出てきたシクレアは『ブラック・マジシャンガール』に『マジシャンズ・ヴァルキリア』に『賢者の宝石』
さらに『真紅眼の黒竜』
なんか…不思議なパワーが作用した気がします…
4/19 加筆修正
「なぜ笑う……?」
フィーネの笑顔から感じる、言い知れぬ不安。きっと彼女は正気ではない。何か言わなければ、彼女を正気に戻す言葉を言わなければならない。そう思い、ラルフは口を開いた。
しかし、フィーネは不思議そうに首を傾げるだけだ。
「なぜ……ですか?」
「そうだ。人を傷つける装置を使った決闘に、何の意味がある? 人を傷つけてまで得た勝利に、君は満足できるのか!?」
「できます」
即答だった。あまりにも早い返答に、ラルフは再び言葉を失う。代わりにフィーネが、重ねるように言葉を紡いだ。
「痛みが伴おうと、危険があろうとも、ゲームでの勝利には何の偽りもありません。むしろ、勝利までの道のりに苦難苦痛があるのなら……」
フィーネはそこで言葉を一旦区切り、蕩けそうな笑みを浮かべる。
「……勝利の味は、より格別なものになると思いませんか?」
――やめろ。
もう何も言わないでくれ。
これ以上聞きたくない。
叫び出しそうになるのを、ラルフは唇を噛みしめて必死にこらえた。
「私は酔いたいんです。勝つことに。勝利の美酒に。それはいけないことですか?」
フィーネが口を開く度に、ラルフが彼女に抱いていたイメージは打ち砕かれていく。
優しい女性だと思っていた。
決闘とカードが大好きな女性だと思っていた。
それなのに。いや、だからこそなのか。
あの楽しい時間を共に過ごした女性と、目の前の敵の姿がどうしても重ならない。
フィーネが勝利への拘りを、己のゲームに対する価値観を語れば語るほど、ラルフの中の『フィーネ・アリューシア』という存在が崩れていく。心の奥底で、何かが削られていく。
痛い。痛い。痛い。
この悶えるような痛みが、今更ラルフに1つの事実を再確認させる。
『ラルフ・アトラス』は、『フィーネ・アリューシア』に恋をしていた。
だから辛い。
だから信じたくない。
ラルフの頭ではなく心が、フィーネを敵だと認識することを拒絶する。
たった1度出会っただけで、心惹かれるのはおかしいだろうか?
だが、確かにあの日の時間は、仕事とはまた違う充足感があった。素直に笑うことが出来た。
楽しかった。
あの日の思い出を嘘にしたくない。フィーネを敵にしたくない。
「……無理矢理、グールズに協力させられているのか? 何か事情があるのか!?」
ある意味、最後の望みである言葉を投げ掛ける。
そうだ。こんな事を本当はやりたくないに違いない。そうに決まっている。自分に言い聞かせる為に、ラルフは心の中で反芻する。
「……いい加減、しつこいですね。私は自分の意思でグールズに入り、理想の為に行動しています。無理矢理グールズに協力させられているわけではありません」
「……では、なぜだ? 何の為にグールズに所属し、こんな事をする!?」
「行動の理由を語ったところで、貴方には理解できないできません。私の事を貴方に語る必要も感じられません。それとも……」
嘲るようにラルフを見詰めながら、フィーネはトレンチコートの前を開いた。ボディーラインが浮き出る黒いスーツ。その上から肩、胴、腿と全身を取り巻く形で、複雑に機械が装着されている。まるで彼女を拘束しているかのように。
「……もしも私の全身に取り付けられている機具が爆弾で…私が負けたら起爆するとしたら」
「……ッ!?」
「私に勝ちを譲って頂けますか?」
ラルフの頬から大粒の汗が落ちる。電灯に反射してきらりと光ったそれは、暗いコンクリートに染みを作った。
「……下らんハッタリだ」
「はい。ただの嘘です」
口ではハッタリだと言いつつも、嘘だと言った瞬間にラルフの肩が下がるのを、フィーネは見逃していない。
「……それなら、その機具はなんだ?」
