ポイント交換だけで成り上がる!? -ダンジョンの回収屋が無双中-   作:鳥獣跋扈

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第49話 決着

 守主と真正面から向き合う。

 

 先ほどまでとは、どこか違う空気が漂っていた。微かに、だが確かに、あの巨躯の気配が揺れている気がする。

 緊張ではない──むしろ昂ぶりに近い。まるで、長い眠りの奥で待ち望んでいたかのように。

 

 対して、俺は不思議と落ち着いていた。さっきの戦闘ではあれほど胸を締め付けていた焦燥感は、霧が晴れたようにどこかへ消え失せている。

 代わりに心を満たしていたのは、静かな自信。

 

 やれる。今なら、何だってやれる気がする。

 

 ふと、守主の右肩に目をやった。守主に元から刺さっていた武具。あたりに散っていた武具達はすべて回収した。

 守主に刺さっていたものはとても余裕がなかったが──いける。

 

 俺は地を蹴った。足場を意識する間もなく、身体は自然と宙を駆ける。

 

 次の瞬間──

 

「っ……!」

 

 視界がぶれる。

 

 気がつけば、俺はもう、守主の肩の上にいた。

 分厚く硬質な肩の感触が、足の裏からじわりと伝わってくる。思わず息を呑む。まるで、時空そのものを飛び越えたような移動だった。

 

「……え?」

 

 振り返ると、少し離れた場所に立つメイリンが、ぽつりと呟いていた。声はか細く、現実感の薄い音だった。まるで、夢の中のセリフのように。

 守主もまた、こちらの動きを見失っていたのか、わずかに視線を彷徨わせ──そして、ようやく肩にかかる重みに気づいたのだろう。重々しい動きで体をひねり、振り払うように身をよじった。

 

 だが俺は、既にその動作の先を読んでいた。

 肩から軽やかに跳ねるように飛び降り、地面に無音で着地する。

 

 掌には、確かに短剣の感触があった。さっきまで守主の肩に突き立っていた、あの黒銀の刃──

 

「……っと」

 

 構える間もなく、短剣が淡い光を放ち始めた。

 つかの間、それは粒子へと変わり、溶けるようにして消えていく。

 

 目の前に浮かび上がる、システムウィンドウのメッセージ。

 

 ──【守主の短剣 : 変換不可】

 

 ……ふむ。

 この短剣は、守主と共にあった特別なものだったのだろう。システムにとって、換算できない“なにか”だったということだ。

 

「……ちょっと残念」

 

 苦笑が漏れる。けれど、得たものが無かったわけじゃない。

 俺は、今、自分がとんでもない領域に足を踏み入れつつあることを、ひしひしと感じていた。

 

 

 忌廃の守主が、わずかに姿勢を低くした。

 そして──構えた。

 

 それは、これまで見せてきた守りの型とはまるで異なる、鋭さを帯びた気配だった。

 大上段に掲げられた武器が、黒光りする軌道を描いて空気を割く。次の瞬間、守主は音もなく床を蹴り、こちらへと滑るように突っ込んできた。

 

「──!」

 

 俺は反射的に身を引きかけたが、それを寸前で止めた。いや、止める必要すらなかったのかもしれない。

 

 見える。

 

 その動きが、軌道が、空間の流れそのものが、まるでスローモーションのように頭の中に映り込む。

 振りかぶられた一撃。迫る斬撃の刃圧。吹き上がる床の塵。すべてが、何もかもが、手に取るようにわかる。

 

「半歩、右──」

 

 呟く暇すら惜しまず、俺はほんの半歩、右に身を逸らした。

 轟音が耳をつんざいた。刃が叩きつけられた床が砕け、破片が爆ぜるように飛び散る。石片の一つ一つが命を奪いかねない鋭さを持っていたが、それすらも、俺の目には既に通り過ぎた過去の出来事のようにしか思えなかった。

 

 軌道を読み切る。必要なものだけを、短剣の柄で、刃の背で、払う。無駄な動きはない。舞うように、ただ静かに通り抜けた。

 

「な──」

 

 背後から、メイリンの息を呑む音が聞こえた。声に出しかけて、それを飲み込んだような気配。

 振り返ると、彼女は唖然としたままこちらを見つめていた。

 

 驚きと、安堵と、そして──呆れ。

 その混じりあった感情が一気に顔に現れたかと思えば、彼女は眉を寄せ、苦笑のような表情を浮かべて肩を落とした。

 

