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――私の夢はまだ覚めない。
夢の中で目が覚める。馬鹿みたいな体験だ。
「あぁ……やっと起きたか」
目を開けて周囲を見る。薄汚いベッドに寝かされていた。頭上の電灯がチカチカしている。
「……ここ、どこ?」
「俺の隠れ家だ。地元の賭博場でマフィアに喧嘩を売ったんだ。さすがに身を隠さねぇとな」
彼はそう言うと、ごちゃごちゃと物がたくさんあるテーブルの上から、いつのものだか分からない缶コーヒーを掴んで、私に向かって放り投げた。
缶は、とても冷たかった。
「……お母さんは?」
「あぁ……まだそんなこと言ってんのか?」
男はベッドに腰かけると、私の顎に手を添えて引き寄せた。
「死んだよ」
嘘だ。そんなはずない。こいつも悪人なんだ。私に嘘をついているんだ。
「……嘘つかないでよ。お母さんは……」
「死んだんだよ。お前が負けたからな」
私が、負けたから?
私が、弱かったから?
私が、悪いの?
「いやっ……いやっ……」
「かわいそうになぁ。娘に勝負を預けたせいで……死ななくても済んだのに」
「やめてっ!!」
耳を塞いで、顔を背けた。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。私のせいじゃない。私は……必死で……
「私は必死で戦いました…ってか?」
「え……」
「欠片も同情できねぇな。お前が負けたから、そうなったんだろうが」
男は懐からカードを取り出した。40枚はあるそれを、ベッドに叩きつける。散らばったカードは、見覚えのあるものばかり。これは、私のデッキだ。
「……どうして」
「中身はどんなもんかと思ってな。逃げ出す時に部下に回収させたんだよ。それにしてもひどいデッキだな。雑魚、ざこ、ザコ。雑魚カードしかないじゃねぇか」
「私のカードを……馬鹿にしないで……」
「でも、だから負けたんだろ。こんなデッキじゃ、どんなにプレイングが上手い決闘者でも勝てるわけがねぇ」
「だって……だって私」
ザコと言われて叩きつけられたカードを、私は必死に掻き集めた。このカードは、私の思い出。お母さんがくれたカード。それをどうしてこの人は……こんなにひどく言うの?
「お前も分かってる筈だぜ? お前が選んだゲームは、不平等なゲームだ」
「不平等な……ゲーム?」
「あぁ。仮にお前が勝負にポーカーを選んでいたとするか。もしかしたら奇跡がおきて、ロイヤルストレートフラッシュが出ていたかもしれない。そしたら、運よく勝ってたかもしれねぇな?」
この人は、何を言っているんだろう。だって運なんて、やってみなければ分からない。それは、ゲームをする時に大抵付きまとう不確定要素だ。
「……そんなの、決闘だって」
「違うな。決闘を始めた時点で『可能性』はデッキの中にしかない。お前のデッキじゃ、どんなにドローカードがよくても勝てねぇよ」
私の反論はバッサリと切り捨てられた。
「100回やっても、1000回やっても、勝てねぇものは勝てねぇ。お前は最初から、負ける勝負をしていたんだよ」
「そんなっ……そんなこと……」
理不尽だ。私にはお金がなくて、強いカードなんて手に入らない。最初から負けが決まってるゲームなんて、ひどすぎる。そんなゲームは……楽しくない。
私は……わざわざ負ける勝負をして、お母さんを殺しちゃったの?
