ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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クリスマス特別編です。

…とか言いながら、1日投稿が遅れた非力な私を許してくれ……

なぜか今までで1番長いお話になってしまいました。
一応、感想欄でご指摘を受けた設定の矛盾を解消するお話です。
時系列的にはバトルシティの後ですが、ネタバレはないので、安心して読んでください。

本編での出番が少ない、ブラック・マジシャン・ガールをデザインした彼が主役です。

4/14 加筆修正


番外編「クリスマスとブラック・マジシャン・ガール」

「ふぅ……」

 

 ボクは、キャンパスの上を走らせていたペンを一旦置いた。凝り固まった肩を回して揉みほぐす。

 このカードのデザインはもう少しで完成……かな?

 

「おうおう……相変わらず仕事熱心だな~」

 

 かる~い感じの声と一緒に、ボクのデスクに湯気をたてているコーヒーが置かれた。振り向かなくても、声の主は分かる。

 

「ルースさん、ありがとうございます」

「おう。礼ならラルフに言ってくれよ。このコーヒー淹れたのはアイツだから」

 

 手に取って飲んでみると、なるほど。いつものラルフさんの味だ。相変わらずとてもおいしい。

 

「ん? な~んだ創司?

顔がニヤけてるぜ」

「いや……このコーヒーを飲んだらなんか、いつもの味だな……って、ふと思ったんですけど」

「それがどうした?」

 

 ボクの言いたいことがよく分からないのか、ルースさんが不思議そうに聞いてくる。

 

「いえ……だからその。『いつもの味』だなんて思えるほどに、ボクはここに馴染んでいるんだなぁ……みたいな」

 

 インダストリアル・イリュージョン社に来てから随分時間が経った。会社の先輩との何気ないやり取り。特に深い意味はないし、会社で同僚と話すのは当たり前のことだ。でも、この何気ないやり取りが、ボクが1番欲しかったものなのかもしれない。

 

「馴染んだ……か。お前がそう言ってくれると、こっちも嬉しいぜ。最初はおどおどしてたからなぁ……」

 

「……そうですね。最初は確かにひどかったです」

 

 自分。『遠藤創司』という人間は意志が弱くて、人にまともに自分の気持ちも伝えられない、どうしようもない人間だった。

 でも、ペガサス会長がボクに声を掛けてくれたから。

 この会社の人達がボクを暖かく迎えてくれたから。

 今のボクは少しずつ、変われている気がする。

 

「で、我が社で生まれ変わった、新進気鋭のスーパーカードデザイナー遠藤創司さんは、どんなカードを書いていたのかな?」

「もう…茶化さないでください」

 

 苦笑しながら、まだ下書きのイラストをルースさんに渡した。

 

「そういやお前、まだ紙なんだな。下書きからコンピューターの奴もいるだろ?」

「あ、はい。まぁ、仕上げはデジタルでやることもあるし、便利なんですけど……ボクはやっぱり、デザインする時は紙に書き始めますね」

「ふーん。拘りってやつだな」

 

 確かにこれは、ボクの拘りなのかもしれない。まずは紙に自分のイメージをぶつけないと、カードに命が宿らない気がする。駆け出しのイラストレーターが何言ってんだ、と思われるかもしれないけど。

 

「……てゆうかコレ。『ブラック・マジシャン・ガール』の関連カードか?」

「はい。『賢者の宝石』

魔法カードです」

「面白そうな効果だな。それにしてもすごいな創司は。次から次へとアイディアが出てくるじゃねぇか」

 

 ルースさんが手放しで褒めてくれる。なんかこう、真正面から言われると、少しこそばゆい。

 

「いや~お前は『ブラック・マジシャン・ガール』という美少女魔法使いを生み出しただけで、デュエルモンスターズの歴史に名前を刻んだぜ。バトルシティでも大活躍してたしな」

「あれは『武藤遊戯』さんがすごいんですよ」

 

 バトルシティで『ブラック・マジシャン』と『ブラック・マジシャン・ガール』を自在に操るその姿に、ボクも思わず興奮してしまった。画面越しだったけれど、大切に使ってもらっているのがひしひしと伝わってきた。

 

 

 カードデザイナーとして、こんなに嬉しいことはない。

 

「でも……実は『ブラック・マジシャン・ガール』のアイディアは、ボクのものじゃないんです」

「へ……? 創司のじゃないって、どういうことだよ?」

 

 ボクの目の前でルースさんは呆気にとられている。

 やっぱり、みんな知らないんだな。サイトウさんですら知らなかったし。

 

「ルースさんは、演劇は観ますか?」

「げ…劇?いや全然?」

 

 それなら知らないのも無理はない。ボクはデスクの引き出しを開けて、古い写真を取り出した。そこにはまだ小さな自分と……『ブラック・マジシャン・ガール』が写っている。

 

「な……なんで『ブラック・マジシャン・ガール』がいるんだよ……? え、なに? カードの精霊が時を越えたとか、そういうアレなのか?」

 

 どういうかアレなのかよく分からないけど、ルースさんは相変わらず面白いな。

 

「『ブラック・マジシャン・ガールと賢者の宝石』っていう、ミュージカルがあったんです」

「ミュージカル?」

 

 どうしようかな……。ちょっと長い自分語りになっちゃいそうだ。でも、ルースさんは興味津々だし、ボクの約束の時間までは、まだ余裕がある。ジョンさんが来たら素直に謝ることにしよう。

 

「少し長い話になりますよ?」

「おう、いいぜ」

 

 ルースさんはどっかりと椅子に腰を下ろした。どうでもいいけど、他の部署なのに、よくこんなにくつろげるなぁ……。そういえば、ジョンさんとルースさん、ラルフさんはプライベートでも友達らしい。

 前に3人だけで海馬ランドに行ったって、社内の女子達が噂してたし。

 カップに残っていたコーヒーを飲み干して、デスクの上に置く。ルースさんが座っている方に、椅子を回して向き直った。

 

