ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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※前半に『残酷な描写』があります。苦手な方はご注意下さい。

4/20 加筆修正


21.「トゥーンだから無敵デース」

 ――私の夢はまだ覚めない。

 

 夢の中で目が覚める。馬鹿みたいな体験だ。

 

「あぁ……やっと起きたか」

 

 目を開けて周囲を見る。薄汚いベッドに寝かされていた。頭上の電灯がチカチカしている。

 

「……ここ、どこ?」

「俺の隠れ家だ。地元の賭博場でマフィアに喧嘩を売ったんだ。さすがに身を隠さねぇとな」

 

 彼はそう言うと、ごちゃごちゃと物がたくさんあるテーブルの上から、いつのものだか分からない缶コーヒーを掴んで、私に向かって放り投げた。

 缶は、とても冷たかった。

 

「……お母さんは?」

「あぁ……まだそんなこと言ってんのか?」

 

 男はベッドに腰かけると、私の顎に手を添えて引き寄せた。

 

「死んだよ」

 

 嘘だ。そんなはずない。こいつも悪人なんだ。私に嘘をついているんだ。

 

「……嘘つかないでよ。お母さんは……」

「死んだんだよ。お前が負けたからな」

 

 私が、負けたから?

 私が、弱かったから?

 私が、悪いの?

 

「いやっ……いやっ……」

「かわいそうになぁ。娘に勝負を預けたせいで……死ななくても済んだのに」

「やめてっ!!」

 

 耳を塞いで、顔を背けた。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。私のせいじゃない。私は……必死で……

 

「私は必死で戦いました…ってか?」

「え……」

「欠片も同情できねぇな。お前が負けたから、そうなったんだろうが」

 

 男は懐からカードを取り出した。40枚はあるそれを、ベッドに叩きつける。散らばったカードは、見覚えのあるものばかり。これは、私のデッキだ。

 

「……どうして」

「中身はどんなもんかと思ってな。逃げ出す時に部下に回収させたんだよ。それにしてもひどいデッキだな。雑魚、ざこ、ザコ。雑魚カードしかないじゃねぇか」

「私のカードを……馬鹿にしないで……」

「でも、だから負けたんだろ。こんなデッキじゃ、どんなにプレイングが上手い決闘者でも勝てるわけがねぇ」

「だって……だって私」

 

 ザコと言われて叩きつけられたカードを、私は必死に掻き集めた。このカードは、私の思い出。お母さんがくれたカード。それをどうしてこの人は……こんなにひどく言うの?

 

「お前も分かってる筈だぜ? お前が選んだゲームは、不平等なゲームだ」

「不平等な……ゲーム?」

「あぁ。仮にお前が勝負にポーカーを選んでいたとするか。もしかしたら奇跡がおきて、ロイヤルストレートフラッシュが出ていたかもしれない。そしたら、運よく勝ってたかもしれねぇな?」

 

 この人は、何を言っているんだろう。だって運なんて、やってみなければ分からない。それは、ゲームをする時に大抵付きまとう不確定要素だ。

 

「……そんなの、決闘だって」

「違うな。決闘を始めた時点で『可能性』はデッキの中にしかない。お前のデッキじゃ、どんなにドローカードがよくても勝てねぇよ」

 

 私の反論はバッサリと切り捨てられた。

 

「100回やっても、1000回やっても、勝てねぇものは勝てねぇ。お前は最初から、負ける勝負をしていたんだよ」

「そんなっ……そんなこと……」

 

 理不尽だ。私にはお金がなくて、強いカードなんて手に入らない。最初から負けが決まってるゲームなんて、ひどすぎる。そんなゲームは……楽しくない。

 

 私は……わざわざ負ける勝負をして、お母さんを殺しちゃったの?