「ひっ……ぐ」
嗚咽が洩れた。涙が出てきて止まらない。お母さんに申し訳なくて。謝りたいお母さんは、もういないのに。ただ涙だけが落ちて、シーツに染みを作る。
私は悲しくて悲しくて、心がはち切れそうだった。
でも、同時にもうひとつ。
悔しくて悔しくて、仕方がなかった。
もっと。もっと強いカードがあったら。私は勝てていたかもしれない。あのマフィアの男ほど、強いカードじゃなくてもいい。レアカードじゃなくても、少しでも強いカードがあったら。
私は、お母さんを助けられていたかもしれない。
「悔しいか?」
「うっ……う……くやしい」
「そうだよなぁ。悔しいよなぁ……不平等だよなぁ。はじめる前から差があるゲームなんて、本当にフェアじゃねぇ」
銀髪の男は、私の頭にそっと手を置いた。
「所詮、お前が好きになったデュエルモンスターズは、そんなクソみたいなゲームだったってことだ」
「クソみたいな……ゲーム」
「あぁ。対等な条件で向き合えねぇ、欠陥ゲームだ。だからさ……」
その男は、まるで私よりも小さい子供みたいな、純粋な笑顔で言った。
「俺と一緒に、このクソゲーをぶっ壊そうぜ」
彼は『ヴォルフ・グラント』と名乗った。
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あの日から私は、隠れ家に篭って決闘に没頭するようになった。衣食住はヴォルフさんが保障してくれたし、彼の部下の人達が必要な物を色々と用立ててくれた。貧しかった人が多いみたいで、私に同情してくれる人もいたくらいだ。
私はヴォルフさんが持って来た様々なカードをひたすら見て、覚えて、分析した。
強いカード。弱いカード。たくさんのカードを見れば見るほど、その強弱はハッキリしているように思えた。
例えば『クリッター』や『黒き森のウィッチ』はとても優秀で、デッキの中から様々なモンスターをサーチできる。戦闘破壊されてもアドバンテージを損失することなく、次に繋げられる。
この『アドバンテージ』という言葉を理解して、私はデュエルモンスターズを見る目が随分と変わった。
『強欲な壺』は、1枚で2枚分の働きをする。1:2交換。
『サンダーボルト』は、相手フィールドにモンスターが5体いても全て破壊できる。状況によっては、1:5交換だ。
ただの弱いカードだと侮っていた『キラースネーク』も、手札が減らないカードだと考えると、すごく強い。ヴォルフさんは『アドバンテージ』にも種類があって『フィールドアド』や『ハンドアド』などがあることを教えてくれた。
「いいか?『キラースネーク』は『ハンドアド』しか稼げねぇ。基本的には攻撃力300の雑魚だからな。それを利用して『フィールドアド』に変えていくことが大切だ」
基本的には朝から晩まで1人でカードとにらめっこ。時々ヴォルフさんが色々な知識を教えてくれて、それを踏まえてデッキを組んだ。そして決闘をする。
だけどその決闘が、私には苦痛だった。
「……私の負けです」
「あぁ……これで何敗目だ? まーた負けやがって。そんなんじゃ、天国の母親が報われねぇな」
「……もう1度、お願いします」
私はヴォルフさんと決闘して、何回も負けた。負けた私を、ヴォルフさんは何回も煽った。
「勝っても負けても、ゲームは楽しいとか言う奴がいるけどなぁ……ありゃ嘘だ。勝ち負けがあるんだぜ? 勝った方が気持ちよくて、楽しいに決まってんだろ。負けたら悲しくて、悔しいに決まってんだろ」
耳元で響く、囁き声。聞けば聞くほど、その考えは私の中に染み込んでいく。
「だからゲームは、勝たなきゃ意味がねぇ」
「……はい」
決闘に関する知識は増えて、前よりもカードを自由に扱えるようになった。でも、私はだんだん決闘が楽しくなくなっていった。拘りを捨てて、強いカードだけを選び抜いて。そうして作ったデッキには、どうしても愛着は湧かなかった。昔は楽しんでいたカードのドローも、不要なカードを引いたらイライラする様になった。
だって、負けちゃうかもしれないから。
決闘の中に楽しみを見出だせなくなった私は、勝利だけを求めた。実際、勝てば気持ち良かった。
楽しくない。面白くない。そんな思いとは裏腹に、私の勝率はどんどん上がっていく。ヴォルフさんの部下は強い人が多かったけど、いつの間にか普通に勝てるようになっていた。部下の人達の中で1番強いセレスさんを倒した時、ちょうどヴォルフさんに拾われて1年が過ぎようとしていた。