「まだボクが、中学生だった頃の話なんですけど…」

 

 もう何年も昔の話だ。でも、当時の記憶は脳裏にはっきりと焼き付いていて、スムーズに話を始めることができた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 ボクは人間が嫌いだった。

 小学生の頃からボクはクラスで浮いていて、中学生になってもそれは変わらなかった。

 いじめられていたわけじゃない。ただ周りから、空気の様に無視されるだけ。先生が注意すれば、クラスのみんなはボクを仲間に入れてくれた。でもそれは上辺だけ。彼らの方からボクに話し掛けて来ることはなかった。どうすれば話せるのかなんて、全然分からなかった。先生に相談してみても、何も変わらない。

 

「遠藤……もう少しみんなと積極的に関わってみたらどうだ?」

「すいません……でも、どうしたらいいか分からなくて」

「……難しいな。まあ、そういうところは、少しずつ治していかないとな?」

 

 先生は笑ってそう言った。でも、その笑顔はまるで能面の様だった。

 

 人の気持ちを理解できず

 

 人に気持ちを理解されず

 

 ボクはただ空気の様に生きていた。

 

 そんなボクの事を両親は見かねたのか、冬休みにアメリカへの旅行に連れ出してくれた。

 この頃にはボクは半分引きこもり状態の不登校。一応勉強はやっていたけど、後は部屋でゴロゴロしていた。数少ない趣味は、当時発売されたばかりのデュエルモンスターズとイラストを描くこと。本当にダメダメだった。

 

 だから、アメリカに行ってこの舞台を観ていなかったら、ボクの世界は薄暗い部屋の中だけで終わっていたのかもしれない。

 

 

 

------------------------

 

 

「……こんなのってないよなぁ」

 

 吐く息が白に染まる。ボクの心中とは裏腹に、夜のアメリカの街はキラキラと輝いている。

 今日は12月25日。せっかくのクリスマスにこんな暗い気持ちでいるのは、アメリカ全土でもボク位だろう。

 今日はブロードウェイでクリスマスミュージカルを観る予定だった。でも忙しい両親は急に仕事。結局舞台は1人で観るはめになってしまった。

 

「……しょうがないよね」

 

 誰にも聞いていないのに、そんな事を呟く。根暗もここまで来ると本当に重症だ。

 

「何がしょうがないの?」

「へっ……え?」

 

 突然降ってきた声。

話し掛けられた、という事実を認識するのに、たっぷり10秒以上の時間を要した。ちなみにボクはこの半年、両親とコンビニの店員としか喋っていない。

 慌てて振り向くと、そこにいたのは女の子だった。

 

「え…えーと」

 

 女の子と喋るとか、本当にどれだけぶりだろうか。

 落ち着け。クールになるんだ、遠藤創司。こういう時はどうすればいいんだっけ。確か素数を数えればいいって、前に読んだ漫画に書いてあった。1…2…5…あれ、素数ってそもそもなんだろう?

 

「大丈夫?」

「う……うん。君は……名前はなんて言うの?ボクは遠藤創司っていうんだけど…」

 

 あああああ。ダメだ。テンパッてる。「日本から来たんだ」とか「君かわいいね」とか気の利いたことは言えないのかボクは!?

 

「私はアン。アン・ハミングウェイ。あなた、日本人?」

「う……うん。日本から来たんだ」

「ミュージカルを観に来たの?」

「……うん。本当は両親と来る筈だったんだけど……」

「来られなくなっちゃたんだ」

「……うん」

 

 なんだか、既に会話の主導権を握られている気がする。それにしても、このアンって子……かわいい。

 ふわふわの赤毛は肩まで伸びていて、白いコートによく映えている。外国人の女の子って、みんなこんなにかわいいのかな?

 

「……ねぇ、あなた。今日の舞台のチケット持ってる?」

「今日の舞台の?それはもちろんあるけど……」

「お願い! 譲ってくれない?」

「え!? 譲る……?」

 

 この子、いきなり何を言い出すんだろう。てゆうか、ボクより年下だよね……?

 

「お願い。私、今日の舞台のチケットをなくしちゃったの。だから……」

 

 なるほど。そういうことか。しっかりしている様に見えて、そういうところはまだ子供なんだな。

 

「……うん。分かった。いいよ」

「本当に!? ありがとう!」

 

 ちょ……ちょっと待って。いきなり手を握るとか……恥ずかしいんだけど。それにしても小さな手だ。ボクの一回りは小さい。

 

「じゃあ、ソウジ。行きましょ!」

 

 アンがボクの手を握ったまま歩き出す。まさかいきなり呼び捨てにされるとは。ん……? ちょっと待って。これはこのまま一緒に舞台を観るという事ですよね。

 マジか。これがボクの人生初のデートになるのか。

 

 

 

「春が来た……」

「spring? 何が?」

「あ……いや。なんでもないんだ」

 

 ボクとアンは劇場に入った。今日の演目は『氷の女王』だ。

 

 

 

------------------------

 

 

「面白かったね」

「うん」

 

 舞台が終わりカーテンが引かれる。

 劇場に拍手が鳴り響いた。クリスマス公演なだけあって、会場は満席だ。アンはボクの隣、両親が座るはずだった席に座っている。劇の内容は全く頭に入ってこなかった。

 ……アンの横顔ばっかり見ていたせいだ。それにしてもこの子、あんまり顔色がよくない。

 

「顔色が悪いけど、大丈夫?」

「……ちょっと疲れたみたい。でも全然平気よ。本番はこれからだもの」

「これから……?」

 

 何を言っているんだろう? 舞台は終わったばかりだ。今日はこれ以上の上演予定もない。

 

 どういうこと?