 

「ひっ……ぐ」

 

 嗚咽が洩れた。涙が出てきて止まらない。お母さんに申し訳なくて。謝りたいお母さんは、もういないのに。ただ涙だけが落ちて、シーツに染みを作る。

 私は悲しくて悲しくて、心がはち切れそうだった。

 

 でも、同時にもうひとつ。

 

 悔しくて悔しくて、仕方がなかった。

 

 もっと。もっと強いカードがあったら。私は勝てていたかもしれない。あのマフィアの男ほど、強いカードじゃなくてもいい。レアカードじゃなくても、少しでも強いカードがあったら。

 

 私は、お母さんを助けられていたかもしれない。

 

「悔しいか?」

「うっ……う……くやしい」

「そうだよなぁ。悔しいよなぁ……不平等だよなぁ。はじめる前から差があるゲームなんて、本当にフェアじゃねぇ」

 

 銀髪の男は、私の頭にそっと手を置いた。

 

「所詮、お前が好きになったデュエルモンスターズは、そんなクソみたいなゲームだったってことだ」

「クソみたいな……ゲーム」

「あぁ。対等な条件で向き合えねぇ、欠陥ゲームだ。だからさ……」

 

 その男は、まるで私よりも小さい子供みたいな、純粋な笑顔で言った。

 

 

「俺と一緒に、このクソゲーをぶっ壊そうぜ」

 

 

 彼は『ヴォルフ・グラント』と名乗った。

 

 

--------------------

 

 

 あの日から私は、隠れ家に篭って決闘に没頭するようになった。衣食住はヴォルフさんが保障してくれたし、彼の部下の人達が必要な物を色々と用立ててくれた。貧しかった人が多いみたいで、私に同情してくれる人もいたくらいだ。

 私はヴォルフさんが持って来た様々なカードをひたすら見て、覚えて、分析した。

 強いカード。弱いカード。たくさんのカードを見れば見るほど、その強弱はハッキリしているように思えた。

 例えば『クリッター』や『黒き森のウィッチ』はとても優秀で、デッキの中から様々なモンスターをサーチできる。戦闘破壊されてもアドバンテージを損失することなく、次に繋げられる。

 この『アドバンテージ』という言葉を理解して、私はデュエルモンスターズを見る目が随分と変わった。

 

 『強欲な壺』は、1枚で2枚分の働きをする。1:2交換。

 『サンダーボルト』は、相手フィールドにモンスターが5体いても全て破壊できる。状況によっては、1:5交換だ。

 

 ただの弱いカードだと侮っていた『キラースネーク』も、手札が減らないカードだと考えると、すごく強い。ヴォルフさんは『アドバンテージ』にも種類があって『フィールドアド』や『ハンドアド』などがあることを教えてくれた。

 

「いいか?『キラースネーク』は『ハンドアド』しか稼げねぇ。基本的には攻撃力300の雑魚だからな。それを利用して『フィールドアド』に変えていくことが大切だ」

 

 基本的には朝から晩まで1人でカードとにらめっこ。時々ヴォルフさんが色々な知識を教えてくれて、それを踏まえてデッキを組んだ。そして決闘をする。

 だけどその決闘が、私には苦痛だった。

 

「……私の負けです」

「あぁ……これで何敗目だ? まーた負けやがって。そんなんじゃ、天国の母親が報われねぇな」

「……もう1度、お願いします」

 

 私はヴォルフさんと決闘して、何回も負けた。負けた私を、ヴォルフさんは何回も煽った。

 

「勝っても負けても、ゲームは楽しいとか言う奴がいるけどなぁ……ありゃ嘘だ。勝ち負けがあるんだぜ? 勝った方が気持ちよくて、楽しいに決まってんだろ。負けたら悲しくて、悔しいに決まってんだろ」

 

 耳元で響く、囁き声。聞けば聞くほど、その考えは私の中に染み込んでいく。

 

「だからゲームは、勝たなきゃ意味がねぇ」

 

「……はい」

 

 決闘に関する知識は増えて、前よりもカードを自由に扱えるようになった。でも、私はだんだん決闘が楽しくなくなっていった。拘りを捨てて、強いカードだけを選び抜いて。そうして作ったデッキには、どうしても愛着は湧かなかった。昔は楽しんでいたカードのドローも、不要なカードを引いたらイライラする様になった。