「とうとうセレスを倒したか……強くなったなぁ、フィーネ」
「ありがとうございます」
「じゃあ……俺とやるか」
「……はい」
もう何回目になるのかも分からない、ヴォルフさんとの決闘。1度も私に、勝利を味わせてくれなかった相手。だから私は、勝ちたいと思った。必死に、必死に戦った。
そして、ついに……
「『ヂェミナイ・エルフ』で攻撃です」
ヴォルフ LP500→0
「……おめでとう。お前の勝ちだ」
私は、はじめてヴォルフ・グラントに勝つことができた。
「……やった」
熱い興奮が身体を駆け抜けて、じんじんと何かが疼く。とても気持ち良かった。
快感だった。
「けっ……そんな顔は、ここに来てはじめてだな」
「え……?」
「笑ってるってことだよ。馬鹿」
そうか。私最近、全然笑ってなかったんだ。勝てたことが嬉しくて今、久しぶりに笑っているんだ。
ふん、と鼻を鳴らして、ヴォルフさんは腕を組んだ。
「これでお前も合格だ」
「……合格?」
「あぁ……セレス! 例の準備は出来てるな?」
ヴォルフさんに呼ばれたセレスさんは、不機嫌そうだった。きっと、自分が負けたのに続いて、ヴォルフさんまで負けたのが納得いかないんだろうな。
「……準備は出来ています。しかし……」
「グダグダ言うな。俺もお前も負けただろうが。さっさと用意させろ」
「……はい」
セレスさんは渋々頷いて、部屋から出ていった。
「さて……行くぞ、フィーネ」
「……行くって、どこに?」
ヴォルフさんは、すごく楽しそうに、口元を歪めた。
「復讐だよ」
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あれから1年経ったというのに、この街は全然変わっていなかった。
相変わらず、最低な匂いがする。そして、この場所も変わらずに、酒と煙草の匂いしかしなかった。
お母さんが殺された賭博場。その決闘テーブルに、私は戻って来た。
「おい……あれ」
「1年前に逃げ出した娘じゃないか?」
「隣にいるのは、有名だったカジノ荒らしだろ?」
「へぇ……身体でも売ってあの男に守ってもらってたのかねぇ?」
「かわいそうに……荒んだ目になっちまってるなぁ……」
「それはそれで、そそるけどな。ギャハハハ!」
すでに満席になった観客席から、下品な声が聞こえてくる。でも、何を言われようと私は気にしない。私の今日の目的はひとつだけだ。
「久しぶりだな。お嬢ちゃん」
目の前に、白のジャケットを着た男が現れた。お母さんを殺した男。私を決闘で負かした男だ。
あの時から、片時も忘れたことはなかった。
「まさか、戻ってくるとはな。君には、本当にすまないことをしたと思っているよ」
「黙れ」
「おお、怖い怖い。そこの銀髪の男に躾られたのかな?」
男はそう言って、私の隣にいるヴォルフさんを睨み付けた。イラついているのか、口調ががらりと変わる。
「……1年前はよくも俺らの前からトンズラこいてくれたな。クソガキ。あの時の損失は、お前にたっぷり支払ってもらうぜ」
「おいおい。そんなに睨まないでくれよ。あの時逃げたお詫びに、今回の賭け決闘をセッティングしてやったんだぜ?」
ヴォルフさんが準備してくれた決闘。賭けるのは現金だ。2つのアタッシュケースがテーブルの上に置かれて、開かれる。観客達からどよめきが上がった。中にはぎっしりと札束が詰まっていたからだ。
「きっちり金は用意してきたようだな」
「あぁ。当たり前だ。だが、今回賭けるものは、金だけじゃねぇよ」
「あ?」
ヴォルフさんが、男の首に向かって何かを放り投げた。それは首輪のような形状で、男の首をがっちりと掴まえる。
「なっ……なにしやがる!?」
「騒ぐなよ。追加のチップみたいなもんだ。その首輪には、頭と胴体が離れてさようならする程度の、爆薬が仕掛けてある」
首輪から伸びたコードが、決闘テーブルに接続された。
「そしてこの首輪は決闘テーブルのライフカウンターとリンクしている。決闘に負けた瞬間、あぼん、だ。まぁつまり……命も賭けてくれってことだ」
「なっ……なんだと!?」
男の顔が目に見えて青ざめた。後ろに陣取っているマフィア達も騒ぎはじめる。
「ほらよ。フィーネ」
「はい」
ぶるぶると震えている男は放っておいて、私もその首輪をあっさりと装着した。観客達は驚き過ぎたのか、逆に声が聞こえてこない。さっきみたいに、下品に騒ぎたてればいいのに。
