ポイント交換だけで成り上がる!? -ダンジョンの回収屋が無双中- 作:鳥獣跋扈
エリオが帰還したことで、どうやら雑魚の掃討戦は終わりらしい。
目的が変わったためか、探索の空気が変わった。
今までの慎重な探索が嘘のように、一気に進行速度が上がる。全力疾走というほどではないが、かなりの速さで、俺たちは無言のまま迷宮を駆けていた。
荒野の荒々しい空気を裂くように風が流れ、肩口の布が翻る。一定のリズムで鳴る足音が、緊張感を少しづつ高めていく。
そんな中──前方に、違和感が現れた。
陽炎の先。ぼんやりと、何かが見える。
「……あれは?」
自然と足が緩み、思わず目を細めてしまう。
それは、今までこの迷宮に居た魔物にしてはやけに小さく、けれども岩や柱といった無機物とも違う“生”の気配を纏って、どこかぼうっとしたようにじっと佇んでいた。
先頭を走っていたシドが、何かを察したのか立ち止まる。俺たちもそれに倣って足を止めると、全身に流れていた熱が、じわりと静まり返っていった。
その影は、こちらの存在に気づいているのかは分からない。だが、警戒するような動きも見せず、最初に見えた位置から微動だにしていない。
「ようし、居たな。アイツが“試練”だ」
後ろから、例の指示役の男が歩み寄ってきて、シドの横で足を止める。彼の視線の先には、例の小柄なシルエットがあった。
“試練”。
そう口にした瞬間、場の空気が少しばかり張り詰めたように感じた。
距離があるため、まだはっきりとは見えない。だが、どうやらそいつは人型のようだった。
ただし、妙に頭部が細長く、腰のあたりからしなるような尻尾のようなものが垂れている。全体的に爬虫類じみた印象があり、まるで二足歩行をするトカゲのようだ。
ついこの前、巻き込まれた先での獣人達を思い出すが、それとも違う、野生のような印象。
じっとその姿を睨んでいる俺を尻目に、周囲が戦闘態勢に入りはじめた。
男が軽く顎をしゃくると、後方にいたジョンがひとつ小さく息を吐きながら、前に出てくる。そして、ゆっくりと両手を前に伸ばし、まるで空気そのものに祈るような所作で、初めて口を開いた。
「風切る羽のごとく、森を駆ける獣のごとく──いま、我が身を縛る鎖を断ち切れ」
その響きに、思わず息を呑んだ。
詠唱──だと?
そして次の瞬間、俺の視界が緑に染まる。
ジョンの言葉と同時に、まるで霧のように拡散した翠の粒子が、俺たちの身体に優しく降り注ぎ、薄い膜のように包み込んでいく。
「っ……!」
呼吸が自然と深くなる。胸の奥が軽くなる。
身体を傾けて片足を浮かせてみると、驚くほど軽やかに地面を離れる感覚があった。
まるで羽が生えたかのような、重力から解放されたような自由さ。
これは……バフか。
身体が軽い。それでいて、レベルが急激に上がったときのような違和感もない。力が素直に流れていく感覚。違和感どころか、むしろ“しっくりくる”。
こんな感覚……初めてだ。メイリンに掛けてもらったバフとはまた違う感じ。
驚きと共に、俺は無意識にジョンの方を振り返る。
彼は変わらぬ無表情のまま、右手に大ぶりの杖を握っていた。いつの間に取り出したのか、恐らくアイテムボックスからだろう。
魔法……だとは思うけど、なぜ詠唱を。
詠唱が必要なスキルなんて、俺は今まで出会ったことがなかった。
不思議そうにジョンを見ていた俺に気づいたのか、あの指示役の男が、くつくつと喉の奥で笑いながら声をかけてきた。
「ふふ、やっぱり最初は面喰うよな。フランクのヤツもそうだったし、アイシャなんか、馬鹿みてぇに口開けてたぜ」
懐かしむような口調で語るその男は、軽く顎をしゃくってジョンの方を示す。
「コイツのバフは特別なんだよ。詠唱を入れることで、効果が増すって話でな。……まあ、詳しい理屈までは知らねぇけどよ。悪い話じゃねぇし、俺らとしては助かってんだわ」
