ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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20.「キングを取りに来たぜ」

 夜が明けようとしていた。太陽が上り、新たな1日の訪れを告げる。暗かった海面はキラキラと輝き出した。

 

「……きれい」

 

 皮肉でもなんでもなく、フィーネは純粋にそう思った。

 潮風が首元を吹きぬけていく。色の薄いブロンドの髪は、風に揺られながら、太陽の光で透けていた。

 

「フィーネ様、ボートの用意ができました」

「はい。今行きます」

 

 部下に呼ばれ、桟橋に繋がれたボートに向かう。

 ラルフを倒した後、ヴォルフから出された命令は、素っ気ないものだった。

 

 童実野町からの撤収。

 

 これは客観的に見ても判断としては正しい。グールズはバトルシティの大会期間中から、その夜まで、街中で暴れ回っていた。マリクの配下の決闘者は、ビルの爆破や誘拐事件まで起こしているのだ。犯罪組織にしては、些か派手に動き過ぎた。警察が手掛かりを掴み、潜伏場所を突き止めるのも時間の問題だろう。

 フィーネはヴォルフの指示で、この童実野埠頭に移動し、仲間と合流。そのまま海に出て『アジト』に帰還する手筈になっている。

 

「出します」

「はい。お願いします」

 

 フィーネが乗り込んだことを確認し、ボートは夜が明けたばかりの海へと滑り出た。

 離れていく童実野町を見ながら、フィーネは未だにヴォルフの命令に疑問を抱いていた。

 今回の計画には、想定以上の邪魔が入った。マリク達を囮に利用し、警察の目がそちらに集まっている間に決闘者を襲撃して『魔力(ヘカ)』を奪う。警察にはマリク派のメンバーだけに捕まってもらい、ヴォルフ派であるフィーネ達は童実野町から悠々と逃げ帰る。

 そういう計画だったのにも関わらず、結果としてはヴォルフの部下の大部分は捕まってしまった。彼の右腕であるセレスでさえ敗北し、現状では救出も困難だ。

 計画が予定通りに進まなかったことによる、メンバーの損失。だがそれよりもフィーネが気になっているのは……

 

 奪った『魔力(ヘカ)』が足りない、ということだ。

 

 『魔力』は現在、フィーネの身体を通して全身の機械に貯蔵されているので、その量が分かる。まるで、爆発物を抱え込んでいるかのような緊張感をもたらすほどの『魔力』だ。

 

 しかし、まだ足りない。

 

 この量でも、残りの2体の完全覚醒には至らない。襲撃した決闘者の人数を把握しているヴォルフも、それをよく分かっている筈だ。『三幻魔』の覚醒は、この計画の要。途中で放り出すことなど、考えられない。自分達のボスには何か考えがあるのではないかと、フィーネは勘繰っていた。

 

「……フィーネ様」

「……はい?」

 

物思いにふけっていた所を、部下の一声で現実に引き戻される。ボートを操舵している彼は、遠慮がちにフィーネの方に視線を泳がせながら、再び口を開いた。

 

「……ヴォルフ様は貴方が決闘で勝利したにも関わらず、とどめを刺さなかったことにお怒りです。何か『罰』があるかもしれません。アジトに戻る前に、謝罪をした方がよろしいと思います」

「その件については、既に報告を終えています。殺す前に警察が来たのです。退くしかないでしょう?」

 

 嘘だ。あの時、周囲に警察はいなかった。薄々それに感づいているのか、部下の男は追求をやめない。

 

「ですが……フィーネ様のお力なら、モンスターの実体化も容易い。警官達ごと始末することも……」

 

 

「しつこいですね。そんなに私を人殺しにしたいんですか?」

 

 随分とトゲのある声で言ったせいか、部下の男も流石に押し黙る。これ以上ここにいるのは、空気が重くて耐えられない。フィーネは席から立ち上がった。

 

「うしろの船室で休ませてもらいます」

「……どうぞ。狭いですが……?」

「構いません」

 

 今乗っているボートには小型だが、簡素な船室がある。もっとも、船室と言うより、倉庫と言った方がいいレベルものだ。

 フィーネは扉を開けた。少し埃が舞い、臭いが鼻につく。社会の不適合者ばかり集まっているグールズでは、自主的に掃除をする者などいないのだろう。

 