 

 そう問おうとした時、

 

 

「皆様、今宵の舞台の幕はまだ降りておりません」

 

 

 突然、男の声が響いた。

 

「え? なに?」

「やった。はじまった!」

 

 帰り仕度をしていた、会場内のお客さん達もざわついている。アンは何が始まるのか分かっているのか、とても嬉しそうだ。

 

 舞台の幕が再び開かれる。

 そこにいたのは……

 

「ぶ……ブラック・マジシャン!?」

 

 最近発売されたカードゲーム。デュエルモンスターズのトップレアカードである『ブラック・マジシャン』

 その衣装を纏った男が舞台に立っていた。

 

「ど……どうなってんのコレ?」

「もしかして、創司。デュエルモンスターズを知っているの?」

「あ……うん。一応」

「よかった! それならきっと今日の舞台を楽しめるわ」

 

 アンがウキウキと顔を近づけてくる。ち……近いよ?

 

「だって今から始まるのは……私の為の舞台なんだもの!」

「君の為の……舞台?」

 

 どういう意味か全然分からない。

 『ブラック・マジシャン』に向かってスポットライトが当たった。

 

「皆さん。今宵はクリスマス。我々からのささやかな舞台のプレゼントをお受け取りください。もちろん、お急ぎのお客様は退出して頂いて結構です。それでは……」

 

 舞台の上の『ブラック・マジシャン』がくるりと杖を回した。

 

「今夜、皆様を魔法の舞台へとお連れ致します」

 

 ボクの前で、魔法の舞台の幕が上がる。隣に座っているアンは、さっきまでとは比べ物にならないほど、瞳を輝かせていた。

 

 

 

 

------------------------

 

 

 

 ある所に。

 孤独な魔法使いがいました。彼は優れた魔術の才を持っていましたが、決して弟子を取らず、『黒の魔法使い』と呼ばれていました。

 

「お願いします!私をあなたの弟子にして下さい」

「断る。私は弟子は取らない」

 

 動物達も静まり返る、ある冬の日に。森の中の彼の家を、1人の女の子が訪ねました。

 

「私、マナっていいます。お母さんが病気なんです。魔法を覚えて、お母さんを助けたいの。お願いです。私に魔法を教えて下さい!」

 

「何度言っても、私の返事は変わらない。帰りたまえ」

 

 黒の魔法使いはマナの言葉を聞き入れず、彼女を玄関で追い払いました。

 

 しかし、翌日の朝。

 

「おはようございます、お師匠様!」

「ど……どういうことだ!? どこから入った?」

「朝ご飯が出来ていますよ。食べ終わったら、早速修行をつけてくださいね」

「おい。どういうことだ!? 私の質問に答えろ!」

 

 黒の魔法使いは、なんとかマナを追い出そうとしましたが、マナは帰ろうとしません。仕方なく、彼はマナに魔法を教えることにしました。

 

「何をやっている!!

そうじゃない!!」

「す……すいません」

「魔法が使いたければ、心を殺せ。他に余計な事を考えるな」

「心を……殺す?」

「そうだ。私達、魔法使いは『闇』を力の元にして魔法を使っている。母への情など、心の片隅にも置くな。捨ててしまえ」

「……でも」

「魔法を使いたいんだろう?」

「……分かりました」

 

 黒の魔法使いのアドバイスを聞き入れ、マナはめきめきと魔法の腕を上げていきました。彼女には魔法の才能があったのです。

 

「……中々やるじゃないか。君を弟子として認めてやる。より一層励め」

「はい!」

 

 黒の魔法使いはマナを正式な弟子とし、より本格的な修行を始めました。マナと黒の魔法使いは厳しい修行を続けましたが、その仲は段々と親密なものになっていきました。

 

「私……最近思うんです」「なんだ?」

「私のお父さんは、私が生まれた時にはいませんでした。だから、お師匠様がお父さんみたいに思えてきて……」

「………」

「すいません。失礼なことを言って。もう寝ます!」

 

 

「……父親……家族か」

 

 それはもうすぐ冬が終わるという頃のこと。孤独だった黒の魔法使いの心は、春の訪れと同じ様に少しずつ、少しずつ、暖かくなっていたのです。

 

 しかし……

 

「くっ……」

「お師匠様!?」

 

 今まで、黒の魔法使いは孤独を糧として魔法を使ってきました。彼の魔法の根源は闇。皮肉にも、マナとの生活で幸せを感じ始めた彼からは、魔法の力が消えてしまいました。

 

「……私は所詮、この程度の人間だ。黒の魔法使い……『ブラック・マジシャン』などと恐れられているが、その実態は人の気持ちも分からない、どうしようもない人間なんだ」

「そんなことないです! お師匠様は立派な人です」

 

「マナ……私は君との生活に幸せを感じてしまった。孤独を糧とする魔法を使ってきた私が、幸せになってはいけなかったのだ」

「そんなことありません!」

「マナ、お前の目的はお母様を助けることだろう? 魔法を使えなくなった私に、教えられることは何もない。ここから去りなさい」

 

 黒の魔法使いは、悲しそうに言いました。

 

「……でも!」

「よく聞きなさい。今のお前の力では、まだお母様の病を治すことは出来ないだろう。『賢者の宝石』を探しに行きなさい」

「賢者の宝石……?」

「その宝石は強大な力を持ち、どんな願いも叶えてくれるという。賢者の宝石の力があれば、君のお母様の病気もきっと治る」

「……最後に…最後に1つだけ、質問をさせて下さい」

「……いいだろう」

 

 

 

「お師匠様は、何の為に魔法使いになったんですか?」

 

 マナからの最後の問い。

 しかし、黒の魔法使いはその質問に答えることができませんでした。

 結局マナは、その質問の答えを得られぬまま、賢者の宝石を探す旅に出ることになったのです。

 

 

―――どうして、あなたは孤独を好むの?