「さぁ、フィーネ。準備も舞台も整えてやったぜ」
ヴォルフさんが耳元で囁いた。私は、彼が懐から取り出したデッキを受け取る。
「……それにしてもお前、全然驚かねぇな。爆発する首輪は、お前には事前に見せていねぇのに。怖くないのか?」
「ヴォルフさんなら、これくらいすると思っていましたから。それに……」
首輪に手を当てて、感触を確かめる。ひんやりとした質感が心地いい。
「また負けるくらいなら、死んだ方がマシです」
「……フッ……ヒャハハハハハハハ!!」
狂ったような笑い声をあげて、ヴォルフさんは観客席の方へ降りて行った。
馬鹿な対戦相手は、まだガチャガチャと首輪を弄っている。外れるわけないのに。
「ははっ……焦らせやがって。簡単な話だろ。また俺が勝てばいいだけだろうが!」
「そうですね」
強がる男に、私は出来る限りの冷たい声で答えた。
「はじめましょうか」
「ちっ……」
ごめんね。お母さん。随分時間が掛かっちゃったね。
ようやく、仇が討てるよ。
「「決闘!!」」
絶対、勝つからね。
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ああ。どうしよう。
「私は『いたずら好きな双子悪魔』を発動」
「ちっ…ハンデスか…小癪な真似を…」
この人って、こんなに弱かったんだ。
「『メカ・ハンター』を『機械改造工場』で強化。攻撃だ!」
「罠カード、オープン。『聖なるバリア-ミラーフォース』です」
「ぐっ……くそっ!」
私はこんな人にボロクソにれて、負けたんだ。本当に、負けた私が情けない。
「魔法カード『ブラックホール』発動だ! お前のモンスターは全部ぶっ飛べ!」
「手札から『キラースネーク』を捨てて、罠発動。
『マジック・ジャマー』です」
「あぁあああ!?」
こんな。ゲームの途中に取り乱すような。こんな下らない男に、お母さんは殺されたんだ。
絶対に許せない。
「おっ……俺は『メカ・ハンター』を守備表示」
「私は『トライホーン・ドラゴン』を召喚。『守備封じ』を発動」
「あ……あ……あぁああ」
絶望しきった顔で、男は膝から崩れ落ちる。歯をカチカチと鳴らして怯える様は、昔の私を見ているみたいだ。
滑稽だけど、本当に不愉快。
「……バトル」
「ま……待ってくれ! 許してくれ! 俺が悪かった! だから……」
必死に頭を下げて、男は哀願する。
私にはもちろん、お母さんの仇討ちという思いがあった。理由があった。大義名文があった。
でも、いざこの男を追い詰めて、トドメを刺そうとした、この時。
勝てて嬉しいな。
と、純粋に思ったんだ。
これはゲームだから、始めたからには勝者と敗者を決めなくちゃいけない。だから、攻撃をやめたら私が負けちゃう。
攻撃をやめるなんて選択肢は、私にはなかった。
「攻撃」
「やめろぉおお!!」
びーっと、男のライフカウンターが0を示して。
ぼんっと、なにかが弾けた音がした。
ぴちゃぴちゃと、私の顔にも温かいモノが跳ねた。
一瞬の静寂の後に。決闘テーブルの周りは、阿鼻叫喚の坩堝と化した。観客達の叫びが止まらない。
「あ……兄貴が……」
「くそがぁ! 兄貴の仇を取れ!」
「この女を殺せぇ!」
あの男の後ろに控えていた、マフィアの男達が一斉に銃を抜いて私に向けた。
え………?
ちょっと待ってよ。おかしいよ。私は勝ったのに、どうして私を殺そうとするの?
それはルール違反でしょう?
こんなの……理不尽だよ。
ふざけるな。私は勝ったのに。どうして私が殺されなくちゃいけないんだ。私が、私が勝者なのに。どうしてそんな結末を迎えなきゃいけないの。
絶対に嫌だ。誰か助けて。
「死にたくないよっ!」
銃声が響き、私の叫びをかき消して、何十発もの銃弾が放たれた。
でも――
「あ……あぁ!?」
「んな……バカな?」
――それは私に届かなかった。
「………え?」
青い体躯のドラゴンだった。
私の目の前にドラゴンがいて、私の前に立ち塞がって、守ってくれたのだ。
さっきの決闘の最後で使用した『トライホーン・ドラゴン』が、そこにいた。
「もっ……モンスターが」
「バケモノだ……バケモノだコイツ!」
「うわぁあああ!?」
銃を捨てて逃げる人。まだ私に向かって撃ってくる人。マフィア達は、統制がとれなくなって大混乱に陥った。
……本当に私の目の前にいるのは、本物の『モンスター』なの?
