興奮と熱気。
童実野町を舞台にしたバトルシティは、よくも悪くも普段とは違う空気をこの町に呼び寄せていた。
街の至るところで繰り広げられる決闘。
実際にモンスターが現れたかのような、臨場感。
街の人々が闘いの雰囲気に酔うには、それで充分だった。
「すごかったな!!バトルシティ!!」
「うん。これから決勝トーナメントだ。はやく家帰って観ようぜ!」
家への帰路につきながら、興奮気味に話す少年達。小学校高学年位の背格好の彼らに、声が掛けられた。
「ちょっといいかな?」
振り向いた少年達の目に入ったのは黒のスーツを着た、普通のサラリーマン風の男だった。
「君達、決闘はするのかい?」
「もちろんやってる!!デッキもあるよ!」
「おいやめろよ?知らない人だぜ?」
2人の少年の内、1人は元気良くデッキを取り出し、1人は突然話し掛けてきた男を警戒した。
「ごめん、ごめん。そっちの子が疑うのも無理はないね。私は海馬コーポレーションの人間なんだ。君達にぜひ『決闘盤』のモニターをしてほしいんだよ」
「えっ!?海馬コーポレーションの?」
「モ…モニターって…『決闘盤』で決闘できるんですか!?」
「ああ。できるよ」
スーツ姿の男は、持っていたジュラルミンケースを開き、中の『決闘盤』を少年達にみせる。
「すげー!!」
「本物だ…」
「一般販売はまだなんだけど、君達みたいな若い子達の反応も知りたいんだ。あっちで、おじさんと決闘してくれるかい?」
まだ発売されていない『決闘盤』で戦える。クラスメイトに自慢できる体験だ。少年達は一気に食いついた。
「やります!」
「やったー!ラッキー!」
観ているだけだった、あの臨場感溢れる決闘を自分達もできる。彼らの頭は興奮で一杯だった。
「よかった。それじゃあ行こうか?」
その男がつけている『決闘盤』が『黒い』ことなど、少年達は気にしてもいなかった。
◇◆◇◆
また、別の場所で。
夕食時で、少し混雑し始めたファミリーレストラン。
「失礼ですが、バトルシティに参加されたんですか?」
「ぴょ?」
夕食のハンバーグセットを食べながら、その男はやさぐれていた。かつて自分は日本一の称号を手にし、日本最強と呼ばれていた。それなのに今回は予選敗退。あの頃の栄光はもう戻ってこない。
そんな暗い気分でいる時に、突然相席の男に話し掛けられたのだ。
「というか、インセクター羽蛾さんですか?元全日本チャンプの!!」
「お、俺のこと知ってるのかぁ?」
思わず喜びの声をあげるこの男……その名はインセクター羽蛾。
「もちろん知ってますよ。昆虫族を手足の様に操る、スーパー決闘者!!インセクター羽蛾!!俺、ファンなんです」
「そ、そうか!ボクのファンなのかぁ~ピョピョピョ~」
羽蛾の顔に端からみたら、非常に気持ち悪い笑みが浮かぶ。自分でも頬が弛んでいるのは分かるのだが、嬉しいものはどうしようもない。
「そうだ!この後お時間ありませんか?」
「んん?」
「よかったら決闘して貰いたい人がいるんですよ! その人は『決闘盤』も持ってますし、結構強いんです。羽蛾さんと闘いたがってたんですけど……その前に羽蛾さんが負けちゃったので……」
「なっ……」
遠慮のない言葉に反論しようと、羽賀は口を開く。が、自分が食事中だったことを失念していた。
「むっ……むぐぅ……ゴホッゴホッ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
完璧に喉に詰まった。
羽蛾は咳き込んだ。慌てて水で飲み下す。
「ぷふぅ……きみぃ~勘違いしちゃいけないよ? ボクはちょっと運が悪くて負けてしまったんだ。運がボクに向いていれば……」
聞き苦しい言い訳を必死で並べ立てていると、負けた時の映像が音声付きでフラッシュバックする。
『前から思ってたんだよなぁ~』
『ぴょ?』
『お前、弱いだろ?』
金髪の男の得意気な顔。心の底から……腹が立つ。
「あぁああ!?あんな運だけの奴に!?ボクが負けるはずがないんだ!!」
「お、落ち着いてください!」
「ふ……ふふ。そもそもだな。素人と決闘するなんて時間の無駄なんだ。このボクと決闘したければ、レアカードの1枚や2枚よこせってんだ!!」