 人は1人では生きていけないのに。

 お母さんやお父さん、妹や弟、友達も家族もみんな大切な存在なのに。

 

 だけど。

 

 あなたは全てを捨てないと、強くなれないと言う。

 私の魔法は、あなたが教えてくれた魔法。

 あなたが信じた、孤独の魔法。

 私はあなたを信じたい―――

 

 

 

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 舞台に見入っていた。俳優達の演技が、ボクの心を掴んで離さない。

 マナの歌が、心にすっと入ってくる。

 まるで……まるであの黒の魔法使いは、ボクみたいだ。人を信じず、人が分からず、自分が何の為に生きているのか分からない。

彼には、魔法を使う目的がない。

 

 ボクは絵が大好きだ。だけど、ボクが絵を描く目的は……まだ分からない。

 

 分からないから、最後まで観なくてはいけない。

 ただのミュージカルの筈なのに。ボクのこれからの答えが、この舞台にある様な気がした。

 

 

 

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 マナはとうとう、賢者の宝石を見つけました。母親の命は、もう長くは保ちません。はやく、はやく持って帰らなければ。マナは疲れきった体に鞭を打ち、故郷の村へと急ぎました。

 

 ですが、そこでマナを待っていたのは、余りに残酷な光景でした

 

 

「さあ、その石をこちらに渡せ」

「マ……マナ……」

「お母さん!!」

 

 以前の面影が微塵もない、荒れ果てた村。

 そこにいたのは魔人テラ。暴虐非道で名を知られている悪魔。卑劣な彼は賢者の宝石を確実に奪う為に、マナの母親を人質に取ったのです。

 

「お母さんを離せ!!」

「それは出来んな。こんな事を認めるのはムカつくが、お前の力は俺より上だ。正面からやっては勝てん」

「ひ…卑怯者!!」

「なんとでも言え。母親を助けたければ、おとなしく賢者の宝石を渡せ」

「マ……ナ。私はどの道助からない……だから、あなたは逃げなさい」

「そんな……嫌だよ、お母さん。私は……私はお母さんを助ける為に魔法使いになったのに……」

 

 マナの瞳から、涙が溢れます。母親を助ける為に、これまで頑張ってきた。なのに、ここで彼女の想いは潰えてしまうのでしょうか。

 

 いいえ。マナの涙に反応し、光り始めたものがありました。それは……

 

 

「なっ……?」

「うそ……賢者の宝石が…」

 

 

 眩いばかりの光を放ち、賢者の宝石は消えていきます。それはつまり、マナの願いを叶えたということ。

 

「ふっ……ふざけるな! 願いを叶える為に賢者の宝石を使ったな!?そうか……お前は母親より願いを取ったということか……なら、コイツは殺す!」

 

「きゃっ!?」

 

「お母さん!?」

 

テラが掴まえていた母親を手に掛けようとした、その時。

 

 

 

 

「やめておけ」

 

 

 

 彼は現れました。

 

「き……貴様……『ブラック・マジシャン』か!?」

 

「お師匠様!?」

 

 黒いローブをなびかせ、その場に立っているのは、最強の魔術師として名を馳せた、黒の魔法使い。

 

『ブラック・マジシャン』

 

「お師匠様……どうして?」

「お前が願ったのだ。その石にな。全く、せっかくの願いを私をこの場に呼ぶ為に使うとは……とんだ馬鹿弟子をもったものだ」

「バ……バカとはなんですか!バカとは!?」

「ふん……多少驚きはしたが……俺は知っているぞ! お前は今、魔法を使えなくなっているそうだな? 魔法が使えない魔法使いなど、剣を持たぬ戦士よりも恐れるに足りん!」

 

 慌てた様子で、テラが叫びます。確かに彼の言う通り。マナは師匠を心配そうに見詰めました。

 

「お師匠様……」

「そういえば……まだ質問に答えていなかったな」

「え?」

「私が魔法使いになった理由か……すまないが、昔のことはよく覚えていないんだ。どうも最近は忘れっぽくていかんな」

 

 軽口を叩きながらも、黒の魔法使いは杖をテラに向けます。

 

「だが、今この瞬間、魔法を使う理由は、はっきりしている」

 

 使えないはずの魔法。しかしテラは、彼の杖に凝縮されていく魔力をはっきりと捉えていました。

 

「な……なぜ……なぜ魔法が使えるんだ!?」

 

 

 集束していく魔力は、まるで彼の意思の強さを象徴するかのように、強く、気高く、美しい。

 

 

 ――漆黒。

 

 

 

「たった1人の愛弟子を守るためだ」

 

 

 

『黒・魔・導』

 

 

 

 黒の魔法使いの必殺の一撃は、テラだけを正確に撃ち抜き、吹き飛ばしたのです。

 

「お母さん!」

「マナ!」

 

 母と娘の、1年ぶりの再会。黒の魔法使いは、彼女達を少し離れた場所から見ています。

 

 

――なぜ自分に、魔法が使えたのか?

 闇と孤独を隣人とし、奮う力は漆黒。

 それでも私は、彼女を救えた。

 私の魔法が彼女を救った。

 

それはなぜか?

 

それは――

 

 

「お師匠様は……孤独な人なんかじゃありません」

 

 いつの間にかマナが、黒の魔法使いの方を振り向いていました。

 

「お師匠様が教えてくれた黒魔術は……闇だけど、人を包んでくれる様な、優しい闇なんです……」

「優しい……闇?」

「そうでなかったら……私みたいな人間が魔法をマスターできる訳がありません。だって私……」

 

 マナの瞳から、再び涙が落ちました。でもそれは、さっきの涙とは違う、嬉し涙。

 

 

「お師匠様と一緒にいて……全然寂しくなかったんだもん……」

 

 

 黒の魔法使いは気づきました。自分の魔法の糧が孤独だと決めつけていたのは、ただの思い込み。

 闇の魔術だろうと、光の魔術だろうと、善も悪もない。

 魔法を生み出す最大の糧は、人を想う気持ちなのだ、と。

 

「うっ……ごほっごほっ」

「お母さん!?」

 

 マナの母が突然咳こみました。窮地は脱しましたが、病が治ったわけではありません。死は目前まで迫っていました。

 

 

「大丈夫だ」

「お師匠様……?」

 