「……私も人のことは言えないか」

 

 誰に言った訳でもなく、壁に向かって呟きながら、簡易ベッドに倒れ込む。やはり臭かったが、気にしてはいられない。全身に溜め込んだ『魔力』が重かった。

 

「……んっ……」

 

 寝返りをうつと、スーツの上から装着している全身の機具が、ごつごつと当たって気持ち悪い。これでは安眠などできそうにないが、今はまだ外すことも脱ぐこともできない。2時間程度のクルーズだ。我慢するしかないだろう。

 目蓋を閉じると、浮かんで来たのはやはり、ラルフとの決闘の光景。『ホルスの黒炎竜LV8』という見たこともないモンスター。魔法と罠を封じられ、久方ぶりに余裕のない決闘をした。

 

 負けていたかもしれない。

 

「………やだ」

 

 今更になって、そんな恐怖がまた襲ってくる。こんな想像はしたくない。

 揺れる船内でいち早く眠りに落ちる為に、フィーネは頭の中をからっぽにした。

 なにも考えずに横になっていると、疲労が自然と眠りに誘ってくれた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 最悪だ、と私は思った。

 

 

 『夢』というのは、頭のどこかでこれは現実でないと理解している。眠っている脳が見せるものだから、見たり聞いたり、経験したものしか映さない。自分だけの映画みたいなものだ。

 

「フィーネ、ほら、これ欲しがっていたでしょう」

「うそ、いいの? ありがとうお母さん!」

 

 自分だけの映画のくせに、夢はいつも私がみたくないものばかり映す。そして途中で眼が醒めることはない。だから嫌いだ。

 

「お母さんよく分からないけど、大切にしてね?」

「うん!もちろん!」

 

 お母さんから、はじめてデュエルモンスターズのカードをもらった日。私の14歳の誕生日。嬉しくて嬉しくて、私は飛び上がってしまいそうだった。今思い返してみても、当時はデュエルモンスターズの黎明期だったとはいえ、強いカードは全く入ってなかった。

 

『ヘルバウンド』

『なぞの手』

『コピック』

『屋根裏のもののけ』

 

 なんでだろう。もう6年も前のことなのに、デッキに入っていたモンスターはよく覚えている。

 本当に低級の、レベル1~3のモンスターカードの固まり。それが私の最初のデッキだった。

 

「フィーネはどれが好きなの?」

「う~ん。私はこの子かな?」

「もりんふぃん……? かわいいかなぁ?」

「かわいいよ! しかもこの子ね、このデッキの中だと1番強いんだよ!」

「へぇえ…そうなんだ」

 

 

 

 お母さんが感心したように頷いている。本当に馬鹿みたいだ。この頃私のデッキで1番強かったカードは『モリンフェン』だったんだ。

 でも、この頃は楽しかった。ドローの1枚1枚に一喜一憂して、決闘を心の底から楽しんでいた。

 貧しい母子家庭だった私の家で、お母さんが用意してくれた40枚のカードは、何物にも代えがたい宝物だったから。

 だからデッキに、カードに、モンスターに信頼と愛着をもっていた。

 

 それがいけなかった。

 

 ――その日、私の幸せは簡単に崩れた。

 

「おい! いるのは分かっているんだ!」

「いつになったら、金を返せるんですかね?」

「……もういい。入るぞ」

 

 私が住んでいたのは、賭博と風俗で成り立っている、ゴミの掃き溜めみたいな街だった。お母さんは死んでしまったお父さんの残した借金を返しながら、必死に働いていたけれど、とても女手ひとつで返し切れる量ではなかった。ぶくぶくと利子だけが増えていって、お父さんが生きていれば返せるはずだったお金は、とんでもない額になっていた。少しずつ返してはいたけれど、法外な利子の分をかろうじて返しているだけ。

 とうとう、タイムリミットが来てしまった。

 

 安普請の木の扉は簡単に蹴破られて、体に刺青の入った男達が部屋に押し入ってくる。お母さんは私を部屋の隅で抱き締めて、震えていた。私も、震えていた。

 

「すいません……許して下さい。必ず用意しますから……」

「悪いが、金の問題なのでな。もう待てない。」

 