「決闘によるエネルギーを私の身体にプールしておく装置…なんて言っても、あなたは信じないでしょう?」
「……戯れ言を抜かすな」
「ふふ……ようやく元の調子に戻ってきましたね」
違う。平静を装っているだけだ。それはフィーネも、何よりラルフ自身が1番よく分かっている。
フィーネは再びコートを前で留めると『決闘盤』をラルフに向かって突き出した。
「ディスクは楯。カードは剣。これを持って向き合った時点で、私達は敵同士です」
「……………」
「貴方が本気を出せないというのなら、それでもいいです。勝利の過程に酔うよりも、勝利したという結果の方が、私にとって大事なんですから」
『ゲームは、勝たなければ意味がない』
フィーネの頭の中でヴォルフの言葉が響く。これは決して、無理強いされた思想ではない。
フィーネが自分自身で選び取った『答え』だ。
だから揺るがない。揺らぐことなど決して無い。
そこに決闘と勝利があるのなら、得体の知れない実験動物のように扱われ、『三幻魔』の『魔力(ヘカ)』の器にされても構わない。
フィーネにはそれだけの覚悟があった。故にフィーネの目に見えないプレッシャーは、ラルフを圧倒していた。
「私に勝つ気がないのなら、次のターンでサレンダーしてください。その方が貴方も楽ですよ?」
「……誰がするか」
「じゃあ……続けましょ?」
フィーネの笑顔は満開の花を連想させる華美なものだ。しかし、ラルフは顔を背けた。
その笑顔が偽りなのか、心からのものなのかも分からない。
彼女の事が分からない。
間違っていると言いたくても、言葉では伝わらない。
ただ決闘を続けるしかない。
それでいいのか?
「………違う」
―――俺に何かを伝えたいのなら、決闘で、カードで語れ―――
あの男の言葉が、なぜか頭の中で響いた。
高飛車で人を小馬鹿にした物言いだった。だが、確かにあの男と……海馬瀬人と決闘で語り、カードを通してラルフは分かり合った。少なくとも海馬の本音を聞き、嘘偽りの無い気持ちを知ることができた。自分が今行っているゲームは、そういうゲームだ。
デュエルモンスターズには、人を繋げる力がある。
届かない。届けたい、この思いを。
言葉で伝える事ができないなら、決闘で。
きっと、彼女の所まで。
「……君は間違っている」
自分の気持ちをぶつけてみせる。伝えてみせる。
「そうですか」
彼女の返事は素っ気ない。当たり前だ。言葉では伝わらないのは、もう痛いほどよく分かった。
だからラルフは顔を上げる。『決闘盤』を再び持ち上げる。
「言葉では分からないだろう。だから、決闘で教えてやる。いくぞ、フィーネ!」
「……来なさい。ラルフ・アトラス」
1度は消えた心の灯火に、闘志という名の炎を宿して、ラルフはデッキに手をかけた。
「俺のターン、ドロー!!」
◇◆◇◆
深夜0時。街が寝静まる時間になり、日付が変わっても、童実野病院は騒がしかった。
「急患入ります!」
「すぐに手術だ。失血がひどい。輸血パックをかき集めろ!」
「はい!」
薄暗い廊下に緊迫した声が響く。サイトウはジョンを乗せたストレッチャーに、必死で並走していた。
「先輩!ジョン先輩!!」
何度呼びかけても、ジョンは反応しない。酸素マスクをつけた顔は、青を通り越してもはや土気色だ。本当にまだ息があるのか疑ってしまうほどに、生気が感じられない。
いつの間にか『手術室』と書かれた部屋の前に来ていた。ジョンの乗せたストレッチャーは奥へと運ばれて行く。
「すいません。ここから先は……」
「先生、ジョン先輩の容態は!?」
サイトウは目の前の医師にすがり付いた。
おそらくベテランなのだろう。髪に白いものが混じっている老練な医師は、サイトウの問いに険しい顔を一層歪めた。
「はっきり申し上げて厳しい状態です。腹部に銃創があることに加えて、川に落下したことによる低体温状態。弾丸の摘出は時間との勝負になります」