 黒の魔法使いがマナの母親に手をかざします。

 本来は人を傷つける黒魔術。しかし、今の魔法はマナの母親を優しく癒し、段々と、呼吸を落ち着いたものにしていきました。

 

「どうして……?」

「お前は『母親を助けたい』と賢者の宝石に願ったのだろう?その結果として、私が来た。……お前のお母様が助からなければ、願いは叶ったことにならない」

「お師匠様……ありがとう」

 

 マナは黒の魔法使いに抱き着きました。精一杯の感謝を込めて。

 

「とんだ石ころだったな……願いを自分が蓄えた魔力で叶えず、私を呼び出してやらせるとは……」

 

 賢者の宝石には、膨大な魔力と共に、『意思』が宿っていると言われています。もしかしたら、こうなることは賢者の宝石の想定の内だったのかもしれません。

 

「……お師匠様は、これからどうするの?」

「……少なからず、私の魔法は人の役に立てることが分かった。まあ、色々とやってみるさ」

「私、お手伝いします!」

 

 いきなり家に飛び込んできた、1人の少女。人と交わらず、人を信じることができなかった黒の魔法使いは、ようやく知ることができました。

 

 諦めなければ、思いは届くということを。

 

 人は繋がり、助け合い、愛し合う存在だということを。

 

「……ああ。よろしく頼む。お前は私の、たった1人の弟子だからな」

 

 

 黒の魔法使い『ブラック・マジシャン』

 その唯一の弟子『ブラック・マジシャン・ガール』

 

 彼らは世界中を回り、闇の力を持ちながらも、人々を救っていくことになります。

 

 残念ながら、今夜の物語はここまで。

 

 『ブラック・マジシャン・ガールと賢者の宝石』はこれにて閉幕と相成ります。

 

 また、彼女達と会える日まで。

 

 どうぞ皆様、お元気で。

 

 

 

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 会場中から拍手が上がった。立ち上がって拍手をしている人もいる。スタンディング・オベーションっていうやつだ。観劇していた人は最初の半分位になっていたけど、この熱気は、さっきの舞台の時とは比べものにならない。

 

「以上を持ちまして、有志によるスペシャルショーは終了とさせて頂きます」

「ありがとうございました!」

 

 舞台の上で役者さん達がお辞儀をした。何回か手を振ったりしてくれた後に、舞台袖へと退いていく。

 ボクは心の底から感動していた。はじめてかもしれない。人生でちゃんと感動したのは。

 

「ソウジ、行くよ!」

「えっ?」

 

 アンがボクの手を掴んで、立ち上がる。また急にどうしたんだろう?

 

「ソウジ、感動した?」

「うん! すごく!」

「えへへ……」

 

 アンが得意気に胸を張る。

 

「チケットのお礼。今からソウジをいい所に連れて行ってあげる」

「いいところ?」

「とにかく来て!」

 

 アンは劇場の構造を完璧に把握しているのか、ずんずん進んで行く。関係者以外立ち入り禁止っていう所まで来てしまった。

 

「ちょ……ちょっと!?」

「着いたよ!」

 

 

 

 勢いよく扉が開かれる。熱気が立ち込めるその場所には、さっきまでボクが夢中になっていた登場人物達がいた。

 『ブラック・マジシャン・ガール』の『マナ』に師匠の『ブラック・マジシャン』や敵だった『魔人テラ』

 

 そうか……ここは楽屋なんだ。

 

「お姉ちゃん!」

「アン! ちゃんと全部観てくれた?」

 

 アンが『マナ』に抱き着いた。そうか……お姉ちゃんなんだ。

 

 

 ちょっと待って!?

 

 

「お姉ちゃん!?」

 

 

 思わず大声をあげてしまう。どういうことなんだろう……?

 

「ん~? なんだこのガキ? ここは関係者以外は立ち入り禁止だぜ」

 

 『魔人テラ』がノシノシと近付いてきた。うわ……近くで見るとすごくコワイ。

 

「待って! ソウジは私にチケットをくれたの!」

「なるほど……そういうことだったのね」

 

 アンから事情を聞いて納得したのか『マナ』もボクの方に来る。すごくカワイイ衣装だけど、近くで見るとそれに負けない位の美人だ。『マナ』は帽子を取ると、金髪のウィッグも外した。

 中から出てきたのは、アンと同じ色の髪だ。

 

「はじめまして、ソウジ。アンの姉のエリーシャ・ハミングウェイよ。妹を助けてくれて本当にありがとう」

 

 舞台の上では勇敢な『ブラック・マジシャン・ガール』だった彼女は、屈託なくボクに笑いかけてくれた。

 

 

 

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「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 暖かいココアをエリーシャさんから受け取る。ボクが座っているロビーの椅子の隣では、アンがすやすやと寝息をたてていた。

 

「ご両親には連絡したの?」

「はい。あと30分位で迎えに来てくれます」

「そう。よかったわ」

 

 エリーシャさんもココアが入ったカップを持って、アンの横に座る。愛しそうに髪を撫でる。きっと本当に仲が良い兄弟なんだろう。

 

「いいですね。仲が良くて」

「ソウジは兄弟はいないの?」

「欲しいなって……思ったことはありますね。両親は忙しい人だし……ボク、コミュ障だから、兄弟がいたら少しは変わるかも……って」

「コミュショウ?」

「communication……人と話すのが、苦手って意味です」

 

 ボクがそう言うと、エリーシャさんはクスクスと笑った。

 

「あら、おかしなことを言うのね? あなたは今、私とこんなに楽しくお喋りしてるのに?」

「それは……」

 

 それは貴方がいい人だから。それは貴方がボクと接しようとしてくれているから……色々な言葉が浮かんだけれど、エリーシャさんになんて言えばいいか、分からない。

 

「あらあら。私達の舞台で感動したって言ってくれたのに。それじゃあ孤独な『黒の魔法使い』みたいよ?」

 

 確かにその通りだ。いや、『魔法』という力がないボクの方が、よっぽど情けない人間だと思う。

 