 白のジャケットを着た男は、私達を見下しながらそう言うと、他の男達に指示を出した。

 

「連れていけ」

 

 お母さんが男達に腕を掴まれる。まだ幼かった私にも、その言葉がどういう意味なのかはよく分かった。

 

「待って!」

 

 だから、私は声を上げずにはいられなかった。

 

「……なんだ。娘は見逃してやろうと思ったのに。そんなに働きたいのか?」

 

「やめてください! 娘は…娘だけはっ!」

「黙ってろ!」

「いやっ……」

 

 お母さんが押し倒される。すごく悲しい顔をしていた。多分私も同じ顔をしていたはずだ。足も体も、恐怖で震えていて。

 でも、この時の私は不安を必死で塗り潰して、リーダー格の男を睨んで言った。

 

「私と勝負して。デュエルモンスターズで」

 

「は…?」

 

 男は呆気にとられていた。14歳の女の子に、勝負をふっかけられるなんて、思いもしなかったんだろう。

 

「と……賭博場にデュエルモンスターズのテーブルがあるでしょ? 私が勝ったら、お母さんを返して!」

 

「フィーネ!?」

 

「大丈夫。お母さんがくれたカードで、必ず助ける」

 

 自信なんてなかった。私の決闘の相手は、同じ貧しい子供達。スラムに流れて来たカードを必死にかき集めて、強化したデッキ。

でも、やるしかないって思った。

 

「……ハッ……美しい親子愛だ。いいだろう。お前ら、この2人をうちの決闘テーブルに連れていけ」

「あッ……兄貴!? なにもこんな挑戦を受けることは……?」

「世間知らずのお嬢ちゃんに現実を教えてやるだけだ。いいからはやくしろ」

「はっ、はい!!」

 

 この頃、ポーカーやスロットと一緒に私の街には賭け事として、デュエルモンスターズがあった。観客はどちらが勝つか賭けて、決闘を観戦する。決闘者もお互いに、チップやカードを賭けて戦う。罵詈雑言が飛び交う、最低で最悪な決闘だ。

 

 

 本当に。

 

 この時、やめておけばよかったのに。

 

 ここから私の人生は、一気に狂い出す。

 

 

 

-----------------------

 

 

 

「終わりだ。『メカ・ハンター』で『音女』を攻撃」

 

フィーネ LP500→0

 

 逆転も、一進一退の攻防もなく、私はあっさりと負けた。ただ純粋に、カードパワーが足りなかった。強いカードに対して、弱いカードのコンボで挑むなんて無理だった。私には、満足にコンボを組めるカードすらなかったのだ。最初から、負けることは決まっていた。

 

「お前には賭けるものがない。その身体で払ってもらうしかないな」

 

 観客達から嘲笑が沸く。誰も彼もが私に少しの同情と、そして侮蔑の視線を送っていた。助けてくれる人なんて、誰もいない。

 信じたのに。デッキとカードを信じて戦ったのに。

 モンスターは、信頼に応えてくれなかった。いや、最初からこんな非力なカード達に、私の信頼に応える力なんてなかったのかもしれない。

 

 私に、奇跡はおこらなかった。

 

 対戦相手の男が、下卑た笑みを浮かべながら、私に近寄ってくる。もう駄目だ。

 ごめんなさい。お母さん。

 

 

「だめっ! 逃げてフィーネ!」

 

 

 

勝利に浮かれている男達から抜け出して、お母さんは私の対戦相手だった男に体当たりした。

 

 ―――いやだ。

 

 観たくない。

 もうこれ以上観たくない。

 

 もうすぐあの『場面』だ。

 

「お母さんっ!」

「逃げなさい! あなただけでも!」

 

 飛び交う怒号。面白がる観客達。私は、周囲より一段高い決闘テーブルから、混雑している観客達の中に紛れ込んで、必死に出口を目指した。

 

「逃げたぞ!?」

「はやくそいつを捕まえろ!」

「このクソ女! 引っ掻くんじゃねぇ!!」

 

 走る。走る。走る。背が小さかった私は、足元を潜り抜けるようにして、ひたすら逃げる。

 出口が見えた。もうすぐだ。お母さんが気になる。私は逃げ切ることができるかもしれない。でも、私が逃げたら……お母さんは?