 

 だって、負けちゃうかもしれないから。

 

 決闘の中に楽しみを見出だせなくなった私は、勝利だけを求めた。実際、勝てば気持ち良かった。

 楽しくない。面白くない。そんな思いとは裏腹に、私の勝率はどんどん上がっていく。ヴォルフさんの部下は強い人が多かったけど、いつの間にか普通に勝てるようになっていた。部下の人達の中で1番強いセレスさんを倒した時、ちょうどヴォルフさんに拾われて1年が過ぎようとしていた。

 

「とうとうセレスを倒したか……強くなったなぁ、フィーネ」

「ありがとうございます」

「じゃあ……俺とやるか」

「……はい」

 

 もう何回目になるのかも分からない、ヴォルフさんとの決闘。1度も私に、勝利を味わせてくれなかった相手。だから私は、勝ちたいと思った。必死に、必死に戦った。

 そして、ついに……

 

「『ヂェミナイ・エルフ』で攻撃です」

 

ヴォルフ LP500→0

 

「……おめでとう。お前の勝ちだ」

 

 私は、はじめてヴォルフ・グラントに勝つことができた。

 

「……やった」

 

 熱い興奮が身体を駆け抜けて、じんじんと何かが疼く。とても気持ち良かった。

 

 快感だった。

 

「けっ……そんな顔は、ここに来てはじめてだな」

「え……?」

「笑ってるってことだよ。馬鹿」

 

 そうか。私最近、全然笑ってなかったんだ。勝てたことが嬉しくて今、久しぶりに笑っているんだ。

 ふん、と鼻を鳴らして、ヴォルフさんは腕を組んだ。

 

「これでお前も合格だ」

「……合格?」

「あぁ……セレス! 例の準備は出来てるな?」

 

 ヴォルフさんに呼ばれたセレスさんは、不機嫌そうだった。きっと、自分が負けたのに続いて、ヴォルフさんまで負けたのが納得いかないんだろうな。

 

「……準備は出来ています。しかし……」

「グダグダ言うな。俺もお前も負けただろうが。さっさと用意させろ」

「……はい」

 

 セレスさんは渋々頷いて、部屋から出ていった。

 

「さて……行くぞ、フィーネ」

 

「……行くって、どこに?」

 

 ヴォルフさんは、すごく楽しそうに、口元を歪めた。

 

「復讐だよ」

 

 

--------------------

 

 

 あれから1年経ったというのに、この街は全然変わっていなかった。

 

 

 相変わらず、最低な匂いがする。そして、この場所も変わらずに、酒と煙草の匂いしかしなかった。

 お母さんが殺された賭博場。その決闘テーブルに、私は戻って来た。

 

「おい……あれ」

「1年前に逃げ出した娘じゃないか?」

「隣にいるのは、有名だったカジノ荒らしだろ?」

「へぇ……身体でも売ってあの男に守ってもらってたのかねぇ?」

「かわいそうに……荒んだ目になっちまってるなぁ……」

「それはそれで、そそるけどな。ギャハハハ!」

 

 すでに満席になった観客席から、下品な声が聞こえてくる。でも、何を言われようと私は気にしない。私の今日の目的はひとつだけだ。

 

「久しぶりだな。お嬢ちゃん」

 

 目の前に、白のジャケットを着た男が現れた。お母さんを殺した男。私を決闘で負かした男だ。

 あの時から、片時も忘れたことはなかった。

 

「まさか、戻ってくるとはな。君には、本当にすまないことをしたと思っているよ」

「黙れ」

「おお、怖い怖い。そこの銀髪の男に躾られたのかな?」

 

 男はそう言って、私の隣にいるヴォルフさんを睨み付けた。イラついているのか、口調ががらりと変わる。

 

「……1年前はよくも俺らの前からトンズラこいてくれたな。クソガキ。あの時の損失は、お前にたっぷり支払ってもらうぜ」

「おいおい。そんなに睨まないでくれよ。あの時逃げたお詫びに、今回の賭け決闘をセッティングしてやったんだぜ?」

 