ここは日本だ。いくら救急救命医とはいえ、弾丸の摘出手術の経験はほとんどないのだろう。
だが、今はこの医師に頼るしかない。サイトウはモルタルの床に膝をつき、頭を下げた。
「お願いします。助けてください。大事な上司なんです……会社に必要な人なんです……」
嫌味であっても、ジョンは部署が違うサイトウの事を何かと気にかけてくれていた。ラルフやルースとはまた違う形で、ジョンには世話になっていた。
『おい、君はまたサボッているのか!?』
『どうして女性モンスターだけ、ソリッドヴィジョンにやたら気合いが入っているんだ!?』
『どのモンスターも、うちのイラストレーター達が大切に書いているんだ。モンスターを選り好みするな!』
最初はただの面倒な上司だった。海馬コーポレーションから出向して来た、ある意味外部の人間であるサイトウにまで、口出ししてくる。正直に言って、うるさくて仕方なかった。
でも、いつの間にか。
『この前の昆虫族と爬虫類族、いい出来だったじゃないか』
『このモンスターは翼を広げた時に派手なエフェクトが欲しいんだ。デザイナー達が君に頼めと煩くてね。ま、君なら簡単にできるだろ?』
面倒臭くても、口うるさくても、根がいい人間だということは、痛い程よく分かっている。インダストリアル・イリュージョン社にいた半年間で、よく理解した。
だからサイトウは、必死に頭を下げる。
「お願いします!」
「………顔を上げてください。ジョンさんは銃弾を受けた後、自力で川岸までたどり着いています。体力があるようです」
その医師は膝を折って、サイトウと同じ高さまで目線を下げた。
「あなたの誇れる上司なら、彼の体力と精神力を信じて、待っていてあげてください」
顔を上げたサイトウに、医師は笑いかけた。優しい笑顔だった。
「医者というのは、嫌な商売でね。任せてくださいとか、必ず助けますといった類いの事は、中々言えないのですよ。命を預かる仕事ですから」
手術室の中から、マスクをしたナースが出てきた。手術の用意ができたのだろう。
「鮎川先生! 準備できました」
「おう、今行く!」
鮎川と呼ばれた医師は、サイトウの肩に手を置いて言った。
「だから、私にはこれだけしか言えません。ベストを尽くします」
「……よろしく、お願いします」
力強く頷いた鮎川は、手術室の奥へと消え、扉は閉まる。赤い『手術中』のランプが点灯した。
「……お願いします……お願いします」
その場に力が抜けた様に座り込み、サイトウは手を合わせる。一生に一度の願いをここで使ってもいい。神様でも仏様でも何でもいい。
ただ、ジョンを助けて欲しかった。
「――なにシケたツラして座り込んでやがる」
バン、と背中が強く叩かれた。振り返ってみれば、そこには息を切らし、汗を垂らしたもう1人の先輩がいた。
「ルース先輩………」
「はっはっ……ふぅ……いい歳して階段を駆け上がるもんじゃねぇな……まあ、結局間に合わなかったけどな」
汗で張り付いた髪を掻き上げながら、ルースは呆けたように『手術中』のランプを見た。サイトウが顔を伏せながら口を開く。
「こんな……カードの大会で……こんな事になるなんて……」
「俺だって思ってねぇよ。けど、起きちまった事は仕方がないだろ?」
「仕方がないって……仕方なくなんかないっすよ! もしもこのまま……このままジョン先輩が……」
全て言い終わる前に、ルースはサイトウの胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。
バン、と再び何かを叩きつける音が響く。さっきと違うのは、ルースが叩きつけたのが拳で、叩きつけられた場所が、サイトウの顔面だという事だ。
体重が軽いサイトウは吹っ飛んだ。
床の冷たさが体に染みる。痛みと衝撃でくらくらするが、突然殴られた事に関する怒りの方が大きく、すぐに立ち上がった。