 

「いい加減にしろよ! このクソ女がぁああ!」

 

 一際大きな怒号が響いた。私は後ろを振り向こうとする。

 

 

 ―――だめ。

 

 振り向いてはいけない。 振り向いたら、また、みてしまう。

 

 

「フィーネ……逃げ……て」

 

 

 ナイフが刺さっていた。

 お母さんの胸に。

 

 赤い薔薇。血の花を咲かせていた。

 鮮血も花弁のように飛び散って。

 こちらを虚ろな眼で見ながら、手をこちらに伸ばしながら、倒れていく。

 

「……いや……お母さん」

 

 私も前を見ずに走ったせいで、誰かにぶつかって倒れ込んだ。足が動かない。歯がガチガチ鳴って止まらない。涙が溢れ出る。

 

 無理だ。もう走れない。

 

「馬鹿野郎! 商品に手を出すバカがいるかっ!」

「いいから、すぐに娘も捕まえろ!」

 

 男達が、こちらに来る。もう駄目だ、と。私は全て諦めた。お母さんと一緒に死ねるなら、もうそれでいい。そう思っていた。

 

 

 でも。

 

 

「あぁ……うっせぇな」

 

 

 銃声が、響いた。

 その音は、その場にいた全ての人間を一発で黙らせた。

 この街では聞き慣れた音だったけれど、ものすごく近くから聞こえた銃声に、私も思わず身を固めてしまう。

 

「おい、ガキ……生きたいか?」

「え……?」

「あぁ……下らねぇ質問だったな。まだ生きてるんだ。死にたくないにきまってるよなぁ……」

 

 固まったままでいると、いきなり誰かに抱えあげられた。体が宙に浮く。顔を上げると、鈍く光る銀髪が目の前にあった。

 細身のまだ若い青年。全身黒づくめで、手には彼の髪の色と同じリボルバーの拳銃が握られている。

 

 そこまで考えて、私はおかしなことに気がついた。

 

 この人は右手に銃を持って、左手はポケットに突っ込んでいる。

 じゃあ、私は『誰』に持ち上げられてるの?

 

「いい『素材』だ。コイツは貰ってくぜ」

 

 銀髪の男がそう言った刹那、閃光が弾けた。

 

「くっ!」

「なっ……なんだ!?」

「何をしている! はやく追え!」

 

 静寂から一転、再び怒号に包まれた賭博場から、転がるように外に出た。寂れた街並みが、猛スピードで背後に流れて行く。相変わらず、私の体は何かに掴まれて宙に浮いたままだった。

 

「まっ……待って!」

「あん?」

 

 お母さんが。お母さんがまだ中にいる。この人に言えば、この人に頼めば、助けてくれるかもしれない。

 

「お母さんがまだ中にいるの! 引き返して助けて! お願いっ!」

「……なに勘違いしてやがる」

 

「え?」

 

 彼は走りながら、私に向かってニヤリと笑いかけた。

 

「俺が欲しいのは、お前だけだ」

 

 そこで、私の意識は途切れた。

 

 

 この日。

 私はお母さんと別れ、2度と会えなくなった。

 そして私は、1人の男に助けられた。

 その登場は、まるで正義のヒーロー。

 

 だけど神様は、私に対してどこまでもイジワルで。

 

 私の元にやって来たのは、正義のヒーローなんかじゃなくて。

 実はどこまでも純粋な『悪人』だと気づかされるまでに、そんなに時間は掛からなかった。

 

 この男は、いつも唐突に現れるんだ。

 そして、自分勝手に、思い通りに、全部掻き乱していく。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 泥のような眠りから、意識が覚醒した。体が尋常じゃなく重い。頭も働かない。腕には点滴が刺され、消毒液の匂いがする。

 

「よう、起きたか」

「……ルース」

 

 ラルフ・アトラスは、親友の顔を見て、ようやく状況を理解した。自分が病院にいることに。

 

 自分が、負けたことに。

 

「ルース、俺は……」

「気にすんな。お前だけじゃない。ジョンもやられた。しかも……撃たれた」

「なっ……!?」

 

 ルースの口から出た言葉は、あまりにも衝撃的なものだった。ラルフは弾かれたようにベッドから上体を起こし、ルースに詰め寄る。

 