「ヒャハハ! ようやく『魔力』が目覚めたかぁ! よかったなぁフィーネ!」
いつの間にかヴォルフさんが、私の隣に立っていた。嬉しそうに笑っていた。途中でこらえるように笑いを抑えると、無線機に向かって命令を出した。
「よし。セレス、残りを全て掃除しろ」
「御意」
無線機から、セレスさんの応答が聞こえてきた瞬間。
今までで、1番大きな衝撃音が賭博場に響いた。
振り返ると、セレスさんをはじめとした部下の人達が、一斉に突入してきている。彼らも、それぞれ見覚えのある『モンスター』を従えていた。
新たに始まった戦闘を気にもせず、ヴォルフさんは床に落ちていた布巾を拾い上げた。
「さて……顔にまで返り血が跳んでるじゃねぇか。拭いてやるよ」
……血?
ヴォルフさんに言われて、はじめて気がついた。頬に触れると、べったりと何かが付着している。
あれ……手が真っ赤だ。
あらためて、対戦相手の男を見た。首から上が吹き飛んでいる。おびただしい量の血液が、床を染め上げていた。
――人を傷つけるようなことは、絶対にしないでね。約束よ、フィーネ――
唐突に、お母さんの声が、頭の中に反響した。
「うっ……うぶっ」
さっきまで、すごく気持ちよかったのに。途端に気持ち悪くなって、私は床に胃の中身を吐き出した。
気持ち悪い。すごく気持ち悪い。私、何をしちゃったの……?
「わ……わたしっ……この人、殺して……」
でも、負けたくなかったから……勝たないと、勝たないといけなかったから……お母さんの仇を、討たなきゃいけなかったから。
心の中で反芻したものが、全部気持ち悪くなる。吐き出すしかなくなる。
「……おいおい。大丈夫かよ。ほら」
身体をくの字に折って床に座り込んだ私の背中を、ヴォルフさんは優しく擦ってくれた。
「ほら、こっち向け。ひどい顔してるぜ。拭いてやる。鏡で自分の顔見るか?」
ぐいっと顔を上げられて、鏡と向き合わせられる。中に私の顔が写った。
「えっ……」
確かにひどかった。
私の顔は、血で汚れていて。髪も乱れていて。目からは涙が溢れていた。
そして――
「よほど嬉しかったんだなぁ……普通は泣きながら笑わねぇよ」
――鏡の中の私は、それでも笑っていた。
「違う……違う違う違う……」
「あぁ? 何が違うんだよ。お前の顔じゃねぇか」
違う。違うよ。こんな……こんな泣きながら笑う人……人を殺して笑う人……私じゃないよ。フィーネじゃないよ。
「勝ててよかったなぁ。嬉しいだろ?」
「う……嬉しくなんかないです。違います、私はっ!」
「あんなイイ笑顔でトドメを刺しておいて、なに言ってんだお前?」
そんなことない。嬉しくなんかない。笑ってなんかいなかった。嘘だ。この人の嘘だ。私はそんな人間じゃない。絶対に違う。
でも、そうやって自分に言い聞かせる為に、いくら否定しても、どれだけ目を背けても、私がやったことは変わらず私の目の前にあった。
悟ってしまった。これは多分、これから一生背負って行かなければいけないもので、私はもう元には戻れないのだと。
「これでお前も、正式に俺達の仲間入りだ」
ヴォルフさんが立ち上がって、私に向かって手を差し出した。
「こちら側へようこそ、フィーネ。心から歓迎するぜ」
◇◆◇◆
「いやぁあああ!」
自分の叫びで、フィーネは目を覚ました。息が荒い。汗がひどい。前髪がぴったりと額に張りついている。眠ったはずなのに、眠る前より身体が重かった。
「………最低」
その言葉が、夢の内容に対するものなのか、自分に対するものなのかは分からない。ただ、フィーネ・アリューシアは一言だけ呟いて。
再びベッドに倒れ込んだ。
◇◆◇◆
「以上が、フィーネ・アリューシアという人間が『グールズ』に入るまでの経緯だ。中々悲劇的で、面白かっただろう?」
話し終えたセレスは、ふうっと一息吐いて、2人の聴衆を見た。
ラルフもルースも、固まったまま動かない。当然だろう、と思った。社会の表側の人間にとって今の話は暗く、重すぎる。『魔力』関連の話は伏せたまま話したが、それでもフィーネがデュエルモンスターズを利用して復讐を成し遂げたという事実。このストーリーの根本的なシナリオは変わらない。