「……痛いじゃないすか。なんすか、八つ当たりですか?」
「お前が下らない事を言おうとしたからだろうが。
銃弾くらっても自力で川岸まで泳いで、なおかつこんな夜にランニングしてたオッサンに見つけてもらう運の持ち主だぞ?」
ペラペラと言葉を並べ立てたルースだったが、最後は消え入りそうな声だった。
「……死ぬわけないだろ」
「………………」
サイトウは再び黙り込む。沈黙に耐えられなくなったのか、ルースは頭をかきむしり、手術室の前から歩き出した。
「……どこ行くんすか?」
「ジョンが負傷した連絡が入る前に、お前にも報告しただろ? 手掛かりのカードを手に入れたから調査に戻るんだよ。神頼みしててもしょうがねぇ。だったらジョンが抜けた分は、俺とラルフが代わりに仕事をしてやるしかない」
そのラルフからも連絡がない。おそらく決闘中なのだろう。
ラルフまで負傷したら、と最悪の想像をしてしまう。胸が不安で締め付けられる。結局、サイトウは椅子に座り込んだ。
「俺は俺がやれる仕事をやるだけだ。お前も呆けてる暇があったら、働いてろよ。ジョンに仕事をしろって、また怒鳴られるぜ?」
サイトウを振り返らずに、ルースはそのまま遠ざかって行く。深夜の病院の廊下だ。ルースの姿はすぐに闇に溶けて消えてしまった。
手術室の前のロビーに、サイトウ1人だけになる。
「何をしろっていうんすか……?」
洩らした呟きは、意外なほど大きくロビーに響いた。
手術室から離れたルースは、暗い廊下を仏頂面で歩いていた。
『少しきつく言い過ぎだったんじゃないか?』
ルースの心の乱れを察してか、相棒である『首領・ザルーグ』が語りかけてくる。
「あの根暗オタクに気合いを入れただけだ」
『少なくともサイトウは根暗ではないと思うが…?』
「うっせぇ。今さっき根暗だったんだんだよ」
ルースは吐き捨てるように言った。ザルーグは溜め息混じりに姿を消す。気を遣ってくれたのだろう。
不安と苛立ちでどうにかなりそうな頭を、必死で冷やす。今やるべき事は、手術室の前で手を合わせて祈ることじゃない。
ルースは『ルーンの瞳』を通して手術室のジョンを見ていた。弱々しくはあったが、ジョンの『魂(バー)』の輝きは決して消えてはいなかった。必ず助かる。
だから、今はやるべき事をやると決めた。
「この病室か……」
薄暗い廊下で、目当ての名前が書かれたプレートを見つける。そこには2人分の名前が記されていた。
『白峰雄大』
『黒木怜二』
見覚えのない名前だ。だが、それも当然である。ルース達と決闘をした時、彼らは『ホワイト』と『ブラック』と名乗っていたのだから。
こんな深夜の面会が許されているはずもないが、ルースは構わず扉を開けた。そもそも、用があるのは彼らではない。
「……よう。ご主人様達の容態はどうだ?」
『…えっ…あなたは…?』
病室には2つのベッドと、そこに寝ている『白峰雄大』と『黒木怜二』しかいない。普通の人間には、それしか見えないだろう。
だが、ルースにはハッキリと、ベッドの側で座り込んでいる小さな魔法使いが見えていた。
「やっぱり2人とも目が覚めてないのか……」
『どうしてここが分かったの?』
「2人組の決闘者が『決闘盤』をつけたまま道に倒れていて、病院に搬送された。これを聞いたら、心当たりは1組しかねぇよ」
『そうですか……』
小さな魔法使い。
『白魔導師ピケル』は納得した様に頷いた。よく見てみれば、目元が赤く腫れている。主人達を心配して、ずっと泣いていたのだろう。
「……黒い方はどうしたんだ?」
『クランちゃんは……赤いドラゴンにやられちゃって……今はカードの中で眠っていまし。私は手札にいたから、ますたーが直接攻撃を受ける直前に放り投げてくれて……直接攻撃のダメージを受けずに済んだの……』