 ヴォルフさんが準備してくれた決闘。賭けるのは現金だ。2つのアタッシュケースがテーブルの上に置かれて、開かれる。観客達からどよめきが上がった。中にはぎっしりと札束が詰まっていたからだ。

 

「きっちり金は用意してきたようだな」

「あぁ。当たり前だ。だが、今回賭けるものは、金だけじゃねぇよ」

「あ?」

 

 ヴォルフさんが、男の首に向かって何かを放り投げた。それは首輪のような形状で、男の首をがっちりと掴まえる。

 

「なっ……なにしやがる!?」

「騒ぐなよ。追加のチップみたいなもんだ。その首輪には、頭と胴体が離れてさようならする程度の、爆薬が仕掛けてある」

 

 首輪から伸びたコードが、決闘テーブルに接続された。

 

「そしてこの首輪は決闘テーブルのライフカウンターとリンクしている。決闘に負けた瞬間、あぼん、だ。まぁつまり……命も賭けてくれってことだ」

「なっ……なんだと!?」

 

 男の顔が目に見えて青ざめた。後ろに陣取っているマフィア達も騒ぎはじめる。

 

「ほらよ。フィーネ」

「はい」

 

 ぶるぶると震えている男は放っておいて、私もその首輪をあっさりと装着した。観客達は驚き過ぎたのか、逆に声が聞こえてこない。さっきみたいに、下品に騒ぎたてればいいのに。

 

「さぁ、フィーネ。準備も舞台も整えてやったぜ」

 

 ヴォルフさんが耳元で囁いた。私は、彼が懐から取り出したデッキを受け取る。

 

「……それにしてもお前、全然驚かねぇな。爆発する首輪は、お前には事前に見せていねぇのに。怖くないのか?」

「ヴォルフさんなら、これくらいすると思っていましたから。それに……」

 

 首輪に手を当てて、感触を確かめる。ひんやりとした質感が心地いい。

         

 

 

 

「また負けるくらいなら、死んだ方がマシです」

 

 

「……フッ……ヒャハハハハハハハ!!」

 

 狂ったような笑い声をあげて、ヴォルフさんは観客席の方へ降りて行った。

馬鹿な対戦相手は、まだガチャガチャと首輪を弄っている。外れるわけないのに。

 

「ははっ……焦らせやがって。簡単な話だろ。また俺が勝てばいいだけだろうが!」

「そうですね」

 

 強がる男に、私は出来る限りの冷たい声で答えた。

 

「はじめましょうか」

「ちっ……」

 

 ごめんね。お母さん。随分時間が掛かっちゃったね。

 ようやく、仇が討てるよ。

 

「「決闘!!」」

 

 

 絶対、勝つからね。

 

 

--------------------

 

 

 ああ。どうしよう。

 

「私は『いたずら好きな双子悪魔』を発動」

「ちっ…ハンデスか…小癪な真似を…」

 

 この人って、こんなに弱かったんだ。

 

「『メカ・ハンター』を『機械改造工場』で強化。攻撃だ!」

「罠カード、オープン。『聖なるバリア-ミラーフォース』です」

「ぐっ……くそっ!」

 

 私はこんな人にボロクソにれて、負けたんだ。本当に、負けた私が情けない。

 

「魔法カード『ブラックホール』発動だ! お前のモンスターは全部ぶっ飛べ!」

「手札から『キラースネーク』を捨てて、罠発動。

『マジック・ジャマー』です」

「あぁあああ!?」

 

 こんな。ゲームの途中に取り乱すような。こんな下らない男に、お母さんは殺されたんだ。

 

 絶対に許せない。

 

「おっ……俺は『メカ・ハンター』を守備表示」

「私は『トライホーン・ドラゴン』を召喚。『守備封じ』を発動」

「あ……あ……あぁああ」

 

 絶望しきった顔で、男は膝から崩れ落ちる。歯をカチカチと鳴らして怯える様は、昔の私を見ているみたいだ。

 滑稽だけど、本当に不愉快。

 

