その日、童実野町は騒がしかった。
街のあちこちで『戦い』が起こっている。
「な……なんじゃあこりゃ?」
童実野町で店を開いて30年。魚屋の店主は、今まで見たこともない光景に眼を丸くした。そんな店主の様子を見て、近くにいた青年が話しかけてくる。
「なんだ? じいさん知らないのか? これはデュエルモンスターズだぜ」
「でゅ……デュエルモンスターズ?」
確かカードゲームだったか。店主はなんとなく聞いたことはあったが、実際にやっているところは見たことがなかった。
「す、すごいのぉ……まるで怪物がそこにいるみたいじゃないか……」
「へへっ! 気をつけた方がいいぜ、じいさん」
青年はニヤニヤと笑いながら、腕につけた機械を得意気に見せた。
「今日からこの街は……戦場になるのさ!」
◇◆◇◆
バトルシティ。
街全体を舞台とした、この大規模大会の開催に海馬コーポレーションとインダストリアル・イリュージョン社は、多額の予算を注ぎ込んだ。一般企業なら頭を抱えそうな、莫大な金額である。
しかし、両社がこの大会にそれだけ『賭けている』のには、理由がある。
バトルシティ後に一般販売を企画している『決闘盤(デュエルディスク)』
この『決闘盤』を用いた決闘をデュエルモンスターズのプレイヤー以外の人々、決闘者ではない人々にみせることが最大の目的だ。
ゲームというのは、ある程度ルールが分からなければ、観ている側は面白くない。例えば将棋のルールを知らない人には、名人の一手の凄さが分からないし、素人がバスケットのNBAの試合を見ても派手なプレイばかりに目がいくだろう。
極論になるが、サッカーのルールを知らない状態で観戦したら、ただボールを蹴りあっているだけの様に思える。
ゲームのルールというのはそういうものだ。
だが、『決闘盤』と『ソリッドヴィジョンシステム』は、その常識を覆す。
颯爽とフィールドに現れるモンスター。
まるで魔法使いのように、次々と繰り出される魔法。
対戦相手の意表を突く、反撃の罠。
決闘の派手な演出とリアリティーは、観客の心を掴んで離さないだろう。『ソリッドヴィジョンシステム』があれば、観客はルールを理解していなくても『観る』だけで決闘を楽しむことができる。そこからデュエルモンスターズに興味をもって貰えれば、儲けものである。『決闘盤』が普及すれば、プレイヤーは爆発的に増えるだろう。
そして今。記念すべきバトルシティ最初の1戦が決着しようとしていた。
「さあ、これでお前の壁モンスターはなくなった。いけ、デーモン、マグネットウォーリアα! ダイレクトアタック! 合体攻撃で200ポイントアップ! サンダーマグネットソード!」
「ぎゃああぁあ!? バカな……崩れる? 私のエグゾディアがぁあ……?」
童実野町の中心地に当たる広場、そこで行われていた決闘の勝敗が決まる。
グールズの一員、エグゾディアを操る『レア・ハンター』を打ち倒したのは、決闘王国の優勝者『武藤遊戯』
周囲の観客達から歓声が上がる。そんな中、盛り上がる人々から少し離れてその様子を眺めている男がいた。
ラルフ・アトラスである。その手には携帯電話が握られており、通話中だ。
「……海馬社長、決闘の決着がつきました。勝ったのは武藤遊戯です」
ラルフとしては最後の遊戯の攻撃……デーモンと磁石の戦士による『属性相性』を利用した『合体攻撃』が納得いかないのだが、仕方がない。バトルシティの開催にルール整備の全ては間に合わず、一部の特殊ルールは効果処理として残ってしまったのだ。その為、水属性モンスターに対する『雷の剣』などの電撃攻撃も効果抜群のままだ。ルール改定が間に合わなかった事は、心残りである。
そんな不満気なラルフに対して、海馬は上機嫌だ。
『ふぅん、当然だ……遊戯はこの俺のライバル、こんな所で敗れる様な男ではない』
「はい。海馬社長が彼に拘る理由が分かった気がします」