得意げに話しているその横で、ジョンが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
目元はわずかに引きつっていて、普段の無表情とはどこか違う。内心で何か思っているのは明らかだったが、契約の縛りがあるのか、それとも性分なのか、何も言い返さずに肩を落としてため息をついた。
「それにな──」
男は構わず言葉を続ける。もはや、ジョンの気持ちなんて気にも留めていないようだった。
「この詠唱は、ジョンの自作らしいんだよ。おもしれぇだろ? 他の連中も面白がって真似てみたんだけどな、誰一人うまくいかなかった。効果どころか、反応すらねぇって有様よ」
そう言って笑い、ちらりとジョンに目配せする。
「コツを聞いても、こっちが欲しい答えは返ってこねぇしな。まぁ、しばらくして全員諦めたわ」
「……」
ジョンは視線すら向けず、黙って前を向いたまま、まるで関わりたくないと言わんばかりの態度だった。
……なるほど。どうやらあのバフは、ジョンだけが使えるものらしい。
固有スキルの可能性もあるし、もしくは何かのスキルから分岐した“派生”か。特定の条件が揃った結果、あの詠唱が必要になったのかもしれない。
それにしても、杖に詠唱、後方支援型。彼はやはり、いわゆる“魔法使い”ポジションなのだろう。見た目にも防具は少なめだし、身のこなしも静かだ。
そう考えると、前衛は──おそらく俺と、この指示役の男か。
“ジョンと二人でも大丈夫”と言っていたことを思い出す。少なくとも彼らの中で、前に出るのはその二人だけということだ。
と、その時、あることに気づく。
「……そっちの、シドって人にはバフをつけなくていいんですか?」
俺がそう尋ねながら指差すと、その名を呼ばれた男はちらりとこちらを見やったが、何も言わずすぐに視線を戻した。
「シドにはいらんよ。戦闘には参加しねぇし、魔力も節約しなきゃなんねぇからな」
短くそう言うと、男はアイテムボックスから出したのか、巨大な戦斧を軽々と肩に担ぐ。
その斧は、華美な装飾こそないが、丁寧に細工された金属の装飾が柄に刻まれていた。刃は光を鈍く弾き返し、見るからに重厚だ。使い手の技量と筋力を問う、まさに戦場向きの代物。
俺も<影走りの短刀>を抜く。斧に比べれば軽いかもしれないが、刃の鋭さには自信がある。目の前の戦いに備え、柄を軽く握り直した。
「……準備は、できてます」
俺の頷きを確認すると、男はにやりと笑って言った。
「よし、なら行くぞ。あの“試練”のやつはな、一定の距離まで近づくと自動的に戦闘状態になる。あと数歩ってとこだな」
そして、静かに一言。
「行くぜ」
その声と同時に、男が前へ一歩、足を進めた。
俺とジョンも、その後ろに続く。
二歩。三歩。
ゆっくりと、しかし確実に歩を進めながら、目の前の影が徐々に近づいてくる。
“試練”と呼ばれたそれは、依然としてまったく動かない。だが、それが逆に不気味だった。
緊張感が徐々に高まる。
肩越しに風が通る。
──そして、四歩目。
前を行く男の右足が、宙に浮いた、その刹那。
バシュッ
風を裂く鋭い音が、迷宮の静寂を切り裂いた。
気づいたときには、前を歩いていた男の首が、宙に舞っていた。
赤い軌跡を描いて、ぽとりと地面に落ちる。
遅れて、身体が膝をつき、どさりと音を立てて前のめりに倒れた。
俺は、声も出せなかった。
ただ、目の前に広がる光景を、理解できないまま見つめていた。
戦闘は──始まってなどいなかった。
始まる前に、一人が、終わっていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
退場ーーーー!!!!
はい、まさかの死亡。可哀想に。。。
次もお読みいただけますと幸いです。
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