「容態は!? 手術は!?」

「心配すんな。かなり危険な状態だったが、先生がいい腕だった。手術は成功したよ。ジョンの方には、サイトウがついてる」

 

 

「そう……か」

 

 ほっと息を吐き、胸を撫で下ろした。ルースは複雑そうな顔で、ラルフを見詰めている。

 

「その……聞きにくいんだけどよ」

「……ああ。なんだ?」

「……何があった?」

 

 その問いに、すぐに答えることはできない。ラルフ自身、まだ起きたばかりで、気持ちの整理がついていない。

 

 なぜ、負けたのか。

 

 単純な強さか、想いの差か。頭の中では様々な言葉が渦巻いても、口に出して言うことは難しかった。

 

「……ジョンもそうだが、『ホルス』を受け取ったお前が負けるなんて、俺は考えてもいなかった。負けたことを責めてるわけじゃない。本当に信じられねぇ……」

「……分かった。最初から話す。俺が負けたのは、お前も会ったことがある人間だ」

「……なに?」

 

 少しずつ、少しずつ。『彼女』に関する情報を、なるべく客観的に語れる様に整理しながら、ラルフは話を始めた。

 

「お前は、海馬ランドで会った女性を覚えているか?」

 

 

--------------------

 

 

「……なるほどな。惹かれた女はグールズで、しかも今回の襲撃に絡んでいた。そして、手を抜いたわけでもなく……」

「ああ。実力で負けた。俺の完敗だった……」

 

 ラルフはフィーネのことを、出会いから再会まで、嘘偽りなく伝えた。

 ふと顔を上げて時計を見てみれば、長針が一回りしている。全て話すのに、かなりの時間を割いてしまったようだ。

 

「……惚れてたのか?」

 

 そこに関してだけは、直接的な言い回しを避けていたが、ルースにはすぐ分かったらしい。これも、今さら嘘をついてもしょうがないだろう。

 

「……ああ。そうだな。惚れていた」

 

 素直に自分の気持ちを口に出す。だが、その言葉は昔と違って過去形だった。

 ラルフにとってフィーネはもう、惚れて『いる』存在ではない。惚れて『いた』存在だ。そう割り切らなければならない。彼女は敵で、グールズだったのだ。そうやって割り切らなければ、やっていられない。

 

「……なにが惚れて『いた』だ。未練たらたらじゃねぇか」

「なっ……誰が!?」

「顔みりゃ分かるんだよ。捨てられた子犬みたいな顔しやがって」

 

 ルースの人を小馬鹿にした物言いは、ラルフを激昂させるには充分だった。

 

「……なんだと……もう1度言ってみろ!!」

 

 点滴がついていない方の手で、ルースの襟元を締め上げる。意外にも、ルースは無抵抗だった。

 

「おう。何度でも言ってやるぜ。捨てられた子犬ちゃん?」

「ッ……貴様ぁ!!」

 

 

「そんな顔をするヤツを、俺は知らねぇ」

 

 

 振り上げた拳は、ルースの顔に届く前に止まった。

 

「惚れた女はグールズで、説得する為に決闘をしたら負けました。まったくもって情けない話だぜ。ルール開発部のチームリーダー失格だよ。けどな……」

 

 頭上から、冷やかな視線が突き刺さる。いつぶりだろうか。こんな目でルースから見られたのは。

 

「そんな全てを諦めた顔の、今のお前は、ラルフ・アトラスですらねぇよ」

 

 腕から力が抜ける。その言葉は、ラルフの心臓に楔を打ち込んだ。

 ルースの腕が上げられ、首もとを掴んでいた手が払いのけられる。

 

 

「俺が知っているラルフ・アトラスは、1度負けて諦めるような男じゃない。負けても食らいついて、這いつくばっても前に進む。それがラルフ・アトラスだ」

「俺は……」

 

 ラルフの胸の内で、再び自問自答が始まる。

 助けられるだろうか。

 勝てるだろうか。

 もう1度、彼女と戦って。あれだけ勝利に執着した、フィーネ・アリューシアという女を、救うことができるだろうか。

 

 今のラルフには、断言できない。

 

 口を開かないラルフに対して、ルースは苛立った様子で頭をかいた。ラルフの腕を掴み、ベッドから立たせる。

 