「……バトル」

「ま……待ってくれ! 許してくれ! 俺が悪かった! だから……」

 

 必死に頭を下げて、男は哀願する。

 私にはもちろん、お母さんの仇討ちという思いがあった。理由があった。大義名文があった。

 でも、いざこの男を追い詰めて、トドメを刺そうとした、この時。

 

 勝てて嬉しいな。

 

 と、純粋に思ったんだ。

 これはゲームだから、始めたからには勝者と敗者を決めなくちゃいけない。だから、攻撃をやめたら私が負けちゃう。

 攻撃をやめるなんて選択肢は、私にはなかった。

 

 

「攻撃」

 

 

「やめろぉおお!!」

 

 びーっと、男のライフカウンターが0を示して。

 ぼんっと、なにかが弾けた音がした。

 ぴちゃぴちゃと、私の顔にも温かいモノが跳ねた。

 

 一瞬の静寂の後に。決闘テーブルの周りは、阿鼻叫喚の坩堝と化した。観客達の叫びが止まらない。

 

「あ……兄貴が……」

「くそがぁ! 兄貴の仇を取れ!」

「この女を殺せぇ!」

 

 あの男の後ろに控えていた、マフィアの男達が一斉に銃を抜いて私に向けた。

 

 え………?

 

 

 ちょっと待ってよ。おかしいよ。私は勝ったのに、どうして私を殺そうとするの?

 それはルール違反でしょう?

 

 こんなの……理不尽だよ。

 

 ふざけるな。私は勝ったのに。どうして私が殺されなくちゃいけないんだ。私が、私が勝者なのに。どうしてそんな結末を迎えなきゃいけないの。

 

 絶対に嫌だ。誰か助けて。

 

 

「死にたくないよっ!」

 

 

 銃声が響き、私の叫びをかき消して、何十発もの銃弾が放たれた。

 

 でも――

 

「あ……あぁ!?」

「んな……バカな?」

 

 ――それは私に届かなかった。

 

「………え?」

 

 青い体躯のドラゴンだった。

 私の目の前にドラゴンがいて、私の前に立ち塞がって、守ってくれたのだ。

 さっきの決闘の最後で使用した『トライホーン・ドラゴン』が、そこにいた。

 

「もっ……モンスターが」

「バケモノだ……バケモノだコイツ!」

「うわぁあああ!?」

 

 銃を捨てて逃げる人。まだ私に向かって撃ってくる人。マフィア達は、統制がとれなくなって大混乱に陥った。

 

 ……本当に私の目の前にいるのは、本物の『モンスター』なの?

 

「ヒャハハ! ようやく『魔力』が目覚めたかぁ! よかったなぁフィーネ!」

 

 いつの間にかヴォルフさんが、私の隣に立っていた。嬉しそうに笑っていた。途中でこらえるように笑いを抑えると、無線機に向かって命令を出した。

 

「よし。セレス、残りを全て掃除しろ」

 

「御意」

 

 無線機から、セレスさんの応答が聞こえてきた瞬間。

 今までで、1番大きな衝撃音が賭博場に響いた。

振り返ると、セレスさんをはじめとした部下の人達が、一斉に突入してきている。彼らも、それぞれ見覚えのある『モンスター』を従えていた。

 新たに始まった戦闘を気にもせず、ヴォルフさんは床に落ちていた布巾を拾い上げた。

 

「さて……顔にまで返り血が跳んでるじゃねぇか。拭いてやるよ」

 

 ……血?

 

 ヴォルフさんに言われて、はじめて気がついた。頬に触れると、べったりと何かが付着している。

 

 あれ……手が真っ赤だ。

 

 あらためて、対戦相手の男を見た。首から上が吹き飛んでいる。おびただしい量の血液が、床を染め上げていた。

 

 

 ――人を傷つけるようなことは、絶対にしないでね。約束よ、フィーネ――

 

 

 唐突に、お母さんの声が、頭の中に反響した。

 

「うっ……うぶっ」

 

 さっきまで、すごく気持ちよかったのに。途端に気持ち悪くなって、私は床に胃の中身を吐き出した。

 気持ち悪い。すごく気持ち悪い。私、何をしちゃったの……?