カードの『精霊』達にまで、あの『三幻魔』はダメージを与えたということだ。確かに、あの禍々しい『魔力(ヘカ)』なら他の『精霊』に影響しない方がおかしい。ピケルは運良く助かったにすぎない。
「そうか……マスター達が心配だと思うが、俺の質問に答えてくれるか? 俺は敵じゃない。信じてくれ」
『……うん。ますたーはあなたのことを悪い人じゃないって言ってました。だから信じてあげる。質問ってなに?』
ルースはほっと息を吐いた。物分かりが良くて助かる。見た目は幼くても、中身は立派な魔導師だ。
「じゃあ……驚かずにこれを見てくれ。俺が倒して手に入れたものだ」
『えっ!? これって……』
ピケルは怯えて後ろに退がった。無理もない。今、ルースの手の中にあるのは、ピケル達を倒した『神炎皇ウリア』のカードなのだから。
「……その反応を見るに、やっぱりコイツにやられたのか」
『う……うん。やっつけたの?』
「おうよ。知らなかったとはいえ、敵は討ってやったぜ」
『………ありがとう』
ピケルが小さな体を折り曲げて、ルースに礼をする。素直に感謝してくれているのだろう。だが、ルースは礼を言われる為に、この病室まで来たわけではない。
「お前は魔法使い族だよな? 俺はこの『神炎皇ウリア』に関する事で、ここに来た」
『……わたし、こんなモンスター知らないよ?』
ピケルがふるふると首を横に振る。その答えは予想できていた。ルースが聞きたいのは全く別のことだ。
「他の『魔法使い族』の『精霊』と連絡を取ることはできるか?」
『えっ…? 『人間界』にいる人なら多分できるよ……でもどうするの?』
「コイツの出自がはっきりしねぇんだ。だからまず、『精霊界』に何か影響がないか聞いてみる。その上でできれば、なるべく高位にいる『魔法使い族』に会いたい」
『……会ってどうするの?』
ルースは『神炎皇ウリア』のカードをくるりと返す。このカードは普通じゃない。しかもセレスは『三幻魔』と言っていた。こんなバケモノが後2枚あるという事だ。その内の1枚を手に入れることができた時点で、手は打っておいた方がいい。
「このカードを……『魔術的』に封印する手段を聞きたい」
◇◆◇◆
ラルフ LP800 手札1
《モンスター》
なし
《魔法・罠》
バーニングブラッド(発動中)
リバース1
フィーネ LP3300 手札1
《モンスター》
人造人間-サイコ・ショッカー
《魔法・罠》
なし
フィールドの状況はラルフに不利だ。手札の魔法カードは役に立たない。フィールドにセットしてあるのは、罠カード。『サイコ・ショッカー』に封じられている為、使用不可能。
つまり、全てはこの1枚のドローカードにかかっていた。
「……この1枚に全てを懸ける、という気概でドローしたが……」
ドローカードはそのまま『決闘盤』のスロットに差し込まれ、発動する。
「すまんな。2枚追加だ」
『強欲な壺』
魔法カード
デッキからカードを2枚ドローする。
フィーネの表情が僅かに曇る。『強欲な壺』は1枚で2枚分の働きをする強力なカード。それを引き当ててきたラルフの強運は認めざるを得ない。
たった1枚だったラルフの手札が、3枚まで増強される。そこに逆転のカードがなければ、ラルフの勝利は絶望的だ。だが、運命の女神は2枚のドローカードにも、希望を乗せてくれていた。
「俺は『ホルスの黒炎竜LV4』を攻撃表示で召喚!」
天から舞い降りたのは、白銀の隼。神々しい雰囲気を纏っているが、その体はまだ小さく、幼い。
『ホルスの黒炎竜LV4』
炎/ドラゴン族
ATK1600→2100
DEF1000
『バーニング・ブラッド』により、攻撃力が500ポイント上昇する。下級モンスターとしては高い数値だが、上級モンスターの平均攻撃力ラインである2400ポイントには届かない。
「……見たことがないモンスターですね。でも、その小さな鳥さんでは私の『サイコ・ショッカー』は倒せませんよ?」
