呪頂志向   作:カリカリベーコン蒼海

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第五話 千年霊峰

 平安の頃から数えて千年以上の歴史を持つ、高野山。其処には開祖が創りし仁界*1、名を【七里結界(しちりけっかい)】。

 

 その強力な力故、普段は呪霊の発生や存在する事は決して無い。しかし、どんな結界や封印と言ったものも劣化する。天元*2の様に常に術者本人がコントロールしているのなら未だしも、通常は時代と共に衰え消える。

 其れ故に開祖は縛りをいくつか設ける、その内の一つに定期的な結界の張り直しがあり、選ばれた僧侶の呪術師により結界が維持される。

 代償として、張り直しの期間中は一時的に結界の力が消え、悪しき存在達が出入り可能となる。

 

「とは言っても、対策はされているからね。格は数段以上落ちるが、七里結界の代替として張られているがあるから、呪霊は入って来づらい」

「分かっているが、面倒なのに変わりないだろう」

 

 夜も更けた頃、結界の起点の一つである金剛峯寺に招かれざる客が一組。不遜な会話をしながら入って来る。

 

 片方は黒を基調とした書生服の上に灰色の羽織と袴風のロングスカート、キャスケットを被り、肩まで掛かる青髪で眼鏡を掛け、ダルそうな表情を臆面もなく出すが、その佇まいは知的な印象を受ける。

 

 もう一人は、黒スーツを着こなしバリキャリな空気を漂わせる黒髪ショートヘア、怪我をしているのか額に包帯を巻いている。コロコロと愉快そうに、口角を上げる彼女は、一見すればお近付きになりたい美人だが何故か怖気が止まらない。

 

「そうかい?、私は好きだよステージ造り」

「この山の僧は、無駄に粘るから疲れる」

「まぁまぁ、楽しもうよ尾鎧(おがい)

「千年も同じテンションでいる、お前が可笑しいだけだ………何だったか?、今の名前は」

組屋雪菜(くみやゆきな)だよ。何度目かな?、覚える気無いでしょ」

 

 気安い掛け合いは静まり返る寺庭に響く、月明かりが二人を照らす。神聖な筈の寺内は虫が這う様な気味の悪い雰囲気を醸し出す。

 

「夜分遅くに何用かな?」

「ホレ見ろ」

 

 先程まで誰も居なかった寺の正面玄関に一人の紅い衣を着た老僧が立っていた。

 (いぶか)しげな顔を隠そうともせず、戦意を向ける。自然体でありながら、何処にも隙が無い。正しく古強者。

 

「気付かれちゃったかぁ〜、しょうが無いね」

「うっざ、分かってた癖に」

 

 そんな存在を前にしても尚、二人の余裕は崩れない。老僧も只者では無いと確信し警戒を強める、それを読み取ったのか老僧に対して、雪菜は笑う。

 

「ねぇ、お爺さん。見逃してくれれば此方も貴方を攻撃する理由は無いよ、勝てないって分かってるんでしょう?」

「だからと言って、貴様らの様な悪鬼を見過ごす理由にはならん」

「これだよコレ、高々信仰ってだけで己が命を投げ捨てる。特別な誰かの為じゃない、不特定多数の誰かの為に命を投げる。本物のイカレ」

 

 ヒリついた空気が流れる、先に動き出したのは老僧だった。

 

術式顕現(じゅつしきけんげん)、【明王帥(みょうおうすい)】」

 

 3本の角を持ち、牙を剥き出す、背丈が人の倍はある。絵物語から其のまま出て来た風貌の黒鬼が老僧の隣で(ひざまず)く。

 無手だった老僧の手には三叉戟(さんさげき)が握られ、煌々と炎を出している。

 

「これは、また、面倒なのに当たった」

「流石は総本山の住職と言うべきだろう。明王を束ねる明王の能力を、一部とは言え降ろせるのは」

 

 開祖が編み出したのは結界だけでは無い、術式を持たない者にも扱える様に創り出した降霊術式。結界と同じで縛りは有れど、素質に応じて仏の能力を降ろす事が出来る。

 中でも【明王帥】は降霊術式の中でも最上位の攻撃力を誇り、降ろせる者は100年に一人程度。

 しかし、そんな力を持ってしても

 