「……もう、何なのよ。いちいち心配させないでよね」

 

 声にはせずとも、そう言いたげな目をしていた。

 俺は小さく笑い、片手を軽く上げて見せる。

 

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと生きてる」

 

 言葉は出さずとも、それだけで伝わったようで、メイリンは眉間に皺を寄せたまま、ふうっと深く息を吐いた。

 

 その様子に、少しだけ和む。

 

 ……だが、気を抜いていられる時間は短い。目の前にはまだ、立ち上がる守主がいる。奴は、最初の一撃で仕留め損なったことに、少しだけ苛立ちを見せていた。

 その重圧が、またこちらに向けて膨らんでいく。

 

 守主が、地面に突き刺さっていた大剣をゆっくりと引き抜いた。

 金属の擦れる音が、低く、重く、耳にこびりつく。剣の切っ先からは、地面を砕いた破片がぱらぱらと落ちる。

 

 構えを取ったその姿には、無駄がない。

 直後、奴は左手を腰の影に差し入れ、ずるり……と、もう一本の大剣を抜き取った。

 

 二刀。

 その巨大な体格に、二振りの刃がまるで自然に馴染んでいる。まるで、それが奴の「正しい形」であるとでも言うように。

 

「……やる気だな」

 

 思わず、呟きが漏れた。

 

 守主は両手の剣を左右に広げ、一拍、深く息を吸い込む。

 そして次の瞬間、空気が破裂した。

 

 ぶゎあん! と風が炸裂するような衝撃とともに、斬撃が降りかかってくる。

 それは“剣の連撃”という言葉では到底片づけられない。もはや“嵐”そのものだった。

 一振り一振りが、岩をも両断する密度で迫ってくる。油断すれば、骨ごと断ち切られるだろう。

 

 視界の全てが灰色に染まり、風と圧力が渦巻く。剣の一振りごとに、空間が裂ける。刃が見えない。

 風の筋に紛れて、巨大な刃が踊っている。俺の首、胴、足、ありとあらゆる部分を削ぎ落とす、死の舞踏。

 

 だが──止まれない。

 

「はっ!」

 

 息を吐くと同時に、前傾姿勢のまま滑り込む。左から来た一撃を肩を落として回避、次いで縦一文字の斬撃を膝のバネで跳ねて避ける。

 三撃目、四撃目、連打。容赦などない。恐らく、守主には疲労も限界も存在しない。永劫、嵐のようにこの剣の雨を降らせ続けることができるのだろう。

 

 ──だが、それがどうした。

 

「こっちだ!」

 

 右から回り込み、空中でひと蹴り。剣風に吹き飛ばされそうになる身体を、逆手に取って舞うように跳躍し、守主の懐に飛び込んだ。

 ガンッ、と音が響く。浅い。反応が速い。打ち込む刃を、大剣の片割れが当然のように弾いた。守主の目は虚ろでありながら、動きに迷いがない。

 

 背を取る。背後から斬る。今度は刺し込む。

 だがそれすらも読まれている。

 

 信じられない反応速度だ。後ろにいたはずの俺に向けて、左手の大剣が回り込んでくる。逆風とともに振り下ろされる大質量の剣を、俺は寸前で身を捩ってかわした。

 

 守主の剣が唸りを上げて振り下ろされる。それを間一髪でかわし、俺は剣の隙間を縫うようにして身をひねった。風を切る刃の軌跡が、髪の先をかすめる。

 踏み込みを反転させて、一気に大きく後退。床を蹴り、宙を舞い、闇の中で軽やかに着地する。

 

 

 大きく息を吸い込む。冷たい空気が喉奥まで満ち、肺の奥で膨らみ、体の芯に熱を宿していくのがわかる。体内に溜め込まれたそれが、飽和を迎え──

 

「行くぞッ!」

 

 その一言とともに、全身の筋肉を爆発させる。

 

 地を蹴った瞬間、視界が歪んだ。

 

 跳ぶ。飛ぶ。弾ける。

 

 壁に、床に、天井に──空間のあらゆる面を蹴って跳躍し、まるで弾丸のように弾き返されていく。自身の軌跡が光の糸のように周囲に絡み、錯覚か、残像が無数に渦巻く。

 

「喰らえ……ッ!」

 

 跳躍のたび、守主の鎧へと斬撃を叩き込んだ。重く、堅牢なその鎧を切り裂き、衝撃を与え、動きを奪う。

 

 斬って、跳ねて、斬って、また跳ねる。

 