 

「わ……わたしっ……この人、殺して……」

 

 でも、負けたくなかったから……勝たないと、勝たないといけなかったから……お母さんの仇を、討たなきゃいけなかったから。

 心の中で反芻したものが、全部気持ち悪くなる。吐き出すしかなくなる。

 

「……おいおい。大丈夫かよ。ほら」

 

 身体をくの字に折って床に座り込んだ私の背中を、ヴォルフさんは優しく擦ってくれた。

 

「ほら、こっち向け。ひどい顔してるぜ。拭いてやる。鏡で自分の顔見るか?」

 

 

 

 ぐいっと顔を上げられて、鏡と向き合わせられる。中に私の顔が写った。

 

「えっ……」

 

 確かにひどかった。

 私の顔は、血で汚れていて。髪も乱れていて。目からは涙が溢れていた。

 

 

 そして――

 

 

「よほど嬉しかったんだなぁ……普通は泣きながら笑わねぇよ」

 

 

 ――鏡の中の私は、それでも笑っていた。

 

 

「違う……違う違う違う……」

「あぁ? 何が違うんだよ。お前の顔じゃねぇか」

 

 違う。違うよ。こんな……こんな泣きながら笑う人……人を殺して笑う人……私じゃないよ。フィーネじゃないよ。

 

「勝ててよかったなぁ。嬉しいだろ?」

「う……嬉しくなんかないです。違います、私はっ!」

「あんなイイ笑顔でトドメを刺しておいて、なに言ってんだお前?」

 

 そんなことない。嬉しくなんかない。笑ってなんかいなかった。嘘だ。この人の嘘だ。私はそんな人間じゃない。絶対に違う。

 でも、そうやって自分に言い聞かせる為に、いくら否定しても、どれだけ目を背けても、私がやったことは変わらず私の目の前にあった。

 悟ってしまった。これは多分、これから一生背負って行かなければいけないもので、私はもう元には戻れないのだと。

 

「これでお前も、正式に俺達の仲間入りだ」

 

 ヴォルフさんが立ち上がって、私に向かって手を差し出した。

 

 

 

「こちら側へようこそ、フィーネ。心から歓迎するぜ」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「いやぁあああ!」

 

 自分の叫びで、フィーネは目を覚ました。息が荒い。汗がひどい。前髪がぴったりと額に張りついている。眠ったはずなのに、眠る前より身体が重かった。

 

「………最低」

 

 その言葉が、夢の内容に対するものなのか、自分に対するものなのかは分からない。ただ、フィーネ・アリューシアは一言だけ呟いて。

 再びベッドに倒れ込んだ。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「以上が、フィーネ・アリューシアという人間が『グールズ』に入るまでの経緯だ。中々悲劇的で、面白かっただろう?」

 

 話し終えたセレスは、ふうっと一息吐いて、2人の聴衆を見た。

 ラルフもルースも、固まったまま動かない。当然だろう、と思った。社会の表側の人間にとって今の話は暗く、重すぎる。『魔力』関連の話は伏せたまま話したが、それでもフィーネがデュエルモンスターズを利用して復讐を成し遂げたという事実。このストーリーの根本的なシナリオは変わらない。

 思わぬ長話になってしまったが、途中で止めようとは考えなかった。何故なら、面白かったのだ。セレスがフィーネのことを語る度に、少しずつ歪んでいくラルフの表情が。そこからは、様々な感情が見てとれた。

 

 同情、克己、そして恋慕。

 

 成る程、この男が彼女に惹かれていたのは間違いないと、確信を得た。

 

「そこの……ラルフだったか? 貴様はこれでも、まだ彼女を救える等と、戯れ言をほざくのか?」

 

 そして、単純に馬鹿な男だと思った。

 そもそもセレスは、フィーネのことが嫌いだった。勝利だけを追い求める姿勢は、決闘の過程と内容に楽しみを見出だすセレスとは、どうしても相容れない。自分よりも強いことが、また腹立だしかった。