「想定内かな。じゃ、尾鎧よろしく!」

「戦えない訳じゃ無いだろ」

「そっちの方が早い」

 

 チッ、と舌打ちをし、億劫そうに尾鎧は腕を上げて術式を起動させる。

 

「傀儡操術 極ノ番…」

 

 

 ──────────────────

 

 ────────────

 

 ────────

 

 

「結界の改変はこんなもんで良いか」

「そうだね、これで呪霊の出入りが可能になった」

「繁忙期で助かった、山の僧も少ない」

「有り難いよね、典型的な呪術師は扱いやすくて」

 

 邪悪は山を飲み込み、舞台は十全に整った。これより行われる山野惨劇を今は誰も知らない、後にこの地獄は『呪世輾進(じゅよてんしん)』と名付けられる大事件となる。

 

「よし、、のぶ、、、、頼む」

 

 四肢を砕かれ、最早人の形をしていない老僧は最後の気力を振り絞り、旧友に口を使ってメールを送る。ゆっくりと歯を器用に使って、携帯のキーボードに打ち込んでいく。たった一文を送ったのを見届けた後、血涙を流しながら絶命した。

 

 

 

 

 晴れ渡る夏の空、消魂しく鳴く蝉、頬を伝う汗、涼やかに流れる川。本来なら歓喜して燥ぎ、外へ出る所なのだが、そうも行かない事情が夏油にはある。

 

「傑、何か言う事はあるか?」

 

 昨日の夕方、コソッリ2階に上がった所を祖父に発見され、見つかって良かったと抱き締められ、そのまま一晩説教に入った。

 昔気質の祖父の拳骨は、化け猿よりも重く、割りと真面目に何度か気絶仕掛けた。

 

「本当に御免なさい、もう勝手に外へ行きません」

「傑は賢い。儂の言葉の裏なんぞ簡単に読み取れるのじゃろう。だがな、お前はまだ庇護される子供。大きく立派に育つまで勝手は許されんのだ」

「……はい」

 

 夏油傑は両親からは怒られる事一度たりともは無かった。一重に夏油傑が同年代よりも大人びていた故である。が、夏油傑もまだまだ幼い、善悪の区別はつけれども好奇心を抑える事が出来ない。

 

 祖父は物事の道理を伝えながら話す。聡いと分かっているからこそ怒り方も大事なのだ、若さ故の過ちは誰にでもある、それをどう正してやるのかが大人の見せ所。

 

「ふむ、スマンな儂も怒り過ぎた、恵子の飯を食べるとしよう」

「はい、御免なさいお爺ちゃん」

 

 リビングへ出る、夏の定番の一つである冷やし中華がテーブルの上に置かれている。

 祖母は俯く傑に席に着くように優しく声を掛ける。

 

「傑ちゃん、食べられそう?」

「うん、大丈夫」

「一晩中説教はやり過ぎた、食べたら寝なさい」

 

 さっきとは違い、祖父の声も柔らかさを含む。促されるままに冷やし中華を食べようと箸を取った瞬間だった。

 

「にゃん」

 

 大福の亜種が此方を見上げている、その目は教師に怒られた同級生を見る目と同じ目をしている。

 

「あ!、傑ちゃんが拾って来たこの子のご飯ね、一先きゅうりとトマトを上げようとしたのだけど、私の作った料理しか口にしなくて、大丈夫かしら」

 

 困り果てた様に話す祖母に傑は湧き上がる怒りを抑えつつ、杞憂である事を伝える。

 

「大丈夫だよお祖母ちゃん、この品種の猫は人と同じご飯を食べられる珍しい猫なんだ」

「へぇ~そうなのね」

「傑が言うならそうなのか、確かに見たこと無い胴回りをしているな」

「にゃん!、にゃん!」

 

 そうだ、そうだとでも言っているかの様に鳴くニャンコ先生を見て意気消沈していた自分が馬鹿らしくなる。

 

 このブタ猫、僕が怒られた一因になっている癖に、、、いや、悪いのは勝手をした僕なんだけれども、こう、、何とも言えない苛つきが腹の底で煮えている、とでも言うか

 

