ポイント交換だけで成り上がる!? -ダンジョンの回収屋が無双中-   作:鳥獣跋扈

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第65話 脱出!

「うむうむ、良いもんが手に入ったようでなによりじゃのう」

 

 頷きながら、管理人はニヤリと笑みを浮かべる。その目線はどこか生暖かく、まるで孫の成長を喜ぶ年寄りのような、妙な優しさに満ちていた。

 見た目が三十代くらいなので、違和感を感じるが、相応の歳にも見えてくるから不思議だ。

 

 その視線に気づいたメイリンが、はっと我に返る。抱きかかえていた弓をそっと脇に置き、顔を赤らめながら椅子に座り直した。

 

「……お、お恥ずかしいところを……」

 

 耳まで真っ赤にして俯く姿が、いつもの軽口とは裏腹に年相応の少女らしさを感じさせる。

 

「ま、いいんじゃないか。あれだけ命懸けた後なら、そりゃ嬉しくもなるさ」

 

 俺は肩をすくめて言った。誇張でも慰めでもなく、心からの言葉だ。

 死と隣り合わせのあの空間を、生き抜いた者だけが手にする報酬だ。喜びがこみ上げるのも当然だし、喜ぶことを恥じる必要なんて、どこにもない。

 

「さて、それじゃあ……そろそろおぬし等も落ち着いたようじゃしな。入り口まで送ってやろうかの」

 

 管理人がゆるりと椅子から腰を上げた。背筋を伸ばし、袴を軽く払う所作に、どこか舞台俳優めいた気品があった。

 俺たちもその動きに合わせて立ち上がる。すると、それと同時に、腰掛けていた椅子も、テーブルも──まるで幻のように、地面へとゆっくり沈み込み、跡形もなく消えていった。

 

 その様子を横目に、管理人は、まっすぐ部屋の中央へと歩き出す。

 俺たちも、その背中に黙ってついていった。

 

 管理人が足を止め、ゆっくりと振り返る。その口元にはいつも通りの笑みが浮かんでいるが、どこか、別れを惜しむような色が混じっていた。

 

「さて──おぬし等を返す場所じゃがな、希望の場所にはまず返せん。そこは、すまんがのう」

 

 その言葉に、俺は眉をひそめる。

 希望の場所。つまり、三鷹迷宮とか、自分が元いた現実の座標には戻れないってことか。

 

「……じゃあ、どこに?」

 

 俺が尋ねようとしたよりも早く、メイリンが口を開いた。

 言葉の端に、不安と期待が綯い交ぜになっているのが分かる。

 

「うむ、この迷宮の“表”の方の入口じゃな。闘いの前にも言ったと思うが、ここは“裏”の層なんじゃ。表に戻しつつ、そのまま入り口まで飛ばす。つまり──行き先は、この迷宮そのものが存在しておる場所、ということじゃ」

 

 “裏”と“表”。

 結局、俺たちはこの階層の謎が分からずじまいだった。

 だが、ひとつ実感したのは、この階層は、俺たちの知る階層とは別の、特別な領域だということだ。

 

 その謎がいつか解ける日が来るのだろうか──

 そんな思いが胸をよぎり、俺はもう一歩踏み込んで訊ねた。

 

「ちなみに、その“迷宮が存在する場所”ってのは、どのあたりなんです?」

 

 管理人は、まるで“それはな”とでも言うように、大きくうなずいて答える。

 

「うむ、地名までは知らんが……でかい大陸の、海沿いじゃな」

 

 どこか誇らしげな響きだったが、情報としては大雑把すぎる。

 世界地図を見開いても、そのヒントだけじゃ見当もつかない。

 少なくとも、日本ではないということだけは確かそうだ。

 

「……まあ、どうこう言っていても仕方がない。そこにしか繋げられんでな」

 

 管理人はそう締めくくると、パン、と両手を胸の前で打ち合わせた。

 

 その瞬間、空間が震えた。

 

「っ……!」

 

 思わず足を踏ん張る。足元の地面が波打ち、天井から小石がぱらぱらと降り注ぐ。

 空気が粘っこくなり、まるで部屋そのものが息を吸い込んでいるかのような感覚に襲われた。

 

「な、なんだ、これ……!」

 

 思わず声を上げて周囲を見回す。

 横では、メイリンも腰を落とし、揺れる床に必死に耐えていた。

 

「むむむむむ……!」

 

 管理人の唸り声が空間を震わせる。

 やがて、彼は天を突くように両腕を高々と掲げた──その姿はまるで、祈祷師か、儀式を執り行う古の賢者のようだった。

 

 一拍の“溜め”──

 空気が凍りついたような静寂の後、管理人はその腕を一気に振り下ろした。

 

 すると、空間が──裂けた。

 