「あなたにもあるはずよ。人を助けたり、感動させる様な魔法がね?」

 

 エリーシャさんが『ブラック・マジシャン・ガールと賢者の石』のポスターを指差した。劇場に入った時は貼られていなかったものだ。エリーシャさん達のミュージカルは、有志達で企画したゲリラライブならぬ、ゲリラミュージカル。おそらく時間がなかったのだろう。ポスターは少々手抜き感が否めない出来だった。

 

 あれだったら、ボクの方が上手く書けるかもしれない……。

 黙っているボクに気まずくなったのか、エリーシャさんは立ち上がって、大きく伸びをした。

 

「突然でびっくりしたでしょう?私達のミュージカル」

「あ、はい……」

「本当になんの告知もなく上演したから、支配人もカンカン。前代未聞ってやつね。はっきり言って雑な出来だったし。プロの仕事と胸を張れるものではないわ」

 

 自分の耳を疑った。あんなに素晴らしかったのに?

 

「色々と時間がなかったのよ。小道具とか演出とか。でも、演技に気持ちは込め過ぎなほどに込めたわ。それがお客様に伝わったんでしょうね」

 

 最後まで観ていたお客さんは大興奮だった。明日の上演はないのか?と聞いている人がいた位だ。

 

「あなたみたいに感動してくれた人にこれを言うのは、いけないことかもしれないんだけど……『ブラック・マジシャン・ガールと賢者の宝石』はアンの為の舞台なの」

 

 そういえば、上演前にアンもそんな事を言っていた。

 

「……アンは、もうあまり長くないの」

 

「え………?」

 

 エリーシャさんの口から出た言葉は、あまりにも残酷な現実だった。

 

「長くない……って、どうして!?」

「心臓病なの。とても重くて、移植をしなくては助からない様な……手術をしたとしても、成功の確率はかなり低いそうよ」

 

 安心しきった表情で眠っているアンを改めて見る。彼女の顔色が良くない様に見えたのは、ボクの気のせいじゃない。病気だったんだ。

 

「タイムリミットはあと1年。それまでにドナーが見付からなければ、そもそも手術ができない」

「……エリーシャさん達のご両親は?」

「アンが……私の最後の肉親なの。両親はまだ私達が小さい頃に亡くなったわ」

 

 エリーシャさんは淡々と語っている。なのにその言葉は、ボクがこれまで聞いてきた、何よりも重い。

 

「今日の舞台は、私からアンへの最後のクリスマスプレゼント。アンも今日は特別に許可をもらって、病院を出てきたの。この子、途中でチケットを落としてしまったから、危うく舞台が観れないところだったわ。ソウジ、本当にありがとう」

「………いえ」

 

 どうした?

 なんか言えよ、ボク。

 何かあるだろう。慰めの言葉とか、励ましの言葉とか。エリーシャさんに言わなくちゃいけない事は、たくさんあるだろう?

 

それなのに――

 

 

「……うっ……う……」

 

 

――なんでボクが泣いているんだ。

 

「……優しいのね。今日出会った、アンの為に泣いてくれるなんて」

「……ごめん……なさい」

「どうして謝るの?私は嬉しいわ。劇場の仲間と私以外に、アンの為に泣いてくれる人はいなかったもの」

 

 ずっと病院生活。そんなアンには、同年代の友達がいないのだろう。ボクにも、同年代の友達なんていない。でも、ボクの事情とアンの事情は全く違う。アンがもし丈夫な体だったなら、きっとたくさんの友達がいただろう。

 

 ……やっぱりボクは最低だ。

 

「……アンはデュエルモンスターズが好きでね。特に『ブラック・マジシャン』がお気に入りなの。『彼にはきっと弟子がいるはずよ』って言って、アンがスケッチブックに書いたのが『ブラック・マジシャン・ガール』の『マナ』よ。おかしいでしょう?あの子、勝手に新しいカードを作っちゃったのよ?」

 

 

 

 エリーシャさんがスケッチブックをみせてくれた。そこにはヘタクソな絵で、色々なモンスターが書いてあった。

 間違いなく、ボクの絵の方が上手い。でもアンの絵は、ボクの絵よりずっと輝いている。ボクの絵にはないものが、そこにはあった。

 

「アンの願いは、アンが考えた物語を私達が演じること。仲間達は快く承諾してくれたわ。アンには、最高のクリスマスプレゼントを届けることができた……とっても嬉しいし、満足してる」

 

 満足してる。

 その言葉とは裏腹に、エリーシャさんはとても悲しげな顔をしていた。

 

「おいエリーシャ!!

はやく着替えて、お前も来い。支配人がカンカンだぜ!」

 

 魔人テラを演じていた男の人が、エリーシャさんを大声で呼ぶ。

 

「ちょっと待って。お願いがあるんだけど」

「ん、なんだ?」

「写真を撮ってくれない?」

 

 エリーシャさんは、金髪のウィッグと帽子を被り、舞台の『ブラック・マジシャン・ガール』の姿に戻った。

 

「写真? なんでだ……?」

「いいから。写真を撮ったら、私も謝りに行くわ」

 

 そう言ってエリーシャさんはカメラを取り出して、テラ役の男の人に押し付けた。

 

「アンちゃんは寝てるじゃないか……どうするんだよ?」

「寝ているアンを挟んで撮ればいいのよ。ソウジ、はやくこっちに来て」

「え……あ、はい」

 

 エリーシャさんに言われるがままに、ボクはロビーの椅子に座った。

 

「じゃあいくぜ。はい、チーズ!」

 

 シャッター音が静かなロビーに響く。舞台の女優さんと写真を撮れて、すごく嬉しいはずなのに、ボクは全然笑えなかった。

 

「じゃあ、俺は先に行っているから、はやく来いよ」

「ええ」

 

 テラ役の人の背中が見えなくなると、エリーシャさんはボクの方に振り向いた。

 

「ソウジ、住所を教えて。写真を送るわ。そうね……このスケッチブックに書いておいて」

 

 アンのスケッチブックとペンが渡される。ボクの親もそろそろ迎えに来る頃だろう。エリーシャさんに、何か言わなくちゃ……アンはこのまま寝かせてあげておいた方がいいかな。

 

 言葉が浮かんで来ない。

 

 今ボクが何を言っても、それはただの空虚な言葉にしかならない気がする。

 このまま……このまま何も伝えられずに、この出会いを終わらせていいのだろうか?

