 

 ガァンッ!! 

 

 金属同士がぶつかり合う、耳を裂くような音が響いた。

 

 空中で弾かれた剣が、ぐらりとよろめく。浮遊が不安定になり、軌道が乱れた──

 その一瞬。それだけで、十分だった。

 

「──決めるぞ!」

 

 俺は吼え、地を蹴った。

 疾風のように踏み込み、浮遊する剣の懐に飛び込む。

 

 交差するように振り抜いた双剣が、鈍く重い手応えを返す。

 刃が硬い何かを裂き、斬り裂いた瞬間──光が、弾けた。

 

 キィン、と高く澄んだ音。

 

 次の瞬間、空中にばらばらと舞う金属片と、薄らと消えゆく青白い残光。

 そして、訪れる──静寂。

 

「……ふう」

 

 俺は肩を落とし、ゆっくりと息を吐いた。

 後ろから、別の深い息が聞こえる。

 

「……んあー、しんど……!」

 

 メイリンだった。魔力の矢をつがえたまま、ぐったりと腰を落とす。

 それでも、まだ目は油断していない。偉いもんだ。

 

「ありがと。助かった」

 

 俺がそう言うと、彼女は照れたように微笑んだ。

 

「……お互いさま。ナイスタイミング、だったよ」

 

 俺は小さく笑い返す。

 魔力を抑えながら、それでも一撃で仕留める精密な狙撃──

 そしてそれを成立させるための、ギリギリの囮役。

 

 上出来だった。文句なしだ。

 

「……さて。倒したはいいけど、こいつ、何だったんだろう」

 

 そう呟いた俺の足元で、さっきまで剣だった金属片が、音もなく崩れ落ちた。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

無機物も出てきてびっくりのイトウくん、そして何とか撃破。
はてさて、今までとは毛色が違うけどどうしたのかしら。
次もお読みいただけますと幸いです。

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