ポイント交換だけで成り上がる!? -ダンジョンの回収屋が無双中- 作:鳥獣跋扈
フランクと向かい合って話していたその時──
部屋の扉が、音もなく開いた。
振り返ると、あのマシューが戻ってきたところだった。白のワイシャツの袖を軽くまくり、相変わらず柔らかく笑みを貼り付けたまま、すっと室内へと足を踏み入れてくる。
その視線が、俺とフランクに向けられる。
ほんの一瞬だけ、彼の眉がわずかに上がった。
──が、それだけだった。
「さて」
マシューは手を軽く叩き、部屋の中央に立って全員の視線を集める。彼の声はどこか芝居がかった調子で、耳に馴染まないほどに丁寧すぎる。
「もしかしたら、もう少し話をしていたかもしれないが……改めて紹介しよう。今回の探索から“協力”してくれることになった、ミスター・イトウだ。仲良くしてくれたまえ」
俺に視線が集まる。
……とはいえ、特別な反応があるわけでもない。
アイシャは小さくうつむき、ジョンは顔すら上げない。本から目を離すことなく、ページを一枚、ぺらりとめくる音だけが空気を割った。フランクはというと、ちらりとこちらを見て、軽く顎を引いた。頷きというより、最小限の“了解”の意志表示。
マシューの口調もどこか演技じみているが、内心で何を考えているのか──読めない。あれだけの“支配”を行使する相手だ。軽々しく敵意を見せたところで、どうにかなるわけもない。
今のステータスは、迷宮の外と変わらないようだ。言語の統一効果は発揮されているが、身体能力は迷宮内まで引き上がってはいない。つまり、この場で暴れたところで、成果は高が知れているってことだ。
ここは、もう少し様子を見るべきだろう。
「イトウ君、急で申し訳ないんだが、これから迷宮に潜ってもらうことになる」
唐突に切り出したマシューの言葉に、思わず眉が動いた。
「……今から?」
「うん。まだ全然元気だろう?」
マシューは軽く微笑みながら、続けた。
「同行するのはジョン君。彼と君と、そしてこちらから三人。計五人での小規模チームだ。詳しい説明は現地の担当者がしてくれる」
そう言って、マシューはちらりとジョンの方を見やった。
俺もつられて視線を向けるが、眼鏡の男はページを繰る手を止めようともしない。まるで、自分の名前が呼ばれたことさえ気づいていないかのように。
まったくの無関心。
「さて、フランクさんとアイシャさんは、前回の続きの階層から探索をお願いするよ。そろそろ次に進んでもらえると助かるんだがねぇ」
その言葉に、フランクが鼻で笑う。
「っへ。できる限りでやってるってことぐらい、お前さんがよーっく知ってるだろうよ」
棘のある物言いだったが、マシューはそれをいなすように柔らかく笑う。
「もちろん。フランクさんはいつも本当に助かってる。アイシャさんもね」
その一言で、アイシャの肩がびくんと震えた。
「っ……」
彼女はまるで無意識のように、自分の両肩をぎゅっと抱きすくめる。怯えに満ちたその瞳は、マシューに向けられているというより、“マシューという存在”そのものから逃げるようだった。
俺の胸の内に、冷たいものがじわりと広がっていく。
よほど以前に何かあったのだろうか、ヤツがこの場に来てから、彼女の震えはさらに増したようだ。
言葉にできない苛立ちを押し殺しながら、俺はマシューを見つめ返した。
笑顔の裏に潜む意図──見抜けないなら、せめて近づいてみよう。観察し、分析し、隙を探す。
奴が何を目指しているのか。
そして、どう壊すか──だ。
* * *
フランクとアイシャは、別の準備があるとのことだった。
俺とジョンは、再びマシューに先導され、建物の外へと向かう。扉の先、湿った海風が肌を撫で、微かに草の匂いを運んできた。
流石のジョンも歩くときには本を読まないらしい。今はアイテムボックスへと、それを仕舞い込んでいる。
……いや、そもそも一枠を本で潰してるのか、あいつ。普通は食料か道具を入れるもんだが、随分と奇特な使い方をするやつだ。