「どれがいいですか?」
「ピョ?」
憤慨する羽賀に突き出すようにして男が取り出したのは、カードファイル。中に収められたカードをみて、羽蛾は眼を剥いた。
「な……なんじゃこりゃあぁああ!? 『ブラック・マジシャン』に『ミラーフォース』に『真紅眼の黒竜』まで!?」
おそらくファイルの中身を売り払えば、数十万以上にはなるだろう。
「羽蛾さんが決闘を受けて頂ければ、この中の好きなカードを差し上げますよ?」
「よ……よしっ!その話にのってやる。ボクと決闘したがっている奴のところに連れていけ!」
「はい。それでは行きましょう」
男が席から立ち上がる。羽蛾は慌ててハンバーグをかきこんだ。さっきまでは砂を噛む様で味などしなかったが、今はおいしく感じる。
ようやく運がむいてきた。この男からレアカードを奪って、デッキを強化するカードを手に入れてやる。羽賀は今日一番の不敵な笑顔を浮かべた。
当然、彼は気づいていない。男がみせたファイルのカードが全て『コピー』であることに。
◇◆◇◆
「ふぅ…美味かったな」
スープの最後の一滴まで飲み干し、ラルフは顔を上げた。カップラーメンはもちろん大好きだが、これはこれで本物の味といった感じがする。
「それはよかったっす。どうすっか?この後、飲みにいかないっすか?」
「ワインとチーズがでる店なら、僕も付き合おう」
「えぇえ……?」
「なんだい?その面倒臭そうな顔は?」
「う~む。悪いなお前ら。俺パスだわ」
飲み会には絶対参加を信条にしているルースが、席を立った。珍しくここで抜ける様だ。
「らしくないな、ルース。何か用事か?」
「おう。愛しのハニーのお土産を探してくるぜ」
「うぇええ……甘ったるいす……リア充め……」
「そういう事なら、君はさっさと行け」
「お前ら……冷たいな」
ガクッと肩を下げながら、ルースは店を出ていった。
「…で、どうするっすか?1人抜けちゃいましたけど?」
「だからワインとチーズを……」
「しつこいっす」
「な……?」
「サイトウ、せっかく日本に来たんだ。日本酒とやらを飲みたい」
「いいっすね~じゃあ旨い日本酒を出す店に行きましょう!」
「ワイン……」
捕縛したグールズの人員の取り調べは、警察や他の社員に任せている。たまには羽目を外すのも悪くないだろう。
「よし、では行くか…ん?」
「どうしたんすか?」
「すまん。電話だ」
懐で振動している携帯電話を取り出す。海馬コーポレーション本社からだ。ラルフは眉をひそめた。
「出るのが遅れてすまない、ラルフ・アトラスだ。ああ……それで?」
「なんの電話っすか?」
「さぁ?」
「…わかった。では、失礼する。……よし、行くぞ」
電話を切り、ラルフは立ち上がった。
「おっ……じゃあまず、ここの通りを少し行ったところの……」
「すまんな、サイトウ」
「へ?」
ラーメン屋の戸を開き、サイトウを振り向きながら、ラルフは言った。
「また仕事だ」
◇◆◇◆
人とは、残酷な生き物だ。
自らの幸せの為に、平気で他の人間を蹴落とす。本当に邪魔ならば、殺す。
力を持てば傲慢になり、富を得れば肥え太る。
そんな醜い生き物。それが人間。
『セレス』という人間は名前を捨てた。それは彼が周囲の人々に、自身の運命に絶望したからに他ならない。
目の前の男も絶望しているだろうか。
『神炎皇ウリア』を見上げながら、セレスはそんな事を考えていた。
ビル街の開発計画の途中で放り出された、小さな空き地。そこでセレスは、決闘をおこなっていた。
「い…いやだ…くるな…」
「それで終わりか?」
『ウリア』に怯え、後ずさる男。決闘を始める前の強気な様子は欠片もみられない。これならば、あの裏切り者のタッグ決闘者の方が数倍骨がある。失望を禁じ得なかった。
「あれだけの大口を叩いておいて…情けない男だ…」
「う…うるさい!!お前こそ、そんなインチキみたいなモンスターに頼って、恥ずかしくないのか!?」
「……インチキ?」
おかしなことを言う奴だ。セレスは口元を歪めた。彼としてはこれで笑っているつもりだが、対戦相手の男にはそうは見えないのだろう。
「確か貴様……名蜘蛛コージとか言ったか?」
「あ……ああ」
「貴様はこの決闘をはじめる前に言っていたな?