「焦るな。今からこいつの進化を見せてやる。魔法カード発動『レベルアップ!』」
「レベル……アップ?」
『レベルアップ!』
通常魔法
フィールド上に表側表示で存在する「LV」を持つ
モンスター1体を墓地へ送り発動する。
そのカードに記されているモンスターを、召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。
「俺はデッキから『ホルスの黒炎竜LV6』を特殊召喚する!!」
翼、足、爪、全てが一回り大きくなり、ホルスの黒炎竜は天を制する威容を示す。
『ホルスの黒炎竜LV6』
ATK2300
DEF1600
「自己進化するモンスターシリーズ……? こんなカード見た事がない……」
「当たり前だ。俺がペガサス会長から預かっているカードだからな」
「確かに面白いモンスターですね。でも、鳥さんの攻撃力をちゃんと見た方がいいんじゃないですか?」
フィーネの指摘は正しい。『LV6』へと進化したホルスは、魔法カードへの完全耐性を得ている。
『魔法カードの効果を受けない』
この効果は自分のカードも例外ではない。『バーニングブラッド』による攻撃力アップの恩恵を、今のホルスは受ける事ができないのだ。
「進化したそのモンスターの効果は『バーニングブラッド』の効果が作用していない事から、魔法耐性である事は分かります。強力な効果ですが『サイコ・ショッカー』の攻撃力を越えられないのなら、何の意味もない。とんだプレイングミスですね」
失望を隠さずに語るフィーネに対して、ラルフは笑みを浮かべて答えた。
「それはどうかな?」
「……どういう意味ですか?」
「誰がこのターンの『進化』が1回だけだと言った? 魔法発動『レベルアップ!』」
「なっ……2枚連続で!?」
決闘開始時から手札で『腐っていた』カード。それがここにきて、2枚連続発動という奇襲の形で威力を発揮する。
『レベルモンスター』は戦闘やフェイズを介して、毎ターン成長していく。ボードアドバンテージを失わないという利点はあるが、進化に時間がかかり、途中で破壊される危険性があるのも難点だ。
「でもっ……そのモンスターは魔法効果を受けない筈じゃ?」
「ああ。確かにこのモンスターは魔法カードの効果を一切受けない。だが、『レベルアップ!』で『ホルスの黒炎竜LV6』を墓地に送ったのは、効果ではなく『コスト』だ。故に『レベルアップ!』は問題なく発動できる!」
『レベルアップ!』は単純に、1枚分のカードの消費はあれど『レベルモンスター』を即座に進化させての戦闘を可能にする。
ハンドアドバンテージよりも、テンポアドバンテージを取るカードなのだ。
「フィーネ。お前にも見せてやる。これがホルスの最終進化形態。『ホルスの黒炎竜LV8』だ!」
胸を押し開き、生えてくる2本の腕。対魔力の結晶体である額のクリスタルが青く輝く。鷹のイメージは残しつつも、その姿は『ドラゴン』という種族の名に違わないものに成長していた。
『ホルスの黒炎竜LV8』
ATK3000→3500
DEF1800
「……攻撃力が上がっている?」
「当然だ。これがホルスの黒炎竜の真の姿なのだからな。『ホルスの黒炎竜LV8』がフィールドに存在する限り、お前が発動した魔法カードを無効にし、破壊する」
「……魔法カードの完全封殺……」
ホルスが自分の身を守る為に常に発動していた力は、敵にだけ向けられる。この圧力は生半可なものではない。
天空の王者である神は、進化の頂点にまで到達し、その真価を発揮する。
「バトル!『ホルスの黒炎竜LV8』で『サイコ・ショッカー』に攻撃! 神滅のブラックフレア・ストリーム!」
「ッ…キャアアア!!」
フィーネ LP3300→2200
『青眼の白龍』をも上回る、攻撃力3500ポイントの炎の砲撃。衝撃にフィーネはたまらず片膝をついた。苦しげな吐息が洩れる。