 

 ダメだ。

 

「エリーシャさん」

「なに?」

 

 ボクは口下手だ。

 人に自分の気持ちを伝えられない人間だ。

 『ブラック・マジシャン』の様に、魔法が使えるわけじゃない。

 

 でも、

 

「エリーシャさん。このスケッチブックの残りのページ、全部使ってもいいですか?」

 

「……え?」

 

 

 

 

 ボクはアンのスケッチブックに、今できる精一杯の、ボクだけの『魔法』をかけた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「うっ……ぐっ……ひっく………うぅうぅぅ……」

「え、え~と。ルースさん?」

「そうじぃ……お前……そんな悲しい思い出が……うっ……うぅ、ひっく……」

 

 ルースさんがガチ泣きしている。もう涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ……

 

 

 

「ルースさん。ほら、ティッシュです」

「うぅ……サンキュ……」

 

 それにしても、感情の発露が豊かな人だなぁ……

 これもルースさんのみんなに好かれる人柄の所以……なのかな?

 そういえば、話に夢中で時計を見てなかった。

 

…………ヤバい。

 

 完全に約束の時間をオーバーしている。

 

「でもよぉ……お前はそういう辛い思い出を乗り越えてよ……アンちゃんの想いを継いで、『ブラック・マジシャン・ガール』をカード化まで漕ぎ着けたわけだろ? 本当にすげぇよ……」

 

 なんかまた、シクシクと泣くモードに入るルースさん。

 すいません。それどころじゃありません。マジで本当に時間がヤバいです。

 

「ルースさん、ボクちょっと、仕事の約束があるので失礼します」

「おう。お前はアンちゃんの想いを継いで、立派に仕事に励むんだぞ……うっ、うぅう……」

 

 急がなくちゃ……

 確か第2会議室に通してくれる様に、頼んでおいたんだけど……

 

 

 

 

「うふふ……どうする?

あなた、お話の中で勝手に死んだことになってるわよ?」

「契約相手との時間をすっぽかした挙げ句、勝手に人を殺すなんて、最低ね」

 

 

 

 

………あーあ。

 

 待ちくたびれて来ちゃったようだ。

 流石はミュージカル女優。声はとってもよく通る。

 

 

「え……なに? どちらさん?」

 

 ルースさんが目を白黒させている。まあ、そりゃそうですよね。

 

「はじめまして。Mr.ルース。ソウジからお話は聞いています。エリーシャ・ハミングウェイです」

「今の感動的なお話のヒロインの、アン・ハミングウェイです。幽霊じゃありませんよ?」

 

 直接会うのは、何年ぶりだろう。エリーシャさんはちょっと年を取ったけど、相変わらず美人だ。昔会った時と違って、髪はアップにしている。

 アンも……見違える様に綺麗になった。昔のエリーシャさんと同じで、髪を後ろに流している。本当にこの姉妹はそっくりだ。

 

「えっ……あれって、エリーシャ・ハミングウェイじゃない?」

「うそぉ!? ブロードウェイの女優さんよ!?

なんでこんな所に……?」

「隣の人は妹さんよね? 最近舞台に出始めたっていう……」

 

 同僚の女子達が騒ぎ始める。そりゃそうだ。有名人なんだから。むしろ、なんでルースさんは知らなかったの?っていう位で……

 

「は……はじめまして。ルース・フォックスターです。私のことを聞いていた……というのは?」

「そんなに固くならないで下さい。ソウジとは文通しているんです」

「彼の手紙に書いてありましたよ? 部署は違うけど、頼れる先輩だって!」

 

 アンがにっこりと笑う。ルースさんはあんまり状況を飲み込めていないみたいで、カクカクと頷いた。

 

「あ、あぁ……なるほど。それで今日は、どうしてこちらに?」

「あら、ソウジから聞いていないんですか?」

「しょうがないわよ、姉さん。なんせ彼、思い出を語っている途中だったんだから」

 

 うわわわ……恥ずかしい……

 一体どこから聞かれていたんだろう?

 穴があったら入りたい……

 今度はエリーシャさんがにっこり笑って前に出た。その手には、何枚かの企画書が握られている。

 

 

 

「今日は『ブラック・マジシャン・ガールと賢者の宝石』の舞台公演の打ち合わせに参りました」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 エリーシャさんの『ブラック・マジシャン・ガールと賢者の宝石』は、大いに物議を醸したそうだ。

 でも、お客さん達の評判がよくてあの後3回だけ、特別に上演した。

 その後は、一切上演していない。当時発売されたばかりとはいえ、デュエルモンスターズのカードを勝手にモチーフにしたのは、著作権的に非常にまずかったらしい。ネットでの書き込みやレビューも全て削除。

 

 『ブラック・マジシャン・ガールと賢者の宝石』は文字通り伝説の作品になった。

 

「それで、衣装のデザインは進んでるの?」

「一応これが……」

「あら……露出が多いわね……さすがに私は着られないわ」

「もう、姉さんったら。演じるのは私よ!」

「あらあら? まだオーディションも終わっていないのに、随分と強気なのね? 私は審査委員長だから、身内贔屓をする気はないわよ?」

「そんなの当たり前!!」

 

 目の前で姉妹喧嘩を始めるのはやめてほしい。てゆうか、こんな大事な相談をボクのデスクでやるっていうのは、どうなんだろう。周りの視線もめちゃくちゃ気になるし……

 

「ソウジ!」

「うわっ……」

 