「……ほら、もう立てるだろ。行くぞ」

 

「……どこにだ?」

 

「見舞いに行くんだよ。もっとも、どっちかつーと事情聴取だけどな」

 

 

--------------------

 

 

 その病室は、他の部屋とは明らかに様子が違っていた。扉の前には男が2人立ち、周囲に目を光らせている。私服だったが、雰囲気で警官だということが分かる。ルースとラルフが近づくと、軽く礼をしてくれた。

 

「じゃあ、悪いけど頼みます」

「直接の確保者があなただから、許可が下りました。それでも時間は1時間です。これは厳守でお願いします」

「はい。分かってますよ。」

 

 軽く頷くルースに対して、まだ若い警官は眉をひそめた。

 

「……こちらの事情聴取で得た情報は、もちろんインダストリアル・イリュージョン社にも提示します。奴らのカード偽造や『決闘盤』の出所も、全力で捜査中です。今、直接彼に話を聞く必要があるのですか?」

 

「我々はクリエイターなので。ユーザーの声は聞く必要があるんですよ。それが悪人だとしてもね」

「……分かりました。許可下りている以上、止める権利は我々にはありません。入ってください」

 

 警官達が扉を開いてくれた。迷いなく中に入るルースに、ラルフも続く。話の流れから察するに、この病室には確保したグールズの構成員がいるのだろう。だが、それを自分に会わせてどうするつもりなのか。ラルフには皆目検討もつかない。

 

「――ほう。これはこれは」

 

 部屋にはベッドが1つだけ置いてあり、そこには白髪の男が寝ていた。寝ているといっても、ベッドは半分起こしてあり、深い青の瞳がこちらを捉えている。

 

「わざわざ見舞いとは、感心だな。ルース・フォックスター」

「そっちも元気そうでなによりだぜ。セレス」

「……しかし見舞いの品もなしか。やはりペガサスの犬は躾がなってないようだな」

「ああ、悪いな。コソドロのハイエナにお見舞いを持っていく習慣はねぇんだ。次からは気をつけるよ」

 

 セレスと呼ばれた男と、ルースは一触即発。出会い頭に舌戦を繰り広げる。だが、セレスは自嘲気味に鼻を鳴らすと、視線をラルフに移した。

 

「貴様は?」

「……ラルフ・アトラス。お前達グールズの捕獲チームのリーダーだ」

「……貴様がリーダーか。しかし、無様なものだな。その様子では負けたのだろう?」

 

 セレスは見下したように頭を傾けながら、無表情な顔で言う。白い長髪が肩から落ちて揺れた。

 

「俺に負けたお前がなに言ってやがる」

「全くもってその通りだな。ぐうの音も出んよ」

「無駄話をしに来たわけじゃない。俺はお前に話があって来たんだ」

「悪いが私は何も喋る気はない。他をあたってくれ」

 

 そう言って布団を被ったセレスに向かって、ルースには1人の女の名前を口にした。

 

「……フィーネ・アリューシア」

「……なに?」

「知ってんだろ? 教えてくれよ。彼女のことについて」

「……成る程な。貴様らのリーダーはフィーネに負けたということか。納得した。私でも勝てるかどうか怪しい。だが、それを私に聞いてどうする?」

「うしろのコイツがフィーネちゃんにぞっこんでな。話を聞きたいそうだ」

 

 ルースが親指をたてて、ラルフをさした。

 

「なっ……なにを言うルース!? 俺は……」

「いいからお前は黙ってろよ」

 

 ルースの言葉にセレスは呆気にとられ、押し黙る。しかし珍しく無表情な顔を変化させると、声を洩らして笑った。

 

「ふ……くくっ……ラルフだったか? 貴様も女の趣味が悪いな。いや、ツイていないと言うべきか。よりによってあの女に好意を持つとはな」

「……どういう意味だ?」

「言葉通りの意味だ。私もあの女は嫌いでな…」

 

 なんでもないように、セレスは口を動かす。フィーネの過去を洗いざらい語るのもいいが、セレスはまず単純に、一言で彼女のことを表現した。

 

「アレは、勝利に狂った人殺しだよ」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 フィーネが夢の中に囚われ、セレスがラルフ達に話を始めたのと同時刻。

 