その様子を見てぎしり、と音が鳴る程にラルフは奥歯を強く噛みしめた。
傷つけたくない。しかし、やめるわけにはいかない。彼女の間違いを正す為に、彼女を本当の意味で救う為には、決闘で勝つしかないのだ。ラルフはプレイを続ける。
「……邪魔なサイコ・ショッカーは消えた。これで遠慮なく罠カードが使える。リバースカードオープン!『王宮のお触れ』」
『王宮のお触れ』
永続罠カード
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外の罠カードの効果を無効にする。
デュエルモンスターズの根幹を支える3種類のカード。モンスター、魔法、罠。その内の2種類のカードの発動を『ホルスの黒炎竜』と『王宮のお触れ』で封じ、ラルフはフィーネの行動を大幅に制限した。
このターンで止めは刺せなかったが、フィーネのフィールドにはカードは1枚もなく、手札は1枚。
これでほぼ『詰み』だ。
「これでお前は、魔法も罠も使えない。お前の負けだ」
「………………」
ラルフの大逆転に呆気にとられているのか、『ホルスの黒炎竜』に圧倒されているのか、フィーネは下を向いて押し黙っている。
「……フィーネ。ここまで来たら、俺は決闘をやめる気はない。痛みと衝撃でお前を気絶させてでも、グールズから連れ出してやる」
「………たく…ない」
「……なに?」
小さな、小さな呟き。フィーネは体を震わせながら、自分の腕で体を抱き締めながら、何かに取り憑かれた様に言葉を吐いた。
「負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない」
肌が粟立つ。
背筋が凍る。
まるで壊れた人形。そう形容したくなるほどに、追い詰められたフィーネの雰囲気は、異常なものだった。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだ。負けたくない負けたくない。負けたくない。負けたくないよ。勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい……」
一体何が、彼女をここまで追い詰めたのか。ラルフには分からない。
そう、分からない。
立ち上がり、ブロンドの髪を振り乱しながら、フィーネはラルフを睨みつける。
「……ずるいずるいずるい……ずるいですよ。自分達だけのカードなんて、不公平です…てだから私は負けちゃったんだ…でもいやだいやだいやだいやだ。また負けるのだけはいや……」
悪鬼か。修羅か。
凄まじいと言ってもいい、フィーネからの圧力。
だが、ラルフは気圧されながらも、フィーネの顔を見詰めていた。
涙を浮かべたその顔を。
あまりにも、アンバランス過ぎる。彼女の言動と行動と表情は、まるで釣り合いがとれていない。
「勝ちますよ……私は……」
「フィーネ……?」
「勝たなきゃ……勝ち続けなきゃ、私に生きてる価値なんて……ないから」
涙を流すな。
そんなことを言うな。
何があったんだ。
掛ける言葉は山程あった。しかし、ラルフはそれを口に出せない。心の片隅で、どこか暗い場所で、ラルフは思ってしまった。
俺は『フィーネ・アリューシア』が分からない。
理解できない、と。
思ってしまった。
「……私のターン、ドロー!」
勝利への執着。
勝利への執念。
勝利への渇望。
運命を分けるフィーネのドローカードを、そういった精神論で語ることはナンセンスだ。
想いの力。デッキが、カードが応えてくれた。そんな言い方をすることはもちろん出来るし、それが事実だった決闘もある。デュエルモンスターズにカードの『精霊』は存在しているのだから。
しかし、この時、この決闘で、このドローには、『精霊』の力は関わっていない。
では、このドローカードが、
「やった……これで……勝てる」
更なる逆転を呼ぶ1枚となったのは、なぜなのか?