 

 

 あんな女に惹かれることが、理解できない。

だから、精々こき下ろしてやろう。

 

「貴様ではフィーネを救えない。救う価値もない女だ。お前にとって、フィーネとの出会いは運命的なものだったのかもしれないが、俺から見れば……」

 

 あえて一拍置き、突き放すようにセレスは言った。

 

 

「くだらん恋だったな」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 約1万キロメートル。

 

 日本からアメリカまでの距離である。

 普通に考えれば、日本における深夜時間まで童実野町にいたヴォルフが、今この時間にアメリカのインダストリアル・イリュージョン社を襲撃することは不可能だ。

 しかし、不可能を可能にするのが魔法であり、魔術であり、『魔力(ヘカ)』である。

 

 ヴォルフが使用したのは『亜空間物質転送装置』

 

 その効果は、自分フィールド上のモンスター1体を除外し、エンドフェイズに帰還させるというもの。相手の除去カードからの回避などに利用される、やや上級者向けのカードだ。

 だが、決闘外においては、このカードはまた別の効果を発揮することを、ヴォルフは発見していた。己の『魔力』を込めたこのカードが2枚あれば、人間や物体をもう片方の『亜空間物質転送装置』の元へ送ることができるのだ。

 そしてヴォルフは、逃走用に常に1枚は持ち歩き、もう1枚はアメリカの隠れ家に隠してある。今回の移動はそれを使用した。

 

 例えるなら瞬間移動。または、テレポートといったところか。

 

 もっとも、ヴォルフがそんなイレギュラーな手段でアメリカまで来たことを、ペガサスは知る由もなかった。

 ただ、この男は危険だと、本能的に察知していた。

 

「さぁて……はじめるか?」

 

「……やるしかないようデスね。アーサーは下がっていてくだサーイ」

「しかし会長!」

「私の言葉が聞こえなかったのデスか? 下がれといったはずデース」

「……はい」

 

 渋々と後ろに下がるアーサーを尻目に、ペガサスはぼろぼろになったデスクから自分の『決闘盤』を取り出し、装着した。

 

「ひとつ聞かせてくだサーイ。なぜ私を狙ったのデスか?」

「テメェが『千年アイテム』の所有者だったからだよ」

「ホワッツ!? ユーがなぜそれを?」

「ま、こっちにも色々と情報網があるってことだぜ」

 

 『千年アイテム』

 強大な力を有した、古代エジプトに伝わる7つの秘宝。手にいれることができれば、所有者に莫大な『魔力』をもたらすと言われている。それは魔術の才の有無に関わらず、『闇のゲーム』の任意の起動が行えるほどのものだ。

 だが、多くの呪いを受けた宝具でもある『千年アイテム』の所有者になる為には、ある程度の素養が必要となる。この場合の素養は『魔力(ヘカ)』ではなく、多くの『魔力』を制御する為の器、常人よりも大きな『魂(バー)』を指す。

 

「リョウ・バクラやセト・カイバにも資質はある。とはいえ『千年アイテム』の現在の所有者にケンカを売るのは好ましくない。『神のカード』に正面から挑むのも面倒だ。だったら、昔の所有者を襲うのが1番手っ取り早いってわけだ」

 

 かつて『千年眼』に選ばれただけあって、ペガサスの『魂』は上質なものだった。

 ヴォルフの望み。『三幻魔』を完成させる為には、ただ『魔力』を注ぐだけでは意味がない。決闘者の『魂』と『魂』のぶつかり合い。『決闘』によって生じる『魔力』を『三幻魔』は最も欲している。

 

 

 童実野町での計画は水泡に帰した。ならば自分とペガサスの決闘で『三幻魔』の復活を成すまでだ。

 

「……分かりました。いいでショウ。どこからでもかかって来なサーイ」

 

「いくぜぇ!」

 

 

「「決闘!!」」

 

 

 グールズとインダストリアル・イリュージョン社。両組織のトップ対決が、ここに実現した。

 

「先攻は私デース。ドロー」

 