『クックク……待っていろ遊戯。この俺の『オベリスク』が貴様を打ち砕く……フフフ……ワハハハハハハ!』
勝手に盛り上がっている高笑いがうるさいので、思わず携帯を耳から離した。どうやら海馬は相変わらずのようで、ラルフとしては嬉しいやら悲しいやら、微妙なところだ。
「ところで、海馬社長」
『ワハハハ……なんだ?』
「我々は本当に『神のカード』の回収に協力しなくていいのですか?」
『何度も言わせるな。『神のカード』は俺が必ず手にいれる。貴様らの手は借りん』
「しかし……」
『くどい! 俺がなんのためにこの大会で、アンティルールを採用したと思っている!』
やはり『神のカード』を手にいれる為のルールだったのか……とラルフは頭を抱えたが、口には出さない。
『安心しろ。既に海馬コーポレーションの力で、参加決闘者の所持カードの調査にあたっている。すぐに神を見つけ出してくれるわ……』
それはルール違反の職権乱用ではないか……とラルフは頭が痛くなったが、口には出さない。
だが、一応釘はさしておく。
「まさか決勝戦の会場の場所も、もう知っているんじゃないでしょうね?」
『そんなセコい真似をこの俺がすると思うのか? 俺も『パズルカード』を集めなければ、決勝戦の会場を知ることはできん』
『パズルカード』
今回のバトルシティ大会はデッキのレアカードと、この『パズルカード』を賭けて戦うことになっている。『パズルカード』を集め、『決闘盤』に読み込ませれば、決勝戦の舞台がソリッドヴィジョンで表示されるという仕様だ。
「……安心しました」
『俺は小細工をして決勝まで行く気はない。邪魔をする者は全てなぎ倒し、初代決闘王の座を手に入れてみせる』
その言葉に思わず苦笑する。『海馬瀬人』はこういう男だった。
ラルフがふと横を見ると、武藤遊戯が城之内克也にカードを渡していた。
「城之内くん。真紅眼は確かに取り返したぜ」
「遊戯……」
どうやら『決闘王国』で入賞を果たした城之内も、グールズにレアカードを奪われていたようだ。遊戯が持つカードを見て、ラルフは顔をしかめた。かつての自身の切り札である『真紅眼の黒竜』だったからだ。
決闘者の思いが詰まったカードを狩る組織『グールズ』
そんな奴らに大会をいいように利用されのは……面白くない。
『貴様らは余計な心配はせず、大会の円滑な進行の為にグールズを全力で狩れ』
「……はい」
静かに、しかし強い意思を込めた返答を海馬に返す。
「失礼します」
電話を切り、ラルフが歩きだそうとした……その時。
「ヒッ……ヒ……ヒィイィア、く、くる……くる……マ……マリク様がくるゥ!!」
敗北したレアハンターが発狂した。
◇◆◇◆
ジョン・ハイトマンはイライラしていた。理由はハッキリしている。目の前の女性が原因だ。
「ねぇ……いいでしょ? 私と決闘しなさいよ!」
「何度も言わせるな。断る。僕は運営側の人間だ」
ジョンはグールズを探す為、決闘盤を身に付け、童実野町を散策していた。グールズがジョンを大会参加者と勘違いして狙ってくれば、決闘に持ち込める。そう考えていたのだが……
「何よ! 決闘者の癖に挑まれた決闘を断るわけ?」
「僕は参加者ではない! 何度言えば分かる!?」
バトルシティの参加者と思われ、1人の女性決闘者に非常にしつこく絡まれていた。
「はは~ん……負けるのがこわいのね? 決闘王国上位入賞者であるこのアタシ、孔雀舞に!」
(面倒臭いな…)
胸を張る女性……『孔雀舞』を見ながら、ジョンは深いため息をつく。こんな事になるなら、決闘盤を装着せずにグールズを探せばよかった。舞は女だから嘗められたと思ったのか、ジョンと決闘するまで動きそうになかった。しかしこちらとしては、グールズ以外の決闘者と決闘しても意味がないので、適当に受け流すことにする。
「悪いが僕はおしとやかな女性が好みなんだ」
「決闘に女性の好みもクソもないでしょう!?」
「女性が軽々しくクソなんて言葉を使わないでくれ。それに君は化粧が濃すぎる」