『自分は神のカードの力を体験した。もう怖いものはない。俺と決闘しろ』と」
「そ……そうだ!」
その男、名蜘蛛コージは地面に座り込んだままだ。名蜘蛛に構わず、セレスは話を続けた。
「私も雑魚ばかり狩るのは飽きていたのだ。ようやく少し面白い決闘者と出会えたと思ったが……残念だ」
「なんなんだ…なんなんだよお前は…お前のカードは!?海馬が使ってやがったオベリスクとかいうモンスターと同じ位のバケモノじゃねぇか!?」
座ったまま、怒鳴り散らす。確かに名蜘蛛は海馬と戦い、『オベリスクの巨神兵』に一蹴された。『オベリスク』にやられた衝撃と、バトルシティ初戦敗退のせいでやさぐれていたところに、声をかけられたのだ。
『君、バトルシティに参加していたのか?』
『あぁん?それがどうした?』
『私と決闘しないか?』
『はっ!! 俺はあの海馬瀬人と決闘して、最近噂になってる神のカードとも戦ったんだ。そんじょそこらのザコと一緒にすんなよ』
『そうか……神のカードと……それはいい』
思い返せば、この時に気がつくべきだったのだ。目の前の男の妙な雰囲気に。
名蜘蛛は軽い気持ちで決闘を受けたことを、心の底から後悔していた。
行き場のない苛立ちを対戦相手に向かって吐き出す。
「ふざけんなよ……不公平じゃねぇか!! こんなモンスターに勝てるわけがねぇ! てめぇが俺に勝ててるのも、そのカードの力だ! 俺だって……俺だってそんな強いカードがあれば……」
「馬鹿か貴様は?」
「ッ……!? なんだとぉ?」
セレスは溜め息を吐き出した。本当に人間は愚かな生き物だ。力を得れば振るわずにはいられない。力がなければ羨み欲する。人は強力なカードを求めずにはいられない。
「『デュエルモンスターズ』とは、そういうゲームだろう? デッキを組んだ時点で、そのデッキの所持者である決闘者の強さはある程度決まる」
強力なカードが投入されているか。カード間のシナジーはあるか。
デッキの強さは強力なレアカードだけでは決まらない。だが同時に、レアカードがなければ勝てはしない。セレスはそう結論づけている。
「貴様が今、相対している『神炎皇ウリア』は我々が創造した『三幻魔』の1体。ある意味ではデュエルモンスターズの歪みを象徴するモンスターだ」
「歪み……だと?」
「そう、歪みだ」
セレスの声音が一転して、囁くような甘い響きを持つ。
「貴様も欲しいだろう? 力が。悔しかっただろう?『三幻神』などという理不尽な力に圧倒されて」
「圧倒的な力……」
光のない眼が『神炎皇ウリア』を見上げる。しかし、虚ろな瞳はハッキリと主張していた。
この力が欲しい、と。
「俺にも……俺にも力をくれ……あんたはグールズなんだろ!? 俺にもレアカードを……」
やはり人間は汚い。目の前に餌が落ちてくれば、すぐに飛びつく。犬と同等、それ以下かもしれない。
セレスは冷たい瞳で名蜘蛛を見下した。
「何を勘違いしている?」
「は……?」
「貴様の様なクズに力をやるわけがないだろう。ましてや、私がヴォルフ様から預かった『ウリア』を欲するなど……」
おこがましい。厚かましい。見苦しい。様々な嫌悪の感情がセレスの中で渦巻く。名蜘蛛に向かって、言い捨てた。
「恥を知れ。クズ」
「やっやめ……」
「『神炎皇ウリア』の攻撃。紅炎の葬送!!」
紅の竜が滅びの炎を放つ。
「だっ……だが、俺の『魂を削る死霊』には戦闘破壊耐性がある! 俺にダメージは……」
「リバースカードオープン」
名蜘蛛の言葉を遮るようにして、セレスのリバースカードが開かれる。
「消し飛べ。『メテオ・レイン』」
『メテオ・レイン』
通常罠
このターン自分のモンスターが守備表示モンスターを攻撃した時に
その守備力を攻撃力が越えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。
「あ……あぁ……うわぁあぁああああ!?」
『魂を削る死霊』の守備力は200。『神炎皇ウリア』の現在の攻撃力は6000。差し引き5800ポイントのダメージが、名蜘蛛を襲った。
名蜘蛛 LP2800→0
「あ……が……」
「汚れきった不純な『魂(バー)』だが……『三幻魔』完成の糧となってもらう。光栄に思え」
セレスの『闇決闘盤(ダークディスク)』が黒い輝きを発する。