 まるで絹を破るように音もなく、だが確実に亀裂が走り、その隙間から歪んだ光が溢れ出す。

 揺れる断面は、不思議なゲートのように脈打ち、呼吸をしているかのようにうねっていた。

 

 空間が開いた瞬間、先ほどまでの揺れが嘘のように止み、再び静寂が訪れる。

 

 息を呑む俺たちの前に、ぽっかりと開いたその“門”──

 それが、元の世界へと通じる道だった。

 

 

 

「よし! うまくいったわい!」

 

 管理人が満足そうに声を上げると、ぐるぐると肩を回し、ぱきぱきと骨の鳴る音を響かせた。

 その動きに、妙な生活感というか、急に人間味がにじみ出た気がして、少しだけ緊張が和らいだ気がした。

 

 俺とメイリンは、目の前に出現した“それ”にじっと目を向ける。

 空間の裂け目──ゲートは、濃密な闇と光がせめぎ合うように波打ち、縁はぼんやりと明滅していた。

 目を凝らすほどに目がくらみそうな、まるで幻覚のような光景。

「これに入れ」と言われても、ちょっと足がすくむ。

 

 思わず、ごくり、と唾を飲み込む音が喉を下った。

 隣のメイリンも同じように緊張しているようで、眉根を寄せて口を引き結んでいた。

 

「なぁに、心配いらん。さっき確認したが、問題なく迷宮入口まで繋がっとる」

 

 管理人が俺たちの心中を読んだかのように言い切った。

 太鼓判を押されても、相手が常識外れの存在だから逆に不安になるのが人情というものだが──

 まぁ、今さら「やっぱやめときます」とは言えない状況でもある。

 

「ま、まぁ、仕方ないわよね。これに入らないと帰れないんだし……」

 

 メイリンが小声で自分に言い聞かせるようにつぶやいたあと、急に表情を奮い立たせるように明るくして、俺の手をぐいっと取った。

 

「よーし! 行くわよ! イトウさん!」

 

「おわっ!? わかった、わかった! 自分の足で歩けるから!」

 

 慌てて体勢を整え、軽く手を振り払って前に出る。

 そうして、一度深呼吸してから管理人の方を向いた。

 

「えーっと……色々と、ありがとうございました。おかげで、なんとか無事に帰れそうです。また、会うことがあれば、そのときは……」

 

 実際にまた会える可能性がどれほどあるのかは分からない。

 もしかしたら、二度と交わることのない道かもしれない。

 でも、別れ際の“定型文”というのは、意外と大事なものだと思った。

 そんなことを思いながら、俺は軽く頭を下げた。

 

「あっ……ありがとうございました! わたしも、また!」

 

 メイリンも少し遅れて、思い出したようにお辞儀をする。

 

 管理人は、ふふふ、と含み笑いを漏らすと、どこか愉快そうな目でこちらを見た。

 

「良い良い。このまま迷宮に潜っておれば、いずれまた相まみえることもあるじゃろうて」

 

 その言葉に、思わず小首を傾げる。

 未来の出来事を予見しているのか、それともただの挨拶代わりか。

 管理人の笑みはすべてをぼかしたまま、読み取らせてはくれなかった。

 

「……それじゃあ、行きます」

 

 俺はそう言い残して、意を決してゲートへと足を踏み入れた。

 真っ暗な縁が目の前に迫る瞬間、反射的に目をぎゅっと閉じる。

 不思議なことに、何の抵抗も痛みもない。

 空気の膜を抜けるように、するりと通り抜ける感覚だけがあった。

 

 ──空気が、違う。

 

 肌に触れる空気の温度、湿度、匂い。すべてが一瞬で切り替わったことを体が感じ取る。

 

 恐る恐るまぶたを開けると、そこは薄暗く、ひんやりとした岩の壁に囲まれた、こじんまりとした洞窟のような空間だった。

 後ろから続いてきたメイリンが、少し遅れて到着し、思わずぽつりと呟く。

 

「……抜けた、のかしら……」

 

 振り返ると、彼女も周囲を見回しながら、安心したように小さく笑っていた。

 二人とも無事に出られたことに、心から安堵する。

 

 そして、何かの合図を待っていたかのように──

 

 ゲートは、ふっと音もなく消えた。

 歪んだ空間は何事もなかったかのように元に戻り、まるで最初からそこには何もなかったかのように、静寂だけが残った。

 

「……ふぅ。帰ってきた、ってことでいいのかな」

 

 自分に言い聞かせるように、俺は小さく呟いた。

 

 ひとまず、外に出てみよう。

 そうメイリンと頷き合い、俺たちは薄暗い洞窟の奥から、明らかに“外”に通じている裂け目へと歩き出した。

 

 口を開けているその出口は、俺とメイリンが並んで歩いても十分すぎるほどの幅があり、頭上にも余裕があった。天井までは優に三メートル以上はあるだろう。

 