思わぬ長話になってしまったが、途中で止めようとは考えなかった。何故なら、面白かったのだ。セレスがフィーネのことを語る度に、少しずつ歪んでいくラルフの表情が。そこからは、様々な感情が見てとれた。
同情、克己、そして恋慕。
成る程、この男が彼女に惹かれていたのは間違いないと、確信を得た。
「そこの……ラルフだったか? 貴様はこれでも、まだ彼女を救える等と、戯れ言をほざくのか?」
そして、単純に馬鹿な男だと思った。
そもそもセレスは、フィーネのことが嫌いだった。勝利だけを追い求める姿勢は、決闘の過程と内容に楽しみを見出だすセレスとは、どうしても相容れない。自分よりも強いことが、また腹立だしかった。
あんな女に惹かれることが、理解できない。
だから、精々こき下ろしてやろう。
「貴様ではフィーネを救えない。救う価値もない女だ。お前にとって、フィーネとの出会いは運命的なものだったのかもしれないが、俺から見れば……」
あえて一拍置き、突き放すようにセレスは言った。
「くだらん恋だったな」
◇◆◇◆
約1万キロメートル。
日本からアメリカまでの距離である。
普通に考えれば、日本における深夜時間まで童実野町にいたヴォルフが、今この時間にアメリカのインダストリアル・イリュージョン社を襲撃することは不可能だ。
しかし、不可能を可能にするのが魔法であり、魔術であり、『魔力(ヘカ)』である。
ヴォルフが使用したのは『亜空間物質転送装置』
その効果は、自分フィールド上のモンスター1体を除外し、エンドフェイズに帰還させるというもの。相手の除去カードからの回避などに利用される、やや上級者向けのカードだ。
だが、決闘外においては、このカードはまた別の効果を発揮することを、ヴォルフは発見していた。己の『魔力』を込めたこのカードが2枚あれば、人間や物体をもう片方の『亜空間物質転送装置』の元へ送ることができるのだ。
そしてヴォルフは、逃走用に常に1枚は持ち歩き、もう1枚はアメリカの隠れ家に隠してある。今回の移動はそれを使用した。
例えるなら瞬間移動。または、テレポートといったところか。
もっとも、ヴォルフがそんなイレギュラーな手段でアメリカまで来たことを、ペガサスは知る由もなかった。
ただ、この男は危険だと、本能的に察知していた。
「さぁて……はじめるか?」
「……やるしかないようデスね。アーサーは下がっていてくだサーイ」
「しかし会長!」
「私の言葉が聞こえなかったのデスか? 下がれといったはずデース」
「……はい」
渋々と後ろに下がるアーサーを尻目に、ペガサスはぼろぼろになったデスクから自分の『決闘盤』を取り出し、装着した。
「ひとつ聞かせてくだサーイ。なぜ私を狙ったのデスか?」
「テメェが『千年アイテム』の所有者だったからだよ」
「ホワッツ!? ユーがなぜそれを?」
「ま、こっちにも色々と情報網があるってことだぜ」
『千年アイテム』
強大な力を有した、古代エジプトに伝わる7つの秘宝。手にいれることができれば、所有者に莫大な『魔力』をもたらすと言われている。それは魔術の才の有無に関わらず、『闇のゲーム』の任意の起動が行えるほどのものだ。
だが、多くの呪いを受けた宝具でもある『千年アイテム』の所有者になる為には、ある程度の素養が必要となる。この場合の素養は『魔力(ヘカ)』ではなく、多くの『魔力』を制御する為の器、常人よりも大きな『魂(バー)』を指す。
「リョウ・バクラやセト・カイバにも資質はある。とはいえ『千年アイテム』の現在の所有者にケンカを売るのは好ましくない。『神のカード』に正面から挑むのも面倒だ。だったら、昔の所有者を襲うのが1番手っ取り早いってわけだ」
かつて『千年眼』に選ばれただけあって、ペガサスの『魂』は上質なものだった。