「私は『切り込み隊長』を召喚!」
『スタンダード』は単体での性能が高く、汎用性に富んだカードが採用される。
ラルフの逆転の一手となった『レベルアップ!』などは『スタンダード』では最も嫌われる効果だ。特定の状況でしか発動できず、コンボ前提で『死に札』になりやすい。
もちろん、状況やデッキタイプによって変わるので、コンボ前提のカードが弱いとは一概には言えない。
だが『スタンダード』にはそんなカードが入る余地はない。だからこそ、追い詰められた状況で『死に札』を引いてしまう確率は低い。
逆に言うならば、デッキトップのドローによる解決能力は高い。
「『切り込み隊長』の効果で、私は『異次元の女戦士』を特殊召喚!」
『異次元の女戦士』
光/戦士族
ATK1500
DEF1200
「ここで……この土壇場で『異次元の女戦士』をドローしたのか…」
「……デッキが応えてくれたから」
呻くラルフに対するフィーネの返答は、正しく、そして残酷だ。
フィーネの言う『デッキが応えてくれた』という言葉は、カード達が意思を持って応えてくれた、という意味ではない。デッキを信頼していた、などという精神論でもない。
フィーネが勝利を得る為にカードを厳選し、バランスを計算したデッキ。そうして構築された『スタンダード』が勝利のカードを確率に基づいてドローさせた。
信頼がなかろうと、愛着がなかろうと、拘りがなかろうと、勝つ為に計算されたデッキは強い。
この状況は、それを証明していた。矛盾を含んだ言い回しだが、これも『デッキが応えた』ということになるだろう。
だが、そこには温かさはない。ただ冷たい勝利があるだけだ。
「勝てる……『異次元の女戦士』で『ホルスの黒炎竜LV8』に攻撃!」
攻撃力の差も、発生するダメージも気にも止めず、フィーネは『異次元の女戦士』に自爆特攻を指示する。
「……消えちゃえ」
『ホルスの黒炎竜』と『王宮のお触れ』によるロックの、僅かな隙間。モンスター効果には成す術はない。次元を切り開く力を持つ刃が『ホルスの黒炎竜』を切り裂き、別次元へと飛ばす。
「ぐっ……あぁああああ!!」
フィーネ LP2200→200
ライフポイントの半分。それだけの衝撃が一気にフィーネに降りかかった。痛みに悲鳴を上げる。
だが、それでも。
「……勝てる。これで勝てる……」
彼女は、笑っていた。
心から安心した笑顔で。
大いに満足した様子で。
先ほどまでの錯乱が嘘のように、笑っていた。
ラルフはその笑顔を、眼に焼き付けるように、じっと見詰めていた。
「……終わりです。『切り込み隊長』で直接攻撃」
自分の前で剣が振り上げられても、ラルフは微動だにしない。
「すまない」
最後に。絞り出すように、彼女に向かって言葉を紡ぐ。
「俺では……駄目だった」
「謝る必要なんてありません。私は嬉しいんです」
分からない、と思ってしまったことが。どうしようもなく情けなく思えて。
だけど、泣き笑いする彼女の全てを背負う自信も、なくなって。
「勝てたんですから」
全てが分からなくなって、ラルフは諦めた。
だから負けた。
ラルフ LP800→0
◇◆◇◆
身体が熱い。
勝てたことからくる興奮か……負けそうになったことによる恐怖か。
私には分からない。
ただ言えるのは。
私は、素敵な出会いをして、心惹かれた人を。
こんなひどい決闘に巻き込んで。
ぼろ雑巾みたいに、倒れるまで痛めつけて。
それでも笑っているってことだ。
「おかしいよね……」
狂ってると思う。
『フィーネ・アリューシア』は、きっと修理不可能な壊れた人形なんだ。
私は勝つことにしか快感を感じない、最低の決闘者。相手を倒すまで止まらないマシーン。
ラルフさんは倒れたまま動かない。この『闇決闘盤』による決闘で、死ぬことはない。でも、ヴォルフ様からは、ペガサスの犬は始末する様に言われている。
『魔力(ヘカ)』を使ってモンスターを実体化させれば、簡単に殺せる。
「……ごめんなさい」
結局私は、聞こえるわけがない、許して貰えるはずがない謝罪の言葉を口にして
「……さようなら」
別れの言葉を重ねて、その場を去った。