「だから関係ないでしょ!?」
「よく見ると君……ケバいな」
「……あんた、絶対ぶっ倒す……」
……逆効果のようだ。先程よりギラギラとした眼を向けてくる舞に、ジョンは思わずたじろぐ。女性は女性でも、決闘者か。
「………ん?」
「……なによ?」
舞の後ろの木陰で、何かがガサッと動いた。
「……成る程。隠れてないで出てきたらどうなんだい?」
「あんた、誰に話してるの?」
怪訝な顔をする舞。しかしジョンの言葉に反応して、木陰から人影がムクリと起き上がった。
「気づいていたか……」
「なっ……何よコイツ?」
驚く舞を他所に、ジョンは笑みを浮かべる。
「グールズかい?」
「如何にも」
低く、深い声。ローブにフードという怪しげな出で立ちのこの男は、左腕をジョンと舞に向けた。その腕には当然『決闘盤』が装備されている。
「探す手間が省けたね。僕は『パズルカード』を持っている。決闘しよう」
「……いいだろう。元々孔雀舞を狙っていたが、貴様から相手をしてやる」
ローブの男が決闘盤を構える。ジョンもデッキを決闘盤にセットした。
「……コイツ、何者なの?」
「ちょっとした犯罪者集団だ。君は下がっていてくれ」
恐らくこの男は、舞のレアカードを狙って来たのだろう。だとしたら、中々の実力者の筈だ。舞も薄々それを察したのか、ニヤニヤしながらジョンに問いかける。
「勝てるんでしょうね? ボクちゃん?」
「茶化さないでくれ。僕は今から『仕事』だ」
時間を無駄にしたと思ったが、どうやら逆にラッキーだったようだ。
「はじめようか?」
「ああ」
「「決闘!!」」
ジョン LP4000
グールズ LP4000
「ふむ、先行は頂こう。私のターン、ドロー!」
グールズの男は慣れた手つきでカードをドローする。躊躇いもせず、カードを選び取った。
「私は『闇魔界の戦士ダークソード』を召喚」
『闇魔界の戦士ダークソード』
闇/戦士族
ATK1800/DEF1500
グールズの男の場に現れたのは、漆黒の鎧に身を包んだ騎士。その攻撃力は下級モンスターにしては、中々高いものだ。
しかし、このモンスターの強みはそこではない。
「私は永続魔法『前線基地』を発動する。その効果で『漆黒の闘竜』を特殊召喚だ!」
『漆黒の闘竜』
闇/ドラゴン族
ATK700
DEF400
「へぇ……合体(ユニオン)モンスターじゃないか」
ジョンが感心したように男のモンスターを見る。合体(ユニオン)モンスターはごく最近に発売したカード。まだ流通している量は少ない。
「それもコピーだったりするのかい?」
「……貴様、我々の組織の事を知っているな?」
「どうだろうね?」
「……まぁいい。私は『ダークソード』と『漆黒の闘竜』を合体!」
命令を受け、騎士がドラゴンに飛び乗った。
ATK1800→2200
「攻撃力が上がった? 『融合』とは違うの?」
ダークソードの変化に舞が驚きの声を上げる。
「これは融合ではない。よく見ておけ、孔雀舞。この男を倒したら、次は貴様だ」
「余計な事は言ってないで、早くターンを進めてくれないか? そこの女性と違って、僕には合体モンスターなんて珍しくもなんともないんだ」
「私はカードを1枚伏せて、ターンエンド。……貴様、何者だ? なぜ合体モンスターや我々の組織の事を知っている?」
フードの中のグールズの視線が、ジョンを射抜く。その場を包む緊迫した空気。舞は思わず、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ジョンがフッと笑う。
「なぜか……か。教えてやろう。なぜなら僕は君達『グールズ』を狩る、正義と愛の決闘者……ジョン・ハイトマンだからだ!」
「……あ?」
「……へ?」
「いくぞ! 僕のターン!」
呆気にとられるグールズと舞を気にもせず、ジョンは全身を使ってカードをドローした。
「ふ……カードを3枚伏せてターンエンドだ」
「……なにぃ?」