ヴォルフの望み。『三幻魔』を完成させる為には、ただ『魔力』を注ぐだけでは意味がない。決闘者の『魂』と『魂』のぶつかり合い。『決闘』によって生じる『魔力』を『三幻魔』は最も欲している。
童実野町での計画は水泡に帰した。ならば自分とペガサスの決闘で『三幻魔』の復活を成すまでだ。
「……分かりました。いいでショウ。どこからでもかかって来なサーイ」
「いくぜぇ!」
「「決闘!!」」
グールズとインダストリアル・イリュージョン社。両組織のトップ対決が、ここに実現した。
「先攻は私デース。ドロー」
ペガサスの画家らしからぬ細く白い指が、カードを掴み取る。そして考える。予想もつかない襲撃をされた、ということはある意味、こちら側の対応が後手に回っているということだ。組織的な動きを見れば、現状の勢いはヴォルフの側にある。
だからこそ。
「ラルフには使うな、と言われていたのデスが……仕方ありまセンね。ユーを私の世界に招待してあげマース。永続魔法『トゥーンワールド』を発動デース!」
決闘では、先手を打つ。
「あぁ……? なんだこれは?」
フィールドに出現したのは1冊の本。カトゥーンアニメのイラストが描かれた可愛らしい装丁は、『闇のゲーム』の重苦しい雰囲気には場違いなものだった。
「ユーが知らないのも、無理はありまセーン。このカードは『決闘王国』でしか見せていないのデスからネ」
「……別に構わねぇよ。続けな」
「私は『弓を引くマーメイド』を守備表示で召喚しマース!」
『弓を引くマーメイド』
水/水族
ATK1400
DEF1500
続けて場に現れたのは、貝殻に守られた可愛らしい人魚。なんの変哲もない、通常モンスターだった。
だが……
ボンッ!!と本が勢いよく開き、人魚を中へと取り込んだ。
「な……モンスターが本の中に消えた?」
「フフフ……その答えはノー。私のモンスターは消えてなどいまセーン」
再び本が勢いよく開き、モンスターが飛び出してきた。しかし、その姿は見る影もなく、アニメ風にデフォルメされたものに変化していた。
「……なんだコイツは?」
「イッツ、ベリーキュート! 私のモンスターは『トゥーン・ワールド』によってその姿を変えるのデース!」
『トゥーン・マーメイド』
水/水族
ATK1400
DEF1500
ヴォルフは冷静にモンスターを観察する。姿と見た目は変わっていても、ステータスに変化はない。
「けっ。イラつくモンスターだな。見かけ倒しか?」
「私のモンスターを馬鹿にしないでくだサーイ。私はこれでターンエンドデース」
ペガサスの取った行動は、永続魔法の発動と守備表示でのモンスターの召喚だけ。モンスターが『変化』したことが気になるが…
「関係ねぇなぁ! ぶっ倒せばいいだけだ。俺のターン、ドロー! 俺は『デーモン・ソルジャー』を召喚!」
甲冑に身を包んだ悪魔の騎士が剣を抜いた。鋭い目がペガサスとマーメイドを威圧する。
『デーモン・ソルジャー』
闇/悪魔族
ATK1900
DEF1600
「そのままバトル! 『デーモン・ソルジャー』で目障りな人魚を攻撃!」
「ノォォ! 私の『トゥーン・マーメイド』がやられてしまいマース!」
『デーモン・ソルジャー』は下級モンスターの中でも、1900という最高の攻撃力を持っている。対する『トゥーン・マーメイド』は攻守共に凡庸な数値。普通のモンスターならば、どちらが勝つかは明白だった。
そう――
「……どうなってやがる?」
「……残念でしたネ?」
――普通のモンスターならば。
「どうして……破壊できねぇ!?」
『トゥーン・マーメイド』の貝殻はびっくりした顔で『デーモン・ソルジャー』の剣を受け止めていた。それはまるで、カトゥーンアニメの一場面のような、ふざけた絵面だった。
貝殻の中の『トゥーン・マーメイド』はゲラゲラと笑っている。
ヴォルフは固まって動けない。
そしてペガサスも、ヴォルフに襲撃されてから、はじめての笑顔を見せた。
「私のモンスターは、トゥーンだから無敵デース」
そのあまりにも理不尽な解答に、ヴォルフは顔を大きく歪め、
「……やっぱクソゲーじゃねぇか」
と、吐き捨てた。