 アメリカ。インダストリアル・イリュージョン社、最上階会長室。

 

「ひどいものデスね…」

 

 ペガサス・J・クロフォードは、報告書を見て顔を歪めた。それを持って来たアーサー・ハイトマンも同意を示して頷く。

 

「ジョンは負傷。ラルフも敗北して、今は病院です」

「ユーには辛い思いをさせてしまいましたネ……ジョンの手術が成功してホッとしていマース」

「……会社では甥も関係ありません。血縁でジョンを特別扱いする事は、彼自身が最も嫌っていました。お気になさらないでください」

「……ありがとう。アーサー」

 

 バトルシティの安全な運営を託し、送り出した部下達。彼らが無事に戻らないことは、なによりペガサスの胸を痛める。大会が終了した今、とりあえず山は越えたというところだろう。

 

「……それにしても、ルースの報告にあった『三幻魔』 ユーはどう思いますか?」

「そもそも、カードの『複製』と『製造』では、必要とする技術が異なります。グールズがその技術を持っているとは考えづらい」

 

 オリジナルのカードは、作ればいいというものではない。海馬コーポレーションの『デュエルリングサーバー』に登録し、ソリッドヴィジョンデータを設定して、はじめて『決闘盤』で使用できるようになる。カードの個別データを解析し『複製』している組織がグールズだ。故に彼らはレアカードを狩り、複製できるカードの種類を増やそうとする。

 オリジナルのカードの『製造』など、不可能なはずだった。しかし、ルースの報告によってその存在は確認されてしまった。

 

「やはり……『三幻魔』には何か『闇のゲーム』の力が働いているとしか思えませんな」

「ルースをメンバーにいれたのは正解でした……決闘の強さだけでは解決できない問題デース」

「……今は『千年眼』がないからはっきりとは分からないでしょう。漠然とした質問になりますが、このカードからは『三幻神』に似たものを感じますか?」

 

「送られてきたデータだけでは、なんとも言えまセーン。やはり、直接みてみなければ……」

 

 ペガサスは再び険しい顔で、溜め息を吐いた。

 この時、会長室にはペガサスとアーサーの2人しかいなかった。『闇のゲーム』などという眉唾物の話をしているのだ。人払いもしてあった。

 

 

 

 

 

「おぉ…じゃあ苦労して来たかいがあったぜ」

 

 

 

 

 

 だから『3人目』の声が響くことなど、ありえないはずだった。

 

「ワッツ!?」

「誰だ!?」

 

 唐突に響いた声。混乱するペガサスとアーサー。そんな彼らを次に襲ったのは、圧倒的な破砕音。

 

「会長、伏せてください!」

「ノーッ!?」

 

 会長室の全面窓ガラスが粉々に砕け散った。アーサーは、椅子に座っていたペガサスを押し倒し、床に伏せる。

 

「こ……これは」

 

 地上から数十階の高さにあるこの部屋に。

その男は、外から悠々と足を踏み入れた。

 

「あぁ……あぶねぇ。殺したら洒落になんねぇからな……ここまで『跳んで』きたのが無駄になっちまう」

 

 パキン、パキンとガラスを踏み砕きながら、男はペガサスとアーサーに近づいてくる。

 

「ユーはいったい……」

「はじめまして。ペガサス・J・クロフォード」

 

 銀色に染まった頭髪が風でなびいている。男は慇懃に礼をした。

 

 

 

「俺はグールズのヴォルフ・グラント。『三幻魔』を創った男だ」

 

 

 

「『三幻魔』を……創った?」

 

 目を見開くペガサスに、ヴォルフは目を細めて笑いかけた。

 

「テメェの部下のせいで計画はめちゃくちゃになっちまった……仕方ねぇよなぁ……予定変更だ」

 

 パチン、とヴォルフが指を鳴らした。途端に周囲から風が止み、部屋が闇で覆われる。

 

「これは……」

「まさか……闇のゲームを…」

 

「あぁ……そのまさかだ。『魔力』も足りねぇし、一番手っ取り早いのはこの方法だと思ってな。もう面倒だからよ」

 

 ヴォルフの腕に装着された『闇決闘盤』が展開する。唸りを上げて可変するそれは、まるで血に飢えた獣のようだった。

 

 

 

「キングを取りに来たぜ」

 

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