わずか3秒。たったそれだけで、ジョンのターンは終了してしまった。
「貴様、モンスターも出さないとは……私を舐めているのか!?」
「勘違いするな。僕は決闘で手抜きはしない。これは君を倒す為の最も効率的な一手だ」
「面白い……ならば私の合体モンスターの力で、その一手とやらを破ってやろう。私のターン!!」
3枚のリバースカード。 場にモンスターはなし。明らかに誘っている状況だ。セオリー通りなら、あの中に攻撃反応型の罠カードがあるだろう。グールズの男はそこまで考え、このターンの行動を決めかねていた。
だが、先に動いたのは意外にもジョンだった。
「リバースカード、トリプルオープン!!」
「な……!?」
「3枚同時ですって!?」
開かれたカードは3枚。
『ギフトカード』
『ギフトカード』
そして最後の1枚。
『シモッチによる副作用』永続罠
相手のライフポイントを回復する効果は、ライフポイントにダメージを与える効果になる。
もしもこの場にラルフがいたら「きちんとチェーンを組んで発動しろ!」と言われていただろう。ジョンは内心で苦笑いしていた。しかしグールズにそんな事まで語ってやる必要はない。これはグールズという悪を倒す為の『演出』だ。残念ながら観客は1人しかいないが、ただ事実を告げてやればいい。
「『ギフトカード』は相手に3000のライフを回復させる。だが……『シモッチによる副作用』は回復効果をダメージに変える」
「回復をダメージに変えるだと!?」
「そんな効果があるの!?」
発動された『ギフトカード』は2枚。合計6000ポイント。グールズの手札には、このダメージを止めるカードはなかった。つまり……
既に勝負は決している。
「ふ……ふざけるな! バトルシティルールでは、プレイヤーへの直接攻撃系の魔法カードは……はッ!?」
「気がついたかい? 『ギフトカード』は『回復系カード』だ。それを『シモッチによる副作用』でダメージに変えている。そもそも『ギフトカード』は罠カードだ。残念だけど、ルールには抵触しないよ?」
バトルシティでは、プレイヤーとモンスターへの直接攻撃系魔法カードの使用は禁止されている。だが、ジョンの戦法は一切ルールに違反していない。
「き、きさまぁ……こんなルールの穴を突くような戦い方をして……」
「ルールの穴を突く? 犯罪者集団が随分勝手なことを言うじゃないか」
ズルいと言われるような戦法なのは理解している。小賢しいとも思われるだろう。しかし目の前の男には、それを言う資格はない。
カードの強奪、偽造。
デュエルモンスターズを汚す組織。『グールズ』
許してはおけない。
「マナーも守れないプレイヤーがルールを語るな」
「ぐっ……」
「終わりだ。6000のダメージをくらえ」
グールズ LP4000→0
激戦になると思われた決闘は、あまりにもあっさりと決着がついた。
「くそっ! こんなところで……」
「君から大会の参加資格を剥奪する。『パズルカード』を渡してもらおうか?」
「ちぃ! 覚えていろ! いつかこの借りは必ず返してやる!」
グールズの男はそう叫ぶと、『パズルカード』を地面に叩きつけ、走り出した。
走り出したが……
「おいおい……何を勘違いしているんだ?」
どこからともなく現れた黒服の男達が、グールズの男を取り囲んだ。これでは逃げる事ができない。
「な、なんだ……?」
「君、もう社会的なライフポイントもゼロだから」
黒服の男がグールズの腕をつかむ。
「カード偽造、違法取引であなたが所属している組織に罪状が出ています。任意同行を願えますか?」
「あ……あぁあ……」
気の抜けた様な声を出し、座り込むグールズ。ジョンは意気揚々と言った。
「『グールズ狩り』は僕が一番乗りかな?」
「……で、どうする?今から決闘するかい?」
「遠慮しとくわ……その性格悪そうなデッキとやりたくないもの……」
孔雀舞はそう言って踵を返すと、足早にその場を去った。