ちらりと視線をやると、ジョンは無言のまま俺の少し前を歩いている。背筋は伸びているが、感情のない機械のような足取り。思考は別のところにあるかのようだ。
丘の上を歩く。
目線の先にあったのは、見覚えのあるヘリ……では、なかった。
俺たちをここへ運んできたあの機体は、すでに姿を消していた。
どこかへ移動したのか、あるいは撤退か。……どちらにせよ、次に脱出が必要なときに“いるかどうか”は重要な問題だ。今後は機体の所在も確認しておいた方がいいかもしれないな。
そんなことをぼんやり考えながら、簡易的に整備された坂道を下る。
砂利が靴の裏で砕け、石の隙間から乾いた草が覗く。
坂を下りきると、複数の道が広がっていた。その中の一つへ、マシューが迷いなく足を向ける。俺とジョンもその後に続いた。
しばらく歩くと、開けた空間に出た。そこには、テントが十張以上、規則的に立ち並んでいた。周囲では十数人の男たちが、何やら荷物を仕分けたり、運び出したりと慌ただしく動いている。
物資の山。木箱、金属ケース、樽に見えるものまで混ざっている。
場の空気は軍のそれに近かったが、動いている人間たちは軍服ではない。迷彩服や私物と思しき防具が混ざった、ごった煮の装備。
……どうにも“傭兵集団”のような、そういうにおいがする。
中でも一際目を引くのは、三人の男たちだった。彼らは他の作業員とは違い、腰に武器を帯び、体格も装備も重めだ。防具のいくつかは、明らかに迷宮由来と思しき素材が使われていた。
マシューが、そちらへ向かう。
「彼らがウチの“メンバー”だ。ジョンはもう知ってると思うけど……彼らの名前を覚える必要はないよ」
振り返って、マシューは俺に向かって言った。
「重要なのは、探索中に“最適な協力”をしてもらうこと。名前なんて、指示するのに不便なら番号で呼べばいい。そういう存在だと思ってくれたまえ」
……なんだそりゃ。
名前を知らずにどうやって呼ぶんだ。いや、むしろ“名前を知らないこと”に意味があるのか?
それともこれは、ゲームのNPCでも扱うように、定型命令で動かすような……そんな感覚で考えればいいのか?
ますます分からん。が、分からないなりに、やるしかない。
げんなりしながらも頷く。文句を言ったところで、状況が好転するとも思えなかった。
──しかし、それにしても。
俺がこんなに何も言わず、素直にマシューの言うことを聞いているのを、こいつは不思議に思わないのか?
……いや、思わないんだろうな。きっと。
“従わせる”ことが当たり前のように通る環境なのだ。慣れてしまったかのように、身体が反応してしまっている。
「じゃあ、あとはよろしく頼むよ」
そう言い残して、マシューはひらりと手を振り、何の未練もなさそうに背を向けて去っていった。
──さて。
俺は、マシューが“こちらから三人”と言っていた男たちに視線を向けた。
装備はバラバラだが、どことなく統一感がないのは、迷宮産の防具で補強しているせいだろう。鉄の胸当てにレザーの膝当て、足元は砂漠用のブーツ──とにかく実用主義。見た目なんか気にしてない。
ただし、目だけは揃っていた。
どの男も、俺を見る目が……冷たく、どこか侮蔑を含んでいる。
「へへ……このアジア人は新入りかよ。ジョンと組むってことは、そこそこやれるんだろうな?」
茶色がかった髪を後ろに撫でつけた、口の悪そうな男がニヤつきながら言ってきた。
俺は返事をしない。する必要も、ない。
「けっ。愛想のねぇ野郎だな……ま、いいさ」
肩をすくめたその男は、表情を引き締めた。
「仕事の話をしようぜ。いくらお偉いさんの推薦とはいえ、無駄口叩いてるヒマはねぇだろ」
その言葉に、他の二人もちらりと俺を見ただけで、特に何も言わなかった。
どうやら、ここからが“本番”のようだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
さてお仕事の時間が急に来ましたが何をするんでしょうか。
次もお読みいただけますと幸いです。
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