「食べ終わったら寝る前にニャンコ先生と庭先に出ても良い?」

「そりゃぁ構わんが」

「元気ねぇ~」

「太りやすい猫だから軽い運動がいるんだ」

「ニャ!!」

 

 要らん、とでも言っているのだろうが、関係無い。此処での飼い主は僕だ。其れに今後の話もいるでしょう、先生。

 

 夏油の意図が理解したのか、ニャンコ先生は抗議を辞めて食事に取り掛かった。

 

「お口合って良かったわ」

「(尊敬出来る部分と出来ない部分の落差が激しい)」

 

 食事を終えて、祖父母の目の届く範囲で庭先に出る。至る所で喚く蝉のお陰で、先生との会話も二人には聞こえない。

 

「それで、戦力増強はどうするんです?」

「一番簡単なのは、全て話してしまう事だな」

「しかし」

 

 確かに手っ取り早いのは、その選択だ。でも其れは祖父母に秘密を明かす事と同時に要らぬ心配も掛けてしまう。

 あの二人の事だ、是が非でも助けようとするだろう。でも其れは九分九厘の確率で二人の死なせる。

 

 眉間にシワを寄せ、思い悩む夏油を横目に察したニャンコ先生は代案を出す。

 

「分かっている、巻き込みたく無いのだろう?。ならば適当な事情を作れば良い」

「と言うと?」

「あの小娘と連絡を取り、これから先の夏休みは友人の家で過ごすとでも言えば良かろう」

「随分と他力本願な案ですね」

「両親にも一部事情を話し協力して貰えれば、問題無い」

 

 ニャンコ先生の出した案は夏油の意向にも沿っている、しかしそれならば

 

「両親に話すだけでも良いのでは?」

「ん?。あぁ、そう言う事か。夏油、お前は弱者とする者を危険から遠ざけているだけだ。力を育ませて、自衛の手段を獲得させてやるのも護る事に繋がる」

 

 昨日見せた態度が嘘の様なニャンコ先生に思わず驚くが、納得出来る内容に肯定の意を述べる。

 

「成る程、分かりました先生。ですが、意外です。先生は余計な事に時間を割かないと思っていたので」

「お互いの利害の一致は戦いの上では大事な要素さ」

 

 無論ニャンコ先生の本命は別の所にある。

 

 昨日の言動を観るに、必要となれば夏油は容易く自身の命を捨てる、捨てられてしまう。

 其れは困る、故に護り導びく弱者を楔とする。あの小娘の無謀は夏油も知る所、納得させるのに苦労は無い。

 何より小娘は夏油の祖父母や両親と違い、明確に護らなくてはならぬ、と思える点が非常に良い。此処ぞと言う時、夏油に思い留まらせられる。

 

 ニャンコ先生の掌を返す言動には、夏油も違和感を感じるものの、反論の余地は無い為、飲み込む事にした。

 

「よし!、話は終わったな!。冷蔵庫の芋羊羹は貰うぞ」

「あっ、先生!」

 

 真面目な表情を崩して身を翻し、突撃するニャンコ先生。一瞬遅れて夏油も背を追う。

 

 

 

 

 コンクリートが剥き出しになっている廃旅館の一室。ヘルメットにゴーグルを付け、花柄のカンフーシャツを着た目付きの悪い痩躯(そうく)の男と、部屋を満たさんとする程の身体の大きさを持った、蜷局(とぐろ)を巻く黒色の胴体に無数の目と金色の鎧を身に付ける大蛇が向き合う。

 

「まだ始まらんのか」

「カッカッカ、焦らずとも精々2週間以内に始まる。人は力を得る為なら、他者を犠牲にする事を厭わない。それが術師なら尚更」

「己が為だけに益を欲さんとする悪党共に誅罰を下す、悪を滅却する事こそ我が人生」

「フフ、そうだとも。正しき者が我の相棒で心底良かった」

 

 

*1
オリジナル結界。原作キャラ天元の創り出した優れた結界である浄界をベースに護るに全振りした結界

*2
呪術廻戦の登場キャラ、不死の術式を持ち奈良時代から現代に至るまで存命している。

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