この決闘盤はダメージを現実の痛みに変換する機能があるが、それはあくまで副産物。機械による『闇のゲーム』の再現を機能として盛り込んだ結果に過ぎない。
『闇決闘盤』の本来の機能は、決闘の敗者の『魔力(ヘカ)』を根こそぎ奪うことだ。
「……やはり足りんな。ヴォルフ様は3体全てが使用可能になることを、心待ちにしているというのに……」
倒れている名蜘蛛に目もくれず、セレスは歩き出す。一刻もはやく。ヴォルフの望みを叶えたい。そう思い早足になる。
「ちょっと待てよ」
その歩みを止める声があった。
「…なに?」
突然の声に困惑する。セレスは決闘中に『ウリア』を街の人々に視られない為に、己の『魔力』を用いて人避けの『結界』を張っていた。
つまり、この声の主はセレスが張った結界を破って入ってきたということだ。
「……驚いたな。私の結界を破ってくるとは……魔術の心得があるのか?」
セレスは声の主に向かって問いかける。すると、ビルの間の暗がりから、男が出てきた。スーツ姿で短い茶髪。体つきは細身にみえるが、鍛えてある。セレスは一発で看破した。
「おいおい……俺は魔法使いじゃないんだ。そんなもんねーよ。サンキュー『クリフ』 お前のおかげで中に入れた、助かったぜ」
『御安いご用だ』
案の定、男には『精霊』がついていた。どうやら『視える』人間らしい。しかもきちんと『精霊』との意思疎通を行っている。
「何者だ?」
「ルース・フォックスター。インダストリアル・イリュージョン社の人間だ。あんた達『グールズ』を狩りに来た」
「ほう…インダストリアル・イリュージョン社にも、これほどの『魔力』を持っている社員がいたのか。ペガサス・J・クロフォードがトップにいるだけはある。何か特別な訓練でもうけているのか?」
「俺が『視える』のは生まれつきだ。『神のカード』なんてオカルトが絡む大会なんだぜ? オカルトを理解している社員がいた方がいいだろ?」
「……なるほど。ペガサスも馬鹿ではない様だ」
セレスの行動は素早かった。『闇決闘盤』をルースに向け、ワイヤーを射出。『決闘盤』を拘束する。
「手がはぇえな……ま、俺も最初からこうするつもりだったから、構わないんだけどな」
「始める前に1つ聞いておこう。貴様、なぜこの場所が分かった?」
「おいおい、質問の意味が分からないな。俺は普通に『魔力』の気配を感じて来ただけだぜ?」
「とぼけるな。私の結界はそんな甘いものではない。高位の『魔法使い族』でもなければ探知は困難だ」
セレスは『魂(バー)』の容量こそフィーネやヴォルフに劣っているが『魔力(ヘカ)』の扱いに関しては組織の中で抜きん出ている。マリクに察知されない為に決勝トーナメントが始まってから決闘者を襲撃し、魔力集めを始めた他のメンバーと違い、セレスはマリクが童実野町にいる時から、行動を開始している。
そもそも巨大で目立つ『ウリア』を使用しても街の人々に気付かれないのは、セレスの『結界』が強力なものだからだ。
だが、この男は決闘を行っている場所をあっさり突き止め、侵入してきた。
セレスはルースに対する警戒を強める。
「そんなに睨むなよ…ちょっと特別なんだよ。俺の『眼』はな」
そう言ったルースの瞳に変化が表れた。赤い光を放ち、目の中に紋章が浮かぶ。
セレスは自分の眼を疑った。
どうしてこんな男が……ここにいるのか。
「それは……」
「ま、決闘には関係ないから気にすんな。そっちで倒れてる少年も助けなきゃいけねえんだ。お前のライフはさっさとイタダくぜ?」
露骨な挑発と共にルースが決闘盤を構える。しかし、セレスは動かない。
「どうした?はやくしろよ」
「…………ククク」
顔を下げたセレスの口から洩れたのは、笑み。先ほど名蜘蛛とも相対していた時は小揺るぎもしなかった鉄面皮が、喜色で歪んだ。
「フッ……まさかこんなところで……それをみることになろうとはな」
セレスはゆっくりと顔を上げる。何の感情も読み取れない表情ではない。はっきりと分かる。
愉悦がそこにあった。
「やはり、ヴォルフ様には感謝しなければなるまい。私のつまらない人生にこんな出会いをもたらしてくれるとは……」
「何言ってんだ?」
「すまない。貴様にもうひとつ問おう……その瞳……」
セレスはルースを真っ直ぐ見詰め、問いを口にした。
「『ルーン』か?」