 ペガサスの画家らしからぬ細く白い指が、カードを掴み取る。そして考える。予想もつかない襲撃をされた、ということはある意味、こちら側の対応が後手に回っているということだ。組織的な動きを見れば、現状の勢いはヴォルフの側にある。

 

 だからこそ。

 

「ラルフには使うな、と言われていたのデスが……仕方ありまセンね。ユーを私の世界に招待してあげマース。永続魔法『トゥーンワールド』を発動デース!」

 

 決闘では、先手を打つ。

 

「あぁ……? なんだこれは?」

 

 フィールドに出現したのは1冊の本。カトゥーンアニメのイラストが描かれた可愛らしい装丁は、『闇のゲーム』の重苦しい雰囲気には場違いなものだった。

 

「ユーが知らないのも、無理はありまセーン。このカードは『決闘王国』でしか見せていないのデスからネ」

「……別に構わねぇよ。続けな」

「私は『弓を引くマーメイド』を守備表示で召喚しマース!」

 

『弓を引くマーメイド』

水/水族

ATK1400

DEF1500

 

 続けて場に現れたのは、貝殻に守られた可愛らしい人魚。なんの変哲もない、通常モンスターだった。

 

 だが……

 

 ボンッ!!と本が勢いよく開き、人魚を中へと取り込んだ。

 

「な……モンスターが本の中に消えた?」

「フフフ……その答えはノー。私のモンスターは消えてなどいまセーン」

 

 再び本が勢いよく開き、モンスターが飛び出してきた。しかし、その姿は見る影もなく、アニメ風にデフォルメされたものに変化していた。

 

「……なんだコイツは?」

「イッツ、ベリーキュート! 私のモンスターは『トゥーン・ワールド』によってその姿を変えるのデース!」

 

『トゥーン・マーメイド』

水/水族

ATK1400

DEF1500

 

 ヴォルフは冷静にモンスターを観察する。姿と見た目は変わっていても、ステータスに変化はない。

 

「けっ。イラつくモンスターだな。見かけ倒しか?」

「私のモンスターを馬鹿にしないでくだサーイ。私はこれでターンエンドデース」

 

 ペガサスの取った行動は、永続魔法の発動と守備表示でのモンスターの召喚だけ。モンスターが『変化』したことが気になるが…

 

「関係ねぇなぁ! ぶっ倒せばいいだけだ。俺のターン、ドロー! 俺は『デーモン・ソルジャー』を召喚!」

 

 甲冑に身を包んだ悪魔の騎士が剣を抜いた。鋭い目がペガサスとマーメイドを威圧する。

 

『デーモン・ソルジャー』

闇/悪魔族

ATK1900

DEF1600

 

「そのままバトル! 『デーモン・ソルジャー』で目障りな人魚を攻撃!」

「ノォォ! 私の『トゥーン・マーメイド』がやられてしまいマース!」

 

 

 

 

 『デーモン・ソルジャー』は下級モンスターの中でも、1900という最高の攻撃力を持っている。対する『トゥーン・マーメイド』は攻守共に凡庸な数値。普通のモンスターならば、どちらが勝つかは明白だった。

 

 

 そう――

 

 

「……どうなってやがる?」

「……残念でしたネ?」

 

 

 ――普通のモンスターならば。

 

 

「どうして……破壊できねぇ!?」

 

 『トゥーン・マーメイド』の貝殻はびっくりした顔で『デーモン・ソルジャー』の剣を受け止めていた。それはまるで、カトゥーンアニメの一場面のような、ふざけた絵面だった。

 貝殻の中の『トゥーン・マーメイド』はゲラゲラと笑っている。

 ヴォルフは固まって動けない。

 そしてペガサスも、ヴォルフに襲撃されてから、はじめての笑顔を見せた。

 

 

「私のモンスターは、トゥーンだから無敵デース」

 

 そのあまりにも理不尽な解答に、ヴォルフは顔を大きく歪め、

 

「……やっぱクソゲーじゃねぇか」

 

 と、吐き捨てた。

 

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