 びっくりした……いきなり顔を近づけないでよ。もう昔みたいな子供じゃないんだから。

 なんだか、ルースさんが無茶苦茶ニヤニヤしながらこっちを見ている。

 さっきはあんなに泣いてたくせに……

 

「ありがとう! あなたのお蔭で、私は姉さんと同じ舞台で『ブラック・マジシャン・ガール』を演じることができるわ!」

「うふふ……アンは本当に気がはやいわね。もう受かった気でいるなんて」

「もう! 姉さんのイジワル!」 

「……お礼を言わなくちゃいけないのは、ボクの方だよ」

 

 インダストリアル・イリュージョン社に入社できたのは、ボクが書いた『ブラック・マジシャン・ガール』が、ペガサス会長の目に止まったからだ。エリーシャさんの演技と、アンのアイディアがなければ『ブラック・マジシャン・ガール』は生まれていない。

 ボクは彼女達への感謝を込めて、ペガサス会長に、ひとつのお願いをしていた。

 

 『ブラック・マジシャン・ガール』を主役にした、ミュージカルを作らせて欲しい。

 

 少しずつ、少しずつ話を詰めていって、今やっと、ボクが感動をもらったミュージカルは、再び動き出そうとしている。

 担当しているのは、衣装やモンスター、ステージのデザインだ。

 

「ボクがこの仕事に携われるなんて、本当に夢の様です。改めてお礼を言わせて下さい。ありがとう」

 

 2人に向かって、精一杯の感謝の気持ちを込めて、頭を下げる。

 

「……ソウジのバカ」

 

 バシッ!!

 

 軽快な音と共に、ボクの頭は何かで叩かれた。

 痛いなぁ…もう……。

 

「え……それ……?」

 

 

 顔を上げて『それ』を見た時、ボクは言葉を失った。

 

「手紙では書かなかったケド、ず~っと大切にとってあるの。ソウジを驚かせたくてね!」

 

 ボクの頭を叩いたのは、あの時のスケッチブックだった。

 

 

 

「お礼を言わなきゃいけないのは……本当に私の方なんだよ? 私の手術が成功したのも、ソウジが私に魔法をかけてくれたお蔭なんだから」

 

 アンがスケッチブックを開く。中に所狭しと描かれているのは、ボクが限られた時間で書いた、デュエルモンスターズのモンスター達だ。

 

 

 ボクは日本に帰った後、また学校に行き始めた。何をすればいいのかは分からなかったけど、健康な体のボクはそうしなきゃいけない気がした。

 高校に入った1年後の春に、アメリカから手紙が来た。宛名は遠藤創司。だけど、送り主の名前は2人。

 

 エリーシャ・ハミングウェイ

 アン・ハミングウェイ

 

 

 2つの名前が仲良く並んでいるのを見た時、ボクはまた泣いてしまった。

 

 アンの手術は成功していた。

 

 なんでも、あの舞台を見ていたお客さんがエリーシャさんとアンの身の上を知って、心臓のドナー探しに協力してくれたらしい。

 

 『ブラック・マジシャン・ガールと賢者の宝石』という舞台は、姉妹に奇跡という魔法をかけたんだ。

 

 

「……ボクは何もしていないよ。ただ、短い時間で絵を描いただけ」

「あなたのその絵に、私は勇気づけられたの。色々な人に助けてもらったけど、私はあなたに1番感謝してるのよ?」

 

 アンのスケッチブックは、とても汚れていて、所々破けていた。きっと何回も開いて、ボクの絵を見てくれていたんだろう。

 

「…アン。そろそろ時間よ。もう行かないと」

「もうそんな時間!? レッスンに間に合わない!」

 

 エリーシャの声に、アンは慌てて立ち上がった。ボクが時間を守らなかったせいで、慌ただしくなってしまった。本当に申し訳ない。

 

「ごめん、アン、エリーシャさん。また次の機会にゆっくり打ち合わせしましょう」

「そうね、楽しみにしてるわ」

 

 エリーシャさんはそれだけ言うと、部屋を出て行った。アンもその後を追う。

 

「ソウジ!!」

「え?」

 

 彼女はくるりと振り向いた。まるで舞台の上のように。

 

 

「私、必ずオーディションで主役をとるわ! 絶対に『ブラック・マジシャン・ガール』になってみせる! ……だから」

 

 ……だから、なんだろう?

 

 

「……2人で、最高の舞台を作りましょうね!」

「……うん。もちろん!」

 

 少しだけ頬を赤くしたアンは、走って部屋を出て行った。ボクは彼女の背中が見えなくなるまで、バカみたいに立っていた。

 

 

 

 

 人の気持ちを理解できず

 

 人に気持ちを理解されず

 

 ボクはただ空気の様に生きていた。

 

 

 そんなボクの人生を変えてくれたのは、間違いなく彼女達だ。

 だから、そろそろボクも素直になって、自分の気持ちは、ちゃんと伝えられる様にならなくちゃいけない。

 

「いやぁ~美人の姉妹だったな」

「……ルースさん」

「ん? なんだ?」

 

 意を決して、口を開く。

 

「……女性を食事に誘うには、どうしたらいいんでしょうか?」

「……おうおう……いいね、いいね。創司にも春がきたかぁ~?」

「ちゃ……茶化さないでください!」

 

 

 

 

 季節は冬。

 もうすぐクリスマス。

 昔は、サンタクロースなんているわけないって思っていた。

 

 だけどあの時。あの出会いがあってから。

 

 サンタクロースはやっぱりみんなにプレゼントを届けてくれるんだって。

 

 ボクはそう思っている。




おい、決闘しろよ

と、思われた方もたくさんいると思いますが、どうかご容赦を…

ラルフ「俺の出番はコーヒーだけか」

ルース「俺の決闘の続きをはやく書けよ」

サイトウ「爆ぜろリア充」

……色々といつもと違う感じで書いてみました。

ルースVSセレス戦は年内に頑張って投稿しようと思います!
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