 外に出た瞬間、俺の肌に“本物”の陽の光が降り注いだ。

 強く、まぶしく、暖かい。

 目を細め、思わず立ち止まる。数日ぶり、いや、体感ではもっとかもしれない。迷宮の中では常に閉ざされた空気の中にいた。だからこそ、この開放感は、体の芯まで染みわたるようだった。

 

 目を開けると、光に慣れてきた視界が徐々にクリアになっていく。

 最初に感じたのは、乾いた陽射しと、鼻先をくすぐる潮風の香りだった。

 吹き抜ける風は湿り気を帯びていて、ほんのりと温かい。肌を撫でるその感触に、今が現実なのだと実感する。

 

 そして、目の前に広がっていたのは──

 白く広がる砂浜と、どこまでも青く、果ての見えない大海原。

 波が穏やかに寄せては返し、太陽の光が水面にきらきらと反射していた。

 

 俺たちが出てきたのは、どうやら海辺の入り江にある洞窟だったらしい。

 

「……海、ね」

 

 メイリンが呆けたようにぽつりとつぶやいた。

 指差すまでもなく、誰がどう見てもそれは海だった。けれど、言わずにはいられなかったのだろう。

 俺もまた、言葉を失っていた。

 

 周囲を見渡しても、人の気配はない。

 建物もなければ、人工物らしきものも見当たらない。

 地形的にも、たぶんこの迷宮はまだ世間には知られていない、未発見のものなんじゃないか──そんな予感がした。

 

「……まずは、この場所がどこなのか。調べなきゃな。それと、人里が近くにあるかどうかも」

 

 俺がそう言うと、メイリンも真剣な表情で頷いた。

 

「そうね、それじゃあ、まずは歩いて──」

 

 そこまで言って、ふと、妙な違和感が胸をよぎった。

 

「……あれ?」

 

「ん? どうしたの、イトウさん? 急に止まって」

 

 メイリンが首をかしげてこちらを見上げてくる。

 けれど、俺はその表情を見て、なおさら戸惑っていた。

 

「……メイリン。今さ、何語で喋ってる?」

 

「は? 何語って……そりゃ中国語に決まって──え?」

 

 メイリンが自分の口元を手で押さえる。俺と同じだ。今さら気づいた。

 そう、迷宮の中にいる間は“言語の壁”というものが存在しなかった。

 迷宮がもたらす謎の補正が、お互いの言語を共有してくれていた。

 でも──今はもう、迷宮の外にいるはずだ。にもかかわらず、会話はスムーズに成り立っている。

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ!? もしかして……まだ迷宮の中ってオチ!? やだ、絶対やだ! もうあんなのごめんよー!!」

 

 メイリンが半ば叫びながら髪をかきむしる。

 その気持ちは分かる。俺だって、同じことを考えていた。

 せっかく抜け出せたと思ったのに、言語が通じてるってことは、まだ迷宮の効果が及んでいる──つまり、完全に出られていない可能性があるってことだ。

 

「……まだ、何かが続いてるのかもしれないな」

 

 そう言いかけたとき、メイリンが突然「あっ!」と声を上げて、慌ててバックパックをひっくり返し始めた。

 

「な、なんだ急に。どうした?」

 

「ちょっと待って、今……探してるから……あった!」

 

 ガサガサと雑多な音が続いたあと、メイリンがひとつの小さな物体を高々と掲げた。

 

「じゃーん! 文明の力! スマホォォ!!」

 

 どこか誇らしげな声。だが、俺はその瞬間、ひとつの冷静な事実を口にする。

 

「……充電、残ってれば、な」

 

 その言葉に、メイリンの笑顔が音を立てて崩れていった。

 

「…………はぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 盛大なため息。むしろ叫びに近かった。

 

「二週間以上もあの中にいたんだ、そりゃバッテリーも干上がるよ」

 

「いやでも、もしかしたら省エネモードで……って、うん、だめね、バッテリーマークすら出ないわ……死んでる……完全に……」

 

 がっくりと肩を落とす彼女に、俺は少しだけ笑いながら言った。

 

「……ま、文明に頼れないのはいつものことだ。とりあえず、歩こう。何か分かるかもしれない」

 

「……うん。そうね。ここでうだうだしてても仕方ないもんね」

 

 気を取り直したように、メイリンが前を向く。

 俺たちは、まるで永遠に続くような白い砂浜を、並んで歩き出した。

 

 この謎の現象が、迷宮によるものなのか、はたまた別の要因なのか、分からくとも進む道はある。

 

 潮風が、髪を揺らして通り過ぎていった。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

無事脱出!・・・・できたのかしらん?
謎現象が続いているイトウくんたち、はてさてここは迷宮か、現実か。
次もお読みいただけますと幸いです。

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