 そのすべてが一瞬のうちに行われる。俺の動きに追いつけるものなど、もはやいない。かつてあれほど威圧感に満ちていた守主が、今はただ剣を振るうこともなく、必死に防御の構えを崩すまいとしていた。

 

 軌跡は空間を塗りつぶすかのように密に張り巡らされ、斬撃のたびに鎧が削られ、甲高い金属音がこだまする。まるで戦場の鐘のように、その音が響き渡っていく。

 

「まだだッ……!」

 

 限界を超えた速度で跳躍し続ける中、俺は自身を鼓舞するように叫んだ。

 手のひらが痺れる。視界がぐらつく。けれど、それでも止まらない。

 

 今、ここで叩き伏せる。

 

 ──そして、ついに。

 

 あの巨躯が、ぐらりと揺らいだ。

 

 金属の軋む音と共に、守主の膝が床へと沈んでいく。

 

「……やった、か」

 

 息を荒げながら、俺は一瞬、跳躍を止めた。宙に舞う砂塵の中で、守主は片膝をついた姿勢のまま、微動だにしない。

 

 その背中には、さっきまでの圧倒的な気配はなかった。まるで、頭を垂れる従者のようでもあった。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 

 ふう、と大きく息を吐いた。

 

 土埃の匂い、剣を振るったあとの重たい疲労が、ようやく俺の意識にじわじわと戻ってくる。

 俺の視線の先には、崩れ落ちた守主が動かずに座している。あの巨体があれほどまでに音を立てず、ただ沈黙している。

 

 そのとき、小さな足音が近づいてきた。

 

 メイリンだ。

 

 細い腕を胸の前に抱え、恐る恐るといった様子でこちらへ歩み寄ってきた。その瞳が、俺と、そしてその奥の守主を交互に見つめている。

 

「……終わったの……かな?」

 小さな声。

「とどめとか……刺さなくて、いいの?」

 

 その問いは当然だった。戦いは終わったように見える。だが──

 

 俺は、静かに首を横に振った。

 

「いや、まだですよ」

 

 言いながら、俺は一歩、守主の方へと足を進める。ただし、向かっているのはあの箱だ。戦闘中、守主の傍らにずっと置かれていた、黒塗りの箱。

 

 あの剣戟の渦中にありながら、ほんのひとつの傷もついていなかった。

 俺はそっと、箱へと手を伸ばした。

 

「ま、待って……!」

 

 メイリンが慌てて声を上げる。反射的に一歩引いたのがわかった。そうだろう。最初に触れようとしたときには、激しく弾かれたそれ。

 だが──今度は違った。

 

 俺の手が、まるで初めから許されていたかのように、すんなりと箱の蓋へ届く。そして、まるで重力を感じさせないほどの軽さで、その蓋が音もなく開いた。

 

 中にあったのは──一冊の本。

 

 古びた革装丁。けれど、埃も汚れもなく、まるで今開くのを待っていたかのような雰囲気を放っている。

 

 その瞬間だった。

 

 バサバサバサッ──! 

 

 本が突然、勢いよく宙へと跳ね上がった。風もないのに頁が次々と音を立ててめくれ、空中で小さく螺旋を描いて踊っている。

 

「な、なになにっ!?」

 メイリンが声を上げた。

 

 彼女の戸惑いも当然だったが、なぜだか俺には、この出来事が“そうなるべくしてなっている”ように思えた。不思議と、怖くはなかった。

 

 やがて、本の動きがふっと止まる。

 

 一枚のページがぴたりと開かれたまま、空中で静止する。

 そこには──何も書かれていない、真っ白な頁。

 

 俺は、その白紙を見上げながら、自然と理解した。ここに、俺の手を重ねるべきなのだと。理由はわからない。ただ、そうしなければならない、そんな確信だけがあった。

 

 ゆっくりと、手を伸ばす。

 そして、そっと白紙の上に、掌をのせた。

 

 ──瞬間。

 

 まばゆい光の線が、本から放たれた。それはまるで、生きているかのように空間を滑り、一直線に──守主へと伸びる。

 光が守主の胸元に吸い込まれたのを見届けた直後、ぴくりと、その体が反応した。

 

 巨体が、ギィ、と軋む音を立てながらゆっくりと首を上げる。

 そして、暗く沈んでいた目に、再び光が宿った──。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

守主戦、やっと決着、、、?まだ何かありそうですが、はてさて。
次もお読みいただけますと幸いです。

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